※この作品はR-18です。

悪魔の許嫁 〜東京怪奇譚 外伝〜   作:鉄槻緋色/竜胆藍

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第7話
──1・油断は大敵なりや


 

 悠久郎が受けた傷は深かった。

 襲ったのは、指ほどの長さのボルト──落下してきた鉄骨を固定していたボルトだ──であり、一本が肩から左上腕へ貫通し、もう一本が、鎖骨を砕いて右肺に突き刺さった。

 両方とも、射角は真上からだ。

 しかもそこが、選りにも選ってプロテクターでガードされていない部位だった。

 以上の事は、担ぎ込まれた病院で判明した事で、あのとき血塗れで倒れる悠久郎を発見した一同は、まず亞里亞の治癒系霊能力で傷口を全て塞いで止血し、倉庫内からの轟音を聞きつけた警備員によって招集されて来た機動警備隊の車両に悠久郎を預け、病院へと緊急搬送してもらったのだ。

 

 そして、遅れて病院にやって来た翡翠たち三人が、処置室の前で待つ事、小一時間。

 

「終わりましたよ」

 

 開かれた扉から、キャスター付きベッドが運び出されてきた。

 そこで眠る悠久郎のはだけられた両肩には、もう傷痕すら無い。

 そのまま一同は、同病院の個室に移動した。

 悠久郎は麻酔の残滓から目覚めぬまま、病室のベッドに移されて、毛布をかけられる。

 スマートフォンを取り出した伊達光太郎が一時退室し、しばらく経ってスーツ姿の女性を連れて病室に戻ってきたところで、悠久郎が目を覚ました。

 

「──悠久郎ッ⁉︎ 」

「ぎゃーー!」

 

 慌てて伊達光太郎が、悲鳴をあげる悠久郎から飛びついた翡翠を引っぱり剥がした。

 

「落ち着け。霊能治癒で傷は塞いでも衝撃は残る」

 

 翡翠は、おとなしく俯いたまま、取り出したハンカチで目元を拭う。

 何しろ全身麻酔の上、亞里亞が血止めとして塞いだ跡を切開して、刺さったボルトを取り除き、傷口を検分ののち治癒霊能力で骨や組織を全て繋げ、傷を完全に癒したのだ。

 しかも覚醒したばかりの悠久郎は意識が途切れており、その衝撃に対する備えも無かった。

 激痛に悲鳴を上げるのも止むなしである。

 

「〜〜ッッてぇ〜〜⁉︎ 俺、どうなったんだ?」

「その事で、お話があるんだけど」

 

 己が身を搔き抱いた悠久郎の呻きに応えたのは、伊達光太郎が連れてきたスーツ姿の女性だった。

 冷徹な声が続ける。

 

「──藤崎織絵警部補です。今回あなた達が受けた仕事について、聞きたい事があります」

「りえちー、今じゃなきゃだめ?」

 

 警察手帳を掲げ、剣呑な気配を放つセミロングヘアの女性に対して、目の周りの赤みが取れないままの翡翠が頓着せずに言い放った。

 

「ボクらトモダチの快復を祝いたいんだけど」

「りえちーはヤメてちょうだい。……あーもう」

 

 げんなりと俯いた藤崎織絵は、頭をひとふりすると気配を収束させ、上体を起こして居住まいを正した。

 

「だから翡翠くんが居ると嫌なのよ。……こちらとしては、証言は新鮮な方がいいのよ。悪いけど警察権限で付き合って貰います。アンタ、椅子持ってらっしゃい」

「へいへい」

 

 藤崎織絵のぞんざいな指図に、伊達光太郎が苦笑いを浮かべて退出し、やがてパイプ椅子を数脚抱えて戻ってきた。

 病室の全員が着席したところで、悠久郎もベッドの上半身側を起き上がらせ、藤崎織絵がメモを取り出して語り出した。

 

「結論から言うと、あなたたち、黒錠悠久郎くんと斗和野亞里亞さんは、ある事件に巻き込まれています」

 

 言われた悠久郎と亞里亞は、顔を見合わせると、揃って翡翠を見遣った。

 

「えー? じゃああの倉庫の事件も(・)?」

 

 翡翠も、視線に拘らずに問い返した。

 

「そう」

 

 藤崎織絵は頷いた。

 先日の芹沢エンタープライズ在庫倉庫妖魔襲撃事件については、ここに居る全員が関わっている事は周知の事実である。

 故に、「巻き込まれている」のはこの件では無い。

 

「二人は、露吹家の兄弟間での諍いに関わっているのは、分かってる?」

「そりゃまあ」

「わかってますけど」

 

 藤崎織絵の問いに、悠久郎と亞里亞は当たり前のような顔で頷いた。

 

「……分かっててその表情なのよねえ……」

 

 藤崎織絵が、両手で顔を覆って呻いた。

 

「俺たちも、生半な覚悟のつもりじゃないけど」

「ねー」

 

 ふたりが顔を見合わせた。

 

「介入できない我が身を呪うわ」

「正確にはスポンサーの金の暴力を、だろ」

 

 天井を仰いだ藤崎織絵に、伊達光太郎が混ぜっ返しを入れた。

 すなわち、拳銃よりも危険な凶器である霊能力を以て兄弟喧嘩をしている露吹翡翠と、露吹明日向。そして呪いの被害を抑える翡翠に協力をしている悠久郎と亞里亞。

 本来ならば霊能力傷害事件として裁くべき事案だが、露吹家が強硬に警察の介入を阻んでいるのだ。

 ──何故ならば、それは露吹家の汚点だから。

 

「まあそんな今さらなハナシは置いといてだ。本題を続けようや」

 

 手を打ち合わせて、陰鬱な空気を吹き飛ばした伊達光太郎が先を促した。

 

「まあね。 で、まず倉庫妖魔襲撃事件の概要から説明するわ」

 

 曰く、「突如、対妖魔の警備が手厚い場所に、何故か妖魔が顕れた」というものだ。

 そして、事件の直前に倉庫に侵入者の形跡があったと言う。その侵入者が妖魔発生の種を仕込んだと思われる。

 わざわざ「ゴーストハンター御用達の物品を取り扱う、厳重な対物警備・対妖魔結界が施された場所」にだ。

 

「さっきの「結論」って言うのは、この事件が、「あるテロリズムのテストケースに利用された恐れがある」と言う事。「厳重な場所を、二度も調べはしない」という盲点を突かれてね。それに、あなた達ふたりは巻き込まれているの」

「私の呪いもですか?」

 

 自分の顎に指先を当てた亞里亞の問いに、藤崎織絵は首肯して応えた。

 

「そうね。でもそれはきっと呼び水に過ぎない。ちなみに、防犯カメラに写ってたのは、子供よりも小さい人影だった」

「……まさか、「傀儡師」⁉︎ 」

 

 翡翠の怪訝な声に、藤崎織絵が深く頷いて肯定した。

 

「じゃあ、悠久郎にケガさせた奴って」

「待てよ翡翠」

 

 腰を浮かせた翡翠を、悠久郎の声が圧しとどめた。

 その後、治療明けの激痛が再発して悶絶する。

 歯を食いしばって苦悶に耐える悠久郎の姿を見たおかげで、翡翠も冷静さを取り戻した。

 

「ごめんね悠久郎。順番に話すって言ってたのにね」

 

 未だ苦痛の癒えぬ悠久郎だが、犬歯を剥いて強がりで応える。

 

「──そこであなた達の証言を聞きたいの。翡翠くん。今回の"呪い"の内容は?」

「あ、そうだ」

 

 藤崎織絵の問いかけに、居住まいを正した翡翠が声を上げた。

 

「今回、二件も飛んできたんだよ。「亞里亞に対する妖魔による攻撃」と、「鉄骨の落下」と。殺人レベルの呪詛を飛ばすのは、結構気力を使うんだ。二連発なんて、できるはずが無いのにさ」

「翡翠くん、それは本当?」

「ホントのホント。今回はおかしな点があった。クソバカ兄貴からの呪いなら、予兆を察知できるんだ。亞里亞にも察知できる。「鉄骨落下」だけ、完全に不意打ちだった」

「どういう事か、説明してくれる?」

 

 クソバカムカつく〜と唸っていた翡翠が、白いサラサラの髪を乱暴に掻きむしってから藤崎織絵に向き直った。

 

「これまでクソバカ兄貴は、「ボクを苦しめるために、ボクの周囲の人物を狙ってきた」。すなわち、呪詛条件の目標は、"ボク"と言うことになる」

 

 隣に腰掛ける亞里亞が、翡翠の乱れた白い長髪を甲斐甲斐しくブラシで整える。

 

「そして呪詛術師なら、自分に向かう呪詛は察知できる。術式に組み込まれた時点でそういう気配が分かるんだ。でも「鉄骨落下」は場外から投げ込まれたようなものなんだよ。しかも五メートルなんて狙いが大雑把過ぎる。「狙う相手を知らない呪詛」なんて矛盾もいいとこじゃん? ……だから、クソバカ兄貴に二件目を唆した協力者がいた事になる。最大でひとり。それも、ボクらの事をよく知らない人物だ」

 

 どんな酔狂者だよ、と翡翠が毒付く。

 亞里亞のブラッシングはまだ続いている。

 

「……なんで、鉄骨の事だけでそこまで分かるんだ?」

 

 ふと、悠久郎が疑問を挟んだ。

 翡翠は悠久郎に向き直り、指を順に立てながら誦んじる。

 

「クソバカ兄貴は呪詛の発生地点を知っている。だけど協力者は、兄貴伝てにしか目標地点が分からないから、広範囲攻撃を目論んだ。殺人レベルの呪詛は、消耗が激しいから、消耗を肩代わりした奴がいるはずだ。OK?」

「なるほど。第三者の存在は確定的ね。つまりは、そいつがテロリズムを企む主犯ないし実行犯だと思われる」

 

 悠久郎と、藤崎織絵が頷いた。

 その時、ドアがノックされた。

 

「どうぞ」

 

 藤崎織絵が立ち上がり、ドアを開いた白衣姿の男性から何かを受け取ると、礼を言ってドアを閉じて戻ってきた。

 

「──見てごらんなさい。これが黒錠くんの体内に埋まってた物よ」

 

 それは、ファスナー付きビニール袋に入れられた、指ほどの大きさの二本の金属製の棒だった。

 ──いや、細かい螺旋のピッチが刻まれたそれは、ボルトだった。

 綺麗に洗浄されていたが、悠久郎は顔をしかめて触ろうとしなかった。

 

「って言うか俺、プロテクター着てたのになんで喰らってんだよ」

「それが、プロテクターの隙き間にジャストヒット」

 

 代わりに翡翠が取り上げて、そのボルトをしげしげと矯めつ眇めつした。

 

「落下した鉄骨を支えていたボルトよ」

「……それも呪いなのか?」

 

 悠久郎が眉を顰めて訊いた。

 

「……違う……」

 

 摘み上げたビニール袋の中のボルトを見つめていた翡翠が、ぽつりと呟いた。

 

「……"呪い"は相手こそ絶対に違えないけど、"その過程"をこんなに精密に動かせる訳じゃない」

「どういう事だ?」

 

 悠久郎の問いに、翡翠は瞳だけを向け。

 

「このボルトは呪いで悠久郎を襲った訳じゃない。"呪い"はこんな精密な分解作業なんてできない。狙撃なんて以ての外だよ! 「鉄骨」の件とは別のものだ……っじゃあ、これが⁉︎ 」

「「傀儡」の仕業よ」

 

 振り返った翡翠に、藤崎織絵が首肯した。

 

「それは、呪いで落とされた物じゃない。十メートルくらいの高さから落としても、そんなものじゃ怪我は負わせても人体は貫通できない。何かの仕掛けで射出されたものなのよ。よく見て。側面に、一直線に傷がついているでしょう?」

 

 言われて見直すと、確かにこのボルトには、等間隔に四箇所、傷が付いていた。

 

「やっぱり⁉︎ おかしいと思ったんだ!"鉄骨"なんて大雑把な手を打つ割に、精密に悠久郎を狙えるなんて」

「なるほど。それで「傀儡師」か」

 

 それまで黙っていた伊達光太郎が、先の翡翠の発言を引き継いだ。

 藤崎織絵は頷いて。

 

「──犯人は、フェンスと結界を破って"傀儡"のみを侵入させ、妖魔発生の種を蒔き、事件発生時から倉庫内部に潜み、警察の調査を掻い潜り、ずっと倉庫内部であなた達を待ち受けていた事になる」

 

 一度、藤崎織絵が言葉を切る。

 部屋は静まり返るが、悠久郎も亞里亞にも狼狽の色は無い。

 

(──たいしたヤツらだ)

 

 若者の姿に、伊達光太郎は密かに感心していた。

 この二人は最近特に目をかけている。

 ただ、厄ネタである露吹の呪いの傍にいるのが心配だが。

 

 その時、着信音が鳴り出した。

 

「ああ、ボクだよ。──なに」

 

 スマートフォンを取り出した翡翠が、通話に出た。

 翡翠は澄まし顔で相槌を打つのみで、通話の内容は窺い知れない。

 やがて通話を終えて翡翠がスマートフォンを切って下ろした。

 

「──ごめん。続きをどうぞ」

「うん。それでね、今回の"傀儡"絡みの事件と"呪い"の両方に関わっている、重要参考人であるところの、翡翠くんの下のお兄さんだったかしら、……明日向、さん? にお話を聞きたいんだけど」

 

 ──プッ。

 

 藤崎織絵の問いに、翡翠が小さく吹き出した。

 

「え? なに?」

「っ、ゴメン。タイムリーだなって思って」

 

 翡翠がくすくすと腹を抱えて笑みをこぼす。

 

「んんー。そこで警視庁妖魔特捜課、藤崎織絵警部補に耳寄りの情報があるんだけど、いくら出す?」

「……あなたねえ」

 

 ニッコニコの得意顔で本職を煽る癖は、本当にどこかで矯正すべきだと、藤崎織絵は深々と溜め息を吐いた。

 

「そういうのは」

「──いいぜ。翡翠。俺にツケとけ」

 

 横目に睨んだ藤崎織絵対し、その肩を掴んだ伊達光太郎は不器用にウインクした。

 

「その耳寄りの情報、教えてくれよ」

「まいどー! ウチのクソバカ兄貴だけどね」

 

 言いながら、先ほど取り出したスマートフォンを摘み上げて振って示し。

 ──つまりはその連絡だったのか。

 

「脳天から謎の殴打を喰らって全治三ヶ月の重態だってさ!」

 

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