※この作品はR-18です。

真・女神転生〜ジャッジメントデビルサマナー〜   作:葉隠小太郎

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亡き者への鎮魂歌

 

 

義父の話をしましょう。

 

私の義父は生まれ育った街で神父をしていました。

人々からは頼りにされて、多くの迷える者を時に諭し、時に戒め、祈りを続けていた人でした。

 

私も、義父を見本に日々の在り方を学び、糧を得られることを歓び、感謝する事を忘れぬように生きていました。

 

『いいかい〔■ビ■ン〕。我等は多くの迷える子羊を導くことを是とするのだ。悪しき道に落ちることを防ぎ、未来永劫心穏やかに生きれるように』

 

子供の頃から好きだった義父。

逞しく、謙虚で、優しく、心豊かな人。

 

でも…。

 

『…射精すっ…ぞ!エリーゼ…!!』

『あっんっ…!?中は駄目っ…!!神父様!私イッちゃい゛っ…!!』

 

見てはいけなかった。

夫婦で子に恵まれないと相談しに来た時に会った女の人が神父によって犯されている光景が広がっている。

 

不貞行為は罪になる。

神父はその貞淑を護らねばならない。

 

戒律でそう定められているのに何故か目を離すことが出来ませんでした。

 

お互いの汗が混じり合い、湿度を持った呼気が空気を覆い、肉同士のぶつかり合いが生じる。

 

人が獣になるのを私は見続けるのでした。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「…はぁ…はぁ…はぁ…」

 

走り続けてどれ程経ったのか。

其れを覚えるには難しくなるほど時が経った頃。

 

友奈は膝に手を付き、背を壁へともたれ掛かりながら身体を休める。

 

道中巡回するシャドウと鉢合わせしない様、部屋の中にあった小物を行き先と別の方向へ投げては忍び足で進み続けていた。

 

行方不明のラビアンの捜索とパレスに由来する【オタカラ】の調査という難題に不安が募る。

 

「………そもそもオタカラって何?」

 

概念的な物では無く、その物品の正体が分からない。

 

少なくとも安全な場所で保管されている可能性がある以上隈なく探してはいるものの、コレと言った物は見つからず、其れが正しいか迄もが分からない事が悩みのタネとなっている。

 

「………全然思い浮かばない!!」

 

普通であれば何度も入って調査を繰り返す物だが、今回ばかりはそうとも言っていられない。

粗方の部屋へ入っては見回ってみるも目ぼしい物は見つからず、このまま出られずに餓死する可能性も出てきていた。

 

「──どうしよう」

 

考えども考えども堂々巡り。

"ドツボにはまる"という言葉の使い所が此処だと改めて理解してしまうと、更に救いがたい状況を判らせられ、その場にへたり込む。

 

如何に退魔師の娘であっても、実戦経験の少なさが此処に出てきた事を酷く呪い、吐き捨てたくなる気持ちに思わず床を殴りつける。

 

「……イッテテ…」

 

床にヒビが入るものの、流石に素手で殴るには頑強なコンクリートでは手を痛めてしまう。

ただ、その痛みで若干ながら冷静な思考を取り戻せた気がした。

 

「…もう一度見て回ろう。うん」

 

まだ諦めるわけにはいかない。

息を整えて立ち上がり、父から教わった形意拳の構えを取る。

 

自然と習った事を素早く出来ることは良い事だと不器用な笑顔をして教えてくれたあの日を思い出して、彼女は思わず笑みを溢す。

 

何時でも芯は変わらない。

 

其れが生き抜く為に必要な心得だと教わった事を心の中でピン留を行い、深く息を吐く。

 

漸く、前へと進む力が湧いた。

 

友奈は前へと向かおうと左右を目線で確認しながら脚を踏み出そうとした時、ふと視界にあるものが映る。

 

「……案内板?他の階にもあったなぁ…」

 

裁判所の全体図が描かれた案内板が壁に貼られている。

他の物と遜色ない素材で出来ているが、唯一現在居る階だけ赤く枠が塗られて判別しやすくされている。

 

間違いなく、今居るのは9階建ての中の4階。

中腹部である為か資料保管室や上下階集まりやすく食堂スペースが置かれている。

 

何処をどう見ても特に変わらない様子の物であるが。

 

「ん?……んんっ??」

 

何かがおかしい。

どうおかしいかと言われたならば言語化するには難しく、どう説明すればいいかまでは判らない。

 

が、其れでもおかしい事には変わらず。

 

「……ふぅぅ〜ん?」

 

手で触れてみる。

 

質感は恐らくステンレス製。

レーザー等で彫られたのかも知れない案内板の文字をなぞり、違和感の正体を探り続けていく。

 

指の腹が中央の廊下付近に触れると。

 

「……あれ?」

 

縦に線が1つ、見た目では分かりづらく加工された跡を見つけた。

 

「…なんだろう?」

 

此処だけ妙な四角い形状をしている。

そう考え、人差し指で押してみると。

 

其れはボタンだったらしく、どんどん沈み込み、カチャリと音が鳴った。

 

「………あれ?」

 

ボタンの位置から察し、その場所を遠目で見ると、何もなかった筈の壁から1つ、扉が見える。

 

「これが?」

 

歩きながらその扉が何かを知る。

所謂、エレベーターという物で、右側に上昇と下降の矢印キーがある筈だが。

 

「……上しか無い」

 

上昇のボタンしか無い。

どうしてだろうか?と考えるも、このままでは変わらない状況である以上、多少自棄っぱちで押し通すしか無い。

 

上へと指すボタンを押す。

 

内蔵されたランプが赤く光る。

 

昇ってきているのか分かり辛いが扉が開くまでは待つしか無い。

 

────何処かで見たなぁ…この雰囲気。

 

異界とあってか、不可思議な既視感(デジャヴ)を感じて思い浮かばせる。

 

両親が仕事で遠征に向かっていた際、夜更かしに衛星放送チャンネルの1つを見ていた時。

ポチポチとリモコンで放送中の番組を切り替えつつジュースを飲んでいた際、薄暗い長い廊下が広がっている場面が映し出された。

 

其れを好奇心は猫をも殺すの勢いに止めてしまい、ジッと目線を留めて見てしまう。

 

ジィィ…と電子音のみが小さく聴こえ、何も変哲もない廊下の情景を映すも、何が気に障ったか、ずっと目を離せなくなった。

 

ずっと続くかに見えたその光景に変化が訪れる。

 

廊下の端から、誰かが立っていた。

 

シルエットで頭から肩と首辺りが見えず、とても長い髪で覆われていると想像する。

女の人だろうか?と思いながら観察を続けていると、ジジッっと砂嵐が起きたように画面が乱れる。

 

そ(・)の(・)人(・)は(・)居(・)な(・)く(・)な(・)っ(・)て(・)い(・)た(・)。

 

瞬きした瞬間に何かあったのかな?

そう感じた瞬間。

 

見(・)開(・)い(・)た(・)目(・)が(・)画(・)面(・)上(・)を(・)覆(・)っ(・)た(・)。

 

 

あれ以来から夜中のテレビ番組は絶対に見ないようにしている。

ただ、あの映像が番組の物とはとても思えなかったけれど、その理由が今理解出来た。

 

今(・)あ(・)の(・)映(・)像(・)そ(・)の(・)も(・)の(・)な(・)の(・)だ(・)か(・)ら(・)。

 

「…ヒッ!?」

 

居る。

 

画質の悪い映像ではない、鮮明な視界で捉えたシルエット。

 

ワンピースを着けた髪の長い女が廊下の端にゆらゆらと揺れて立っている。

 

早くエレベーターが来ないのか?

そう考えてるも、来る様子は見られない。

 

今走って逃げるべきでは?

そう思っていても、足がまったく動けない。

 

押しても引いても恐らくは微動だに出来ず、まるで瞬間接着剤に覆われたかのようだった。

 

女がゆっくりと此方側へ歩く。

 

靴は履いていない。

但し、水滴が落ちる音だけ響く。

 

水なんて此処には無い。

その音が聴こえてくるのは、今も迫る女の方から。

 

カチカチと歯が鳴る。

身体中が震え、何も考えられなくなる。

 

のっそり踏み出す歩幅も段々大きくなり、進むスピードも早くなっていく。

 

「アッ…ァァ…」

 

喉から洩れるか細い音。

終わりを体現する恐怖。

悪意が人の形を作る。

 

それが遂に、眼前へと迫り、喉へ目掛け両手が突き出され。

 

『地獄の業火に灼かれろ…【アギダイン】』

 

突如燃え上がった。

 

『ァァァァ゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!??』

 

女は焔に焼かれ、散らそうと床に転げ回ってはのたうち回る。

 

しかし魔界魔法で発動させた炎の前では消すことなど不可能であり、対象者が黒々とした燃えカスになるまで焼き続けられた。

 

「…ァ…?」

『大丈夫かい?友奈嬢?』

「あ…〔アンドラス〕さん…っぅ…」

 

居たのは、大きく見開いたハイライトのない目とゆるさは無いゆるキャラめいた三等身のきぐるみ顔の悪魔。

 

〔堕天使:アンドラス〕である。

 

『うん、尊厳は漏れてないみたいで良かった良かった。漏れてたら私がじっくりねっとり舌舐めずり取ってあげたんだけどなぁ〜』

「………イエケッコウデス」

 

頬を紅潮させながらぐねぐねと両手足を絡ませつつもじもじさせる様は兎に角気持ち悪さが前に出てしまい、ドン引きする始末。

 

引き攣った笑いしか出来ない彼女は軟体生物と見間違いさせる身体の動きを見せる所が尚更悪寒を走らせるのだった。

 

「……あの。宮本さんは?」

『あ〜あ。うん…深くは聞かんといてや』

「あっ、ハイ」

 

まさか凡ミスで全員魅了が効くとは思っておらず、ため息吐いては悩ませる始末の中で、堕天使が続ける。

 

『とはいえ、かかり過ぎって感じたもんだから何かカラクリでもあるのかな?と思って一旦離れてみたらお嬢を見つけてね?』

「良かった…本当に…」

『惚れんなよ?一応私にも将来誓い合った仲も居るんだからね?』

「あ、いえ…無いです」

『辛辣ぅ〜〜!!』

 

キッパリと断る姿勢を見せる友奈に一歩大人の階段を昇った事へ嬉しさ反面寂しさを感じるアンドラス。

 

そんなやり取りの中、エレベーターから到着のベルが鳴った。

 

特定のイベントが終わると基本的に到着する様式美的な物だろうと思いながら。

 

『ホラゲあるあるネタ。中に入ったら怪奇現象が起こる話』

「止めて下さいよ」

 

散々驚き慄いて精魂尽き果てそうな顔の友奈がぼやきながら、バックパック内のアイテムである【チューインソウル】を口に含む。

味は合成甘味料と酸味料で創り出されたブドウ風味、噛めば若干ながら【MP(マグネタイトポイント)】が回復する。

 

サトミタダシで安売りしていたのを爆買いした1つである。

 

「脳が騙されてる味ですね…」

『騙し騙され色々と…ってな感じだろ。階段の踊り場でステップすると回復するヤツも居るけど?』

「なにそれ?」

 

一部のペルソナ使いはそれで戦っている。

 

2人はそのままエレベーター内へ入り、唯一上昇のみのボタンを押す。

両開きの扉が閉まり、音を立てて動き始めた。

 

『何も躊躇無しにボタン押せるのってすげぇと思うんだよね?』

「体感時間も分からなくなってますし、もう何が起きてもおかしくないですし」

『まぁ、異界なんぞ数ヶ月とか長い期間居るような空間じゃねぇからな。特に他所の家は』

 

時間変化の無い空間である以上、今の状態では精神衛生上よろしくない。

唯一の変化であるこの異質なエレベーターの先が分からずとも、虎子を得るには進むしか無かった。

 

そう信じながら、四角の空間でジッと到着することを祈って待つ。

 

ガタンッと音が鳴り、上昇が止まる。

 

「………止まった?」

 

停止して数秒、扉が左右に開いた。

 

「………なにこれ?」

 

友奈が見た先は、何(・)処(・)か(・)の(・)教(・)会(・)の(・)大(・)聖(・)堂(・)であった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

私が15歳になった頃、突然体調を崩したことがあります。

 

訳も分からず、当時献身的に礼拝に来ていた産婆さんから聞きました。

 

『貴女は立派な淑女(レディ)になったのですよ。〔ラビ■■〕』

 

当時は初めて生理用品を使いました。

子を宿し、1人の女性へと成長した証として、義父から貰い受けました。

 

『とても素晴らしい事なのだ。子を産み、慈しみ、君のような立派な人間へと育てる事こそ主の思し召しなのだよ…』

 

義父は優しく微笑み、私の成長を歓びました。

 

けれどあの不貞の日から義父の顔を間近に見ることが出来ません。

 

清廉潔白で質素倹約ながらもキチンと使うべき場所には惜しみなく使う立派な人。

そんな方だからこそ、精魂疲れ果てては一時の堕楽に落ちてしまったのでしょう。

 

私はそう信じていました。

 

義父の瞳に映る自分がどれだけ醜悪かを知らず知らず。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

友奈の目に映るのは、大きな大聖堂。

 

明らかに別の空間に移ったのでは?と思ってしまい、周りを見回すものの。

 

「あれっ?エレベーターは!?」

『一回コッキリの蜘蛛の糸ってやつだろ?まぁ糸の先かどうかは筆者にしか分からねぇけどね?』

 

仏が垂らした一本の蜘蛛の糸と表現し、消えたエレベーターに未練なくアンドラスは足を進める。

 

どうすれば良いのか?

驚きはしなかったが、焦燥感は絶えず降り注ぐ中で致し方なくアンドラスの後ろへと着いて行くしか無い。

 

長い木製の椅子と光源である幾万もの蝋燭の炎。

足元にもちらちらと照らされ、恐る恐るおっかなびっくりに歩く友奈に対して、ドスドスと我が物顔で進むアンドラス。

 

『……ん?』

 

ふと、気が付く。

 

「どうしたんで…『シッ…』ムグゥ…」

 

突然止まった事に友奈が問いかけようとするも、両手で口元を塞がれる。

一体どういう事か?

そう思って大聖堂の前方、祭壇の方を見る。

 

男(・)が(・)立(・)っ(・)て(・)い(・)た(・)。

 

「ケルビムは翼を高く伸べ、その翼をもって贖罪所をおおい、顔は互にむかい合い、ケルビムの顔は贖罪所にむかわなければならない…」

 

腰まで届く銀色の髪。

細身ながらに整った肉体。

色素の薄そうな顔つき。

 

其れは言うであるならば【天使】。

 

天から遣わされた御使いと呼ばれる存在其の物であり、男は手にしている本を小さく音読をしていた。

 

『…好きだね。そんなに唯一神(ファッキン・マイ・ファザー)に気に入られたいのか?』

「たとえどの様に唱えられたりしても、"俺"が気に障ることは無い」

『ハァン…!一端に大(・)天(・)使(・)の(・)一(・)柱(・)やっててもそんな程度かな?聖人さん?』

 

のっぺりとした笑顔のままに、男へと突っかかってはメンチを切るアンドラス。

どうやら知り合いのようで不穏な空気を漂わせても友奈はホッと胸を撫で下ろす。

 

「良かったぁ〜。知らない人だったらどうしようかと…」

「所で彼女は何者か?貴様のサマナーでは無さそうだが?」

『あぁん?私の大事な"さくらもち"ちゃんだよ?何時かはベッドの上で大満開させることが夢で御座る』

「ハッキリ言ってキモイです」

(好感度ダダ下がっているなコレ)

 

初対面でも分かるコキュートスの如く冷めきった縁の糸は、忽ち触れれば指が寸断されてもおかしくはない。

 

此処は口を噤んでおく。

其れが天の御遣いとして経験してきた教訓であったりする。

 

「さて、迷える者よ。初めまして…この身になったが俺はより良い道を照らす神の炎…〔ウリエル〕と申す者だ」

「ウリエル?……あの大天使?」

「そうだ。が…今は…」

 

友奈の前へと立ち、手を前へと差し出す。

 

「…【聖人】。つまりは人(・)の(・)身(・)というわけだ」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

最近、義父の視線に妙なものがある。

 

不意に肩を触れられると身体が震えて驚き等とは異なる訳も分からない感情に押し寄せられた時もあります。

 

誰に話すにも難しく、ため息を吐いては落ち葉の片付けに勤しんでいた時。

 

『其れは嫌悪感という物ですよ?シスター〔ラ(・)ビ(・)ア(・)ン(・)〕』

 

金髪の少女がそう言った。

いつの間にか後ろに居て、にこやかな笑みを浮かべて立っていたのは今も覚えています。

 

『君は稀有な心の持ち主だ。其れが汚泥に汚れたとしても変わらぬ信仰心を保てるか見てみたいな』

 

一方的に述べて一方的に消える。

知ろうとする前に少女は消え去り、私は白昼夢でも見ていたのだろうか?と首を傾げました。

 

嫌悪感。

 

その名の通り、嫌な思いを悪と感じる感情で、主にセクシャルハラスメント等に該当します。

一部教会では、神父が弱い立場にある信者の子供達に行い、多くの男女が今も苦しんでいると調べて出てきました。

 

────有り得ない。

 

義父は素晴らしき方で、皆からも親しく慈愛に満ちた人物だと理解出来ている。

けれど、あの少女の言葉が頭の中で反芻してはひとつまみの砂粒を落とすように何かが溜まっていく。

 

『其れが嫌悪感という物ですよ?』

 

そんな筈はない。

義父に限ってこの様な悪行を行うとは思えない。

それを信じて今日もまた、日課の洗濯へ励もう。

 

『…ヒッ…ヒグッ…ウェェ…』

 

子供が泣いていた。

確か夫を事故で亡くした母子家庭の子供だと記憶にあった。

 

『どうかなさいましたか?』

 

私はその子に話しかける。

怪我をしたのか?それとも友達と喧嘩をしたのか?

 

どちらにせよ、話を聞き、子の憂いを少しでも取ってあげたい。

そう思って聞いた。

 

でも聞くべきじゃ無かった。

 

『…し…神…父様が…』

 

ここで何故義父が出てきたのか疑問に思う。

 

『……僕の…身体、触って…きたの…』

『どういう…事、ですか?』

 

思わず問いかけてしまった。

あまりにも信じられない事、故に。

 

『キスは…好きな人同士しか…しちゃイケナイって…お母さんから…言われてたのに…神父様が…』

 

私の中で何かが音を立てて割れた気がする。

この子は今、私の知らない義父の顔を見たのだ。

 

ドス黒く、醜穢で恐ろしい化け物を見て震えたのだ。

 

『………私が問いただします。貴方はお母さんと共に駐在所へ行き、警察官の方に今の話をして下さい』

『…うん』

 

私は子供を家まで送る。

 

聞かねばならない。

問わねばならない。

 

何故この様な事をしたのか。

 

首に掛けたロザリオを強く握り締めると、何処かで怪我をして、一筋血が流れている事を知る。

その痛みがある種今覚えている怒りの大きさを示すように。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

聖人ウリエル。

 

天使信仰が苛烈になり始めた時代に、多くの主流派が〔ミカエル〕〔ガブリエル〕〔ラファエル〕以外の天使を堕天使と銘打ったとされる。

 

ウリエルもまた同様に、四大天使の中では新参に当たる存在でもある大天使だが、扱いの殆どは良くない方が多く、不遇の天使とも言える。

 

しかし、〔大天使:メタトロン〕という存在がある通り、かつて〔エノク〕もしくは〔イーノック〕という人間であった人物が大天使の座に納まったケースも存在し、ウリエルもまた堕天(ダウンフォール)ではなく、人々に寄り添う"聖人"として在り続けたと解釈するものも居た。

 

神の炎、神の光。

 

たとえ多くの主流派から貶められたとしても、その背には神を信じ続ける片翼の羽が其処にある。

 

 

『…ってのが、聖人ウリエルだ』

 

悪魔という存在は奇妙な律儀さを示すものが多い。

特にゴエティアの72柱の悪魔は正しい手順を踏みさえすれば知恵を貸し、知識を与え、術者の願いを聞き遂げる。

 

悪と断言するには奇妙な誠実さを持つ存在もまた、悪魔の側面とも言える。

 

「ウリエルさんって凄い人なんですね…」

「とは言うものの、俺自身はその分霊が受肉した様な物でな?逸話から奇跡的に出来たが、高位の悪魔でも出来るのはあのたわけ者(モーニングスター)位だろう」

「モーニングスター?」

『くわばらくわばら』

 

恐らく一生関わりたくはない存在ベスト5に入るだろう存在に手を合わせてお祈りをするアンドラス。

友奈もあまり良い存在とは思えず、関わり合いを止めておこうと決めるのだった。

 

「さて、俺のプロフィールは分かって貰えたということで1つ頼みがある」

『出来たらおにゃの子の身体をぬちょぬちょにするみたいな事がいいな〜』

「いや、其れはない…が…うむ…」

 

尚、欲望だだ漏れのアンドラスは友奈によって頭頂部から唐竹割りをされる。

それとは裏腹にウリエルは言い淀み、どう言葉にすべきかと悩み、1つ咳払いをしてから答えた。

 

「おにゃの子…というよりも敬虔な修道女を何とかして欲しい。この異界から出るにも必要になる」

 

………

……

…

 

懺悔室という物をご存知であろうか?

 

端的に言えば古めかしい木製の箱が2つ、1つに修道士や司祭が入り、もう1つに告発者が入る。

中は壁が1つ、金網か何かで声のみが聴こえるが顔は見えないように施されており、基本的に匿名の人物となっている。

 

告発するものは己が犯してきた罪。

法や論理に反する行為を誰にも知られずに心の中にしまうと、其れが膿の如く溜まって周りを腐らせていく厄介な代物。

 

だが罪を告発する勇気が無い者も少なからず居るだろうし、告発することが出来ない事情も存在する。

 

それ故に、司法の届かない教会にその告発を行う場を造ることは必然的であった。

 

「人は墓場まで秘密を持っていく事が出来る者は殆ど居ないだろう。日々受ける重圧や生活の基盤が失われる場合等でもポロッと言いかねない。故に吐き出す場として治外法権である教会に懺悔という形を取った」

 

誰しも大なり小なり秘密を抱えている。

其れが罪となるならば尚更誰にも言えず、噤んだまま生きていく。

 

「其れで『神は全てを赦します』…と?」

「そう言わねば告発者も救われない。其れが現実という物だよ」

 

嫌なものだとウリエルが吐露する。

清廉潔白に生きるには地上は厳し過ぎるともぼやく姿もある種人間臭い感情には驚き、友奈の目を丸くなる。

 

父から聞いていたメシア教が信奉する天使はより機械的で、容易く殺しを行えるターミネーターポジションと考えていた故に尚更驚きがあった。

 

『さて、本題は?』

「告発者側に居る〔ラビアン〕なるシスター。彼女を引き摺り出さねばならない」

「ラビアンさん…!?中にラビアンさんが居るんですか!?」

「うむ、色々と経緯が複雑故にな?」

 

ウリエルが手をかざす。

 

「そちらのお嬢さんが中に。欲望だだ漏れの堕天使では務まらない役目だ」

『うっせー。仕事もロクにこなせねぇ脳筋天使の癖して』

「どうやら決着を付けたいみたいだな?」

 

2人?が殴り合う。

ギャグ漫画で起こる煙と腕や足が飛び出す演出が目の前で出ているも、友奈は気にせず傍聴者側の部屋へと入っていった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

『一体何をしたんですか?司祭様』

『……何をしたか?そんな事分かっているだろ?〔ラビアン〕』

 

義父の前に立ち、私は問う。

 

そんな事をするはずがない気持ちと、あの日の不貞行為が過ぎったことで起こる疑念が渦巻く中で、真実を知るために。

 

『…神に仕えるというのは見えない重圧を持つものだ?分かるだろう?』

『理由にはなりません。弱い立場の者達に振るう最低な行為です』

『…ふっ…ふふふ…』

 

嗤う。

まるで間違っていると言わんばかりに。

 

『分からないのか?皆が平伏す姿を見て心が震えないか?』

 

義父の言葉は芝居がかっていた。

吟遊詩人の様でもあり、舞台俳優の様でもある。

 

かつては役者を目指していたと義父を知る者が言っていた。

しかし、敬虔な信徒であった母から反対され、神学を学ぶ事としたと。

 

つまりは。

 

『…それは貴方に対してではありません』

『でも、一端は持っているよ?』

 

義父は神に仕えていない。

神(・)の(・)力(・)に(・)仕(・)え(・)て(・)い(・)る(・)の(・)だ(・)。

 

権威、権力、権勢。

 

十字教という威光を蜜のように啜る寄生虫なのだ。

 

『ラビアン。あぁ…私の愛し子よ…』

 

私の前に両手を広げ、近付いていく。

その意味を知ればゾワリッと肌寒い感覚に襲われた。

 

私とあの子を同じ視点で見ている。

慈愛の心ではなく、性淫の眼差しで。

 

『や…止めて下さい…!!』

 

初めて義父の手を叩き落とす。

今まで行って来なかった行為故に、義父も目を丸くして驚いた表情で呆然としてから。

 

『あっ…あっははは…!!そうかそうか…!それもまた良いじゃないか…!!』

 

まるで新しい玩具を見つけたかの様に笑い始めた。

拒否を示されなかったのだろう。

その新鮮な反応で、義父は私の腕を掴み、引き摺ろうと力を込める。

 

『やっ…止めっ…』

『これこそ神が産まれる前から人々が行い続けてきた行為だ…!快楽に飲まれる事もまた主への思し召しだ…!!』

 

何をしようとしているのか理解出来る。

手を引き剥がそうと藻掻いた。

連れて行かれないように暴れ回った。

 

しまいに私の衣服が乱れ、留め具や袖を引き千切られて無惨な姿を晒され、私は怖くなって。

 

『止めて!!』

『うおっ!?』

 

手を前に義父の胸部を押し、逃れられる。

バランスを崩し、二歩程後ろに下がった瞬間。

 

『あっ…ああっ…!!?』

 

両手を中空でバタつかせながら視界から消えた。

 

其処が地下へと下りる階段の踊り場という事を忘れていた。

 

足の踏み場に身体中が叩きつけられる。

バキリ、ボキリ、ゴンゴン、ガンガン。

酷い音を鳴らし、下へと落ち切った。

 

『……お父さま?』

 

両手を床につき、這うように階段の下を覗く。

 

ぐちゃぐちゃだった。

手足が折れてあらぬ方へ曲がっていた。

顔は何か硬い物に当たったせいで熟したトマトの如く潰れきっている。

 

『あっ…あぁ…』

 

私(・)が(・)殺(・)し(・)た(・)。

 

義父を私が殺したのだ。

 

そのつもりはなくとも、其れは赦されざる事で無かった。

 

『何があった…!!』

『ひっ…!?』

 

どうすればいいか考える暇も無く、1人この町に住む医学者が駆けつけてきた。

恐らく義父の毎日飲む薬を届けに来たのだろう。

 

『…これは…!?』

『……わ…私の…せい…』

 

現場を見た時、医師は下へと下り、義父の首元を触れる。

 

駄目だったのだろう。

顔を暗く落とし、何があったかを私の姿を見て判断すると。

 

『…ラビアン。今から君に1つ催眠を施す』

『えっ?』

 

医師は肩掛け鞄の中から1つのポーチを取り出し、中から1本の試験管を抜く。

中にはどの色とも違う不思議な色合いの砂が入っていた。

 

『…【ザントマン】の夢砂だ。掛かりやすくなる』

 

手の平へと取り、息を吹きかけられる。

砂がキラキラと目の前に舞い、私の意識が途切れ途切れになる頃。

 

『君は此(・)処(・)に(・)居(・)な(・)か(・)っ(・)た(・)。(・)義(・)父(・)は(・)病(・)気(・)で(・)亡(・)く(・)な(・)っ(・)た(・)。良いね?』

 

その声を聴き、私は『はい』と答えて目の前が真っ暗になる。

 

 

 

 

 

            to be continued

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