ハジメが何人かの兎人族の少女を眷属に変えた翌日。
助けた兎人族達に、とあることをお願いしていた。
「……なるほど。つまり樹海の中にある大迷宮に案内してほしい、と」
「はい。多分そこに、僕の探しているモノがある……と、思うんで」
オルクス大迷宮で手に入れた神代魔法。
あれは、普通の魔法を超越した、それこそ人知を超えた代物だった。
もし仮に、他の大迷宮で別の神代魔法が手に入るのだとしたら、それを手に入れることができれば、自身の制御不可能な“魅了”を何とかできるかもしれない。
そんな可能性を見出した以上、大迷宮の捜索と探索は、優先されることとなった。
「しかし、大迷宮……樹海そのものが大迷宮なのでは?」
ただ、カムにとっては、樹海そのものが大迷宮という感覚らしいが。
「いや、多分それは無い」
「え? それはどういう……」
「樹海そのものが大迷宮だとしたら、これまでに樹海に住む亜人族の一人か二人は、最奥に辿り着いてるはず。でも多分、そういう話や言い伝えは無いですよね?」
「……確かに、無いですね」
「なら多分、樹海そのものが大迷宮って線は無いと思う。どこかに本当の大迷宮の入口があるはず」
ハイリヒ王国で調べた限りだと、ハルツィナ樹海そのものが大迷宮という記述が多かった。
だがそれが本当だとしたら、この長い歴史の中で、亜人族の一人か二人は、樹海を踏破して神代魔法を得ているはずなのだ。
でも、そういう報告が同じ亜人族からも無かったとなれば、おそらく本当の大迷宮は、樹海に隠されている。
ハジメは、そう考えたのだ。
「本当の大迷宮、ですか……」
カムは何とか、これまでの記憶を振り返り、アイデアを絞り出す。
「思い当たる所といえば、大樹ですが……昨日も話した通り、私達は亜人族の集落……フェアベルゲンを追われてしまい……樹海に戻って見つかってしまえば、命が……」
「そこはまぁ、僕達が守るから大丈夫です。安心してください、あなた達には傷一つつけさせません」
ハジメ達の強さは本物だ。
特にハジメの武装は、神代魔法ですら霞むイカれた性能をしたものが揃っているため、普通の亜人族程度であれば、相手にならないだろう。
兎人族達も、帝国の兵士を一方的に虐殺する様子を間近で見ていたため、ハジメの言葉や自信が本物なのだと分かった。
「分かりました。それでは案内しますので、その間、護衛をお願いします」
そうして、ハジメ達はハルツィナ樹海へと入っていった。
◆◇◆◇
樹海に入ってしばらくすると、霧が濃くなってくる。
とにかく見晴らしが悪く、これでは外から来た人は迷ってしまうというのも頷けると、ハジメは感じていた。
「ところで」
そんな中、ハウリア族の族長であるカムが尋ねる。
「ハジメさんは、一体何を探しているのですか?」
ハジメはまだ、探し物をしているとしか説明していない。
何を探しているのか、その具体的な内容までは話していなかったので、それについて尋ねてきた。
「神代魔法という、特殊な魔法を探していまして。これを利用すれば、僕の嫌な性質も、改善できるのではないかと思って」
「嫌な性質……?」
「“魅了”って技能があるんですけど……異性にしか効果は無いんですけど、僕の場合はそれが制御できないんです。だから周りに無差別に魅了を振りまいてしまって……最近では、目を合わせただけで魅了するということもちらほら……」
「神代魔法とやらがあれば、それが改善できるかも、と?」
「あくまで可能性があるだけですけどね」
ハジメにとっては、これは何よりも重要な話なのだ。
不本意ではあったとはいえ、前世ではこの能力のせいで、多くの人を不幸にさせてきた。
今回は、そんなことにはさせないと、ハジメは強く決心していた。
そんな風にちょくちょく話しながら進んでいると、ハジメとユエは気が付いた。
「……ん?」
気配を感じる。
自分達を囲うような、無数の気配を感じる。
魔物のそれとは明らかに違う、人間か、それに近しい何かに包囲されたような、そんな感覚だ。
しかも、その気配がかなり近い。
視界が悪くて気付かなかったが、かなり前から自分達のことがバレていたのかもしれない。
そしてそこに、虎模様の耳と尻尾を付けた、筋骨隆々の亜人が現れた。
「お前達……何故人間といる! 種族と族名を……いや、待て」
人間がいるということで、かなり警戒している様子だったが、その虎の亜人の目は、シアを目にしたことで大きく見開かれた。
「白い髪の兎人族…だと? 貴様ら……報告のあったハウリア族か……亜人族の面汚し共め! 長年、同胞を騙し続け、忌み子を匿うだけでなく、今度は人間族を招き入れるとは! 反逆罪だ! もはや弁明など聞く必要もない! 全員この場で処刑――」
「全員動くな」
怒り狂う虎の亜人に向けて、ハジメは言う。
同時に、虎の亜人の首や手足のすぐ先に、剣が出現する。
もちろんそれだけじゃなく、剣はハジメ達や兎人族を包囲する全員を拘束するかのように浮かんでいる。
「なっ……」
「お前達の周りに浮かぶ剣、これに斬れないモノは無い。一歩でも動けば、致命傷になるぞ」
第五の宝具“宝剣”による拘束。
直接動きを止めることは不可能だが、敵の手足や首の皮膚スレスレの所に出現させているので、動けば死ぬ可能性すらある状態だ。
「これは、魔法……いや、何なんだ……!?」
困惑しつつも、命の危機を感じだった亜人族達は、ハジメの思惑通り動けなくなった。
「僕達の目的は一つ、ハルツィナ樹海の奥に存在する大樹へ向かうことです。なのでここは何も言わず、通していただきたい」
ある程度安全になったところで、ハジメは目的を話す。
ハジメとしては、亜人族と争う気は無く、ただ大迷宮がある可能性が高い大樹へ向かおうと考えているだけなのだ。
そのことを伝え、彼らの興奮を抑えようとする。
「大樹……大樹に行き、お前達は何をするつもりだ?」
虎の亜人は、そこに行き何をするつもりかと問う。
「僕達は大迷宮を探している。兎人族の話を聞いて、大樹付近に入口がある可能性が高いと感じた」
「大迷宮? 何を言っている? 七大迷宮とは、この樹海そのものだ。一度踏み込んだが最後、亜人以外には決して進むことも帰る事も叶わない天然の迷宮だ」
「いや、それだと色々おかしい」
やはりと言うべきか、ここにいる亜人族達も、兎人族と同じ考えを持っているらしい。
ハジメは兎人族にしたのと同じように、自分の考えを伝えた。
本当に樹海そのものが大迷宮なら、これまでの歴史で、誰かしら踏破しているはずだと。
「一応僕と、あとここにいるユエは、オルクス大迷宮を突破していてね。その経験からも、この樹海が迷宮という考えはおかしいと感じている」
「ほう?」
「オルクス大迷宮で知った話だけど、大迷宮ってのは、“解放者”達が残した試練らしい。そう考えると、ここにいる魔物は明らかに弱い。狡猾な固有魔法を持ってるわけでも無いし、これでは試練にすらならない」
「……」
「霧で迷うといえば迷うし、最初はそれが試練とも思ったけど……だとしたら亜人族は簡単に突破できちゃうし。なのに、これまでに踏破したって報告が無いのはやっぱりおかしいんだよ」
ハジメの話を聞き終わり、虎の亜人は困惑を隠せなかった。
ハジメの言っていることが分からないからだ。
樹海の魔物を弱いと断じることも、解放者とやらも、迷宮の試練とやらも……聞き覚えのないことばかりだ。
だがしかし、今、この場において、ハジメが適当なことを言う意味はないのだ。
圧倒的に優位に立っているのはハジメの方であり、言い訳など必要ないのだから。
しかも、妙に確信に満ちていて言葉に力がある。
本当に亜人やフェアベルゲンには興味がなく大樹自体が目的なら、部下の命を無意味に散らすより、さっさと目的を果たさせて立ち去ってもらうほうがいい。
虎の亜人は、そこまで瞬時に判断した。
しかし、即座に攻撃こそしてこなかったが、ハジメが圧倒的な戦闘力を持っていることは、誰の目から見ても明らかだった。
本人が無闇に攻撃する気が無かったとしても、流石にここまで強大な存在となると、野放しにはできない。
「……お前が、国や同胞に危害を加えないというなら、大樹の下へ行くくらいは構わないと、俺は判断する。部下の命を無意味に散らすわけには行かないからな」
故に虎の亜人は、ハジメを見逃すという選択をした。
その言葉に、周囲の亜人達が動揺する気配が広がる。
樹海の中で、侵入して来た人間族を見逃すということが異例だからだろう。
「だが、一警備隊長の私ごときが独断で下していい判断ではない。本国に指示を仰ぐ。お前の話も、長老方なら知っている方もおられるかもしれない。お前に、本当に含むところがないというのなら、伝令を見逃し、私達とこの場で待機しろ」
「分かりました。あと、仲間に危害を加えないって約束だし……拘束は解きます」
ハジメがそう言うと同時に、亜人族の手足付近に出現していた“宝剣”は、全て消えた。
「剣が消えた……特に問題は……無いな。ザム! 聞こえていたな! 長老方に余さず伝えろ!」
「了解!」
虎の亜人の言葉と共に、気配が一つ遠ざかっていった。
とりあえず、何とかなったといった感じだろう。
「ふぅ……疲れた。ユエ、僕はちょっと休む」
「ん。私が警戒しておく」
「いや、その必要は無いよ」
ハジメは大きく息を吐き、警戒を解く。
流石に常に気を張っているのは疲れるというものだ。
それと同時に、ハジメとユエ、あと兎人族の集団を囲うかのように、無数の“宝剣”が出現する。
こうすれば、外側からの攻撃は全て斬られるため、防御になる。
「こうすれば、広い範囲を守れる」
こうして安心しきった所で、ユエはハジメに甘えだす。
それにつられてシアもくっついてきたりと、そんなことをしているからか、周囲は何とも言えない微妙な雰囲気ニ包まれる。
そんなことをして一時間。
急に、気配が近付いてきた。
同時に亜人族達の間に緊張が走る。
霧の奥からは、数人の新たな亜人達が現れた。
彼等の中央にいる初老の男が特に目を引く。
流れる美しい金髪に深い知性を備える碧眼、その身は細く、吹けば飛んで行きそうな軽さを感じさせる。
威厳に満ちた容貌は、幾分シワが刻まれているものの、逆にそれがアクセントとなって美しさを引き上げていた。
何より特徴的なのが、その尖った長耳だ。
森人族、いわゆるエルフという種族なのだろう。
おそらく、この初老の男が長老なのだろうと、ハジメは察した。
「ふむ、お前さんが問題の人間族かね? 名は何という?」
「はじめまして、南雲ハジメといいます。それで、あなたは……?」
「私は、アルフレリック・ハイピスト。フェアベルゲンの長老の座を一つ預からせてもらっている」
初老の男は、アルフレリックと名乗った。
「さて、お前さんの要求は聞いているのだが……その前に聞かせてもらいたい。“解放者”とは何処で知った?」
そして早速、本題に入る。
ここは正直に答えるべきだと考え、ハジメは嘘偽りなく答える。
「オルクス大迷宮の最深部です。大迷宮を突破した先に、解放者の一人“オスカー・オルクス”の隠れ家があり、そこで色々と知りました」
アルフレリックは、表情には出さないものの、心は驚愕していた。
なぜなら、解放者という単語と、その一人が“オスカー・オルクス”という名であることは、長老達と極僅かな側近しか知らない事だからだ。
「ふむ、オルクス大迷宮か……それでは、迷宮を突破したことを証明できるか?」
あるいは亜人族の上層に情報を漏らしている者がいる可能性を考えて、ハジメに尋ねるアルフレリック。
「証明、証明か……ユエ、何かあったっけ?」
「……大迷宮の魔物の魔石とか? あと、オルクスが付けてた指輪とか」
「あー、いいかもな」
ユエにアイデアを出してもらい、ハジメは宝物庫からいくつかの魔石と、オルクスの指輪を取り出した。
「これがオルクス大迷宮の奥の方の魔物からとった魔石。で、これがオルクスが指輪です」
アルフレリックに渡すと、これまでほとんど表情を変えなかった彼は、目を軽く開いて驚く。
「ふむ、確かに……それに魔石も、これ程の純度の物は見たことがない……」
何度か頷くと、アルフレリックは魔石と指輪を返却した。
「……確かに、お前さんはオスカー・オルクスの隠れ家にたどり着いたようだ。他にも気になるところはあるが……よかろう。取り敢えずフェアベルゲンに来るがいい。私の名で滞在を許そう。もちろん、ハウリアも一緒にな」
アルフレリックの言葉に、周囲の亜人族達だけでなく、カム達ハウリアも驚愕の表情を浮かべた。
虎の亜人を筆頭に、猛烈に抗議の声があがる。
それも当然だろう。
かつて、フェアベルゲンに人間族が招かれたことなど無かったのだから。
「彼等は、客人として扱わねばならん。その資格を持っているのでな。それが、長老の座に就いた者にのみ伝えられる掟の一つなのだ」
アルフレリックが厳しい表情で周囲の亜人達を宥める。
とはいえハジメも、突然フェアベルゲンに、亜人族の村に来いと言われても、それはそれで警戒してしまうというもの。
「えっと……必ずフェアベルゲンに行かなければならないんですか?」
行く理由が無い、だから行かないと、ハジメは遠回しに伝えるが。
「大樹の周囲は特に霧が濃くてな、亜人族でも方角を見失う。一定周期で霧が弱まるから、大樹の下へ行くにはその時でなければならん。次に行けるのは一週間後だ。それまで、客人としてもてなそう」
「なるほど」
念のため、カムの方を見てみるが、彼も冷や汗をかきながら頷いていた。
多分この話は本当で、カムはこのことを完全に忘れていたのだろう。
「分かりました。あっ……ですがその前に一つ」
早速村へ行こうと、そう思ったところで、ハジメは先に話しておくべきことを思い出した。
「決して、僕の前に女性を出さないでください」
「それは何故?」
「僕は“魅了”という技能を持ってるんですが……制御できない上、とんでもなく強いんです。異性にしか効かないですが、下手したら、目が合っただけで“魅了”が発動します。というかこの子……シアは、実際に目が合っただけで魅了されて、今では僕の彼女になりました」
ポンポンとシアの肩をたたきながら、そう説明する。
彼女だと言われたシアは、顔を赤くしてモジモジしている。
「……なるほど。だがそれに関しては、目隠しをすれば良いのでは?」
「ん? ああ、それもそうか。じゃ、適当に布巻こ」
だがそれに関しては、目を隠しておけば問題無い話だ。
ハジメは適当な大きさのタオルを取り出すと、それを視界が覆われるように頭に巻いた。
「んっ……ハジメ、手を握って。私についてきて」
「あっちょっ、ユエさんずるいですぅ! ハジメ様、私の手も! フェアベルゲンは、私が! 案内します!」
そんな風にして、ハジメ達はフェアベルゲンへと向かうのであった。
・南雲ハジメ:亜人族がかなり敵対的でビビった。