「懐かしいなぁ、ここ」
ハジメ達は現在、宿場町ホルアドにいた。
別段用事がある場所ではないのだが、大迷宮の一つである【グリューエン大火山】へ向かうためには通らなければならない場所たった。
ハジメは、懐かしげに目を細めて町のメインストリートを歩いていく。
今日はとりあえずここで休み、明日からまた出発しようと考えていた。
もしかしたら、香織や雫とも会えるかもしれないし。
そう、考えていると。
「ッ!?」
突然のことだった。
ビクッと、シアが大きく身体を震わせると、周囲をブンブンと、挙動不審になったかのように見始めたのだ。
目を隠して、魔力だけしか見えていないハジメからも、その動揺はよく分かるくらいだった。
「シア? どうしたんだ?」
ハジメが尋ねると、シアは最初は慌てた様子だったが、すぐに首を傾げた。
「い、いえ……何故か、見知らぬ二人の女性の未来が視えたもので……」
「え? シア、そんなことできたのか?」
「いやいや無理ですよ! 他人の未来を視るにしても、目の前にいない人の、ましてや知らない人のなんて無理ですぅ!」
シアの未来視は、他人の未来も視ることができる。
とはいえ、見ず知らずの他人の、遠くにいる赤の他人の未来を視ることはできない。
自分以外の場合は、自分の目で対象を見ることにより、対象の未来を視る、という形になるのだ。
だから、この場にいない見知らぬ人の未来が視えるというのは、相当の異常事態なのだ。
「……ちなみになんだけど、どんな人の、どんな未来が視えたんだ?」
「あ、えっと……」
念のため、シアに視えた内容について尋ねてみると。
「二人の黒髪の女性が、魔人族の男に殺される所が視えました……。物凄く強い剣士と治癒師だった――」
「ッ、まさか……!」
ギョッと、ハジメは目を丸くして、背筋を震わせる。
「ティオ! 皆をまとめてどっかの宿取っといて! 僕は今から迷宮へ向かう!」
それだけ言うと、ハジメは全速力で駆け出し、全てを無視して迷宮へと突っ込んでいった。
◆◇◆◇
光輝達の目の前に現れた魔人族の男。
ただ、彼の目に映るのは、香織と雫だけ。
他の人達のことは歯牙にもかけていない、そんな態度だった。
「さて、イレギュラーは処分させてもらおうか」
香織と雫、魔人族は二人を指差して言う。
「え? 私た――」
「後ろっ!」
二人が身構えるのとほぼ同時に。
光輝の叫びが聞こえ、反射的にその場から横に跳んだ。
カァァァァアアッッ!!
「くっ、ぅぅう……!」
「いっ……はぁ、はぁ……」
そして白い光が、極光が、先程まで香織と雫が立っていた場所に降り注ぐ。
流石に完全には避けられず、半身がその餌食にはなったものの……おそらくは“武装顕現(妃)”により作られた武装の加護のおかげだろう。
「ほう? 極光を耐えるか。本来なら身体が溶けていくはずが、その兆候も無い……」
ドシンと、魔人族の男の隣に、白い竜が舞い降りる。
先程まではいなかったはずのドラゴン、それがどこからか現れた。
普段なら神々しさを感じる見た目なのだろうが……この危険な状況では、恐怖の象徴としかならなかった。
「くっ……お前! もう絶対に――」
「煩い雑魚は……」
光輝が叫び、魔人族へと距離を詰めようとするが。
香織と雫を除き、かなり後方へワープさせられたのか、距離が空いてしまう。
もちろん光輝も、例外じゃない。
「こいつらで充分だ」
「ッ!」
三体のワイバーンが現れ、小極光を放つ。
慌てて回避する光輝だが。
「きゃぁぁあっ!!」
しかし、回避したその先には、仲間がいる。
光輝が回避したことにより、小極光が、仲間の恵里に直撃してしまう。
いや、それだけじゃない。
「なっ、恵里!?」
「まずいっ! ロックマウント……じゃないっ! ぐっ、ぁああっ!?」
これまで、この迷宮で見てきた魔物達。
そいつらがどこからともなく現れ、光輝達に襲い掛かる。
そして、その内の多くが強化されている。
とはいえ、強化されても今の彼らなら簡単に倒せはするのだが……問題は倒した後だ。
絶命した魔物は、すべて自爆するかのように小極光を放つ。
今も、うかつに接近して倒してしまったことにより、檜山大介が極光の餌食となった。
一番弱いネズミ型の魔物でさえも、殺せば極光を放ってくる。
にも関わらず、まとわりつくように出現したせいで、殺さないとダメージを受ける。
分からないことだらけで、パニックになって、剣で殺してしまって、さらにダメージを受けてという……最悪な悪循環が、起き始めていた。
そして、香織と雫。
「く、ぅぁ……っ」
「なにが、おき、て……?」
二人は、一瞬にして敗北してしまった。
白竜が放った極光、それを回避した二人は……何故か、極光に直撃していたのだ。
「ふふ、あの魔法を手に入れておいて正解だったな」
魔人族の男は、笑みをこぼす。
まさかここまで上手くいくとは、思わなかったのだろう。
「しかしまぁ、直撃してもなお、焼き尽くすことが敵わないとは」
とはいえ、香織と雫の頑強さには、少し驚いていた。
全身が傷だらけで、手足や顔は焼け爛れ、溶け落ち始めている部分もある。
とはいえ、それもかなりゆっくりだし、装備歯ボロボロだが、守られていた部分はほとんど無事。
故にまだ死んでいないどころか、致命傷すら受けていない状況。
「とはいえ流石に、首を斬り落とせば死ぬだろう」
どこからともなく、魔人族の男は剣を取り出した。
何も無い空間から出現させた長い剣を持ち、まずは香織の方へと近寄る。
「ッ!」
「かお……ッく……」
何とか香織を守ろうとする雫だったが、身体は動かず、手をわずかに伸ばすだけしかできない。
そして、香織の首に向けて、剣が、振り下ろされる……
ズゴォォォオン!!
「ッ!?」
寸前、この空間に轟音が響き渡り、土煙が舞い上がる。
魔人族の男も、思わず攻撃を止めた。
「……最悪の展開は、阻止できたか」
そして、土煙の中から現れたのは……
「ハジ、メ……」
クラスメイトであった彼らがよく知る人物、南雲ハジメだった。
もっとも、目の部分は無骨な目隠しにより覆われているが、それでも、すぐにその人物がハジメだと、多くの人物が理解した。
「チッ……今お前と戦うべきではない」
その姿を見た瞬間、魔人族の男は苦い表情をして、一瞬にしてその場から姿を消した。
同時に隣にいる白竜も姿を消した。
「クソ……や、まずはアイツらだ」
ハジメは“大剣”を出現させると、光輝達の所へと向かい、魔物を一体一体斬り裂き、殺す。
が、極光は放たれない。
第四の宝具“大剣”による破壊は、絶命時の極光を放つ能力さえをも破壊し、無力化する。
そして今のハジメであれば、すべての魔物を同時に相手取るなど、あまりにも余裕で、あっという間に、決着はついたのであった。
◆◇◆◇
しかし、だからといってまだ終わりじゃない。
「香織! 雫!」
致命傷を受けた香織と雫に、ハジメは駆け寄る。
二人共ボロボロで、致命傷こそないが、かなり酷い状態だ。
「……いや、これならまだ、治せる」
そう言うとハジメは、二人に魔力を注ぎ込み、回復魔法を発動する。
自分の可能な最大限を、二人に注ぎ込む。
いやそれだけじゃない、貴重な神水も飲ませて、ついでに傷口にも塗り、何とかしてダメージを回復させようと尽力する。
が、回復はほとんどしない。
「なっ、治る……のか?」
まだダメージが少なかった光輝が、後ろから尋ねてくる。
「治る、はず。ダメージは大きいけど、回復魔法で治せる範囲の怪我だ。ただ、状態異常……かな? それによるダメージと回復が相殺してるっぽい。治るけど、少し時間が……」
そう呟いていたところで、ついに。
「っ、きた!」
回復が、始まる。
ジワジワと、受けたダメージが治っていく。
痛みも和らぎ、二人の息も落ち着いていく。
そして、全ての治療が完了した。
傷跡も、何一つなく。
「ハァ、ハァ……終わっ、た……!」
二人の治療が終わり、ハジメはその場にぶっ倒れた。
「……けど、まだ、だ。まだ……治さないと」
しかし数秒すると、ゆっくりと身体を起こし、残りの負傷者の元へと歩き始める。
「あ! わ、私も手伝うから! ハジメくん!」
「助かる……」
そうしてハジメは、回復した香織と共に、残りのクラスメイトの治療を行ったのであった。
◆◇◆◇
全員の治療が終わり、落ち着きを取り戻した。
「それで、南雲で……いいんだよな?」
改めて、光輝に尋ねられる。
「うん。諸事情でこの目隠しは外せないから、素顔は見せられないけど……ごめん」
「いや、大丈夫だ。何があったのか色々聞きたいけど……まずは、助けてくれてありがとう」
光輝が頭を下げると同時に。
「「「ありがとう!!!」」」
今ここにいるクラスメイトが、ハジメにそう言った。
「どういたしまして。……とはいっても、魔人族は取り逃したし」
そんか感じに話していると、
「ん? あ!? ちょっ、待てお前……南雲か!?」
この迷宮最奥の空間に、新たな人物が入ってくる。
「ん? って、遠藤!? お前どこに……って、メルド団長!?」
「ヤバい奴が出たから、緊急で呼びに戻ってたんだよ……けど色々終わった、っぽいな?」
遠藤浩介、彼が密かに戦場を離脱し、メルド団長達を連れて戻ってきたらしい。
よくもまぁ、ここまで素早く戻ってこれたなぁと思わなくもないが。
それも、彼の特異性あってこそ、なのかもしれない。
「そうみたいだが……まさか、坊主が生きて戻ってきたとはな……」
「……お久しぶりです」
「無事で、本当によかった……!」
ハジメの無事に、メルドは涙を流す。
「しかし、ここが第一の最下層か……」
軽くメルドと挨拶を交わすと、ハジメは周囲を見渡し、そして文字の書かれた石壁を見る。
「そういえば、最下層にたどり着いたんだな! だがこの言葉の意味は……」
メルドも石壁に書かれた文言を見てみるが、何の見当もつかない様子だ。
だが、このオルクス大迷宮を攻略したハジメは、真実を知っているハジメは、意味を理解した。
そして、この先に待ち受けているであろうアレについても、ここで理解した。
(いやここ、最後に挑む迷宮だったの? だからあんなイカれた強さしてたのか……)
ゲームで言うなら、この百階層までがチュートリアル。
ここを攻略した後に、他の迷宮を巡り、神代魔法を獲得し、戻ってきて、そうして真のオルクス大迷宮を攻略する。
おそらくは、そんな感じなのだろう。
つまりこの先に待ち受けるのは、ラストダンジョン。
ハジメはどうやら、バグみたいな方法で侵入し、最初にラストダンジョンを攻略してしまったみたいだ。
「……僕なら、言葉の意味は分かります」
メルドの横で、ハジメは言う。
「事故のような形ではありますが、僕はこの先に行き、オルクス大迷宮を完全攻略し、神代魔法を手にしました」
「なっ……この先を攻略した!?」
「はい」
「そう、なのか。で、神代魔法とは? 聞いた感じ、神代に使われた……」
「大体そんな感じです。大迷宮を攻略すると、強力な神代魔法を得られます。ここ以外にもう一箇所攻略して、その時も神代魔法が手に入ったので、これはほぼ確実ですね」
これにはメルドをはじめとした騎士団の人達も、驚きを隠せずにいた。
「ちなみに、このオルクス大迷宮を攻略したら、生成魔法が得られました。簡単に言うと、アーティファクト作れる魔法です」
「はぁ!?」
「そうだなぁ……例えばこんな感じのとか」
パッと、ハジメはとある制作物を取り出した。
巨大な大剣だが……パット見は普通だ。
「ちなみに、効果は……?」
「この大剣の攻撃で傷が付くと、傷がヒビ割れるように広がっていく。その傷は回復魔法では治療不可……って感じですね。あ、片手間で作ったやつなんであげますね」
「はぁ!? 片手間で作った!?」
「元々錬成師ですし、適性があったので。これくらいなら割と簡単に作れますよ?」
この後もメルドをはじめとして色々尋ねられまくった。
神代魔法についてだとか、迷宮についてだとか。
とはいえハジメは、迷宮の最奥で知った真の歴史等は上手く隠して、いい感じに話せることだけを説明していった。
◆◇◆◇
そうしてハジメ達は、迷宮の外へ出たのだが。
「あともう一つ。これは確定してない情報なんで何とも言えないんですけど……」
ハジメは、ふと思い出したかのように言った。
「多分魔人族側にも、神代魔法持ちがいると思います」
「ッ!!」
「僕の手に入れたのとは違う……生物を操るような神代魔法とか、そういうのを手にしてるんだと思います。だから、大量の魔物の使役が可能になったとなれば……辻褄が合いませんか?」
あくまで推理ではあるか、ハジメはそう説明した。
「それこそ、今回襲ってきた魔人族とか。逃げる時のあのワープも、神代魔法な気がしますし」
「……となると、神代魔法集めが急務になるのか」
メルドは考えながら、そう言った。
ハジメの推理は割と辻褄が合っているし、神代魔法があるというのも、ハジメによってほぼ確実だと証明された。
なら、魔人族の神代魔法使いに対抗するため、こちらも神代魔法を得なければ、戦力差は広がるばかりだろう。
「なぁ、坊主……いや、南雲ハジメ……」
丁寧に、これまで坊主と呼んでいたメルドが、南雲ハジメと名前で呼んだ。
「お断りします」
が、ハジメはメルドが何を言うのか理解したのか、何かを言う前に断った。
「多分、別の迷宮に案内してほしいって言おうとしたんでしょうけど、ダメです」
「……それは、俺達が実力不足だからか?」
「はい。もし仮に案内するとしても…………白崎さんと八重樫さん、二人だけです。他のみんなは、言っちゃアレですけど実力不足です」
ハジメは断言する。
光輝でさえも、これには反論できなかった。
彼自身も、香織と雫におんぶにだっこだった自覚はあったから。
二人がいなかったら、百層までたどり着く事もできなかっただろうといことは、分かっているから。
「……」
目隠し越しではあるが、ちらりと香織と雫の方に視線を向けて。
「では、僕はこれで。明日からはグリューエン大火山に向かう予定なので――」
「待って!」
失礼しますと、そう言おうとした矢先。
香織が、声を上げた。
「さっき、私と雫ちゃんなら、実力的に連れて行ってもいいって、言ったよね……?」
「……言ったね」
「なら、私もついていく!」
香織が、宣言する。
「っ、なら私もついていく。神代魔法を……手に、入れるために……」
そして続けて雫も宣言する。
「なっ!?」
「ちょっ、ちょっと待て! 二人もいなくなったらそれは……」
主戦力の二人が、ハジメについていくと言い出した。
ここにいるクラスメイト達からは困惑の、あるいは悲痛の声が上がる。
いかに彼女らが重要な立場にいたのか、よく分かる。
そんなクラスメイト達を、
「……大丈夫。みんななら強くなれる」
ハジメは、鼓舞した。
「今は、連れていけない。けど、強くなったら、連れて行くと約束する」
「……それは、本当なんだな?」
「もちろん」
光輝の言葉にも、即答する。
そして最後に、ハジメは目隠しをわずかに外して、可能な限り女子に視線は向けずに、皆の方を見る。
「だから、みんなが強くなることを祈ってるよ」
そうして、目隠しを再び付けて。
「白崎さん、八重樫さん。行くよ」
「「はいっ❤️」」
ハジメは、香織と雫を連れて、クラスメイト達の元から去っていった。
・南雲ハジメ:いい感じに香織と雫を連れて離脱。偶然とはいえ、クラスメイトに対してめっちゃ理想的なムーブをしている。
・天之河光輝:ハジメへのヘイトが少し溜まった。けど魔人族を殺してないし、ハーレムを欠片も匂わせてないので、ハジメへのヘイトはほとんど無いようなもの。
・魔人族の男:ハジメには流石に勝てないと判断して逃亡。めっちゃいい判断したと思う。