別室へと通されたハジメ達。
少しして現れたのは、メガネを掛けた理知的な雰囲気を漂わせる細身の男性だ。
彼は険しい表情で、ハジメ達の方を見ている。
「お待たせしました。なるほど、貴方達が……事情はある程度聞いています。プーム・ミン氏が未知の方法で殺されたと……」
そこには何一つの痕跡も無い。
魔法の詠唱らしきものをした人物はいないし、直接攻撃をした人物もいない。
証言もあるので、そこは確実ではあるのだが。
「失礼。私はドット、秘書長をしております。本日は貴方達の聴取を担当させていただきます。ですが、どこから尋ねればいいものか……」
とはいえドットからしてみれば、状況を聞くに、犯人はここに集まった誰か以外だとは思えないのだ。
絡まれていたハジメ、ユエ、シア、それと護衛をしていたレガニド。
だが彼らにあんな殺人ができるかと言われれば、否。
だからこそ、何から話せばいいのか、聞けばいいのか、ドットは困惑していたのだ。
少し考えた後に、ドットはまずハジメ達の方を向く。
「一先ず貴方達です。聴取が終わるまではフューレンに滞在はしてもらうとして、身元証明と連絡先を伺っておきたいのですが」
流石に容疑者を放置することはできないので、とりあえず街に留まらせようとする。
ハジメとしても、厄介事にならないようにと、とりあえず従う。
「構わないですが……まだ宿を取ってないもので。そっちの案内人にでも聞いてほしい。身分証は……ステータスプレート、僕のはあるんですが、この二人のが紛失してて……」
「ふむ、とりあえず貴方のものを見せていただけますか?」 「ええ、どうぞ」
ハジメのステータスプレートに表示されている冒険者ランクは、最低の“青”だ。
実力的にはさらに上ではあるのだが、ハジメは冒険者になりたてなので、こんな低いランクになっている。
「なるほど、“青”……ですが何となく、そうは見えない気がしますね。しかし残りの二人はどうしたものか……」
ハジメの態度が良かったからか、まぁ態度は悪くはなかった。
ユエとシアのステータスプレートが無いと聞くと、少々厄介そうだという顔をしたが、それだけだ。
「……ハジメ、手紙は?」
「ん? ああ、そういえばあったなそんなの」
ふと、ユエに言われた言葉。
それにより、ブルックの街で渡された手紙を思い出した。
「身分証明の代わりになるかは分かりませんが、知り合いのギルド職員に、困ったらギルドのお偉いさんに渡せと言われてたものがありまして」
「知り合いのギルド職員ですか? ……拝見します」
渡された手紙を開いて内容を流し読みする内に、ドットはギョッとした表情を浮かべた。
そして、ハジメ達の顔と手紙の間で視線を何度も彷徨わせながら手紙の内容をくり返し読み込む。
目を皿のようにして手紙を読む姿から、どうも手紙の真贋を見極めているようだ。
やがて、ドットは手紙を折りたたむと丁寧に便箋に入れ直し、ハジメ達に視線を戻した。
「この手紙が本当なら確かな身分証明になりますが……この手紙が差出人本人のものか私一人では少々判断が付きかねます。支部長に確認を取りますから少し別室で待っていてもらえますか? そうお時間は取らせません。十分、十五分くらいで済みます」
「え? あ、はい」
ドットは傍の職員を呼ぶと別室への案内を言付けて、手紙を持ったまま颯爽とギルドの奥へと消えていった。
ちなみに、一緒に連れて行かれたレガニドについては、早々と返され、いなくなった。
それからしばらくして。
本当に十分か十五分くらい経った後。
遂に、扉がノックされた。
そこから現れたのは、金髪をオールバックにした鋭い目付きの三十代後半くらいの男性と先ほどのドットだった。
「初めまして、冒険者ギルド、フューレン支部支部長イルワ・チャングだ。ハジメ君、ユエ君、シア君……でいいかな?」
簡潔な自己紹介の後、ハジメ達の名を確認がてらに呼び握手を求める支部長イルワ。
ハジメも握手を返しながら返事をする。
「はい、はじめまして。名前は手紙に?」
「その通りだ。先生からの手紙に書いてあったよ。随分と目をかけられている……というより注目されているようだね。将来有望、ただしトラブル体質なので、出来れば目をかけてやって欲しいという旨の内容だったよ」
「トラブル体質……まぁ確かに、ブルックじゃあトラブル続きだった。それはそれとして……肝心の身分証明の方はどうなりましたか?」
「ああ、先生が問題のある人物ではないと書いているからね。あの人の人を見る目は確かだ。わざわざ手紙を持たせるほどだし、この手紙を以て君達の身分証明とさせてもらうよ」
どうやら手紙は本当にギルドのお偉いさん相手に役立に立ったようだ。
手紙をくれた人……イルワは“先生”と呼んでいた。
ハジメ達から見れば、ただの恰幅のいいおばちゃん程度にしか思わなかったが、相当偉い人物だったのだろう。
「それはよかったです。一応、帰りたいところではありますが……流石にダメですよね?」
ハジメとしては、さっさとおさらばしたい所であった。
証拠は欠片もないだろうが、ハジメがあの太った男を殺したのは事実だから。
だが殺人の可能性がある以上、そう簡単には離れられないわけで。
「ああ。少し、話を聞いてほしい」
イルワは、隣に立っていたドットを促して一枚の依頼書をハジメ達の前に差し出した。
「君達は中々の腕利きだと聞く。そこで、一つ依頼を受けて欲しいと思っている」
「……」
「聞いてくれるなら、今回の件は不問とするのだが……」
ハジメが疑わしいと、難しい顔をしたと思ったらすぐ、そうやってイルワは続けた。
それは言外に、話を聞かなければ今回の件について色々面倒な手続きをするぞ? ということだ。
現状、被害者のすぐ近くにいたハジメは殺人容疑者の一人である。
まぁ確実に面倒なことになるが、それを無視できるとなれば聞かないわけにはいかない。
「まずは、聞くだけです。受けるかどうかは、内容次第ということで」
「聞いてくれるようだね。ありがとう。さて、今回の依頼内容だが、そこに書いてある通り、行方不明者の捜索だ。北の山脈地帯の調査依頼を受けた冒険者一行が予定を過ぎても戻ってこなかったため、冒険者の一人の実家が捜索願を出した、というものだ」
イルワの話を要約すると、つまりこういうことだ。
最近、北の山脈地帯で魔物の群れを見たという目撃例が何件か寄せられ、ギルドに調査依頼がなされた。
北の山脈地帯は、一つ山を超えるとほとんど未開の地域となっており、大迷宮の魔物程ではないがそれなりに強力な魔物が出没するので高ランクの冒険者がこれを引き受けた。
ただ、この冒険者パーティーに本来のメンバー以外の人物がいささか強引に同行を申し込み、紆余曲折あって最終的に臨時パーティーを組むことになった。
この飛び入りが、クデタ伯爵家の三男ウィル・クデタという人物らしい。
クデタ伯爵は、家出同然に冒険者になると飛び出していった息子の動向を密かに追っていたそうなのだが、今回の調査依頼に出た後、息子に付けていた連絡員も消息が不明となり、これはただ事ではないと慌てて捜索願を出したそうだ。
さらに話を聞くと、ウィルにあの依頼を薦めたのはイルワのようで、少し負い目に感じているのだとか。
確かな実力を持つ人達を同行させたので問題ないだろうと、そう思っていたのだが、残念ながら現実はそうはいかず。
昔からの顔馴染みということもあり、生存が絶望的だとしても、何とかしてやりたいと、そう思っているのだとか。
「なるほど……なるほど」
「どうだ? 受けてくれるかね?」
「あー、まぁ…………」
ハジメは少し考える。
何度か頭を捻り、物を考え、約二十秒後、大きく頷く。
「受けます。でも、代わりと言ってはアレですが、条件を二つ」
「条件?」
「まず一つは、ユエとシアにステータスプレートを作って欲しいということ。そしてもう一つは、そこに表記された内容については他言無用を確約すること」
「なるほど? まぁ、そのくらいであれば構わないよ」
「ありがとうございます。後はまぁ……ちょっとしたお願い程度ではありますが、面倒事が起きた時、味方になってくれると嬉しいですね」
「ふむ、まぁ……手紙にも書かれていたからな。ある程度の便宜は図ることは約束しよう」
ハジメとしては、ステータス的に何かしらの厄介事が起こる可能性があると、そう感じていた。
王都にいた時にメルドから聞いた話だと、“魔力操作”を持つ者は、人間ではなく魔物として扱われ、処刑されるのだとか。
そしてユエとシアは、その“魔力操作”を持っている。
だから、ステータスプレートそのものは身分証として欲しくはあるが、そこに記されるステータスは、可能な限り知られたくなかったのだ。
それを容易に行う方法が、箝口令を敷くことであった。
が、それに関しては思った以上にすんなり行った上、さらにはある程度の融通までしてくれると言ってくれた。
ハジメとしてはこれ以上無い成果である。
そういうわけで、話は比較的穏便に済んだのであった。
「君達の秘密が少し気になってきた所だが……それは依頼達成後の楽しみにしておこう。ハジメ君の言う通り、どんな形であれ、ウィル達の痕跡を見つけてもらいたい……ハジメ君、ユエ君、シア君……宜しく頼む」
イルワは最後に真剣な眼差しでハジメ達を見つめた後、ゆっくり頭を下げた。
大都市のギルド支部長が一冒険者に頭を下げる。
そうそう出来ることではないだろう。
「もちろんです。受けたからには、全力で遂行します」
その後、支度金や北の山脈地帯の麓にある湖畔の町への紹介状、件の冒険者達が引き受けた調査依頼の資料を受け取り、ハジメ達は部屋を出て行った。
・南雲ハジメ:眷属が関わらない所では穏やかなので、話は原作以上にスムーズに進んだ。