真・女神転生〜ジャッジメントデビルサマナー〜 作:葉隠小太郎
魔女の旅立ち
美を追求する行為は、古今東西どの生き物であろうと存在する生存本能である。
孔雀やキジが尾羽を大きく美しく保つオスがメスに選ばれるように、体格に優れて肉体が強靭な男性を女性が選ぶ事が生物学的に正しい物とされている。
であるならば、美しい女性にはどの様になっていくのか?
結論を述べれば、戦争に繋がった場合が多い。
フランス パリ
芸術の都と名の通る世界を席巻する大都市。
美食、アート、音楽、舞台劇に至るまで様々なジャンルのクリエイターが日がなシノギを削っては頂点へ立とうとする弱肉強食の世界。
その中で、世界が注目するファッションの祭典パリコレの一つ【パリ オートクチュール ウィーク】は高級ブランドを中心としたオーダーメイド性の高い新作発表会となっており、其処からプレラポルテ(高級既製品)のデザインに落とし込まれる。
オートクチュールはパリ・クチュール組合の加盟店でしか名乗ることは出来ず、ファッションの土台となる為、先進的かつ斬新なアイディアの元で創り上げられる。
その祭典に向け、本番に使われるルーヴル美術館地下ホールを模したステージに披露されるドレスを着付け、全身を余すこと無くポーズを行い、披露するモデルの姿がある。
大手名門ブランド【ビエネッタ】
パリコレクションでも億単位の売買がなされるブランドであり、パリジェンヌのみならず世界中のマダムを虜としている。
そんなブランドの顔役、トップモデルに君臨する1人の女性が居た。
「………相変わらず、ステップの踏み方は良いわね。思わずワタシが床になりたくなるくらいにね?」
「生憎人を足蹴にする趣味はないな」
「あら?結構貴方の足業期待してる男多い気がするけど?」
「だとしたら、顎を蹴りつけてやろう。前歯4本位は折ったってどうってことは無い」
「前歯どころか顔面陥没しちゃいそう」
自称女性と述べるゲイのデザイナーは身震いするような恐ろしい事を淡々と話す女性のドレスを見ながら調整を行う。
本番に向けて、客席側から見える角度で美しさを損ねる場合が多い。
其れを考慮し、最終的な調整を着たままで行うことでより美しく、誰もが見たことのない驚きを演出する。
そんな思いを込めてドレスの装飾である薔薇の造花をミリ単位で切り、見事に咲き誇る姿を創り上げていく。
「ねぇ〔ニアス〕。相変わらずその
「何だ?そんな藪から棒に?」
「良いじゃないの。時には貴方の惚れっ気話も聞きたいのよねぇ…?」
「………しょうがない」
ため息をつき、懇意にしているデザイナーからの願いを聞き入れながら、続けていく。
「初めて会ったのは7歳の時。オレンジワインを作る醸造所が近くにある村で産まれた」
長い銀色の髪は、ボタニカルオイル入りの整髪料商品CMを思わせる雰囲気で思わず周りのスタッフを立ち止まらさせ、目を釘付けにする。
整ったプロポーションは実りを迎えたシャトーの葡萄と想像し、長い脚とつま先まで麗美さを創り出す。
ヒールを高らかに鳴らすようステージを歩き、真っ直ぐに見開く目が視線に合わさるとそのまま射貫かれてスタッフが法悦に膝をつくのだった。
「オレンジワイン?貴女ジョージア出身なの?」
「さてな。国の概念なんてまだ持ち合わせてなかった頃だし、聞こうにも本人が行方知れずだから」
「困ったわねそれ」
デザイナーからストップのジェスチャーをされ、ニアスはピタリと止まる。
まるで精巧なマネキンのようだと感じさせた。
「まぁ、産まれた場所は兎も角。"アイツ"とは2年の間色々な国へ様々な場所を転々として落ち着きのない毎日を過ごした。お陰で八ヵ国語読み書き出来る」
「この間のアラブのお客様と話通じてたのが怖いわ」
「慣れざる得なかったと言っておこう」
言葉ではうっとおしそうに言い放つも、その顔は懐かしく愛おしい様子を見せる。
本当は嬉々として過ごしていたのだろう?と調整をしながらデザイナーは鼻を鳴らし、微笑んだ。
「だがな。ある日パリに住んでいる夫妻の元で一週間程滞在していたら…」
「していたら?」
「………置いて行かれた。多額の金を夫妻に渡してな」
「あら…」
懐かしむ顔も途端に険しく鋭い表情に変わる。
さながら捨てられたと見てもおかしくないと一瞬思いそうになったが。
「……その夫妻ってこの間、シャンデリゼの店ばりにマロンパイとシガール作って持ってきてた人達?」
「ええ。郊外で地産地消を根差してる菓子屋のパティシエしてます。あのお金で工場大きくしたって言ってました」
「じゃあ、其処まで邪険にしなくても…」
「…邪険に?………いや」
聞けば少なくとも良い預け先を見つけて託した様子。
しかし怒りの矛先は恐らく其れだけでは無いらしく、目の鋭さは更に際立たせ、ヒールの踵を鳴らす。
「
「…………」
とんでもないカミングアウトが場を犇めかせ、デザイナーおろか周りのスタッフ達が凍りつく。
その言葉の意味は紛れもなくぞんざいに捨てられた悲しき女と言えるだろうが、少し話の内容を繰り下げて見れば逃げ出すことも理解できなくはない。
「ニアス。当時貴女幾つよ?」
「9歳だ。心配するな、低量ピルは事前に飲んでおいた。まぁ、まだ初潮も来てなかったがな」
「アウトよ!ワンアウト人生ゲームセット案件!?」
「愛があれば大丈夫だろ?気持ちよくは無かったし、アイツは半分微睡んでたからコッチから動くしか無かったし」
「もういい!!幾ら下ネタ上等な国民性でもソレはレッドカードよ!!」
「なんだとこんにゃろー!!」
カミングアウトの内容が廃棄核燃料並みの厄介さを見せたことでもう聞かざるスタイルで耳を押さえるデザイナー。
ニアスが怒りを見せる内容がロリポップ時代の"情事"では致し方ないと口に出さず周りは同調するのだった。
数日後。
パリコレクションウィークが始まり、世界各国の人々がこぞってパリへ入る。
ハリウッドスター、有名スポーツ選手、ファッション雑誌記者等、古今東西活躍する人物達が賑わせながら会場へと入っていく。
「最高ね〜!」
「そうね〜!」
「シャネルの新しい商品出たってさ」
「やっぱ【サリヴァンウォーカー】製のスーツは見ときたいなぁ…」
「おっ…!?ビエネッタのモデル可愛い!」
「ちょっくらお近付きになりてぇな…」
様々な声が飛び交う会場は一目美の最先端であるオートクチュールデザインを見るべく、所狭しと並び、席へと着いていく。
「………そろそろよ、ニアス」
「……分かっている」
舞台裏から見える招待客は皆ファッションに一目を置く玄人やフリークばかり。
下手な事をすれば失笑を生み、ブランド価値を下げるおろか、会社株が急下落する事態となる。
歴戦を潜り抜けたニアスも拭いきれぬ不安が心に残り、表情を少し曇らせてしまうが。
「貴女らしく足を踏みなさい。思わず男は跪いて足台になってくれるわよ?」
「……ああ。行ってくる」
デザイナーからの激励である程度の緊張感を持ちつつとき解れ、深く息を吸い込んだ。
「…ふぅ…んっ゛…!!」
息を整え、足を前へと進める。
ヒールを鳴らし、舞台を歩く姿を周りに見せつけていく。
ドレスの裾は照明に当たる度、流星群が通り過ぎるようディープブルーと濃紺の生地に埋め込まれた銀のラメが輝き、フッと消えては瞬く間に流れまた消える。
持ち時間は3分も満たず、次々とライバルのブランドが押し寄せてくる。
だからこそ、歩く姿は美しく、魅了させ、脳にこびりつかせる様に印象を残すことが重要となる。
彼女は踵を返す。
折り返し地点、後ろ姿にも気を配った造りを惜しまなく見せては悠然と立ち去っていく。
毅然な立ち振る舞い。
目に焼き付く光景。
見た者達の心は既に奪われ、他のモデル達の歩く姿は目に入ることは無くなっていた。
一週間後、パリコレクションウィーク最終日の最優秀モデルの栄冠を掴むのだった。
翌日。
「…………今なんて?」
ビエネッタが所有するモデル事務所の社長室にて、中高年に差し掛かる女性が驚いた面持ちで聞き返す。
「昨年度売上、前年比の128%増を記録してる。これは私が出てからの数字と見て間違いないだろう?」
「それは分かってるわ。その前の事よ?」
「ああ、そっちか?」
対面に座るニアスはソファに深々と座り、目を閉じてから口を開く。
「…"モデル"を辞める。事務所に入ったあの時から言ったと思っていたけど?」
「……天職だと思っていたわ。天性の美貌と鍛え抜かれたプロポーション。どれも同じ女として嫉妬したいほどに手に入れたかった素材を持っているのに」
「天職はやる気があるから天職だ。どうせ後数年って所で、終わる」
「何が分かるの!?いい気になって男達を振り向かせてきた癖に!!」
「マダム。声が響く」
ニアスの言動に癇が障り、机を叩いて声を荒げる。
怒りの理由は言わずもがな、ニアスの恵まれた肢体への渇望であった。
幾らでも稼ぐことが出来る肉体と美容整形では手に入れられない天然素材の美顔。
老いの早い自らの肌ではもう手に入らない逸材が突如消え去ってしまうことを恐れ、感情を発露してしまう。
そんな彼女をニアスは寒々しい瞳で一瞥し、口を開いた。
「モデルも悪くはない。だが…
「嫌になったの?」
「……いいや」
だがモデルを嫌いになった訳では無い。
それならばとマダムの口を塞ぐように続けて言葉を紡ぐ。
「
「……はぁ?」
思わぬ声が出た。
「貴女…正気?」
「いかにも?別に好きな男は1人位いてもおかしくはないだろ?」
女であれば珍しいないとニアスが述べるも、マダムの信じられない表情へ少しばかり憤慨を覚える。
ニアスがモデルとして大成出来たのには、これキッパリと男女関係にならないと明言出来たからである。
見た目麗しい女性が多いモデルを囲うスポンサーも珍しくはない。
場合によっては新しいパトロンを見つける為に枕を使うことも戦略として利用されることもザラにあった。
「……男嫌いだと思ってたわ」
「私をなんだと思ってる」
「前にゴシップで若手ハリウッドスターの頬を平手打ちして顎の骨複雑骨折させたのは如何するの?」
「私のケツ触っていいとは一言も言っても許可しても無いからな?」
「精神力以外は減るもんじゃないわ」
「減ったら困るやつだそれ」
その後、主演映画の降板とドラマ制作休止となったのを頭抱えた記憶が蘇る。
流石に歯の数本をセラミックにすることとなったのはキツかった。
「兎に角。2年前の約束…『売上アップと最優秀賞を得たら自由に辞められる』を実行して貰おう」
「………良いの?貴女には才能が…」
「やる気の出ない才能こそ宝の持ち腐れだ。マダムの言葉だぞ」
「…………」
恐らく何を言っても無駄だと理解出来た。
短い期間ながらも、ニアスの頑固な部分をストイックとして受け入れられていた。
それがあったからこそ、モデルとして最大限の能力を発揮出来たのだろう。
であれば唯一つ。
「…ボーナスの5,000€。熨斗つけてあげるわ」
机の引き出しから一枚の契約書と給与の小切手を出し、ニアスの前へ出す。
「……0が一桁分多いな」
「トップモデルたるもの、それくらいは必要でしょ?」
「……ありがとうマダム。そしてごめんなさい」
「良いわよ。好きな男追いかけるのも女の性。徹底的に絞ってやりなさい」
先達として、旅立つ娘を送り出す。
さながら嫁入り道具を渡す母親と同じ様に。
「それじゃ…行ってきます」
「ええ。時々はメールでも書いて出しなさいよ?」
「………うん」
社長室からニアスが出ていく。
その後ろ姿を見えなくなるまで目で追いながら。
「せめてこの旅に幸有らんことを…」
祈りを込める。
パリは綺羅びやかな昼間とは違い、夜になると夜鷹のごとく多くの女性が立ちんぼとして夜の街に出る。
殆どが東欧の貧困層に近い出身やアフリカ等の移民で、警察に補導されるケースが絶えない。
場合によってはヨーロッパの裏社会で運営されているエリアの方が安全だと言い、後ろ暗い存在が見え隠れしている。
「ねぇ、兄さん。一つどう?」
「…いいね」
立っていたボディコンめいた衣装の女から一本の紙巻き大麻を手にし、其れを口に咥える。
情事を致す行為を暗に表す隠習の一つで、一夜の逢瀬を狭い路地裏で行う。
その後、決められた額を納める事で後腐れのない状態で帰っていく。
其れが此処のルールであり、人の欲望が創り上げたソドムの世界である。
故に蔓延る存在も現れる。
『……ゲヒィッ!!』
おおよそ人が発する事が出来ない奇声が上がり、背に大きな蝙蝠の羽が羽ばたかせる。
〔夜魔:インキュバス〕
胸の上に乗る者と言われる魔物の一種。
女の眠る上に乗り、悪夢を見せる性質から無理矢理襲いかかり、子を宿らせる性質に変わったとされる。
どちらにせよ、淫魔の性質を帯びた悪魔はこの場に起こっている淫蕩に満ちた空気を思いっきり吸い込んでは出来たてのマグネタイトを溜め込んでいく。
生体MAGを得るには人間の持つ感情の発露、生存本能などから多く抽出される。
特に性行為でのマグネタイトは淫魔であるインキュバスにとって、極上の逸品ともなる。
『……チッ…、あの女はもう駄目か』
深々と息を吸っていた中、鼻孔に感じ取った不快な臭いを一つ感じ取り、それに目を向ける。
彼女は地面に座り、壁に背を持たれて呆然と虚ろな目で周りを見る。
但し、その顔は既に生気は感じられず、瞳も白く濁り切った色合いをしているため、機能をしていない。
彼女が来たのは半年前。
命からがら山岳地帯の祖国を抜けて辿り着いた先、仕事にありつこうとしていたが、あまりにも物価高と違う言語によって馴染めず、職を転々としていた。
それに付け込み、インキュバスの配下となった男達に拉致、信んじていた教えを破る姦通をさせられる。
後は女の尊厳を無茶苦茶にし、代わる代わる男達と交わらさせられ、インキュバスの苗床に変わり果てた。
死にたくとも死ねない。
死への逃走は難しく、息を止めても苦しくて出来ず、終わりの見えない輪廻をぐるぐると回り続ける。
『……死にたいか?じゃあ殺してやるよ…お前の肉を生きたままな!!』
インキュバスが嗤いながら鋭い歯を見せる。
痛いという感覚だけはまだ残されていた。
苦しみ悶える行為もマグネタイトを生み出す手段であったからだ。
女は悟る。
此処に来なければ自分はこんな事にはならなかった。
知らぬ男と結婚する風習を嫌い、反対されながら通った大学でも必要ないと豪語した家を嫌った。
そんな自分を呪い、戒めながらも彼女は思う。
『
誰にも聞こえないであろう小さく母国語を呟く。
灯火が消えようとするのをインキュバスは見ながら、その歯で女の太腿へ齧り付こうと口を大きく開いた。
『………あれ?』
どうしてか女が突然上下反対に向く。
否。
『ガッ…!?ど…どうしっ…!?』
「消えろ夜魔。地獄の彼方へ」
飛ばされた頭が何かで大量に串刺しにされ、地面へ突き立てられる。
黒く長い金属の棒が2本3本と次々刺し込まれれば、インキュバスは耐えきれず、風船が割れるように吹き飛んだ。
『ゲヒィッ!!?』
断末魔が周りを響き渡らせ、頭部を失った身体は砂のごとく消え失せる。
女は何も起こらない事に疑問を覚え、霧がかった視界の中で何が起きていたかを見る。
「……来たか」
凛とした声の誰かが自分の前に立ち、進ませぬ意志を示す。
何かが暗闇から現れる。
血みどろの手足、腕に付けられた刃こぼれの見える巨大なナタと斧、ギッタンバッコンと木の軋みと叩く音が場を埋め尽くし、其れが見える。
人は其れを〔スケアクロウ〕と言う。
人は其れを〔マリオネット〕と言う。
刃物を持って動くこの世のモノでない存在達が夜の街に現れ、火花を散らし、迫る。
触れれば断ち切られ、無惨な死体となるだろう恐ろしい存在達。
ぞろぞろと列を成し、襲いかかる。
「……【マハラギオン】」
マリオネット達が燃える。
「【ベノンザッパー】!!」
手にしていた巨大な"鎌"がスケアクロウの身体を刻む。
「【マハジオダイン】!!」
突如として現れた巨大な落雷が薙ぎ払われる。
最早何者も消え失せ、全てを壊す。
場に残ったのは、焼け跡のみとなった。
「……大丈夫だ。しっかり診てやる」
女を抱える。
汚れる事を厭わず、抱えた者の温もりが感じられる。
「……
限られた視界の中で思いつく限りの言葉を呟く。
笑った。
嘲笑うのではなく、まるで慈愛に満ちた笑みだった。
「いいや。私は……」
困ったように少し唸り、ややあって答える。
「
夏がやって来る時の風が吹き、長い銀髪を棚引かせる。
〔ニアス・グローリア〕
数多のルーンと薬学を携え、水の巨人から言い伝えられた御業を使う魔女。
彼女はそのまま夜の闇を掻き消すがごとくその場を消え去った。
to be continued