※この作品はR-18です。

悪魔の許嫁 〜東京怪奇譚 外伝〜   作:鉄槻緋色/竜胆藍

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──2・決戦のボクら[後編]

 

「少女遊(たかなし) 序道(つねみち)と申します。名前の読みを変えて、気軽に「ジョドー」と呼んでください」

 

 スキンヘッドの、二十そこそこの男が、悪いキツネを思わせる嫌らしい笑みでそう言った。

 まるでカトリックのキャソック──いわゆる"神父服"のような黒い長衣を纏い、ハートマークに酷似した謎のシンボルを胸にぶら下げている。

 

「「古魂(ココン)」の方から来ました。露吹家の次男、露吹(つゆぶき)明日向(あすら)さんならば、ご存知でしょう?「古魂」」

「──ああ」

 

 「古魂」。

 実家の「露吹」や近所の「藤崎」、それどころか世界中の有名なゴーストハンター組織と同じくらい遥か昔から存在する対妖魔討伐組織の中でも、強硬派と目されている組織だ。

 「妖魔殲滅」を声高に唱え、民間の被害も厭わない、情報の漏洩も止むなし、知られた片端から目撃者ごと焼き滅ぼすとも噂されている超過激派組織である。

 

 そんな身元の男が、わざわざ遠い地方の、山深い田舎の、露吹家ゆかりの集落の、この次男・明日向(あすら)の館までやって来た。

 お家柄上、言えた義理では無いが、果てしなく胡散臭い。

 一応、応接間に招きはしたが、その少女遊序道──曰くジョドーと名乗る男は、館の主人である自分が何か言う前に、さっさとソファにどすんと腰掛けて両手を揉み合せ、話し始めたのだ。

 

「失礼ながら、お家のトラブルは存じています。それでですね」

 

 にたぁ、と嫌らしい笑みを深くして、禿頭の男が語り出した。

 

「いぃ〜いハナシが、あるんですよぉ」

 

 明日向はまるで、亡者に足首を引かれたような気がした。

 

 

「それでは、こちらになります」

 

 警備員の案内で、一同は芹沢エンタープライズ在庫用倉庫街の一画にやって来た。

 有名な天蓋付き野(ドーム)球場数個分とも言われる広大な敷地に、見上げるほどの建物が、果てまで整然と建ち並んでいる。

 そのもっとも外縁・角地に建つ倉庫が、先日悠久郎らが参加した現場訓練の時の、事件現場だった場所だ。

 ──それ故、受け付け事務所からここまでの移動はワゴン車を用いた。

 離れた位置を二重に囲む、敷地の端のフェンスの一部が破られていた。

 その破損箇所を霊符やワイヤーが保護するように絡みつき、工事中を示す黄と黒の縞模様のポールやカラーコーンが囲んでいる。

 何しろ表向きは主に家電製品を取り扱っている芹沢エンタープライズの、霊能関連の武装、兵器を保管している倉庫である。きっと素人には分からないような警備も厳重なのだろう。

 警備員が通用口のドアの鍵を開け(警備員も霊能力者である)、一同の入館を促した。

 

「──ああ、戦闘は無い予定だが、もし騒音が聴こえたらアンタの仕事をしてくれ」

「分かりました」

 

 伊達光太郎が、ドアの外に待機する警備員に告げた。

 

「まあ一応な」

 

 怪訝に振り向いた悠久郎の肩を叩いて、通用口と事務室を通り抜け、広大な空間に出る。

 従来であれば、この広大な倉庫一杯に、天井まで届く棚が並び、芹沢エンタープライズの商品を納めたパレットや什器が積み上げられているはずである。

 それが今は全て撤去され、さながら海浜国際展示場のような綺麗なコンクリート面を晒していた。

 

「広ーい!」

 

 亞里亞が呑気な声を上げ、間を置かずその声が反射して響く。

 締め切った、五十メートル×五十メートル、高さ十二メートルのコンクリートと鉄骨で囲まれた空間だ。

 

「──実際のところ、事後調査ってのは、どうやるんだ?」

 

 悠久郎が翡翠に問いかけた。

 

「見るだけで何も無いのが分かるじゃねえか」

「それはだな」

 

 答えたのは、三人の後ろに立っている伊達光太郎だった。

 

「霊能力による調査ってのは、目視や手探りばかりじゃねえ。霊能の感覚による調査が主体だ。《霊力探知》を代表に、それ系の能力が無くとも、自分の霊能力の、精神的なアンテナみたいなモンを意識して、妖魔の臭いみたいなものを探って部屋中を練り歩く──ってのが、今回の追加調査の骨子だ──と、言いたいところだが」

 

 長広舌を振った伊達光太郎が、翡翠に目配せした。

 

「うん。ぶっちゃけそんな真面目に仕事をしてる場合じゃ無い。これから、この倉庫の中で、亞里亞が呪詛に襲われる。ボクはその呪詛を術師に返す。その呪詛の顕現を阻害する。その為の対策をこれからするよ。伊達さん、それ」

 

 翡翠の手振りに応え、伊達光太郎が背負っていた巨大なザックを四人の中央に置いた。

 紐を解いて現れたのは、「レディ・アービィ」のマスターが寄越したプロテクター一式。

 

「これを伊達さんに着てもらって、呪いで顕れる予定の妖魔に襲われる身代わりになってもらう。そうすれば、呪詛の事象は起こらず、呪いは術者に帰る」

「ああ。だが、こいつは黒錠が着ろ」

 

 翡翠と悠久郎が顔を上げた。

 

「伊達さん。呪詛で顕れる脅威がどれ程か分からないよ? いくら伊達さんでも着けといた方がいいよ」

「気遣いは痛み入るけどな。今回の呪詛の内容は、一般人の殺害だろ? 俺なら噛みちぎられる前にその噛む奴を瞬殺できるぜ。逆に、俺をも殺せる呪いを生むにゃあ、コスパ悪いだろ」

「あー」

 

 伊達光太郎の説明に、翡翠が唸る。確かにその通りだ。

 不条理とは、犠牲者の抵抗が及ばないからこそである。

 

「それに、俺にはコレがある」

 

 言って、伊達光太郎が自らの左腕を叩く。

 わざわざ上着の袖を破いてまで露出させ、かつ包帯でぐるぐる巻きにされた左腕を。

 ──それは、伊達光太郎自身の人生の呪いであり、同時に武器でもある。

 包帯の下には、魔に蝕まれ、異形と化した強力な"鬼の腕"があると言う。

 

「ちょうど最初の被害箇所と同じ左腕だ。呪いが発生した瞬間に、ぜんぶ吹き飛ばすぜ」

「……そうだね」

 

 口元に手を遣り、少し黙考した翡翠が、悠久郎を向いて足元のプロテクターを指差した。

 

「じゃあコレは悠久郎が着て」

「やっぱ誰かが着る用事があるのかよ」

 

 今の説明に寄れば、伊達光太郎が呪詛を返り討ちにすれば済む話である。

 

「そうだけど、一応ね」

 

 翡翠が、オレンジのサングラスレンズの下を真剣な眼差しにして、苦笑した。

 

「呪詛の全容は、まだ分からないから」

 

 

 山村の集落の露吹家の屋敷の裏手。

 馬屋の床に、明日向が片足を投げ出して腰掛けていた。

 背もたれにしているのは、足をへし折られて横たわった馬の背中。

 身動きひとつできず、馬は息も絶え絶えだ。

 

「gギッ⁉︎ 」

 

 その時、明日向が苦悶の声を上げた。

 左腕ごと脇腹に、右足に、衣服の上から巨大な顎門に噛み挟まれたようなへこみが顕れた。

 肉が、骨が軋む。

 

(やっぱ返したかよ! だけどな)

 

 叫んで、空いた右腕を振り上げた明日向は、その右手に握り込んだ五寸釘──釘頭に禍々しい紋様を刻んだ釘を、背後の馬の背中に突き刺した。

 

「〜ッッ⁉︎ 」

 

 馬が一瞬だけ苦鳴を上げた。

 だが次の瞬間には馬の前脚が、後ろ脚が付け根からちぎれ飛び、腹部が引き裂かれて肉片が散らばり、激しい痙攣ののちやがて動かなくなった。

 明日向の身体に食い込んでいた歯型は、跡形も無く消え去っていた。

 

「っはー! っはー!」

 

 激痛の残滓に、息を荒げる。

 一瞬だが、巨大な顎に喰(は)まれたおぞましい感触に、怖気を感じて震えが走る。

 だが。

 

「……へへっ。今回はこれだけじゃねえぜ。絶望しやがれ、翡翠」

 

 

 広大な倉庫の中を、升目を全て塗り潰すかのようにS字に折り返して練り歩く。

 一同が倉庫の中央辺りに至った時、突然それは顕れた。

 

──ガギリッ!

 

 先頭を歩いていた悠久郎が、続いて亞里亞が翡翠が聴こえた異音に振り返ると、伊達光太郎が虚空を殴り、蹴り砕いて妖魔の残滓を蹴散らしたところだった。

 妖魔の実体を目撃する暇すら無かった。

 

「翡翠の言う通りだったな。隊列の最後尾に反応した! 二つ潰した!」

 

 伊達光太郎が身構えて残心したまま叫ぶ。

 左腕の包帯の一部がほつれ、ヒトに非る硬質の甲殻を覗かせている。

 

「お前ら動くなよ……」

 

 伊達光太郎の真正面に気配が顕れる。

 未だ対妖魔の修練が足りない三人には、虚空の揺めきと、攻撃部位である歯列のようなものしか視えない。

 だが伊達光太郎はソレをはっきり見据えると、瞬時に左の拳を突き込み粉砕した。

 それを見届けると、翡翠は呪紋を描いた紙切れを取り出し、フィンガースナップを打って霊能力による《着火》で紙切れを燃やした。

 紙切れは、一瞬で燃え尽きた。

 伊達光太郎は今だ残心を解かず、三人も周囲を警戒し続けた。

 

「……終わりか?」

 

 伊達光太郎が身構えたまま問う。

 

「……うん」

 

 亞里亞の左手を取ると、亞里亞はブラウスの袖を捲り上げた。

 そこにはもう、傷痕は無い。

 

「終わった。呪詛返しは、成ったよ」

 

 

 集落では、滅多にない大騒ぎが起きていた。

 露吹家の館から時折り発する奇声をも上回る、はっきりとした異常事態だからだ。

 救急車やパトカーが数台、集落を駆け抜けて露吹家の屋敷に駆けつけ、その後なんとヘリコプターまでやって来たのだ。

 聞けば、屋敷に住む露吹家の次男坊が、脳天から強打されて頭蓋骨骨折、頸椎損傷、腰椎損傷の重態になったと言う。

 しかし、凶器だか原因の物体が見つかっていないそうだ。

 損傷具合の威力からして、人が持てる重さの凶器の犯行では無い。

 まるで真上から鉄骨でも落ちてこない限り有り得ない被害だったと言う。

 そしてやはり、そのような重い落下物というのも見つかっていない。

 ヘリコプターまで飛んで来たのは、あまりに重態なため、対応できる近在の都市の大病院まで急いで空輸するためだそうだ。

 

──どうもこの辺のお巡りさんは、おしゃべりが多い。

 

 サイレンが鳴り止まぬ集落を立ち去る少女遊序道ことジョドーは、いやらしくほくそ笑んでいた。

 

「さて、何人か巻き込めましたかねえ」

 

 

 縦ひと筋に舞い落ちる塵に気付けたのは、熟練の伊達光太郎だけだった。

 

「黒錠! 上だ!」

 

 伊達光太郎の絶叫に、三人が反射的に上を見上げた。

 その瞬間には、見上げた視界を覆うほどに迫っていた巨大な物体が、雷鳴のような轟音と共に横に吹き飛ばされたところだった。

 伊達光太郎のまるで甲殻類の悪魔のような左腕に殴り飛ばされてすぐ横の床に激突したのは、長大な鉄骨だった。三分の一のところで、伊達光太郎の拳の形にへこみ、"く"の字に折れ曲がっていた。

 拳と床の、二度の重い激突音が倉庫内に響き渡る。

 

「っはー! っはー!」

 

 さしもの伊達光太郎を以てしても、咄嗟の出来事で焦りを隠しきれない。

 見上げれば、天井を支える鉄骨の一部が無くなっている。あそこにあったものが脱落してきたようだ。

 

「お前ら! ケガは!」

 

 鉄骨の全長は約五メートル。四人が縦列していたら全員が収まる長さだ。

 伊達光太郎の呼び掛けに、青い顔を見合わせた翡翠と亞里亞はだが、慌てて悠久郎がいた方を振り返った。

 

「悠久郎っ⁉︎ 」

 

 叫んだ翡翠の足元で、悠久郎が血まみれで倒れていた。

 

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