少女が顔や腕を焼かれる事件が起きた。
被害箇所の皮膚は激しく爛れ、ケロイド状になったと言う。
全治三ヶ月の見通しだが、ケロイド化した皮膚は元には戻らない。
顔面の損傷も、半面とは言え著しく、片目の角膜にも異常を及ぼした。
特に被害者は年頃の少女だ。その後の人生をも狂わせるだろう。
──事件が起きたのは、練馬区柿崎四丁目。
被害者は、帰宅途中に「何かを撒きかけられた」ように感じたあと、痛みを感じたと言うことです。
近くに人を目撃しておらず、また高所から何かを撒く建物も近くに存在しない事から、犯人は背後から近寄って犯行に及んだと見て警察は捜査する方針です──
朝のニュースではそのように報道されていた。
「席につけー」
ドアを引き開けた担任の女性教師が、早足で教壇に向かう。
翡翠と悠久郎と亞里亞の三人は、「担任がドアをいつ開けるカウントダウン」にチャレンジしており、的中した亞里亞が力強く握り拳を引いた隣で、二人が頭を抱えたところだった。
そして生徒らは、めいめい話を中断してもたもたと自らの座席に着く。
「──んん?」
ひとつだけ空いている席を見咎めた教師が、持っていたタブレットの座席表を確認した。
「
「すみません!」
そこで、教室の後方ドアを開けて女子生徒──
「遅くなりました!」
「まあいい。席に着け」
どたばたと入室してきた女子生徒は、通りすがりに友達に手を小さく振って自分の席に滑り込んだ。
その折に、爪のジェルネイルの装飾がチラリと煌めいた。
──それ以降は、つつがなく朝礼からなる学校の日常が始まった。
緑深い長閑な山村の、とある集落の外れの小高い丘に、場違いに豪奢な館があった。高い塀で囲われて、豪華な門扉に閉ざされている。
「ぎゃああああ⁉︎ 」
その館の中から、男の絶叫が響き渡った。
なにしろ高層の建物など他にない、開けた集落ゆえ、そんな罵声でもよく響く。
それを聞いた村人の数人が顔を上げるが、その反応は、緊急を察知したものではなかった。
それどころか、「またか」ともつかない、いつもの顔で見合わせる。
「まぁーた、露吹さんトコの坊ちゃんか」
「今度は何をやらかしたんやら」
「くわばらくわばら」
挙げ句、厄除けの仕草までして村人たちは自分の用事へ戻っていった。
「っはー! っはー! っぐぎぎ」
這い蹲った男が激痛の苦悶に喘ぐ。
それでも無理矢理、自分でシャツの前を引きちぎった。
顔半分と半身が焼け爛れ、ケロイド化していた。
男の周囲にあるのは家具や雑貨のみで、火元も無ければ、燃料や薬品などの液体も無い。
なのに、被害は突然顕われた。
「くそっ! くそっ!」
繰り返し悪罵を吐く男が、手元でゴソゴソと何やらすると、やがて男の苦悶の声が落ち着いた。
いつの間にか、半身を焼け爛れさせていた傷が消え去って、元の健常な皮膚になっていたのだ。
同時に、窓の外にいた野良猫が突如泡噴くように全身の皮膚を爛れさせ、爆発して、汚泥と化して地面に散らばった。
「っはー、っはー。……ちくしょう」
だが男の消耗までは戻っていない。
荒い息をつき、男はその場の床に寝転がった。
「オレは諦めないぞ翡翠……!」
いつもの茫洋とした顔の亞里亞が、ふとあらぬ方を見上げ、何か匂いでも嗅ぐように──ただし鼻は鳴らさず──して、悠久郎と戯れている翡翠に目を遣った。
「……"
「だからなんで分かるのさ」
掴み合っていた悠久郎の両手を離して、翡翠がおとなしく亞里亞の隣に席に座った。
「別に。毎朝お花に水をやるような……習慣みたいなモンだよ」
「……誰?」
茫洋としながらも、決然と真っ直ぐに追求してくる亞里亞。
こういう時の亞里亞は非常に頑固になる。
──誤魔化せそうにないな──
翡翠はお手上げの手振りをしてから、亞里亞に近寄って耳打ちした。
「……常田」
「あー……」
すぐそこにいる悠久郎は、大して拘らず聞こえないフリをしている。
「……ん」
亞里亞が翡翠に向かって両腕を広げた。
こういう時は、亞里亞はいつも胸を貸してくれる。
翡翠は逆らわずに、亞里亞の胸に抱き締められた。
「よしよし」
「……なんだかなあ」
翡翠は苦笑いしながらも、亞里亞のフカフカの、そこそこボリュームのある胸に抱きしめられ、頭を撫でられるままにした。
触れ合う亞里亞から伝わる癒しのオーラが、翡翠を暖かく包み込む。
その二人の様子は、傍目には少女同士がスキンシップしているようにしか見えない。
「悠久郎も混ざる? 癒し合い」
「いらんわ。通報されるわ」
悪戯っぽく見上げた翡翠に、悠久郎は歯を剥いて固辞してきた。
「そんな事言ってー。気持ちイイの大好きなクセにー」
「……オマエなあ」
「翡翠とするの、気持ちいいよ?」
亞里亞の言葉に、悠久郎の目付きが鋭くなった。
「翡翠オマエ見境無しか──無いか」
「その通りだけど酷くない?」
「ひどくない?」
即座に気配を収束させた悠久郎に、翡翠と亞里亞が澄まし顔のままこぼした。
──誰にも言わない、言う必要もない。翡翠個人の問題であるが、察してくれる友人がいる事の、この幸せを、翡翠はしみじみと感じていた。