──1・疑あらば寄って目にも見よ!
「ゴーストハンターぁ?」
露吹翡翠の住まう屋敷への道すがら。
練馬区内にある三つの広大な自然公園以外に、こんな森林ががあったかしらと首を傾げるような緑深い道を歩きながら。
女子生徒を先導する悠久郎が肩越しに頷いた。
翔子は露骨に胡乱な顔をしていた。
「ゴーストハンターって、アレでしょ? インチキ宗教だったり、迷惑系動画投稿者だったり」
「あの中にもホンモノが少し混じってるのが困りもの……いや別に俺は困らねえな」
言いながら、悠久郎が後ろ手に突き出したパスケースを、翔子が受け取る。
開いて見ると、窓つきポケットの枠内に、父親の普通自動車運転免許証に似た感じのカードが入っていた。
「一応、国家資格で免許もある」
それには「第一種妖魔駆除免許証」と銘打たれ、罫線で囲われた、各種意味の分からない項目と、そして悠久郎の氏名と共に仏頂面の顔写真が表記されていた。
──どうして、こういう顔写真って、悪目立ちする顔になっちゃうんだろう。
失礼な感想をそっと胸に抱きながら、祥子はパスケースを悠久郎に返した。
「気になるんなら、調べてみるといい。委員長」
「それが本物かなんてわからないし──いま私の事「委員長」って言った?」
聞き咎めた祥子が悠久郎の隣に追いつく。
「いや。名前をフルネームで読んだだけだ」
「ンなワケ無いでしょ! あと私は副委員長だから!」
伸び上がって訴える翔子を、悠久郎は煩そうに横目で見下ろした。
「そうよ! そう言えば、なんで私が休んだ露吹くんの書類を届けなくちゃいけないのよ!」
「それは、委員長だから」
「言った! 委員長って言った!」
「それは聞き間違いだ伊井野祥子」
「だとして、フルネーム呼び捨てっておかしくない⁉︎ 」
大袈裟に溜め息を吐いた悠久郎が、ようやく立ち止まった。
「──そうは言っても伊井野祥子。あの「真・委員長」に仕事が務まるか?」
「それは……そうだけど、でもみんなで投票で決めた事でしょう?」
「その論議も手遅れだしな。──着いたぞ」
言って、悠久郎が指差した先には。
厳かな、冷厳な、荘厳な門を構えた広大な屋敷があった。
『翡翠様の御学友で御座いますね。ただいま案内の者がお迎えに上がりますので、少々そのままでお待ちくださいませ』
悠久郎は、慣れた仕草で黒塗りのアンティークな受話器を置いた。
はて、随分と静かだと思って隣を見ると、祥子はこの広い玄関の内装に圧倒され、開いた口がふさがらない様子だった。
玄関と言うには広過ぎる。そこはまるでホテルか旅館のロビーのようだった。
とは言っても、四方の壁を飾る装飾や、梁の一部に彫り込まれた彫刻などには旅館と違って「出迎える」雰囲気が無い。
露吹家では、邸宅の"玄関"にすら意味的術式を施すものなのだが、祥子に説明するのはやめておいた。
話が長くなるからだ。
すぐにこの広大な玄関に、奥から柔和な初老の男性が現れた。
姿勢が良くタキシードが似合っており、一挙手一投足に淀みがない。祥子などはひと目で「執事」を連想した。
「──いらっしゃいませ。悠久郎さまにおかれましてはお変わりなく。そちらは、初めまして。わたくし、翡翠様の運転手を仰せつかっております、
柔和に流麗に語りかけ、深々とお辞儀する杠葉。
「あ、あああ、あのっ、わたわたしっ⁉︎ 」
「委員長テンパり過ぎ」
「委員長じゃないー!」
呆れ顔の悠久郎が、だがしかし、ふと気付いたように自分のあごに手を遣る。
「──あれ、名前なんだったっけ」
「さっきずっと伊井野祥子って呼んでたじゃんー!」
「伊井野祥子様と仰られる。かしこまりました。ささ、どうぞ。ご案内致します」
今ので緊張が吹き飛んだのか、祥子が憤懣遣る方無い勢いで床を踏みながら杠葉の後に続いていく。
悠久郎も、今の遣り取りについて何を思う事も無く続いていった。
これ程の広大な規模の木造家屋というものを、祥子は初めて直接見たし、歩いた。
歴史ドラマでしか見かけないような渡り廊下や縁側の通路の曲がり角。
それどころか「お池のあるお庭」などに直接まみえるなど。
「露吹君て何者……?」
庭側を開け放たれ、襖に囲まれた八畳間の客室に通された二人は、ふかふかの座布団に腰掛けていた。
杠葉が運んできたお茶を、悠久郎は慣れた手付きで受け取り、祥子はテーブルに出されただけで酷く恐縮していた。
「翡翠様は間も無く来られます。もう少々お待ちくださいませ」
失礼致します、と杠葉が下がってから、再び祥子は部屋のあちこちを見回していた。
見上げた襖の上段の欄間には、それは精緻で流麗な透かし彫りが嵌め込まれていて圧倒された。
だと言うのに、悠久郎はさっさと足を崩しており、家屋の豪華さは一顧だにしない。
「……巨大な資産家の、暇を持て余した三男坊っつったら、超優良物件じゃねえかなあ」
「なんの話?」
「いや、翡翠が何者かって」
「呼んだ?」
そこに、翡翠の声が割り込んできた。
「あ、露吹くn」
濡れそぼった絹のように白く長い髪がフラットな肢体に纏わり付く。
水の滴る薄衣に透ける、真白く細い肩と凹凸の無い胸や腰などまるで水の妖精もかくやという美しさ。
濡れた前髪の隙間から覗く、唯一紅く、いたずらっぽく揺れる瞳は見るものを強く惹きつける。
現実味の薄い光景に、だけど祥子の目線は否応無しに下がっていって。
「ッーーーーーーッッ!?」
しどけなくも悩ましい太ももの付け根の間には。
そこそこ立派な逸物がぶら下がっていた。