—あらすじ—
十歳も年上の老婦人に溺れた57歳の私。
裸になると、案外とふっくらしていて陰毛に白髪はない67歳の美魔女の鮎子さん。股間の2枚の肉襞も、みごとに女くさい形をしていました。太ももの肉もむっちりと張りつめて、抱きしめたときの、その溶けてしまいそうな肉の気配は極上です。これまで私は若い女ばかり相手にしてきたから、その違いにいっそう感激していました。
溶けてしまいそうな爛熟の女体を抱きしめる悦びに酔い痴れた私!
1)モテない私のあせり
学生時代や社会人になってもはじめの頃は、30代の熟女だっておばさんであり、不遜にも女のうちに入らない、とさえ思っていました。
まあ、たいていの男がそう思っているでしょうが・・・
私は、とくにそんな傾向が強かったかもしれません。
だから40になっても、まだ20代の若い娘が好きで、そんな若くてピチピチした肉体こそ最高だと思っていました。
そういう社内不倫というやつも、なんどか経験したし、フーゾク店に行くにしても、人妻専科とか、そういう看板をあげている熟女系の店は見向きもして行きませんでした。
40代のころは、いちおう金銭的にも余裕ができたりして、自分で言うのもなんですけど、わりとモテたような気がします。
その頃、赤坂の高級ファッションヘルスの女子大生と恋に落ちたこともあり、いち時は、女房子供を捨てようかとさえ思いました。
それをなんとか踏みとどまって、50代を過ぎたころになった頃には、とたんに若い女が寄りついてこなくなりました。
彼女からしたら、ただのオヤジしか見えない男になってしまったのですね。
会話は微妙に合わなくなってくるし、私自身も中年太りをして、顔もむくんで一挙に老けてしまったような気がします。
そうなるともう、フーゾク店で若い娘を抱いても、妙にプレッシャーを感じて、あまりスムーズに楽しめなくなってきました。
なまじ40代のころに、けっこうにモテていい気になっていたから、みじめさもひとしおです。
山の頂上から一気に谷底に突き落とされたような気分、とでもいうのでしょうか。若い娘たちからは、あきらかにただのオヤジと見られているのが感じられました。
しかも向こうは、
「どうだっ! この若くてピチピチの肉体に触ることができてありがたいだろう」
と、言うような態度や物言いをしてくる。
それで、とうとう最後まで勃起できないままで肩を落とし店から出てきたこともありました。それはもう大変ショックでした。
このままインポになってしまうんじゃないかと、けっこう本気で考えこみました。
私はいま57歳ですが、2~3ねん前ころから、怖くてもう若い娘のフーゾク店には行けなくなりました。
会社の若い娘だって、あきらかにオヤジ扱いで、なんかもう遠い世界の人間のように見てしまいます。
電車のなかでも、女子高生の隣になんか、とてもじゃないが座れません。気味悪がられるか、完全に無視されるかのどちらかです。
大げさにいえば、世の中から完全に置き去りされている気分です。
こと男女関係のことに関しては、私はすっかり自信を失い臆病になっていました。
若い娘が怖い。
いい気になって、若い娘ばかりを相手にしてきた報いなのは自業自得です。
じゃあ、熟女の人妻系に転向するかといっても、それすら怖くなってしまいました。
というか、同世代の熟女の人妻を相手にするなら、怖くてもまだ若い娘がいい。
身体がというより、昔からそのような中年世代の女性とはフィ―リングが合わないところが私にあって、どうも苦手なのです。
だからいつでも若い娘にこだわったということで、中年女は女房ひとりでたくさんです。
いや、その女房だって、歳をとるほどに、
「かなわんなあ」
と思わせる相手になっていきました。
なので、私の50代の人生は最悪のスタートでした。
「俺のセックスライフも、ついにこれで終わりかなぁ・・・」
という気分になってゆきました。
2)完熟レディとの出会い
ところが、まぁ人生というのは、いろいろあるものなんですね。
昨年の秋のことでした。
ある女性としりあいました。
年齢は67歳。私よりも十歳年上です。
しかし、美人です。
いや、ほんとうに・・・。
もちろん、その女性の昔はもっとそうとうな美人だったのだろうが、今でも充分に女くさい気配を漂わせ、ぱっと見た目には50代か、40代の後半に見えるくらいです。
そういう若い格好をしているし、センスもいい。
今はもう、そういう女性がいる時代なのでしょう。
50代は40代に見えるし、40代は30代に見える。
名前は草野敦子さん。
敦子さんとはいつも行く喫茶店で、互いに常連客の顔見知りだったけど、ある時スーパーの大きな荷物を抱えて足を引きずりながら町を歩いているのを見かけました。
足首に包帯を巻いていました。
私がその荷物を持って、家までついて行ってやることにしました。
その時はまだ話を交わしたこともない間柄でしたが、
(キレイな女性だなぁ)
と気にはなっていました。
そばでマジマジと顔をのぞきこんだこともないし、歳は40代の後半くらいかなぁ~ と、思っていました。
いつも喫茶店にはひとりで来ていて、オカッパのようなヘアスタイルのまっすぐの髪をし、シックで都会的な服装をしていました。
いい家の奥さまのようにも働いている女性のようにも見えました。
まあ、普通の中年女とはなんだか雰囲気が違っていて、私としてはそこのところが気になっていました。
ひとまず、
(いい女だなぁ)
と、思っていたわけです。
とは言うものの、昼間の明るいところで間近に見れば、40代というのは褒めすぎで、
(50歳くらいには、いっているかなぁ・・・)
と、思いました。
それでも、たしかにいい女で、並んで歩きながらときどき肩が触れ合ったりすることにときめいたりしました。
家は少し遠いらしく、途中で、喫茶店に寄ってゆくことになりました。
そこで初めてたがいの名を名乗り、しかも驚いたことに敦子さんは悪びれずにこう言ったのです。
「私ねぇ、あと3年で70歳になってしまうのよ。驚いた?」
そりゃあ驚きましたよ。
どう多く見積もっても私よりは年下だろうと思っていたのだから・・・。
そうして私が、それを聞いてガッカリしたかというと、そうではなく、尚いっそうに興味が湧いてきたのでした。
70歳ちかくになっても、まだ40代のように若々しいなんて・・・・・・。
大げさにいえば、この世の中にそんな女性がいるということはひとつの奇跡だと思いました。
敦子さんだけじゃないでしょう。
近ごろは、そういう奇跡のような女性がたくさん現れてきました。
昔の おばあちゃん と、いう物差しなんか、ぜんぜん当てはまらない。
敦子さんは、離婚して今は独身で、実家に帰っているのだとか。
モダンで大きなブルジョワの家でした。
父親はすでに他界し、敦子さんは90歳を過ぎた母親と二人暮らしののだそうです。
この母親という人も、とても元気でモダンなおばあさんでした。やっぱり20歳くらい若く見えました。
親子なんですかねぇ。
まだまだひとりでなんでもできるから、敦子さんは、そんな母親などほったらかしにして遊びまわっているのだと言います。
駅前のカラオケボックスにも、ひとりでよく出入りしているそうです。
いろいろ男遊びをしているのかと思ったけど、
「恋人はいないの、さびしい毎日よ」
と、笑っていました。
もしかしたら、女友達もいないのかもしれません。
つまり、世間ずれも所帯やつれもしていないから、あんなに若くいられるのでしょう。
しかし、私から口説かれたときは、ほんとに驚いた顔をしていました。
お爺さんたちに口説かれることはしょっちゅうの事らしいけど、私くらいの歳の男は若い娘を愛人にしたがるのではないか、という先入観があったらしいのです。
とは言っても、たまには私のような50代や40代の男に言い寄られることもあるそうです。だけど、たいていは歳を聞いて尻込みしてきたり、その途端にうえから目線で、
「つき合ってやろうか」
という態度になってくるそうです。
だから、私のような年代の男はちょっと苦手で、先に正直に歳を言っておく習慣になったのだそうです。
私の場合は、それを聞いてちょっとホッとしました。
そうして、その歳になっても、まだそんなにきれいで、すれていないということに感動しました。
しかし、すぐ老けてしまう女も気の毒だけで、敦子さんのように、なかなかおばあさんになれない美人というのも、ブスな女にはわからない辛さや哀しみがあるのでしょうね。
そうやって普通の女にはない独特の雰囲気を持っている女性でした。
3)とろける柔肌
ラブホテルに連れてゆきました。
敦子さんが、そういうところがいいと言い、行ったことがないから一度だけでも行ってみたかった。と言ったからです。
「私なんか、気取ってシティホテルで逢引するような身分じゃないし、そんなに買いかぶられたら困るわ」
とはにかむ顔が、ますます男心をそそりました。
ほんとうは、ここから先をくわしく話さないといけないのだけれど、聞いて欲しい気持ち半分と、自分だけのものとしてしまっておきたい気持ちが半分です。
67歳の女の裸はどんなものかって?
そりゃあまあ、人それぞれでしょうが、敦子さんの裸は緩んではいませんでした。
きっと、普通の67歳よりは若々しかったはずです。それに、思ったよりもふっくらとしていました。
抱きしめた感触も、素晴らしいものでした。
敦子さんは、とても恥ずかしがりました。
恥ずかしいけど、男に抱かれたい思いも、胸がはちきれそうなほど持っているということが、しっかりと伝わってきました。
そういう感じの恥じらった表情が、たまらなく私の胸にもしみてきて、抱きしめずにいられなくなりました。
こういういう経験は、はじめてでした。
若い娘相手では感じることのできないことでした。
あの艶めかしい雰囲気をどう表現したらよいのでしょうか。
その瞬間、私の躰はぽおっと熱くなり、股間のものだってたちまち勢いよくこわばってきました。
こういう気持ちになることこそ、本物のエロチシズムというのでしょうか。 20歳の裸よりもずっとエロティックでした。
エロティックとは、なんなのだろう?
—いま思い返すと、そんな哲学的なことまで考えてしまいます。
ひっそりとしたあえぎ声だって、もうどうしようもなく艶めかしい。
ものすごく恥ずかしがっているのに、必死で肉体を投げ出してくる。
ペニスの咥え方だって、必死でしかも男を悦ばそうとする心がしっかりとこもっている。
恥ずかしがることもそうだけど、その切羽つまったような必死の感じもした。私の欲情をどんどん刺激してきたのです。
正直に言えば、もしも勃起しなかったら敦子さんに恥をかかせることになるという気持ちが最初に少しはあったのだけれど、そんな心配はいっぺんに吹き飛んでしまっていました。
お股のワレメだって、甘酸っぱくていやらしい匂いを放って、ちゃんと濡れていました。
敦子さんは頭の髪は真っ黒に染めているのだけれど、陰毛だって白髪はありませんでした。
そして、今風に刈りそろえるということもしていませんでした。
ワレメの中心を包む2枚の肉襞だって、みごとに女を感じさせるかたちをしていました。
若くても、肉襞が黒々としている女もいますから、そういう女よりも色は薄かったかもしれません。
太ももの肉も、むっちりと張りつめていた。
抱きしめたときの、その溶けてしまいそうな肉の柔らかさといったら、私なんかなまじ若い女ばかり相手にしてきたから、その違いにいっそう感激しました。
歳をとった女ならではの魅力。独特の味わいがある。
そして、しっかり濡れていたんだから、ペニスの挿入に苦労することなんか何もなかった。
ズブズブ
と、引きずりこまれていきましたよ。
その瞬間に敦子さんは、
「ああ、閉じていたところが開いていくわ・・・・・・どうしよう・・・・・・」
と言いました。
どういう意味なのでしょうか。
なかの粘膜の壁が妖しく揺らめいてペニスにまとわりついてきました。
その動きすらも、彼女の恥じらう心のあらわれのように感じられて、そいうところが67歳の女を相手にすることの、何ものにも代えがたい味わいなのでしょうか。
了