真・女神転生〜ジャッジメントデビルサマナー〜 作:葉隠小太郎
※注意
動物との性行為シーンがあると思われますのでどうかご容赦下さい。
三年前。
北海道の森林地帯にて、何かが駆け抜ける。
「待ってぇーーー!!待ってくださぁーーいいーー!!」
眼鏡をかけ、正面から見ればハートの形をした髪型、そして鼻と口の間に髭を蓄えた男性は、木々の間を猛スピードで走り抜け、追い掛けていた。
「大丈夫!!優しくするからねぇ!!ちょっとだけ変な感じかも知れないけど直ぐに良くなるからねーー!!」
相手を説得するかのように叫びながら、その足を止めず、木の幹や太い枝を器用に使っては跳躍を行い。
「捕まえたぁ!!」
見事、身を挺して捕獲に成功した。
「ン゛ッ゛ッ゛〜〜゛〜゛!!」
「大人しくしなさい!!大丈夫!大丈夫だから!!大好きだから!!!」
捕まったのは北海道内で見かけるエゾシカの成体。
既に男性の体躯を遥かに超える体格をしており、その場を飛び跳ねるように暴れまわる中で、離れぬよう下半身にしがみついてジッと耐える。
「よ〜しよしよし!!よ〜しよしよし!!」
エゾシカに宥めるかのような言動を放つ男性は段々と履いていたスラックスパンツのベルトを外し。
「少し我慢しててね!!」
下腹部へと力を込めながら。
「■■■■■■■!!!!」
エゾシカとのウコチャヌプコロを果たした。
尚、ウコチャヌプコロについては流石に見苦しいので此処では語ることは出来ない。
現在。
「つまり……校外学習という体を出して、僕等を雇ったというわけですか?」
「まっ、そうですね。内容が内容で、色々と秘密裏にしたいという事で…」
自己紹介も程々に、〔岸波白野〕から今回の事について話を行われる。
「その秘密裏の話とは?」
「………ご存知かどうかは置いておいて」
一つ咳払いを行い、口を開く。
「……〔姉畑支遁〕。この地域に潜伏中のフリーランスデビルバスターを捕獲してください」
この言葉に、宮本は顔をしかめ始め、琲世は目から色合いを失った。
「…………聞き間違えたかな?」
「いいえ。紛れもなく〔姉畑支遁〕です」
「聞き間違えたかった…」
左耳が聴こえ辛い事をいい事にわざと聞き耳を立てるも、間違えでは無かったことに頭を抱えてしまう。
姉畑支遁。
表向きは世界中を飛び回る動植物に詳しい学者であり、植物病理学や獣医の資格も持っている人物。
しかしどういう訳か、中学時代にイジメにあっていた中で同級生10人近くを素手で病院送りにした事から、バスターとしての素質も出てしまい、学業と悪魔関連の業務もやり始めたとのこと。
見た目と精神性は紳士的で、経験豊富な体験と実地から学んだ知識の分厚さで多くの人から敬意を示されている。
なまら宮本達の反応のように嫌な顔をされることは無いと見えるも。
ただ一つだけ、厄介な点があった。
「そもそも、支遁先生が何故潜伏?というより捕獲とは?何があったんですか?」
「ええ…まぁ…はい」
「想像に難くない言葉だなホント」
どうしてと思う琲世に宮本は自分の解答が合っていない事を祈るも。
「一昨年、牧場の牛や馬を狙った獣害のヒグマを猟友会が殺傷前提で向かいました。その際に詳しい姉畑支遁氏と道警警察官6名が同行しました」
………
被害も多く、役所や道本部の要請もあり、猟友会を連れて駆除を始めた。
支遁は豊富な知識と本能的な行動から予測し、このヒグマが相当厄介な存在だと説明したという。
『三毛別ヒグマ事件のソレを思い出します。今は牛で満足していますが、下手をすると人のいる集落までやって来るかも知れません』
冷静に分析し、このヒグマの危険性を再三説きながら、ベテラン猟師達と連携しつつ、警察官達にも口を酸っぱくして伝えた。
道警も重く見てから山岳に詳しい警察官を集め、出来る限り邪魔にならぬよう務めたものの、猟師達からは不必要に音を立てて警戒心を駆り立てる行為に辟易した。
其れでも常日頃に猟を行う彼らは文句を言わず、出来るう限りに目的のヒグマを追い込むべく、絶好のポイントへと足を進めた。
『……居たぞ』
見つけた猟師からの言葉に息を呑む。
土饅頭という、ヒグマが食糧を取っておくために埋めた山を見つけ、その近くに居ることを示す。
ヒグマは息を吐いて立ち上がっていた。
理由は定かではないが、鼻を高く上げて風下からやって来る臭いを追っているらしい。
恐らく猟師達の集団が追跡しているのを知っているのだろう。
そんな警戒心を示す姿を捉え、猟師は初弾を薬室へ送り込む。
『……一発で仕留めるぞ』
でなければ此方が喰われる。
彼等は息を呑み、そのタイミングを待とうとした瞬間。
バギッッと足下で何かを踏み割る大きな音が辺りを響かせた。
一人の警官が足下を見る。
山中に誰かが捨てたらしいガラス製の何かが細かく粉砕し、靴底一杯に広げていた。
喉から何かを掴まれるかのような感覚が響く。
鳴らすべきでない音を鳴らし、知らせてしまった警官は呆然と立ったまま声なき声を小さく発し。
『…あっ…ゴヒャ…!?』
目の前に何かが迫り、暗い視界に覆われると、トマトが踏み潰された音が鳴っては辺りに血飛沫をまき散らす。
『…ひゃっ…!?』
疾すぎる。
目で捉える事も難しい程とは想定していなかった。
如何に自然が創り出した断崖絶壁や木々の上を悠々自適に登っては闊歩するとはいえ、ここ迄の身体能力を所持するとは思わない
猟師は初弾を込めた状態で猟銃を構えた。
四足の状態では仕留める事は難しいが、熊は襲いかかる際の立ち上がった時であれば狙い目である喉仏や他の弱点も撃ち抜く事が出来る。
知性があろうとも本能が前に出る野生動物である限り、その習性は変わることはない。
熊がこちらを向く。
腕から滴る鮮血と肉片、そして眼球だったらしい物をへばりつかせ、無情な表情で凝視し始める。
猟師は至って冷静に分析し、引き金を引いた。
喉の辺りであればダメージを与えるに充分であったからだ。
長年の経験と当てた実積がそう囁やき、殺せると踏んだ。
銃口から光が放ち、音が鳴る。
音速を超える7.62mm弾がそのまま10m程度しか離れていない熊へ飛翔し、着弾。
『あっ…?』
しかし体毛の影響か風の影響か、弾頭はすり抜ける様に横へ逸れていき、別の場所へと飛んでいった。
猟師は唖然とし、何が起こったかを理解するまで数秒間立ち尽くしてしまう。
其れが原因で相手の攻撃を許してしまった。
『……えっ?』
考え直す暇を与えられず、熊の鋭い爪と強固で肉厚な腕から発せられる一撃が胴の半分を裂き、事切れた肉塊と変わるのだった。
「……話からして既に二人死んでません?」
白野が語る内容に思わず琲世が口を開く。
「ええ、的確に頭部を一発でグチャリと」
右手を思いっきり振りかぶる動作を見せる白野の姿に、B級スプラッター映画めいた光景を容易に想像させる。
そうともなれば、所持品で判別するしか方法は無さそうだと宮本は思う。
「さて、話の続きですね」
少し逸れた物を修正するように、続きを語り始めた。
姉畑支遁が見た光景は、それこそ話すには憚れるほど凄惨なものであった。
『…うぶっ…!?』
実物を見るのが初めてなのか、殆ど見てこなかったせいでか、仲間の悲惨な状態に嘔吐。
朝食に食べていたらしいグラノーラと再会する羽目となる。
『……おや?』
視界を徐々に別の方向へ移しながら一つ気がついた事を見つける。
『どうした、先生』
怪訝そうな面持ちで支遁を見る年配の猟師が問いかけると数秒ほど考えた後に。
『………おかしいですよね?』
頬を膨らませ、疑問を吐く。
その意味がよく分からず猟師も思わず『ハァ?』の声が出た。
『いえいえ。普通に考えて見て下さい』
手に持っている杖代わりに真竹を切り出した物で二人分の遺体を差し、言葉を続ける。
『どうして
『………あっ』
その意味を直ぐに理解する。
熊等の生物は人間と同じ様に余った食糧を貯蔵する習性がある。
曰く其れを土饅頭と言い、饅頭の様に盛り上がった土の中に獲物の死骸などを詰め、後々の非常食として利用される。
『不思議ですよね?習性はそう簡単にやらなくなる訳がありません。人間を獲物として見るならば尚更巣の近くに貯蔵する筈です』
『………』
支遁の言葉通りに猟師の経験として長年ヒグマを追い仕留めてきた勘が示す。
死因らしい頭部裂傷以外の跡は無く、持ち帰るに出来る歯型すら存在しない。
『持っていく理由が無い…いいえ、というより…』
異様な光景の中、支遁は淡々と言葉を綴り。
『
一つの結論を出した。
『……俺達を殺す?』
『ええ。現に我々はのこのこと現場にやって来ては相手から覚えられました。これでは町に逃げてもジェイソン・ボーヒーズの如く追いかけてきては邪魔な者を排除し、我々を血祭りにあげるまで諦めないでしょう』
『…はっ?』
いや、おかしい。
その否定が頭に浮かぶも、何故か喉の中腹で止まり、声へ出すことが出来ない。
一瞬、其れがどういう意味を指し示しているのか、疑問を覚え、その答えを知る。
『…あのヒグマには知性があります。習性や本能を抑え込んで考えられる位には』
『そんな…馬鹿なっ…!?』
『であれば、この状況の説明が成り立ちません。持っていく意思すら存在しない肉食獣が居ますか?』
『…………』
支遁の言葉は紛れもなく的を得ている。
遺体をそのままにするのは、人間が遺体を持ち帰る事を知っているから。
そして、その遺体の周りに自身が追い掛けるための【マーキング】を施し、油断した所を襲いかかる為であろう。
『この周りに臭うのは恐らくヒグマの尿ですね。それも数日身体を洗っても取れない部類の物です』
『………成る程。俺達はもう"追われる者"って訳か』
『ホラー映画であれば悲劇的被害者リスト入りですね』
『ジョークが笑えねぇぜ』
倒せそうな人間が真っ先に殺されるお約束めいた立ち位置に居ることを茶化してみるも、流石に其れを笑い飛ばせる人間は此処に居なかった。
『……どうするんですか?』
『………仕留めましょう。次に出てくる犠牲者の事を考えたら此処で殺さねばなりません』
そう言いながら、近くに落ちていたハーフライフルを手に取る。
死んだ猟師の物であるが支遁は躊躇する様子もなく、ボルトを軽く引き、薬室内の状態を見る。
『…うむ、咄嗟に装填したけど弾詰まりを起こしてしまったみたいですね』
ボルトの排莢口にまだ撃たれていない実包が残されたままになっており、途中で引っかかっていた。
このアクシデントが持ち主の死に繋がったと考えられる。
『だから、手入れはきちんとしろって言ったんだ全く…』
『……暴発の危険がありますね。抜いておきましょう』
慣れた手付きでボルトを引き、実包を外した後に手に取る。
其れを吐き切って青ざめた顔をしている警察官に見せて手渡した。
『貴方は一旦車道に停めた車から応援を呼んでください。場合によっては道内の自衛隊にも連絡を』
『…あ、貴方達は?』
『俺たちか?そりゃぁ…』
猟師が腰のポーチ内に納めた弾帯から数発実包を装填し、ボルトを引く。
『時間稼ぎ兼仕留め役だろ?』
さながら死地に向かう兵の如く言い放つ。
「話を聞くに、一つ仮説が浮かんだんだが?」
「どうぞ」
白野が語る途中、宮本があることに気が付き、其れを口にする。
「そのヒグマ…"悪魔"じゃねぇか?」
「あっ、クマ?」
「ジョークじゃねぇからね?」
茶化す白野に目を細めては渋い顔で俯く宮本。
其れをため息一つついた琲世が口を開く。
「つまり……殺人ヒグマの正体は悪魔であった…というわけですね?」
「…正解です。もう少し正確に言うと、高レベル異能者クラスに変わり果てたヒグマと言ったほうが正しいですね」
「何だそりゃ」
ビシッと両手で指を差す白野。
その答えに宮本は更なる疑問が多数見つかっては首を傾げて皺くちゃな渋い顔になる。
「其れが分からないから困ってるんですけど?脳みそ変えたからって出来る芸当でも無く、そもそもどんな悪魔ですか?って言いたくなるけど!?」
白野は頬を膨らませ、身に降る問題へ文句を垂れて怒りをあらわにする。
何となく其れには同意しつつ、唸る宮本は人差し指を一本立ててから述べた。
「うむ…。ヒグマと悪魔を合体させたとか?」
「あり得ますかソレ?」
「ほらさ、ナチスドイツの科学力とかフリーメイソンのパワーとか色々とさぁ?」
「無茶振り過ぎる」
正体不明の存在に荒唐無稽さ溢れる仮説を積み上げる宮本に琲世は呆れて目元を押さえる。
但し、其れは悪魔の本質を知っている者であれば荒唐無稽でも机上の空論でもない。
有り得る可能性も孕んでおり、その実験体が何処かから出てきた事も考えられる。
「人間と悪魔の融合合体は例にある。月齢と人間の状態で変わることがあるがな?」
声のトーンを下げ、宮本は答える。
その言葉に白野は一瞬鳥肌が立ち、うっすらと嫌な汗をかいた気がさせる。
「………さて。だが今回の例は動物と悪魔だが…」
「動物が悪魔化した例は?」
「有り得なくないが、探すとなると骨が折れそうだな…」
例は無くないけれど。
と言いつつ、近場の石の上へ座る。
「さて、話が別路線に行きそうなので続きをお願いします」
「はぁ…ハイ」
このままだと埒が明かないと判断し、琲世は白野へ続きを促す。
恐らく此処から核心に入るのだろうと考えながら。
「………道警の無線情報から得た話です」
重い口を開け、淡々と語る。
時刻は既に日を跨ぎ、森は闇に覆われていた。
小さく吹く風が木々を揺らし、枝葉をカサカサと音を鳴子の如く発している。
森から少し離れ、開けた盆地の中央に大きな焚き木を作り、その傍を猟師と支遁の二人が辺りを警戒する。
夜間の猛獣と戦うには視界を確保しなければならない。
何時何処から現れ、襲いかかるか分からない以上、対応するためにも大きく火を焚き、明るく周りを照らすしか方法は無い。
『………』
『………』
ゆっくりと、感覚を駆使して探る。
巨体が動く以上、風音に紛れて忍び寄るには限界がある。
少なくとも落ちている枝等の踏んだことで鳴る音は直ぐに見分けがつく。
猟師は顔を前に向けたまま目線のみでライフルを見る。初弾は既に込められ、直ぐに構えられるように手を握りしめては息を吸って、深く吐く。
『……なぁ、先生』
『何でしょうか?』
心拍数の上がる状況を落ち着かせるべく、奇妙に冷静な支遁へ問いかけをする。
『随分と手馴れてたな。何処で習った?』
『私、海外のフィールドワークが多いので現地住民から撃ち方などを。アラバマ州では許可書を所持者が持っていたら貸し借り出来るのでこの手の銃はハンティングでは良く使いました』
『…ってことはフルサイズも使えるわけか…』
通りでとしっくり来た事で支遁への考え方を改める。
少なくとも頭でっかちな人間では無い事を知った。
『俺はアンタみたいに頭は良くねぇ…。北海道開拓でやって来たマタギの曾々祖父様からやり続けてる家業しか道はなかった』
『自然の中を生きるのは並大抵の事では無いですよ?其れに人が進出してきた中で今回のようなヒグマが現れたなら真っ先に向かうのは貴方を含めた猟師の皆さんだと思います』
『……そう言ってくれるなら嬉しいぜ』
自身を卑下するも支遁は淡々とであるが、猟師の在り方を理解する言葉でフォローをした。
其れは今までの生き方を認めてくれた様に感じられ、思わず重くのしかかっていたものが降りた気がする。
これで心置きなく立ち向かえる。
凶暴なヒグマと対峙する用意が出来たと共に、場に漂う空気が変わったことを肌で感じ。
『………来たな』
『ええ』
肩でしっかりとストックを当て、構える。
臭いが漂う。
木々の青臭さでは有り得ない鉄錆と独特の獣臭が風と合わさり、混じっては鼻孔を刺激する。
『ぐぶっ…ぶぶぶぶっ…』
見つけた。
ヒグマは口元をよだれで濡し、中腰の姿勢から四つん這いに変わり、歩を進めようとしている。
猟師はすかさず銃口をヒグマの喉仏へと合わせ、引き金に指を置く。
素早い判断は、今度こそ仕留めるという意思表示であり、決して外さないという意味を込めた物だった。
秒にも満たない速度で引き金を引く。
『……っ!?』
支遁は気がついた。
大きく鳴る銃声。
空を切り、螺旋を描くように飛翔する弾丸は瞬く間にヒグマの弱い場所である鼻っ面へ向かう。
傷が付けば痛みにのたうち回り、身体をよじって弱点を晒すであろう。
それで仕留めるつもりだ。
『……えっ?』
何が起こったのか理解が及ばない。
当てたはずの銃弾は何処かへ飛んで無くなった事だけは分かっている。
直ぐに構えたままライフルのボルトを引き、煙が昇る空の薬莢を排出させ、次弾を装填。
直ぐ様引き金を引いて撃った。
同じ様に銃弾はヒグマへと着弾。
しかし、火花が散るのみでヒグマの皮膚には目立った傷一つも付いておらず、今も健在に走り、向かってくる。
『……うそ…だろ…』
少なくとも自分の実力は理解していたはずだった。
相手を射殺す事を覚え、時として不届き者に怒りを覚えてはライフルを相手の額に当てる夢を夢を見たことも少なくない。
其れでも自身の理性を持って抑え込み、多くの動物を狩っては生計を立ててきた。
それを嘲笑うかのようにヒグマは迫る。
次弾を装填しよう。
咄嗟に思い出してはそれを行うようにボルトを引こうとした時。
『…あれっ…?』
排莢口に熱膨張した薬莢が挟まり、動かすことが出来ない。
整備を怠った訳では無いはず、と思いながらボルトを引くもビクともせずに嵌ってしまった。
『嘘だ…嘘だ…!?』
押しても引いても動かすことは叶わない。
聴こえる地響きが自分へと迫る事を知る由もない中で皺を伝って流れる冷や汗が多くなる。
『……あっ』
突然、視界が黒く染まる。
其れは四つん這いに走ってきたヒグマが立ち上がり、その腕で吹き飛ばさんとフルスイングする体勢へなっていたからだ。
猟師は思わず手を止め、動かすことを叶わずにただ呆然とそれを見てしまった。
『…………』
もう無理だ。
そう思い、心の底から諦めという感情に支配され、目を閉じようとした時。
【パニックボイス】
耳を突き刺すような甲高い悲鳴めいた物が響く。
『グゴァッ!!?』
『がぁっ…!!?』
思わず耳を塞ぎ、その場に蹲ると、襲おうとしていたヒグマも体勢を崩し、そのままあらぬ方向へ転がっていく。
何が起こったのか。
未だに耳の奥へ残るようなモスキート音めいた耳鳴りがある中で、霞がかった視界を向ける。
『キェェェエエエエ!!!』【デスタッチ*1】
大きく振りかぶった平手打ちがヒグマの頭部を打ち抜く。
空気が破裂したかのような大きな音が周りを響かせ、その凄まじさを物語っていた。
『……はっ?』
それを行っていたのは支遁であった。
『【マハラギオン】!!』
そう唱えた時、瞬く間にヒグマの身体から炎が巻き起こり、巨大な熱波が襲い覆い尽くす。
『グギャァァア!!!』
受けた事の無い痛みがヒグマの全身へと包む。
がむしゃらに腕を振り回し、使用者と思われる支遁へと攻撃するもその軌道を読み、難なく回避する。
言わずもがな姉畑支遁は異能者と呼ばれる存在である。
場馴れした様子で次々と攻撃を行い、相手の反撃をいなしては体勢を崩した直ぐに拳で脇腹を殴りつける。
体格や筋力では圧倒的にヒグマの方に分がある。
しかし、それをあまり補う術として人間の持つ骨格の可動範囲を大いに利用し、大振りしか出来ないヒグマを圧倒する。
『……終わりですね』
着ていた衣服の中から、何かを勢いよく引き抜く。
くの字に曲がった片刃の刀身の其れは幅が広く、薪割りをするナタのように見える。
その柄を両手で握りしめ、背面一杯に曲げてから勢いよく振りかぶった。
【貫通撃*2】
刃がヒグマの硬い頚椎を切り裂き、ギロチンの如く頸を切断。
一瞬にして絶命した巨体は痙攣を起こし、切断面からは勢いよく血を吹き出し、辺り一帯を赤く染めて飛び散らしていく。
ヒグマは呆気もなく死んだ。
というよりも、更に強い存在によって屠られた方が表現的に正しい。
姉畑支遁は血飛沫を真っ向から浴びてしまい、頭頂部から靴先まで殆どを鮮血で覆われてしまった。
『………落ちるかなぁ…』
傍目から見て死闘を繰り広げたとは思わない力無く間延びした声色で全身真っ赤な状態になったことを後悔しつつ、焚き木の近くに置いたペットボトルのミネラルウォーターを手に取り、軽く水で手を洗い流す。
粗方取ってから半分になった中身を飲み干し、べシャリと音を鳴らして潰してからズボンのポケットへとしまう。
『さてと…大丈夫ですか?』
『…あっ…ああ…』
すっかり腰の抜けた猟師に手を差し出す。
ある程度水で流したものの若干こびりついた部分は帰宅してからでしか落とせそうに無い。
其れでも、猟師は気にすること無く手を取って立ち上がった。
『アンタ一体…』
『どうかその辺は御容赦を。あまり騒ぐのが苦手なので』
『………分かった』
少々事情が込み合っている故にこの場では話し辛いであろう。
そう考えた猟師は此処で口を噤む事とする。
『……さて、このヒグマ…一体何だったんだ?直前で弾が弾けたぞ?』
『そういう体質持ちとだけ言っておきます。まぁ、私も
肩をすくめてため息をつく。
初めてにしては随分と手慣れた様子で殺したものだと呆れとある種の誉れを感じ、支遁の存在が恐ろしく思う。
一方で、疲れを見せる支遁は腰に手を当て、背筋を曲げて身体を伸ばす。
『とりあえず、応援を呼びつつ麓で休憩を…』
猟師に下山を示し、足を車道に停めた車の方へ向けた瞬間。
『………どういう事ですか?』
『………』
使用していたライフルのそれとは異なる軽い音。
其れは近距離で利用され、銃刀法によって厳しく処される日本で唯一使うことが許された職業の者が使用する回転式拳銃の物である。
『…うっ…動く…な!!』
向けられるのはニューナンブM60と呼ばれる拳銃。
完全な日本製であり、全国の警察官が携帯を行い、海上保安庁や麻薬取締官も使用している。
震える手で銃口を定めるのは、先程車載無線を行うために向かっていた若い警察官であった。
『おい、何してるんだ?どうして銃を向けて…』
『動くんじゃない!!』
『穏やかでは無いですね…』
落ち着かせようと両手を前へ出しては声をかけて宥めるも、今度は猟師の方へ向けた。
『応援を呼んだ!事情は署で聞かせてもらうぞ!』
『あの。一体どうしたんですか?』
『黙れバケモノ!!絶対に動くんじゃない!』
再度、支遁の方へ銃口が向く。
『化け…物…ですか』
警察官の顔が恐怖に歪む事を支遁自身は理解している。
『……私、中高一貫校の時代に異能者として目覚めましてね?当時のいじめっ子の顔面を一生残る傷創ったんですよ』
『何言ってんだ先生?』
『まぁ、殴ってすぐは気持ち豊かになりましたが…結構後から肉を殴る感覚はキツイ事に気が付きましてね?内容物吐き出しましたよ』
過去の出来事を笑いながら述べるも、少々顔に引き攣りを見せ、無理をしながら警察官の方へと歩む。
『お、おいっ…!!動くなと…!!』
『まぁ、ですので…』
後ずさり、指に力が籠もる。
『簡単には死にません』
一発、拳銃弾が側頭部へ当たり。
『…痛っ!』
火花が弾け、皮膚には少し焦げた跡を作ったのみで終わる。
『はっ?』
『ってい!!』
『ぐはっ…!?』
対して効かなかった事で驚きを覚えたまま固まってしまい、その隙に詰め寄られ、気絶させる。
『さて…これで私は公務執行妨害罪ですねー』
『おい、アンタどうする…』
『先に下山して下さい。逮捕されるのは私のみの方が宜しいでしょうし』
『いやっ……あっ…』
気絶した警察官をすぐ横に寝かせ、その意味を猟師に示す。
『………まぁ、直ぐシャバに出れるように直談判するぞ!』
『ええ、一応期待しておきます』
共犯にしたくない支遁の願いを知り、猟師は深々と頭を下げ、そのまま来た道を下っていき、森を抜けていった。
『……はぁ…』
一つため息を付いてから、仕方がなかったとはいえ、他に方法が無かったのかと考えつつ、警察官の呼んだ応援を待ち、穏便に逮捕されるのを願うのだった。
to be continued
琲世「…で、逮捕され…裁判で実刑判決が?」
白野「うん。緊急避難に当たるのでは?と思って裁判員も道警側に問い糾したけれど…」
宮本「無理だった訳か…」
白野「3年半の懲役で後から半年お務めしたら執行猶予期間で出れたはずなんだけどなぁ…」
宮本「何で脱獄したんだ?そもそも何があった?」
白野「其れはさっぱり。知らぬ内に皆消えたとか」
琲世「はい?」
白野「少なくとも防犯カメラには映ってなかったみたいなの。