「ついに、ついにだ……! 淫魔王、お前の眷属は全て殺したぞ……!」
淫魔王の前に立つ勇者。
彼は淫魔王の眷属となったの女性を、全て殺し、再び淫魔王と対峙する。
「……僕を殺すため、か」
「ああ。何の罪も無い人達を殺すのは心が痛むが……お前を討つためなら!」
「……そうか」
淫魔王は、すべてを諦めたかのように、天を仰ぐ。
「僕は淫魔の血を引く人間だ。男だから、僕の場合はインキュバスと言うべきか……淫魔の特性は、知っているな?」
インキュバス、それはいわゆる男淫魔と呼ばれる、数が非常に少ない、希少な人型の魔物の一種だ。
「インキュバスは、単体ではとても弱い。魔力は持つが、人間達が使えるような魔法はほとんど使えない。そして身体能力も、人間と同等だ……」
何故少ないとかというと、インキュバス、もっというか淫魔の類は例外無く、単体だととてつもなく弱いからだ。
あまりにも弱過ぎるせいで、淫魔の大半は生まれて五年以内に死に、生き残ったとしても、外敵が多く、死にやすい。
淫魔王と呼ばれる男は、そんな淫魔と人間の混血、しかも先祖返りで、淫魔の血を強く受け継いだ存在なのだ。
それ故に、素の力はとても弱かった。
「でも淫魔は、異性を眷属とすることができる。僕の場合は女を、だな。そして眷属にした者の力を、自分も扱えるようになる」
だがそれを補うように存在するのが、淫魔の特殊能力だ。
淫魔は、好みの異性を魅了し、眷属という絶対服従の奴隷に変えることが可能な能力を持つ。
そして眷属となった異性の持つ力は、そのまま自分も扱うことができるようになる。
しかし淫魔王と呼ばれる男は、人間と淫魔の混血である。
それ故なのか、能力がとても歪な状態となっていた。
「でも僕は、人間との混血だった。そのせいで“魅了”は制御できず、無差別に周囲の好みの女性を“魅了”していった。そして眷属が増えるほどに、範囲と効力は増えていき……」
「……なるほどな。お前にも事情があったってわけか」
勇者は、淫魔王にはじめて同情した。
なんせ、生まれた時点から終わっていたようなものなのだから。
生まれた時点で、淫魔の先祖返りで、人間の血が混ざっているせいで、能力が歪に変化して制御できず、そのせいで世界の敵となった。
しかも淫魔王の言っていることが、その表情からして、嘘とは思えなかった。
「故意的に女を支配しようとしたわけじゃない。けど、僕の能力が、そうさせる」
淫魔王は、大きくため息をつく。
「罪滅ぼしに、せめて、魅了して眷属になってしまった彼女達は、永遠に愛する、幸せにすると決めていた。けど、皆死んでしまった」
そして彼は、一つの赤い宝玉のようなものを懐から取り出した。
「だから、僕が生きる意味はもう無い。昔作ったこの宝玉を使い、僕はインキュバスから人間へと、転生する」
淫魔王は、赤い宝玉を自分の足元へと落とす。
地面に落下し、宝玉はバリンと音を発して割れる。
それと同時に、淫魔王の足元に巨大な魔法陣が発生し、身体が光を発し出す。
「さようなら、勇者。僕を止めてくれて……ありがとう」
淫魔王は笑顔でそう言うと、彼は光の粒子となり、消滅してしまった。
◆◇◆◇
「ッ!?」
ベッドで潰れるように眠ったハジメは、勢い良く身体を起こし、目を覚ました。
「なっ、あ……!」
そして、思い出す。
自分の、前世の記憶を。
「僕は、まさか、この、身体にも……」
たまに夢に出てきていた淫魔王。
見知らぬ人が何故出てくるのかと、ハジメは疑問でならなかった。
でも、今ならその理由が分かる。
なぜなら、その淫魔王こそが、ハジメの前世だったのだから。
「香織……雫……!」
そしてハジメは、淫魔王の能力を、受け継いでしまっていた。
その能力に関する情報も、一部ではあるが、思い出してしまった。
おそらくは、転生のショックで封印された大半の能力が、異世界召喚によるショックで、前世の記憶と共に目覚めつつあるのだろう。
それにより察したのは、香織と雫が、魅了されきっていたということ。
浮気なようなことをしていたというのに、嫌な顔一つせず、自分のことを愛してくれている。
そんなの、魅了無しでは考えられない、あり得ないことだ。
コンコンコン。
「……誰、だ?」
どうやら眠っていたのは十分程度だったらしく、窓の外は未だに暗い。
変な寝方をしてしまい眠気が残るハジメは、ゆっくりとベッドから出て、ノックのあった扉を開けた。
「香織、雫……」
そこにいたのは、香織と雫だった。
動揺を隠せない。
無意識とはいえ、“魅了”を利用して心を操った、罪悪感に苛まれる。
「ハジメ? ひどい顔だけど……大丈夫?」
「うん。ハジメくん……と、とりあえず、部屋に入っていい?」
「あ……うん」
ハジメは言われるがままに、二人を部屋に招き入れた。
そしてベッドに座ると、ハジメを挟むように、香織と雫も身体を密着させて座る。
「……香織、雫」
「ハジメくん、どうしたの……?」
「話を、聞いてほしい。常識では信じられないような話だけど……」
「うん、聞くよ」
ハジメは、話し出す。
過去の、前世の記憶を。
全ては覚えていない、断片的な記憶ではあるが。
ハジメの前世は、地球とは別の世界で生きていた淫魔王と呼ばれる存在だった。
人間と淫魔の混血の男性、それが淫魔王であった。
その淫魔王の持っていた記憶と能力を、ハジメは引き継いでいた。
記憶については断片的なものだし、能力についても、ほとんどが封印された状態だ。
今使えるものといえば、“魅了”と“眷属作成”、それと“同調”だけ。
というか、それ以外の能力については、記憶が戻っていないから分からない。
“魅了”は言わずもがな、異性を惹きつける能力で、ハジメの場合は、好みの女性の心を無意識的に操り、自分のものにしようとする能力だ。
ハジメの場合、この能力が歪になっており、自分では制御できなくなっている。
制御できないにも関わらず、いや、制御できないという代償を背負ったからだろうか、その効力は、通常よりも圧倒的に強くなっている。
それこそ、雫を一目惚れさせてしまうほどには。
次に“眷属作成”は、異性を絶対服従の眷属にする能力で、使用には互いの同意が必要となる。
しかし、ハジメの凶悪な強さの“魅了”が合わされば、もはや同意の縛りなど、あって無いようなものだ。
そして眷属となった女性は、不老の存在となり、外敵により殺されない限りは、永遠に生きることができるようになる。
しかも眷属になった人は、肉体的にも魔術的にも強くなるので、死ににくくなるのだ。
最後に“同調”は、“眷属作成”で作り出した眷属の能力や性質を、ハジメ本人も扱えるようになる能力だ。
また、それとは別に、眷属が増えれば増えるほど、ハジメの能力はどんどん強くなっていく。
淫魔の弱点である本人自身の強さ、それを補うための力である。
いつからこれらの能力が目覚めたのかは分からない。
しかし、少なくとも香織と雫の二人と恋人関係になった時点で、目覚めていただろうと思っていた。
ハジメは、謝罪する。
「ごめん、香織、雫。無意識にだけど、僕は……二人の心を、弄んだ」
おそらく前世で持っていた能力は、歪なままハジメに継承された。
それにより、意図しない魅了が発動し、二人を巻き込んでしまった。
魅了されれば、もう心は戻らない、ハジメのことを好きになってしまえば、もう他の男を好きになることはない。
それはつまり、二人の未来を奪ってしまったということでもある。
そんな心からのハジメの謝罪に対して、二人は、
「ううん、大丈夫だよ。ね、雫ちゃん?」
「うん。だって、わざとやったわけじゃないんでしょう?」
あっさりと、許した。
二人は何とも思わない、思うはずがない。
ハジメの魅了をモロに受けてしまった二人が、魅了されたことを不快に思うわけがなかった。
「二人とも、そう言うのか……」
過去を、前世を思い出す。
前世も、不意に魅了してしまった女の子に、こうして謝った気がする。
そして、今では顔も思い出せないが、彼女も許してくれたのを、朧げながら思い出した。
ここまで想ってくれるのだ。
ここまで愛してくれるのだ。
なら、これまでと同じように、前世でやって来たのと同じように、二人を永遠に愛することを誓う。
それが、ハジメにとって最大限の贖罪であり、許してくれた彼女達への恩返しだった。
「香織、雫」
そう呼ぶと、ハジメはぎゅっと、二人を抱きしめた。
「えっ……」
「ハ、ハジメ?」
強く強く、離さないように抱きしめながら、ハジメは言う。
「大好きだ。ずっと二人を守るから、一緒にいよう」
そうしてハジメは、二人と何度もキスを交わすのであった。
◆◇◆◇
それからしばらくして、三人とも落ち着いたところで、雫が尋ねてきた。
「そういえば、ハジメは他の能力は使わないの?」
「他の? あー……もしかして“眷属作成”のこと言ってる?」
「うん。詳しいことは分からないけど、私達を眷属にすれば、ハジメも強くなるんでしょう?」
雫は暗に、自分に“眷属作成”を使ってほしいと言っている。
が、ハジメとしてはあまり使いたくはなかった。
これを使えば、実質的に、雫が自分の奴隷になる。
淫魔の血を引いていても、そんな前世の記憶を持っていても、ハジメの心は人間であり、故に奴隷というものには良い印象が無いから。
興味本位で“眷属作成”を使い、女の子を奴隷にした前世を思い出し、ハジメは顔を伏せる。
「……眷属ってのは、別の言い方をすれば奴隷だ。二人を奴隷になんて、したくない」
眷属になると、ハジメの言葉に逆らうことができなくなり、絶対服従となる。
それは言い換えてしまえば、奴隷と同じである。
「でもハジメくんは、私達を守るんでしょ?」
そこに、香織は尋ねる。
「うん、絶対守るよ」
ハジメとしては、二人を守るつもりだ。
危険要素を、二人に寄せることは決してしない、させない。
そう、決意している。
「だったら、私達を眷属にした方がいいと思うよ? だって、私達を眷属にすれば、強くなれるんでしょ?」
「……!」
だが、香織と雫を眷属にすれば、ハジメ自身が強くなるだけでなく、眷属になった本人達も強くなる。
つまり、本気で彼女達を守るのであれば、眷属化させるのが、合理的選択となる。
香織に言われて、改めてその事を認識するのだが……
「私はいいよ、眷属になっても。ハジメくんは優しいし、眷属になっても、奴隷扱いしないって知ってるから。雫ちゃんも、同じだと思うよ?」
「……本当?」
雫に尋ねると、彼女は頷く。
「うん。私も、ハジメの眷属になってもいいと思ってる……ううん、むしろしてほしいかも」
「え?」
眷属にしてほしい、そう言った雫に、ハジメは驚く。
「眷属になるって、なんだか恋人よりもさらに先の関係になるって感じがして……」
眷属にしてほしい、そう言われてしまえば。
眷属にするのを躊躇う理由が無くなる。
ハジメが嫌がっていたのは、香織と雫の人権を奪ってしまうことだった。
だが、二人を守るための行動を合理的に考えるとしたら、二人は確実に眷属にすべきだ。
それをハジメは拒絶していたが、雫が眷属にしてほしいと言ったことで、拒絶する理由がなくなった。
「……うん、分かった」
ハジメは決心した。
彼女達を眷属にして、今まで以上に愛を注ぐと。
「香織、雫。僕の眷属になって」
「「はい!」」
香織と雫は、二つ返事で眷属になることを了承した。
そうして両者が承認したことで、“眷属作成”の発動条件が満たされた。
「んっ……❤️」
「ああっ……❤️」
香織と雫、二人の身体を紫の光が包み込む。
同時に子宮に直接快楽が注がれるような強烈な何かを感じ、二人は身体を震わせる。
すると光は、二人のお腹の中へと集まり、吸収されていった。
「……これで完了した、はず」
ハジメはそう言った。
確か前世の朧気な記憶だと、眷属になった女性の下腹部、ヘソの下辺りには、淫紋が浮かび上がった記憶がある。
「二人とも、ちょっとヘソの下辺りを見せてほしい」
そう言うと、二人は迷うことなく服をめくり、臍下を見せた。
やはりと言うべきか、二人の下腹部には、ピンクに輝く淫紋があった。
「うん、ちゃんと眷属になってるね。よかった」
ハジメは再び二人と抱きしめ合い、セックスをする代わりに、長いキスをした。
流石に周りにクラスメイトの部屋がある中で性行為を行う気にはならなかった。
・南雲ハジメ:前世は淫魔王。淫魔王の頃から甲斐性がめたゃくちゃあった。
・白崎香織:ハジメのことが大好き。
・八重樫雫:ハジメのことが大好き。
ハジメの前世である淫魔王は、淫魔王という名でありながらも、人間と淫魔の混血の突然変異体です。
先祖返りで淫魔の能力を持って生まれましたが、混血であるが故に、能力の、具体的には魅了の制御が効かず、無差別に周りの綺麗な女性を魅了していきました。しかも最悪なことに、制御が効かない代わりに、何故か魅了が異常なほど強くなっています。
そのせいで、世界中の多くの女性を魅了してしまい、世界の敵と化しました。
なお本人は、魅了してしまった人は、全員心の底から愛するようにしていました。それが能力を制御できない自分の責任だと考えて。
この思考は、ハジメにも引き継がれています。なのでここのハジメはめちゃくちゃ甲斐性あります。