前兆無く、天から降り注ぐ光。
視界が晴れるとそこには、ハジメはいなかった。
橋も壊されていない、ただ、ハジメだけが姿を消していた。
「……え?」
誰もが困惑した。
あのベヒモスを奈落に突き落とし、窮地から救ったハジメがだ。
あの光輝とも何とか戦えるという、クラスメイトの中でも最上位レベルの実力を持つハジメが。
姿を消したのだから。
「え……ハジメ、くん?」
思わず、香織はトテトテと、段々歩調が早くなっていき、ハジメがいた場所へと駆ける。
トラウムソルジャーは減り、すぐにたどり着けたが、ハジメがいたはずのそこには、ハジメの痕跡は何も残っていなかった。
「ぇ、ウソ、そ、そんな……」
ハジメは死んだ。
香織の脳は、それ以外の答えを見つけることができなかった。
「イヤァァァァァアアアア――ッ!!」
耳をつんざくような金切り声。
それを上げた後、香織は膝から崩れ落ち、その場に倒れてしまった。
理解のできない、今まで見たことのない奇妙な死に方に、クラスメイト達は再びざわつく。
「ま、待て! 騒ぐな! 冷静に脱出するぞ! 坊主の頑張りを無駄にするわけにはいかん!」
おそらくは、何らかの巧妙なトラップに引っかかったのだろう。
それこそ、条件がかなり特殊な、それでいて達の悪いものに。
発動条件は不明だが、不明である以上、長居はできない。
ある者は呆然としながら、またある者は困惑、あるいは恐怖しながらも、このトラップ空間を脱し、皆でそのままオルクス大迷宮を抜け出すのであった。
◆◇◆◇
水の流れる音。
冷たい水の感覚。
そして、手と顔の、染みるような痛み。
「ッ……」
全身の鈍痛を感じながらも、ハジメは目を覚ます。
そしてその中でも、右手と顔、顔の場合は右目付近だが、その辺りには、何か突き刺すような痛みを感じた。
何が起きているのかと周囲を見渡そうとしたハジメ。
だがその時、偶然ハジメは、水面に映る自分の顔を見た。
「ぅっ……」
顔の右半分の皮膚が、ほとんどなくなっていたのだ。
そして、同じような痛みを感じた右手も見てみると、手の甲から手首にかけての皮膚が、まるで溶けるようにしてなくなっていた。
これにより、直接神経に水が触れ、痛みを生じていたのだろう。
「とりあえず、治さなきゃ……」
訓練の過程で覚えた治癒魔法を使って、傷を癒そうとするが、残念なことに、それは叶わなかった。
ある程度痛みを抑え、傷を良くすることはできたものの、皮膚を完全な状態に再生させるところまでは上手く行かなかったのだ。
一応、荷物の中にあった包帯やガーゼは辛うじて無事だったため、右手については軽く包帯を巻いて処置はしておいた。
「……というか、何だったんだアレ?」
ハジメは、寸前のことを思い返す。
ハジメの記憶では、ここにやって来る前、確か真上から光が降ってきたのを覚えていた。
その光から、反射的に“聖絶”を利用して身を守ったことも覚えていた。
だが、一体誰がやったんだ?
というか、あれは本当に人が発動できる魔法なのか?
何もかもが分からなくて、疑問しかなかった。
「とりあえず、何とかしなきゃな」
ウダウダ悩んでも何もできない、ハジメは衣服などを乾かして準備を整えると、前へ進むことにした。
慎重に慎重を重ねて奥へと続く巨大な通路に歩を進めていく。
これまでのオルクス大迷宮で見てきた、人が作り出した人口洞窟ではなく、この辺りは、完全に天然の洞窟のような状態となっていた。
とにかくだだっ広い、探索するのにも一苦労しそうな、薄暗い世界だった。
そうやって、どれくらい歩いただろうか。
遂に初めての分かれ道にたどり着いた。
巨大な四辻で、ハジメは岩の陰に隠れながら、どの道に進むべきか逡巡した。
「……!」
しばらく考え込んでいると、視界の端で何かが動いた気がして慌てて岩陰に身を潜める。
そっと顔だけ出して様子を窺うと、ハジメのいる通路から直進方向の道に白い毛玉がピョンピョンと跳ねているのがわかった。
長い耳もあり、見た目はほとんどウサギだった。
ただ、ウサギと言うにはあまりに大きく、中型犬くらいはあり、後ろ足が大きく発達している。
そして何より赤黒い線がまるで血管のように幾本も体を走り、ドクンドクンと心臓のように脈打っていた。
トラウムソルジャーとかと比べても、明らかに危険を感じる魔物だし、可能な限り戦闘は避けたい。
ウサギの位置からして右の通路に入るほうが見つかりにくそうだと考え、ハジメはそちらの通路へと向かおうと考えた。
ハジメは息を潜めてタイミングを見計らう。
そして、ウサギが後ろを向き地面に鼻を付けて匂いを嗅ぎ出したところで、ハジメは密かに飛び出そうとした。
その時、ウサギがピクッと反応したかと思うとスッと背筋を伸ばし立ち上がった。
警戒するように耳が忙しなくあちこちに向いている。
(まずっ……いや、これは、違う……)
一瞬バレたと思ったが、すぐに、ウサギが警戒したのは別の理由だったと分かった。
「グルゥア!!」
獣の唸り声と共に、これまた白い毛並みの狼のような魔物がウサギ目掛けて岩陰から飛び出したのだ。
その白い狼は大型犬くらいの大きさで尻尾が二本あり、ウサギと同じように赤黒い線が体に走って脈打っている。
どこから現れたのか一体目が飛びかかった瞬間、別の岩陰から更に二体の二尾狼が飛び出す。
集団で狩りをするかのように、二頭でウサギへと襲い掛かる。
「キュウ!」
だが、ウサギは可愛らしい鳴き声を洩らしたかと思った直後、その場で飛び上がり、空中でくるりと一回転して、その太く長いウサギ足で一体目の二尾狼に回し蹴りを炸裂させた。
バキッ!
およそ蹴りが出せるとは思えない音を発生させてウサギの足が二尾狼の頭部にクリーンヒットし、骨を砕くかのような音と共に、狼の首が曲がった。
そうこうしている間にも、ウサギは回し蹴りの遠心力を利用して更にくるりと空中で回転すると、逆さまの状態で空中を壁のように踏みしめて、地上へ隕石の如く落下し、着地寸前で縦に回転。
強烈なかかと落としを着地点にいたもう一匹の二尾狼に炸裂させた。
そこから数匹の二尾狼が現れ、固有魔法と思われる電撃を纏いながらも戦っていたが、単純なスペックがウサギの方が強いからだろう、あっさりと撃破してしまった。
「キュ!」
そして全てを倒し切ると、勝利の雄叫びのような何かを上げ、耳をファサと前足で払った。
(……ヤバい、絶対戦ったら死ぬ。何がヤバいって動きが早いのがヤバい。最初は良くてもその内追いつかれて死ぬ)
ハジメの現状のステータスなら、一応戦えなくはない。
だが相手は高い俊敏性を持ち、急所に当たったらほぼ即死の凶悪な攻撃を持つ。
回避しながら、素早い相手に攻撃を当てなければならないという、ハジメにとっては離れ業でしか無いことを、やらなければならない。
そんなことしてたら、序盤は戦えても、その内体力が尽きてやられるのがオチだと、ハジメは考えた。
表情は冷静そうだが、内心ではとにかく心臓の拍動を響かせるくらいにはビビっているハジメは、何とかその場から離れるため、後退る。
カラン。
「ッ!」
同時に、ハジメの背筋が震える。
蹴りウサギも、ばっちりハジメを見ていた。
やがて、首だけで振り返っていた蹴りウサギは体ごとハジメの方を向き、足をたわめグッと力を溜める。
(来るっ!)
ハジメが本能と共に悟った瞬間、蹴りウサギの足元が爆発した。
後ろに残像を引き連れながら、途轍もない速度で突撃してくる。
眷属の三人のステータスが付加されていなかったら、回避できなかった攻撃、しかし付加されているから、攻撃をしっかり見て、回避することが出来る。
「やっば、速すぎるでしょ……」
とはいえ、そのスピードは異常そのもの。
ギリギリ対処できるラインではあるが、まともにダメージを与えるような攻撃はできそうにない。
ズバンッ!
襲い来る二撃目も、見えはするから回避できる。
が、反射がてら放った光属性魔法は、慌てて放ったからか威力が中途半端で、蹴りウサギに対しては、ほとんどダメージを与えられなかった。
そして、三撃目。
それは、来なかった。
よく見てみると、蹴りウサギがふるふると震えているのだ。
まるで怯えているかのように……いや、実際に怯えているのだ。
「グルルルル……」
ハジメが逃げようとしていた右の通路から現れた新たな魔物の存在に。
二メートルはあるだろう巨躯に白い毛皮。例に漏れず赤黒い線が幾本も体を走っている。
その姿は、たとえるなら熊だった。
しかしその様相は熊以上に凶悪で、足元まで伸びた太く長い腕に、三十センチはありそうな、生物を殺すために存在するような鋭い爪が三本生えている。
ハジメは何となく理解した。
コイツが、いわゆるヌシ、この辺りの支配者なのだと。
奇跡的にも、この爪熊の意識は蹴りウサギの方に向いていたため、ハジメは後退りをしながら、戦線を離脱することができた。
その時に見えた光景は、蹴りウサギがあっさりと二枚卸にされるというものだった。
「まずいまずいまずい、“錬成”……!」
壁まで到達すると、ハジメは壁に穴を開けて隠れる。
それだけでなく、穴を広げて、入口は狭めて、奥へ奥へと進んでいく。
追ってきたのか、ガリガリという、岩石を削るような音も聞こえてきて、恐怖に拍車をかけていく。
あの爪熊の脅威から逃れるため、冷や汗をかきながら必死で奥へと逃げ隠れるのであった。
◆◇◆◇
「なんだアレ……ウサギとかはともかくとしてあの熊……ベヒモスよりも絶対ヤバいって……」
蹴りウサギについては、頑張ればまだ倒せる未来は見えていた。
だが爪熊は、どうあがいても倒せる未来が見えなかった。
辛うじて五体満足ではあるが、下手したら四肢を失っていた可能性すらある。
落ち着きはしたが、落ち着いたら落ち着いたで、未来に絶望しか見えなかった。
「はぁぁ……とりあえず、少し部屋を広げるか……」
壁にもたれかからないといけないような窮屈な空間を、ハジメは“錬成”で広げていく。
ある程度の、寝転がれるくらいには広く、焚き火とかもできるようにして、天井も、立っても頭をぶつけない程度の高さへ整える。
その過程で、もう少し先へと掘り進めていたのだが、すると、その過程で小さな空洞を発見した。
「……これはまた、綺麗な」
ハジメは思わず呟く。
そこにあったのは、アクアマリンのような澄んだ青色の、バスケットボールくらいの大きさの宝石だった。
そして宝石からは液体が発生しているのか、その下に小さな空洞があり、少量の液体が溜まっていた。
ハジメは“鉱物系鑑定”の技能を使用して、目の前の宝石について調べてみた。
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神結晶
数千年をかけて、魔力が結晶化して生まれた宝石。そこから魔力をさらに蓄積し、飽和することで、神水と呼ばれる液体を生み出すようになる。
神水は、飲んだ者に多量の魔力を与え、肉体の治癒能力を一時的に強化する。
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「神結晶……いや、聞いたことはある、けど、本当、なのか……?」
ハジメも一応、神結晶というモノの話については、聞いたことはあった。
だが実際には見たことないし、そういった物が存在したという記録もどこにもない。
あるとすれば、神話関連の、作り話としか思えない話で登場したくらいで、それ故にハジメも、神話上だけの存在だと思っていた。
ハジメは一口、神結晶の下に溜まっている水を飲んでみる。
「……! これは、確かに……滾る」
すると、全身に見えない何かが浸透し、広がっていくような感覚が。
それこそ、魔力が漲り、滾る感覚がした。
「……とりあえず、今日は寝るか」
何をするにしても、体力が無くては始まらない。
ハジメはひとまず今日は眠り、次に備えることに決めた。
・南雲ハジメ:原作より強かったので、腕を落とされることもなく、苦戦はしたが切り抜けられた。
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