──1・おばあちゃん無双
「お化けを見たら、お巡りさんに教えてね」というのは子どもにとって、幼い頃から教えられる「落とし物の届け出」や「泥棒のはじまり」にも並ぶ戒めであり常識だ。
そして、大人になるにつれ、緩み、忘れられるものでもある。
警視庁退魔部・妖魔特捜課。
一般には組織図からは伏されているが、明治の起こりから警視庁内に他部署と同時に組織されている部署である。
それは全部署長に都度説明され、理解の薄い警察官にも「日本国国防の
──なにしろ「霊感」の素質が無い者には認知できない現象である。
だがその被害と対策は実効を以てして組織の内外に所在の必要性を知らしめている。
第一会議室には大勢の老若男女の私服、制服の警察官がパイプ椅子を寄せてひしめき合っていた。
当然、この場にいる警察官全員が、大小はあれど霊感を持ち、あるいは霊能力を行使できる者たちである。
やがて前方入り口からタブレットを小脇に抱えたパンツスーツ姿の女性がスタスタと入ってきた。
正面に登壇したのは、妖魔特捜課の
セミロングの髪を鋭く翻して室内に向き直った。
「定例会議を始めます。まず、昨日起きた芹沢エンタープライズ倉庫での妖魔出現事件について、報告をお願いします」
「敷設科から。現地の《結界破り》の痕跡は解析済み。《霊紋》を採取し、送信済みです」
「捜査特課。現地まで敷地外から侵入の物理痕跡あり。実体は捜査三課に引き継ぎ。霊的痕跡はアリ。引き続き……」
「監視カメラの映像です。侵入者の陰の解析を……」
藤崎織絵の進行に応え、次々と手を挙げては担当部署の警察官が報告を行ってゆく。
「……次、オブザーバーの露吹家より、露吹翡翠技能士、報告を」
『はい』
会議室の一角に大型モニターが数台並び、直接この場に参加できない面々がウェブ会議ツールで映し出されている。
その内の一台に、白いゴシックドレスを纏った翡翠が映し出されていた。
どこか古風で格調高い家屋の調度と壁を背景に、ソファに腰掛けているようである。
『報道ヘリとかの出歯亀はッッ、……無関係な他者の忌避は万全だyッッ、……です。呪詛術の条件は』
滔々と語り出す翡翠だが、ところどころでまるで脇腹でも突かれたかのように横に仰け反っては、青い顔で発言を改めるのを繰り返していた。
なお、隣のモニターに映る老婆の片手が、その都度僅かに動いていたが、誰も気にしなかった。
『……げ、現地でも確認されてると思いますが、報道を含めて、作戦中の侵入者は有り得ません』
「ほい現場報告」
そこで、会議室中央に座っていた伊達光太郎が、キャッチャーミットのような大きな手を挙げて、苦笑いしながら続けた。
「現場監督中も、飛行物体の音も無ければ影もカタチも見えなかった。以上だ」
「もぉーー! 杖ヤメてよ杖はぁ〜〜⁉︎ 」
警察の定例会議での出番が終わり、ウェブカメラが切れると同時に、翡翠が脇腹を抱えてソファに転がった。
「お黙り! このバカたれが!」
それを見て、同じソファの隣に座る老婆が胴間声を上げた。
見かけはヨボヨボの、まるでお伽話に出てくる悪い魔女のような老婆なのだが、品格のある居振る舞いとオーラを纏っている。
彼女こそ、先の会議の進行役だった藤崎織絵の祖母にして、この巨大資産家「藤崎グループ」の会長、
藤崎家と言えば、歴史上においても高名な霊能力者を数多く輩出し、ゴーストハンター業界の民営・公営問わず多くに出資しており、業界全体に渡り強大な影響力を持つ資産家のひとつ。
伊織当人も若かりし頃は強大かつ多様な霊能力を操るゴーストハンターとして活躍しており、日本滅亡の危機を幾度か救ったとも言われている。
老齢で霊能力も減衰し、霊能力者としての第一線から退いた身であっても、伊織個人で未だに警視庁にも影響力を持つ女傑である。
「おまえも若輩なれど露吹家の名代! 警視庁の会議は遊びじゃないんだよ! 丁寧な喋り方をちっとも覚えてないじゃないか!」
「痛い! 痛い!」
その老体のどこから生えてくるのか不思議なくらいの覇気がこもった胴間声を荒げて、水平に構えた杖で何度も何度も翡翠の身体を突つく。
ここはその藤崎家の広大な本邸の、うちの一室。
テーブルにはウェブ会議用機器が二台、敷設されていた。
「そんなんじゃ、露吹の家名に泥が付くよ! 珊瑚に、おまえのお婆様に顔向けできないね!」
「痛い痛い! 知らないよあんな"家"も、見た事もないウチの婆ちゃんも!」
両者とも派手に喚いているが、翡翠も完全に嫌がってはおらず、むしろこれは気心の知れた者同士特有のじゃれ合いである。
翡翠も、とうとう杖を蹴り返し始めた。
「もぉーー! いいじゃん会議終わったんだしさあー!」
「癖の悪い足だね! おやめ! スカートが捲れちまうよ」
老婆──伊織はようやく杖を納め、翡翠のスカートを直して、その手を掴んで引っ張り起こした。
その勢いのまま、懐に引っ張り込んで抱き締める。
「まったく。おまえと来たら。いつまでも手のつけられないじゃじゃ馬で」
「ボク男なんだけど」
伊織に片腕でガッチリとホールドされ、頬擦りされ、丁寧に頭を撫でられる翡翠の顔は、憔悴でショボショボになっていた。
「ああこの抱き心地と髪触り。ますます珊瑚に似てきて」
「ババア百合とか、ちょっとボクの守備範囲外かなー」
「意味の分からない事お言いでないよ。舐めるよ」
「やーめーてーよー!」
少々息の荒くなった老婆の顔を、両手で押さえて全力で拒絶するが、どういう訳か老婆の片腕が振り解けない。
「ともあれだ。呪詛術の条件付けは上々じゃないか。後始末の手間が無いのはね、良い事だよ」
「だってそうしないと婆ちゃん煩いから」
「バカたれ!」
ようやく解放されて座り直してところで、伊織が小突く真似をした。
「アタシが居なくてもちゃんとやるんだよ!」