※この作品はR-18です。

悪魔の許嫁 〜東京怪奇譚 外伝〜   作:鉄槻緋色/竜胆藍

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──2・そは獣食った報い

 

「なにをやっているんだあいつは⁉︎ 」

「父さん! 明日向に霊能治療を受けさせてください!」

 

 怒鳴り声を上げながら、重厚な扉を蹴り破る勢いでスーツ姿の中年男性が入室してきた。

 それを追ってきた、同じくスーツ姿の若い男が扉を押し開けて言い募る。

 この床に敷かれた高級絨毯でなければ、激しい靴音が乱れ飛んだ事だろう。

 二人とも、上質な仕立ての、品格の高いスーツを纏っていた。

 ここは露吹家本邸の家長専用の書斎。

 重厚な調度が並び、本棚にも金箔飾りの分厚い背表紙の書物がぎっしりと詰め込まれている。

 どれもこれも、長い歴史を感じさせる物品ばかりだが、これらはその上、どこか禍々しさを漂わせていた。

 それらの瘴気をものともせずに、巨大な木製のデスクを回り込んで、牛革張りのチェアに乱暴に座り込んだのは、翡翠の父・露吹光晴(みつはる)。どこか角ばった長身の偉丈夫だが、目線は神経質に揺れ、本来秀麗な顔を怒りで上気させている。

 そのデスクの前に手をついたのは、まるで目の前の父親を生き写しにして若返らせたかのような男。

 露吹家の長男・露吹晴仁(はるひと)である。

 

「父さん⁉︎ 」

「煩い! あいつには通常医療で充分だ!」

「そうは言っても、頚椎の損傷ですよ⁉︎ 急がないと重篤な障害が残る可能性が大きいと!」

「いっそ寝たきりにしてしまえば、悪さもできまい!」

 

 父親はデスクを殴りつけて怒鳴り、片手をこめかみに埋めた。

 デスクの上には、写真立てが飾られていた。そこに写るのは、翡翠には似ていない女性の笑顔。

 

「……直接手出しできんよう遠くに遣ったというのに、まさか今までずっと"巫女"に呪いを送っていたとはな……!」

「結果的に実害は出ていません!」

「ふざけるな!」

 

 父・光晴がさらに激昂した。

 

「"巫女"を穢し、傷付けて、あんな事件まで起こさせて、危うく「露吹」が基盤から崩壊するところだったんだぞ! それで「余計な事をするな」という約束で天枷への流刑にしてやったのに!」

 

 「天枷」とは、東北地方にある、露吹家にゆかりのある集落の地名である。

 

「あそこには「藤崎」も見張りをつけている! それで馬鹿な茶々入れを繰り返していたなど、うちの面目は丸潰れだぞ!」

「だからって、治るものを治さないのも体面が悪いでしょう⁉︎ 呪縛という手もあります!」

「ありえん!」

 

 光晴は唾棄して一蹴した。

 

「今度は解呪しようと接触してくる輩が湧いてくるに決まってる! この際だ、明日向はこのまま面会謝絶にする!」

「父さん⁉︎ 」

「失せろ! 予定がつかえている!」

 

 なおも言い募ろうとする晴仁を遮り、父親はスマートフォンを取り出して何処かへと通話し始めてしまった。

 そのままチェアを回して背を向けてしまう。──これ以上の問答を拒絶する構えだ。

 

「……」

 

 苦渋の顔で唇を噛んだ晴仁は、デスクについていた掌を握り拳に変えて、書斎から退出していった。

 

 

 ──それの目線は低い。

 ひとの膝くらいの目線で、葉陰の隙間からその光景を見ている──

 

 

「にしてもお腹空いたー」

 翡翠が、日傘を持ったまま伸びをした。

 総合病院の玄関から、亞里亞と悠久郎と出てきたところだ。

 悠久郎は、《痛み緩和》の霊能力処置を受けた上で、幻肢痛鎮痛剤を処方されて即日退院となった。

「すげえな。ゴーストハンターやってると重傷でも即時復帰できんのか」

 悠久郎が、両肩を回しながら呻く。

「なんならベテランになると、戦闘現場で重傷を治癒してもらいながら戦闘続行するよ? 伊達さんとか幕利師匠とかしょっちゅう」

「マジか」

 

 翡翠の言葉に悠久郎は愕然とした。

 なお、伊達光太郎と藤崎織絵は、事情聴取が終わってから先だって退出していた。

 

「伊達さんも言ってたけど、霊能力で塞がれた傷痕の幻痛は、慣れれば感じなくなるらしいよ? ガンバれゴーストハンター!」

「いやそりゃ頑張るけどよ」

「それよりゴハンだよゴハン! なに食べよっか!」

 

 そうして病院正面のロータリーにあるロールスロイス・ファントムと、その前で待っている杠葉(ゆずりは)の元へ歩いていると、何やらけたたましい爆音を轟かせて走り込んできた高級セダンがその手前に急停止した。

 

「翡翠!」

 

 ロータリーの真ん中に斜めに停めるほど慌てて運転席から出てきたのは、翡翠の上の兄・露吹晴仁であった。

 仕立ての良い上等なスーツと、ぱりっと纏めた髪が乱れるのも構わない勢で駆け寄ってくる。

 

「ハル兄さん!」

 

 翡翠が気色を上げて呼びかけた。

 満面の嬉しそうな笑顔で。

 

「怪我は無いか⁉︎ 」

 

 駆け寄ってきた晴仁は、翡翠の身体を、淡い色合いのロリータファッション姿を上から下まで眺め回して尋ねた。

 

「ボクは怪我してないけど、悠久郎が重傷を負ったよ!」

 

──ファーーーー⁉︎

 

 普段は貴人然とした面立ちの晴仁が、この世の終わりでも見るかのような、穴という穴を全開にした顔で吸い込むような悲鳴をあげた。

 

「──申し訳ない! この通りだ!」

 

 叫んだ晴仁が、悠久郎の前で迅速に土下座をして頭を下げた。

 

「この度は、ウチの不出来の上の弟が御無礼をした! 代わって謝罪をさせていただきたい! こちら持ちで弁護士を立てて、問い合わせて貰えば以下様な弁償も」

「兄さん、落ち着いて」

 

 素早く立ち上がって悠久郎に名刺を差し出す晴仁の、前に身体を捩じ込んだ翡翠が、その手を押さえて宥めた。

 

「しかしだな翡翠、どういう訳か、警察よりも後に情報を受け取ったものだから遅くなった訳で、そのうえ翡翠の友達が負傷してたなんて今初めて知ったから僕は」

「はいはい兄さんいいから落ち着いてー」

 

 言いながら翡翠は晴仁の身体を抱きしめて宥める。

 長兄である晴仁は高身長の青年なため、知らない者が見れば、まるで親娘のような光景だ。

 次第に、晴仁の顔が穏やかになっていく。

 この兄が末弟に激甘なのは、亞里亞も悠久郎も良く知っている。

 

「晴仁さん、大丈夫っスよ」

 

 晴仁がようやく落ち着いたところで、悠久郎が言った。

 

「これはゴーストハンターの仕事中に負った怪我で、治療は組合持ちで完治しましたし、それでハナシは終わりッス」

 

 あんぐりと口を空けた晴仁が、泣きそうな顔で頭を下げた。

 

「……申し訳ない。僕は」

「ほらもう! キリが無いから!」

 

 翡翠が晴仁の胸を叩く。

 

「それよりボクら、朝から仕事でこの時間までまともにご飯食べてないんだよねー。どっか奢ってよ」

 

 言われた晴仁は、ようやく腑に落ちた顔で、翡翠の頭を撫でた。

 

「それならお安いご用だ!──そしたら三人とも、僕の車に乗ってくれ。 杠葉さん!あとから着いてきてくれ」

 

 

 ──それは、まともな足掛かりもない高さの欄間の隙間から、その光景を見ている──

 

 

 格式ある老舗料亭の座敷で、四人はテーブルを挟んで座っていた。

 翡翠と亞里亞は座布団に正座、晴仁と悠久郎は足を崩している。

 やがて注文の御膳が続々と運ばれてきた。

 

「……いやもう慣れたけど、店選びのランク少し加減してくれませんかね」

「ええっ⁉︎ 何かまずかったかい⁉︎ 」

「家がカネモチでゴメンネー」

「だが翡翠。オメーはダメだ」

 

 与太話で悠久郎と翡翠が戯れあい、めいめい食事を始める。

 

「──にしても、あの人、どうにかなんないんすか?」

 

 食事の最中、悠久郎が言った。

 

「悠久郎──」

 

 翡翠が嗜めるが、悠久郎は退かない。

 

「今日の負傷は俺の油断だったけど、"あの事件"は俺たち全員が被害者で当事者だ。それが今もずっと続いてるし、とうとう第三者も絡んできたらしいんスよ。もうそろそろ抜本的な動きがあって然るべきじゃねえっすか」

 

 翡翠は、隣の晴仁を見た。

 

「──その件については、あいつはもう当分ちょっかいは出せないよ。君らも安心して欲しい」

「あれ? どうせ霊能治癒ですぐ復活してくると思ってたけど?」

 

 翡翠が小首を傾げた。

 

「親父が──父が、明日向に霊能力治療はしないと決めた。今も意識不明なまま、通常治療で当分面会謝絶となる」

「ーーッッ!」

 

 それを聞いた翡翠が大爆笑した。

 

「ya! Hooray! っははははは!」

 

 甲高い嬌声が料亭の個室に白々と響く。

 

「翡翠。仮にも家族の命の危機だ。笑うのはやめなさい」

「それを言う⁉︎ あのクソバカに滅茶苦茶にされたこのボクにさ⁉︎ 」

 

 晴仁の嗜めに、翡翠は破顔したまま振り向いて詰め寄った。

 その笑顔は、いつもの笑顔に見えて何処か均衡を危うくした笑顔だ。

 晴仁は、諦観の眼差しでそれを見返すしかなく。

 

「それにあのクソバカ、最後は呪詛返しを転嫁できなくて自爆したんだよ? きっと唆した誰かにハメられたんだよ! ただの自業自得じゃん!」

 

 ああゴハンが美味い! と食事を続ける翡翠に、晴仁は二の句が継げない。

 

「まあ、俺も同意見っス」

 

 悠久郎が、食事を再開しながら続けた。

 

「とにかく、ちょっかいかけてくるのをやめてくれれば、何でもいいんで」

 

 なお、亞里亞は望洋とした顔で黙々と食べ進めていた。

 その沈黙には、話題に関わりたくないという拒絶感があった。

 

「ごちそーさま!」

 

 箸を置いた翡翠が、元気良く手を合わせた。

 

 

「──なるほど。そんなような感じで」

 

 暗闇で、禿頭の男がいやらしい笑みをうっそりと浮かべていた。

 

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