──1・ボクらのお仕事
怒涛の勢いで挟み込むように襲いかかる「
両手に握る、鞘に収まったままの古風な懐刀の柄尻から光刃が伸び、すれ違いざまに「
芹沢エンタープライズ謹製、量産型霊力補助装置懐刀『黒無垢 ver.2.3.1』。
物質化した妖魔に対抗する、物理攻撃系霊能力者の、初級者に配布される汎用装備である。
「物質化した妖魔は、見かけはどうでもヒグマくらいチカラ強いから、絶対に喰らうなよー」
発生源からの討ち漏らしを刈り取る役目として、現場の外縁を円形に取り囲むように大勢の霊能力者たちが配置されている第二陣。
ここは、そのうちの一箇所であるところの、訓練中の初級霊能力者たちを集めた小隊である。
「身姿はあまりアテにならないと思え。攻撃の害意に特に集中しろ」
それを監督する
伊達光太郎は、壮年の屈強な男性で、引き締まった筋肉とゆとりのある笑顔が特徴の、歴戦の攻撃系霊能力者だ。
作戦中だからか、黒の耐妖魔タクティカルジャケットを纏っているのだが、何故か左の袖のみを大雑把に引きちぎり、厳重に包帯に巻かれた左腕を露出している。
本来は中央部に行くべきベテランだが、今回は、前線の一線級の霊能力者たちが
──『妖魔』と呼ばれている。
古来より人々に
時に『妖怪』『魑魅魍魎』『悪魔』などとも呼ばれ、恐れられてきたが、人間も恐れ傷つけられるばかりでは無い。
時に『陰陽師』『退魔師』『僧侶』らがそれらを祓い、調伏し、滅してきた。
概ね「指向性の無い悪想念の思念体」という認識で、それらが何かのきっかけで指向性を得て、半物質化したものが、主に人々に直接の危害を加える事件が起こる。
見かけは人に非るが、かと言って絵物語の如き悪鬼羅刹と言う訳でもない。
「臭いがあり」、「身動きで音を立て」、「殺意の籠もった視線を発し」、「肉を割く接触をする」のだが、姿だけは判然としないのが『妖魔』だ。
彼ら『霊能力者』は、その生まれ持った素質で、あれら「思念体」の「
慣れない初級者は、それを視覚情報に置き換えて視るのだが、それが妖魔個体の全てではない。
熟練すると、視聴覚などの五感「以外の」霊感とでも言うべき感覚で、妖魔個体の全容を捉らえる事が出来ると言う。
──もっとも、悠久郎ら初級霊能力者は、まだそこまで至っていないため、「もやもやしたものが、何かの前兆ののち、鋭利な何かを飛ばしてくる」のを辛うじて対処している状態だ。
今回の現場は、かの芹沢エンタープライズの「対妖魔霊能力者用品部門」の装備品を収める広大な倉庫街の一角。
腕を組む伊達光太郎の背後には、亞里亞を始め、数人の少年少女らがまとまって待機していた。
皆、亞里亞と同じ、治癒系の霊能力を持つ初級の後方支援部隊だ。
監督役である伊達光太郎が、ついでに彼らの護衛をしている。
「あっ」
戦況を見ていた誰かが声を上げた。
攻撃役の初級霊能力者のひとりが、横薙ぎに吹き飛ばされたのだ。
ざわめく治癒系霊能力者一同。
ただし、亞里亞だけが全く動じていない。
「お前ら動くなよ」
言い置いて駆け出した伊達光太郎が、追撃しようとしたその妖魔をひと蹴りで粉砕して、地面に転がった初級霊能力者の襟首を掴み上げて戻ってきた。
「誰か、治癒してやってくれ」
やや乱暴に、初級霊能力者たちに投げ渡す。
治癒系霊能力者たちがわたわたと負傷者を抱えて地面に横たえると、誰がどうするのかとざわめき始める。
見かねた亞里亞が、左右に立っていたメンバーの袖を両手で掴んで押し出した。
「──あなたは上着を脱がせて負傷箇所を出して。んで、あなたが癒して」
混乱していた一同は、その言葉を聞いてから、ようやく自らの仕事をもたもたとし始めた。
「斗和野っつったか。お前はだいぶ肝が据わってるな」
その様子を見ていた伊達光太郎が、亞里亞に声をかけた。
「別に。呑気なだけです。現場随行はもう何回かしてますし」
亞里亞は、なんでもなさそうに言って、再び悠久郎の方に目を向けた。
「はっは。なんか引退した元同僚に似てるなお前」
「老人マウントとか誰も得しないですよー」
「ぐっ⁉︎ 」
亞里亞の素っ気ない返事に、屈強な伊達光太郎が胸を押さえて体勢を崩した。
だが、後方の治癒系霊能力者チームの治癒作業が遅々として進まない。
亞里亞に指名された霊能力者の少女が、露わになった凄絶な傷口に竦んでしまっているのだ。
「急いで! このひと手遅れになっちゃう!」
亞里亞が叫んで少女の肩を揺するが、少女は震えるばかりで能力に集中できそうにない。
実は、亞里亞の見立てでは、派手な外傷の割に深くはないので、事態に慣れるにはうってつけの状況であるとすら思っていた。
実際に、伊達光太郎はまだ何も言ってこない。
やがて治癒系霊能力者の何人かが負傷者の元に膝をついて、治癒のための霊能力に集中を始めた。
その様子をこっそり横目に見ていた伊達光太郎は口の端を上げ、そして空を仰ぎ、鳥すら横切らない蒼穹の様子にも満足げに頷いた。
──なにしろ大きな事件だ。場合によっては出歯亀を押さえなければならないが、警視庁妖魔特捜課には手に余る出歯亀が事のほか多い。
スマートフォンを取り出して発信ボタンをタップする。
やがて出た相手に朗らかに話しかけた。
「確かに報道ヘリのひとつも来てねえ。流石は呪術家系の面目躍如だな?」
『そこにいる初級たちと一緒にしないでくれる? ボクは藤崎の婆ちゃんのお願いで協力してあげてるんだからね』
着信に応えた露吹翡翠は、どこか得意げに、見下すように言い放った。