「そう言えば、こないだ翡翠君の家に届け物に行った時、どうしてゴーストハンターの話になったんだっけ」
昼休みの教室で。
伊井野祥子の問いかけに、机に足を乗せて文庫本を読んでいた悠久郎が顔を上げ、眉をしかめた。
「や、怒んないでよ」
「怒ってない」
慌てて手を振る祥子に、悠久郎が憮然と言い返した。
「……確か、翡翠が学校を休んだ理由を説明しようとして、ゴーストハンターの単語を出したところで、迷惑系動画投稿者の話題になって、有耶無耶になったな」
虚空を仰いで指折り数えた悠久郎が答えた。
「あー、そうだった。一応、ネットで調べてみたんだけど、結構あるんだね「ゴーストハンター」とか「霊能力者」とかって名称で、「妖魔退治引き受けます」みたいなの」
祥子がスマートフォンを操作しながら言う。
「探偵業と同じくらいの規模でそういう業者があって、驚いたよ」
「基本的には「妖魔」と「霊能力」にまつわる事件は報道されないからな」
再び文庫本に目線を落としながら応えた。
「その、「妖魔」とか「霊能力」って、本当にあるの?」
祥子の、至って素朴な疑問に、再び顔を上げた悠久郎が、また眉をしかめた。
「や、怒んないでよ」
「怒ってない」
慌てて手を振る祥子に、悠久郎が憮然と言い返した。
「……年間の被害件数はだいたい十万件と言われてる」
「そんなに⁉︎ 私、そんなの見たこと無いんだけど」
「年間三十万件の自動車交通事故だって、直接見た事は無いんじゃないか? 実在はしている。警視庁も「妖魔」の呼称で統一している」
文庫本を閉じた悠久郎が、机から足を下ろして居住まいを正した。
「「妖魔」の目視経験は、なければ無い方がいい。胡乱に思われても、俺は気にしない。直接の被害者でないと分からない事もある」
「や、私、そんなつもりじゃ」
「別に悪く思ってない」
文庫本を脇に置いた悠久郎が、両手を組んで机に置き直した。
「あの時に翡翠が言っていた通り、いいん……副委員長にもある程度話しておこうと思った」
途中で祥子の眼力に気づいて言い直した。
「「霊能力」というものも、実在している。心霊スポットに同行している芸能人は全員偽物だが、霊能力者は日本国内で十万人以上、半分くらいはモグリだが、それくらいと言われている」
「ごめんなさい。実感が無いから分かりにくいんだけど、霊能力者ってどういう事をするの? 神社でやってるお祓いみたいな事をするのかしら。それとも、漫画とか……映画のヒーローみたいな事ができるのかしら」
祥子の言葉を選んだ質問に、悠久郎が大きく首を傾げた。
「……どちらかと言うと……後者に、似たようなもの……だと、思う……いや、あんなに派手じゃない……な」
「それは……凄い事、っ言って、いいのかしら」
「警察官が拳銃を使う所を見て、凄いと思うか、って言うのと似たようなもんかな」
反対側に首を傾げた悠久郎の回答に、翔子は分かったような分からないような顔で頷いた。
そこで悠久郎の発言内容の意味に気付く。
「待って。お巡りさんが拳銃を使うくらい危険な仕事をしてるの⁉︎ 」
「それはモノの例えだけど、野生の熊の駆除くらいには危険だな」
悠久郎があっさりと頷いた。
祥子は大きく狼狽えた。
「そんな……あっさり言わないでよ⁉︎ なんで黒錠君がそんな危ないことするの⁉︎ 」
「どう言っても事実だしな。理由は個人の事情だし、その為の訓練も受けてる」
言って、悠久郎は上着の懐から懐刀「黒無垢」の柄尻をちょっとだけ覗かせた。
「っ……⁉︎ 」
「むしろ、委員長が気をつけるべきは、モグリのチンピラが霊能力で悪事を働いた時だ。霊能力での悪事は、漫画のエスパーみたいに容易いし、銃弾みたいな物証を残さない。ただし、線条痕みたいな、霊能力の指紋みたいなもので、能力者を見分ける事はできる。もし異変を見かけたら、俺らにでも教えてくれ」
「……それこそ、一般に広く知らせるべき事なんじゃないの? 危険なんでしょう?」
「そうもいかないらしい。詳しくは、社会現象としての「魔女狩り」を調べてくれ」
「魔女狩りって」
祥子の疑問に、悠久郎は煩わしそうに手を振って。
「俺も聞いた話で実感はあまり無いんだけど、昭和時代のどっかで、霊能力者の存在を疑った虐殺で、町がひとつ無くなる事件が日本全国で頻発した事があったらしい」
「なんで……」
「「おまえ霊能力者だろう」、「あいつが妖魔に違いない」。そんなくだらない疑心暗鬼で集団自滅やリンチが横行した。現代じゃ考えられないけど、いつだって再び起こり得る、と言うのが、業界全体の総意で、あまり公表しない理由だ」
祥子は納得いかない顔で絶句していた。
「霊能力者側も、ただ黙っているわけじゃない。いま現在、学校単位ですら野良犬に噛まれた事件すら聞こえてこない程度には、妖魔は都市部に顕れていない。それは何故かと言えば、日本各地で組織立って霊的結界を張っているからだ。──魔法のバリアみたいなモンと思ってくれればいい」
「って言われても……」
「信じなくてもいい」
怪訝に呻いた祥子に対しても、悠久郎は澄まし顔で肩をすくめるのみだ。
「ここら辺だと、「藤崎グループ」で有名な藤崎家と、近所の露吹家……翡翠のウチが、霊的結界の維持を日常業務にしている。あと光が丘公園と
悠久郎は、祥子の一応の納得を待って。
「つまりは、普通に生活している分には、そうそう妖魔の事件には遭わないはずだ」
その時、教室の後方ドアが開いた。
顔を覗かせたのは亞里亞。悠久郎と目が合うと、ちょいちょいと指先で招いてから立ち去っていった。
「とまあ、そういう訳だから、魔女狩りについての詳しいところは、自分で調べてくれ。俺と亞里亞は午後から抜けるから、よろしく」
「……ん。わかりました。──あと」
立ち上がった悠久郎に向かって、祥子が指先を突きつけた。
「私は副委員長ですからね!」
翔子は、途中の会話の呼びかけをしっかり聞き咎めていた。