車を降りたハジメ達は、かなりのハイスピードで山を登っていった。
ハジメが周囲の魔力を探り、シアが周囲の音などから探知を行う。
「う~ん……偵察・索敵用の道具を作っておくべきだった」
今になって、ちゃんとした準備をせずにオルクス大迷宮を出たことを後悔するハジメ。
とはいえ、ミレディから貰った目隠しはとんでもなく優秀で、ほんの僅かな魔力の残滓でさえ見逃さない。
シアの五感もあったため、居所を探るのは、とんでもなく難しいというわけでもなかった。
だが、ハイスピードで進みすぎた反動で、愛子が疲れてしまったようで。
「はぁはぁ、きゅ、休憩を……南雲君……」
元々彼女は非戦闘員だ。
ステータスも、魔法側に極端に偏っており、フィジカル面はかなり貧弱だ。
六合目あたりまで進んだのだから、疲れて当然だろう。
「……それじゃあ休憩にしましょう。そろそろ、これまでより細かく調べる必要も出てくるはずだし」
それ以外にも、ここまで魔力的な痕跡はどこにも見つからなかったが、ここまで奥まで進めば、何かしら見つかるはず。
いや、もっと言うなら遺留品などが、残っているかもしれない。
遺留品については、ほとんどシアに任せるが、細かく調べる必要がある以上、一旦小休止を挟んでおくべきだと思ったのだ。
「……それにしても、眷属の身体って凄いね。ステータスも上がってたし……こんなに山を登ったのに、全然疲れない」
ちなみに、疲れ果てている愛子とは対照的に、優花は全然疲れていない様子だ。
ハジメの眷属となったことで、ステータスに対してバフがかかり、大幅に上昇していたのだ。
愛ちゃん親衛隊に入ってから訓練はほとんどしてこなかった優花だが、眷属になった今なら、オルクス大迷宮で戦闘訓練を続けているクラスメイトとも互角に戦えることだろう。
「ちなみにハジメ。今の所どんな感じ?」
そんな優花は、ハジメに進捗を尋ねる。
何も言わずに進んでいたから、何か見つけたのかと、気になって聞いてきたのだろう。
「いや、痕跡は何も。清水君の魔力の痕跡も探してるけど……本当に何も無い」
「ふーん」
「……本当に、何も無いんだよ。魔物の魔力の残滓すら、ほとんど視えない。こんな山の中だし、普通ならそれなりに視えてもいいはずなのに」
今な所、何も無い。
探し人の魔力の残滓が無いのは当然だが、魔物の魔力の残滓すら、ほとんど見つからないのだ。
つまりそれは、この辺りに魔物がいないということを指すが……それはそれでおかしな話だ。
「ちなみにですけどハジメ様。ここからはどんな感じに探しますか?」
「さぁ? 別に何も考えてないけど……シアは、この辺りの気配とか分かる?」
とはいえ、これからどうやって動くのか、ハジメは別に考えていない。
というか考えようの無いくらいに、情報が少ない。
なので質問していたシアに、逆に何か分からないかと尋ねてみる。
「ん〜〜……あっ、近くに水の流れる音がします! 多分川があるんじゃないですか?」
「川……じゃあそっち方向に向かうか」
少し休みを入れた後に、シアを先に行かせ、山道から外れた茂みを進んでいく。
シャクシャクと音を立てながら、道なき道を歩いていくと、やがて開けた場所に出た。
そこにあったのは、小川と呼ぶには少し大きい規模のものだった。
「あ」
ここでようやく、ハジメが何かに気が付いたのか、声を上げた。
「人の魔力の残滓が、川に……流れてる? あと、亜人族の……ユエやシアに近い性質の魔力も、若干だけど視える」
目隠し越しから視えてきたのは、人間の魔力の残滓。
加えて、ユエやシアのような、人とも魔物とも言えない、亜人族の持つ魔力が、ほんの少しだけ視えた。
目隠しを外し、付けて、魔力の流れと景色を互いに確認してみると、どうやら上流から川の流れに沿って、微量の魔力が流れてきているらしい。
「見つけた。上流だ、行くぞ」
ハジメは再びペースを上げ、皆もそれについていく。
特に愛子は休んだとはいえ、体力的には限界に近づいており、かなりしんどそうな表情をしている。
それでも、人命がかかっている以上、足を止めるということはできなかった。
そうしてハジメ達が到着した場所には、小ぶりな金属製のラウンドシールドと鞄が散乱していた。
ただし、ラウンドシールドは、ひしゃげて曲がっており、鞄の紐は半ばで引きちぎられた状態で、だ。
周囲を見てみても、近くの木の皮が禿げていたりだとか、折れた木々や踏み潰された草葉など、さらには折れた剣や血の飛び散った跡も残っていた。
「ここで戦闘があったな。魔力も濃い、複数人の人間のやつだ」
近くを探索してみると、遺留品もいくつか落ちていたので、身元確認に使えそうなものだけ回収していく。
かなり時間が経っていて、日も沈みつつある今、あまり時間はかけていられなかった。
未だに野生動物やら魔物やらの魔力は感じないが……逆にそれが、危機感を引き立てていた。
探索を進め、ハジメ達は魔力の濃くなっている場所へ向けて急ぐ。
そして到着するとそこには、大規模な破壊の跡があった。
それは大きな川だった。
上流に小さい滝が見え、水量が多く流れもそれなりに激しい。
本来は真っ直ぐ麓に向かって流れていたのであろうが、現在、その川は途中で大きく抉れており、小さな支流が出来ていた。
抉れた部分は直線的で、周囲の木々や地面は焼き焦げており、まるで熱線でも放たれたのかという破壊具合だ。
さらには何か大きな衝撃を受けたように、何本もの木が半ばからへし折られて、何十メートルも遠くに横倒しになっていた。
川辺のぬかるんだ場所には、三十センチ以上ある大きな足跡も残されている。
そして、そこに残されていた魔力は、魔物のそれではなく、先程わずかに感じた、ユエやシアに近い性質の、いわゆる亜人族の魔力だった。
「これは……ハジメ、どういうことか、分かる?」
「無理。魔力的には、シアみたいに魔力を持ってる特殊な亜人族がやったんだと思ったけど……問題はこの足跡と破壊の痕跡だ。シア……こんなに大きな亜人族って、いたか?」
「いや、私も聞いたことないです……」
明らかに、巨大な魔物がやったとしか思えない破壊。
それだというのに、魔力は亜人族のそれとほぼ同質のもので、色々とチグハグなのだ。
「……ま、考えるのは後だ。今度は下流に人の魔力を感じる。そっちへ向かおう」
論理的に考えても、戦闘で痛手を負ったであろうウィル達が、上流へ向かうとは思えない。
急いで下流に降りたいと思うはずだ、その方が楽だから。
すると、今度は、先ほどのものとは比べ物にならないくらい立派な滝に出くわした。
ハジメ達は、軽快に滝横の崖をひょいひょいと降りていき滝壺付近に着地する。
そしてハジメの目隠しは、人間一人の魔力の塊を発見した。
「見つけた! 多分一人だ!」
ユエが魔法で滝を割り、そこから滝壺の奥へと続く洞窟へと侵入する。
天井からは水と光が降り注いでおり、落ちた水は下方の水溜りに流れ込んでいる。
溢れないことから、きっと奥へと続いているのだろう。
その空間の一番奥に、横倒しになっている男を発見した。
傍に寄って確認すると、二十歳くらいの青年とわかった。
端正で育ちが良さそうな顔立ちだが、今は青ざめて死人のような顔色をしている。
だが大きな怪我はないし、鞄の中には未だ少量の食料も残っているので、単純に眠っているだけらしい。
「……大丈夫か? 起きろ」
ゆさゆさと揺すり、軽く肩をたたいて、意識の確認をする。
すると少しして、男はゆっくりと目を開ける。
「よし、目が覚めたか……寝起きで悪いけど、名前を教えてほしい? ウィル・クデタという人を探していて……」
「え? あっ、私がウィル・クデタです」
「そうか、よかった。フューレンのギルド支部長からの依頼で捜索に来てたんだ。あぁそれと、僕の名前は南雲ハジメです。とにかく、生きててよかった」
色々と話を聞いてみると、どうやら彼は、黒竜と出会ってしまったらしい。
恐ろしい暴れっぷりで、護衛の者達は全員死亡し、ウィルだけが一人だけ生き残ったのだという。
仲間の死を悔やみ、そして自分だけ生き残ってしまった罪悪感に苦しんでいたようだった。
が、今は生きて帰ることが重要だ。
ウィルを持っている人は、街に残っているのだから。
泣いて悔やむのも、謝るのも、まずは生きて帰ってからだと言い、ハジメ達はウィルを連れ、滝壺を出ていった。
◆◇◆◇
滝壺を出て、山を降りていく。
まずはウィルを街に連れ帰ることが先決だ。
日の入りまではまだ時間があるとはいえ、もたもたしていたら、日が沈んでしまう。
そうして、麓へと急いでいたその時。
「グルァアアアアアアア!!」
咆哮が、響き渡る。
「「「ッ!?」」」
誰もが身構えるそんな中。
ウィルだけは、その咆哮に恐怖し、地に膝をついた。
「ぁ、ああ……きた……黒竜が……!」
空高くから勢いよく飛来し、大地に降り立つ漆黒の竜。
ウィルの怯えようから、アレが彼の護衛を殺した悪夢の存在なのだろう。
しかし、ハジメには違和感を感じた。
見た目はドラゴン、魔力の形状的にそれは分かる。
だが魔力は、亜人族のそれだ。
となれば、アレは亜人族なのだろう。
そして、もう一つ。
ドラゴンの中には、ドラゴンが本来持っている魔力とはまた異なる、不純物が混ざり込んでいた。
要は、他人の魔力が混ざっている。
それが人間か魔物か、あるいは魔人族のものかは流石に分からないが、おそらくは……
「洗脳か」
何者かに、操られている。
ハジメはそう判断した。
流石の緊急事態、ハジメは目隠しを外し、宝物庫に仕舞う。
そして、武器を……これまでは使う機会のなかったものを取り出す。
右手に第六の宝具“メイス”を、左手には第八の宝具“槌”を顕現させる。
メイスは攻撃した相手の中に存在する魔力が全て消え、槌は攻撃した相手の中に存在する概念が破壊される。
対洗脳に対しては、他に無い最適の武器だ。
「まずは鎮圧だ、覚悟しろ」
ハジメは一瞬にして加速する。
シアの高倍率の“身体強化”でステータスを底上げし、一時的に超速を出す。
一瞬にして竜の視界から消え去り、頭の真上に現れたハジメは。
「まずはその洗脳っぽいやつを、破壊する」
勢いよく、左手に握られた槌を振り下ろした。
精神すらをも破壊し尽くす槌により殴られた竜、その中にあった異物は完全に破壊し尽くされ。
“ひギャァァァアアアアア!?!?”
竜は、悲痛な叫びを上げ、地面に叩きつけられた。
“なっ……何が!? 何が起きたというのじゃあ!? あ、れ? 妾、正気に、戻って……?”
動いてはいる。
動いてはいるがそんなことより、喋っていて、困惑している様子だ。
「……正気に戻った、ということでいいのか? これは」
喋る竜というだけで、誰もが困惑するわけだが、それなりに色々経験してきたハジメは、それを抑えつつ尋ねる。
“あ、ああ。洗脳……じゃな。恐らくそれが解けたのじゃろう、あの小槌のおかげで”
「そうか。まぁでも念には念を入れて、今度はメイスで一発殴っとくか」
“え?”
「大丈夫大丈夫。一時的に体内から魔力が消えるだけだから」
ガスンと、メイスで竜の頭を軽く殴る。
別段強くもない、ごくごく普通どころか、むしろ攻撃としては弱すぎる一撃。
それにより、竜の体内に存在していた魔力はすべて、体外へ霧散した。
だが霧散していく魔力の一部は黒竜を包み込み、完全に体を覆うと、その大きさをスルスルと小さくしていく。
そして、ちょうど人が一人入るくらいの大きさになると、一気に魔力が霧散した。
黒き魔力が晴れたその場には、両足を揃えて崩れ落ちた、黒髪金眼の美女がいた。
「えっ」
見た目は二十代前半くらいで、身長は百七十センチ近くあるだろう。
見事なプロポーションを誇っており、息をする度に、乱れて肩口まで垂れ下がった衣服から覗く二つの双丘が激しく自己主張し、今にもこぼれ落ちそうになっている。
つまり、とんでもない美人なのである。
「あ……」
そしてハジメは、そんな美人と目を合わせてしまった。
瞬間、目の前の竜だった美女は、目をわずかに見開き、その場で固まってしまった。
「あ、あ……ごっ……」
ふるふると震える美女。
「ご主人様ぁあ❤️❤️ 妾を、妾を下僕にしてほしいのじゃあああ❤️❤️❤️」
彼女はそう叫び、自らハジメの前で美しい土下座を披露したのであった。
・南雲ハジメ:黒竜が美女になるとは思わなかった。
・黒竜:人型に戻った瞬間、ハジメに対する恋心と隷属心が芽生えた。