ハジメは夢を見る。
そこでは多くの美少女達が殺され、地面に倒れ伏していた。
彼女達は皆、淫魔王の嫁であり、眷属だった。
互いに互いを愛し、慎ましく暮らしていたが、そんな平穏は奪われた。
勇者と呼ばれる男の手によって。
「ようやく追い詰めたぞ! 淫魔王! ミリアを、よくも俺の幼馴染を、洗脳しやがったな!」
勇者は怒り狂っていた。
「……すまない。僕の“魅了”は抑えることはできない。故に君の幼馴染を奪ってしまった。だが、安心してほしい、お前からミリアの記憶は消す。これで辛い思いをしなくて済むはず――」
「ふざけるなァ! 全てはお前がいるから! お前がいなければ! 不幸になる奴らいないんだよッ!」
だが淫魔王は、性根が悪だとか、そういうわけではなかった。
彼を世界の敵たらしめる要因は、彼の持つたった一つの能力。
悪いのは、彼の持つ“魅了”の能力だった。
淫魔王の“魅力”の力は、彼の好みに該当する全ての女性に対して効果を及した。
最初は目の前の女性にしか効果を及ぼさなかったそれは、嫁、すなわち眷属を増やすにつれて範囲が広がって強力になり、やがて世界全体へと波及するようになった。
そして、この影響は抑えることができないが故に、淫魔王は、世界の美しい女性を全て手中に収めることとなった。
やがて淫魔王は、世界最大の巨悪と化し、勇者と対峙することとなった。
◆◇◆◇
頭が割れるほどの頭痛を感じながら、ハジメは目を覚ます。
痛みとは別の、原因不明の不快な感覚に吐き気を覚えながらも、ハジメは身体を起こした。
「……え?」
まず目に飛び込んできたのは、巨大な壁画だった。
縦横十メートルはありそうなその壁画には、後光を背負い長い金髪を靡かせうっすらと微笑む中性的な顔立ちの人物が描かれていた。
ハジメはその壁画を、目を細めて見る。
嫌な予感、というより、薄ら寒い何かを感じたからだ。
「待て、なんだここは……」
周りを見渡してみると、どうも自分達は、巨大な広間にいるらしいということが分かった。
美しい光沢を放つ滑らかな白い石造りの建築物のようで、これまた美しい彫刻が彫られた巨大な柱に支えられ、天井はドーム状になっている。
大聖堂という言葉が相応しい、荘厳な雰囲気の広間であった。
ハジメ達はその最奥にある台座のような場所の上にいるようだった。
どうやらあの時教室にいた人達は、全員巻き込まれているみたいだ。
香織と雫についても、ここにやってきていた。
困惑していたりはするみたいだが、見た感じでは、特に怪我等は無さそうである。
そして、次に目を向けたのは、台座の周囲を取り囲む者達だ。
少なくとも三十人近い人々が、ハジメ達の乗っている台座の前にいたのだ。
まるで祈りを捧げるように跪き、両手を胸の前で組んだ格好で。
彼等は一様に白地に金の刺繍がなされた法衣のようなものを纏い、傍らに錫杖のような物を置いている。
見た感じ、宗教関連の人達であることはすぐに予想できた。
ひとまず、ここは安全そうである。
その内の一人、法衣集団の中でも特に豪奢で煌やかな衣装を纏う、七十代くらいの老人が進み出てきた。
「ようこそ、トータスへ。勇者様、そしてご同胞の皆様。歓迎致しますぞ。私は、聖教教会にて教皇の地位に就いておりますイシュタル・ランゴバルドと申す者。以後、宜しくお願い致しますぞ」
そう言って、イシュタルと名乗った老人は、好々爺然とした微笑を見せた。
◆◇◆◇
場所は移り、十メートル以上ありそうなテーブルが幾つも並んだ大広間。
ここもまた、例に漏れず煌びやかな作りだ。
おそらく、晩餐会などをする場所なのだろう。
上座に近い方に畑山愛子先生と、クラスの中心である天之川光輝や、その取り巻きが座り、大体クラス内カーストの序列順に座っていく。
ハジメは目立たないように、後ろの方でひっそりと座った。
ここに案内されるまで、誰も大して騒がなかったのは未だ現実に認識が追いついていないからだろう。
イシュタルが事情を説明すると告げたことや、凄まじいカリスマを持つ光輝が落ち着かせたことも理由だろうが。
全員が着席すると、絶妙なタイミングでカートを押しながらメイドさん達が入ってきた。
その全員が、男子の夢を具現化したような美女・美少女メイドである。
ハジメには愛する人がいるので何とも思わなかったが、他の男子は大半がメイドさん達を凝視している……
「……ッ!?」
はずだった。
背筋が、震える。
本能が、何かを訴えている。
ハジメは、その気配の出先である、自身に対して給仕をしたメイドを見る。
その銀髪の少女は、見た目で言えば香織や雫と同年代位だろう。
だがその目はとても冷たく、まるで機械のような、感情のない表情をしており、大人びているように感じ取れた。
そのメイドに、ハジメは何かを感じた。
(なんだ、コイツ……)
目を細めて、そのメイドを見る。
だが、あの時一瞬感じた気配は何だったのか。
今見ても、特に何も感じなかったので、すぐに視線を戻した。
ともかく、全員に飲み物が行き渡るのを確認するとイシュタルが話し始めた。
「さて、あなた方においてはさぞ混乱していることでしょう。一から説明させて頂きますのでな、まずは私の話を最後までお聞き下され」
そう言って始めたイシュタルの話は実にファンタジーでテンプレで、どうしようもないくらい勝手なものだった。
簡単に言うなら、
①人間族と魔人族が、数百年の戦争の途中である。
②最近、魔人族が魔物の使役により急激に戦力を増やしている。
③この状況を打破するために、エヒトという神様に頼んで、救世主という名の異世界人を召喚してもらった。
④そうして召喚されたのがハジメ達である。
こんな感じである。
「あなた方を召喚したのは“エヒト様”です。我々人間族が崇める守護神、聖教教会の唯一神にして、この世界を創られた至上の神。おそらく、エヒト様は悟られたのでしょう。このままでは人間族は滅ぶと。それを回避するためにあなた方を喚ばれた。あなた方の世界はこの世界より上位にあり、例外なく強力な力を持っています。召喚が実行される少し前に、エヒト様から神託があったのですよ。あなた方という“救い”を送ると。あなた方には是非その力を発揮し、“エヒト様”の御意志の下、魔人族を打倒し我ら人間族を救って頂きたい」
イシュタルはどこか恍惚とした表情を浮かべている。
おそらく神託を聞いた時のことでも思い出しているのだろう。
本心で言うなら、ハジメからしてみれば迷惑極まりない話でしかなかった。
地球で例えるなら、現実で起きてるか否かは別として、他国から誘拐してきた学生を兵士として扱う、といった感じだ。
あまりにも理不尽と、そう言う他ない。
だが、この要求を拒絶したところで、帰る方法も分からないのでどうしようもないのだ。
だがもちろんと言うべきか、教師の鑑と言うべきか、畑山先生が猛反対するが……イシュタルいわく、元の世界には帰せない、方法がわからないとのこと。
それを聞いた多くの生徒がパニックになりかけるが、それを止めたのが、天之川光輝だ。
彼は、この世界の人々を見捨てられないと言い、自分達で世界を救うと断言してみせた。
そして多くの生徒がこの言葉に迎合していく。
ここまで断言するのはどうかとハジメも思ったが、戦争参加自体はハジメも賛成だった。
(……下手なこと言ったら面倒なことになる予感しかしないし)
なんせ戦争参加を真っ向から拒絶し続けるのは、それはそれで危険というか、そんな感じな気がした。
魔法のような超常的な力を使ってくる人達の手により召喚されたのだ、下手なことを言ったら、そのまま操られて操り人形にされる可能性すらあるのだ。
ハジメは、宗教組織のトップということもあり、イシュタル教皇を警戒することにした。
◆◇◆◇
それからは大教会を出て、ハジメ達を受け入れてくれるハイリヒ王国へと向かった。
そこでは国王やその家族と面会し、その他有力な家臣達を紹介された。
その後は晩餐会だった……のだが。
「頭痛、いてぇ……」
召喚されてから、頭痛がどんどんひどくなっている。
その痛みで、ハジメはあまり晩餐会を楽しめずにいた。
食事は食べられるし、喉を通りはするし、とても美味しいとは思うが、やはりあまり食べる気にはならなかった。
なので彼は周りの人とは群れることなく、一人でため息を吐いていた。
「あの、大丈夫でしょうか?」
それか、明らかに辛そうな様子だったのだろう。
一人の少女が、怪訝そうな様子で尋ねてくる。
ハジメはその少女のことを覚えている。
確か、王族と面会した時にいた覚えがある。
「ん、ああ、色々あってちょっと疲れてしまって……えっと、あなたは確か、王女の……」
「はじめまして、リリアーナです」
「はじめまして、南雲ハジメといいます」
彼女は、王女のリリアーナ・S・B・ハイリヒ。
ハイリヒ王国の国王夫妻の長女である。
「やはり、突然の事で、不安でしょうか?」
「……不安、ですね。言ってしまえば、僕達はこれから、兵士として戦うことになる……死ぬかも、しれない。大切な人が、死んでしまう、かもしれないから」
「……申し訳ありません。見ず知らずの私達のために、平和な世界から呼び出していまい……」
どうやら彼女は、平和な地球から呼び出されたハジメや、他の生徒達に、後ろめたい気持ちがあるらしい。
自分達とは関係の無い異世界から、何も知らない人達を呼び出して、死ぬかもしれない危険な戦いへと向かわせる。
そうして、ハジメ達の人生を狂わせていくことに、彼女は申し訳なく思っているのだ。
「えっいや……王女様が謝ることじゃないですよ! そりゃあまぁ、僕も可能なら戦いたくありませんが……でも、王女様が召喚を決めたわけじゃないんでしょう?」
だが、こうして謝られるのもばつが悪い。
ハジメは慌ててリリアーナを慰める。
「それは、そうですが……」
「僕としては、こうして心配してくださる王女様の心遣いが、一番嬉しいです。異世界の見ず知らずの人間である僕達のことを、ここまで心配してくれる人なんて、多分そう滅多にいませんよ!」
それは、本心からの言葉だった。
不安なハジメ達を心配するリリアーナではあるが、他の異世界の人達は、そんな様子はほとんど無い。
唯一彼女だけが、ハジメ達の境遇に心を痛め、こうして心配してくれていると言っても過言ではない。
ハジメとしては、そういう想いは、とても嬉しいものだった。
「……そう、でしょうか?」
「はい。おかげで不安が減りました。ありがとうございます、王女様」
そうして、ハジメは笑顔でお礼を言った。
するとリリアーナは、わずかに頬を赤くして、ハジメから目を逸らした。
恥ずかしいのか、あるいは別の何かがあるのか……
「……はい。それと、私のことは、気軽にリリィと、お呼びください……」
「あ、うん。分かりました」
彼女は小さく震えた声で、リリィと呼んで、気楽に接してほしいと、そう言ってきた。
そんなことがありながらも、晩餐会は終了した。
すると今度は、明日以降のことについてが簡単に説明され、ハジメ達は、一人一人に用意された部屋へと案内された。
やはり異世界から召喚された勇者一行、という立場だからなのか、部屋はとても豪華であった。
ハジメは疲れた身体と脳を癒やすために、ベッドに横になり、眠りについた。
◆◇◆◇
そして、ハジメは夢を見た。
・南雲ハジメ:異世界召喚の影響でなんか頭がめちゃくちゃ痛いらしい。