※この作品はR-18です。

魔法少女まどか?ナノカ ほむら√アフター   作:唐揚ちきん

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政夫×メガほむ①

 今、僕の目の前の部屋でベッドの縁に座っているのは、眼鏡を掛けた高校生くらいの美少女。

 綺麗な濡れ羽色の髪を三つ編みに纏め、縁の厚いべっこうの眼鏡を掛けている。

 垢(あか)抜けていないデザインが大変好ましい。

 彼女の自信なさげな相貌と相まって、地味で大人しい雰囲気を醸(かも)し出しているのも僕のツボを突いて来る。

 だが、この際、好みの異性がどうのこうのというのは一旦、脇に置いておこう。

 現在、肝心なのはそこではない。

 そこではないからこそ、困っているのだ。

 

「ええと……、ほむら……さん。さっきの話から総合して考えると、今、君は記憶喪失に陥っていると。そう言うんだね?」

 

 三つ編み眼鏡の美少女、もとい暁美ほむらは僕の言葉に頷いた。

 

「はい……。その、朝起きたら昨日まで中学生だったはずの私がいつの間にかこんな大きくなっていて、カレンダーの暦も覚えていた年から四年も経ってましたし……。最初は夢かと思ったんですけど、色々変わってて、それで」

 

 動揺した様子で取り留めのない発言をこぼす。

 たどたどしく上目遣いで僕を見つめるその表情は、四年も間近で見続けていた傍若無人の無表情とはあまりにかけ離れていた。

 彼女の話を要約すると、今朝目が覚めると記憶が十四歳の時――ちょうど見滝原市に越してきた辺りしかないとの話だった。

 

「そうすると僕のことも知らないはずだけど、どうやって家まで来たの?」

 

「夕田政夫さんの事はこのノートに詳しく載ってました。住所については東京に居るはずのお母さんが家で仕事していたので……事情を話したら『よく分からないけど政夫さんのところで聞いてもらったら』って言われて」

 

 そう言って眼鏡を掛けたほむらは僕に一冊のキャンパスノートを手渡してくれた。

 

「ああ……そうなんだ」

 

 現在、ほむらは両親と共に暮らしている。

 四年前のワルプルギスの夜が起こした大災害、世間では超巨竜巻によるものとされている自然災害が少しずつ復興してきた直後、暁美夫妻は見滝原市へと訪れた。

 ……あの時は本当に大変だった。

 見滝原市を離れまいとするほむらと、被災地から娘を連れ帰ろうとするその両親でひと悶着あって、ワルプルギスの夜撃破よりよっぽど労力を必要とした。

 ほむらからすれば、今まで音沙汰なかった両親がようやく時間遡行の檻から解放された生活を奪おうとしてくる訳で、余計なお世話以外の何物でもなかった。

 その反抗っぷりは凄まじく、尋常ならざる剣幕で両親を拒絶する。

 聞き分けのよかった娘しか知らない暁美夫妻は暁美夫妻で、彼女の性格の変わりようをすべて彼氏である僕が誑(たぶら)かしたのだと責めて来る。

 お互いの話し合いの場を設けて、双方納得できる落としどころを見つけるまで一か月以上もかかった。

 それ以来、家族で見滝原市に住むこととなったのだが、ほむらと暁美夫妻の溝は四年が過ぎても未だ完全には埋まっていない。

 だが、何だかんだで頼りにはされるようにはなったらしく、今回のように娘のことを丸投げしてくることは珍しくない。

 ……珍しくはないが、こう……何というか、仮にも一緒に暮らしているのだから、もう少し娘と向き合ってほしいところだ。

 思考が別の方に行きかけたが、気を取り直して、差し出されたノートを開く。

 そして最初の文に目を落とした。

 

『このノートを読んでいる私は既に記憶を失っているでしょう』

 

 ………………オイ。

 あの女は人を苛立たせる天才だと思っていたが、一文だけでここまで僕の怒りのボルテージを上昇させるとは恐れ入った。

 この出だしだけで今の状況が既に予想されたものだったことが分かってしまう。

 いや、例え、分かっていたとしても故意に起こしたと考えるのは早計だ。

 

『このノートを書いたのは十八歳になった私、暁美ほむら。今の十四歳の貴女からすれば、四年後の私と言えるでしょう』

 

 随分、未来の状況を正確に把握しているんだな……。

 

『そうなった原因は私にあるわ。より正しく言うなら私自身が四年間の記憶を一時的に忘れさせたの』

 

「やっぱりお前のせいかよっ!」

 

 ノートの端を握り締めて、思わず叫んだ。

 

「ひッ……わ、私ですか!?」

 

 その声に驚いて、眼鏡のほむらはびくりと背筋を正し、僕の方を強張(こわば)った表情で見る。

 いけないいけない。つい、あの女のこととなると感情が逆立ってしまう。抑えなくては……。

 

「いや、君のことじゃないんだ。ある意味未来の君のことと言えなくてもないけれど」

 

「は、はあ。えっと……それで政夫さんは、未来のというか、今の私のこ、こ、恋人って書いてあったんですけど……」

 

「まあ、事実だけど、ちょっとその部分を読むね」

 

 新鮮な恥じらい方を見せる眼鏡のほむらに答えつつ、ノートのページを捲る。

 

『夕田政夫という男の家に向かいなさい。私の恋人よ。彼に会えば、必ず貴女の力になってくれるはず』

 

「情報量少ない上に何か腹立つなぁ。そして向かえと言いつつ、詳しい住所も書いてないという……」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

「いや、君が謝る必要はないからね」

 

 項垂れて謝罪する眼鏡のほむらだったが、僕が切れているのは目の前の少女ではなく、この文章を書いたボケナスだ。

 他にも目を通したが、あまり有益な情報は載っていなかった。

 決して頭の回転は悪くはないはずなのに、人に説明をするのが致命的に下手というか、自分の中で完結した情報をアウトプットするという作業が苦手なのだ。

 

「えーと、ほむら……さんでいいのかな、呼び方」

 

「はい。あ、私も政夫さんって呼んでいいですか? もう何度か呼んじゃってましたけど」

 

 あのほむらが僕をさん付けする日が来ようとは……。

 何より、敬語をちゃんと使っているの新鮮だ。巴さん相手も基本タメ口だからな。

 

「すっごい新鮮だけどいいよ。それと、一つ聞きたいんだけど、“魔法少女”って単語に聞き覚えはある?」

 

 あのノートにも魔法少女や過去の戦いの記録はなかった。

 念のため、魔法少女という単語に何か引っかかりがあるかと尋ねてみる。

 すると、眼鏡のほむらはキョトンとした顔をした。

 

「魔法少女? あの小さい子とかが見るようなアニメとかですか? 私はよく分からないですけど、政夫さん、そういうのが好みなんですか?」

 

「いや、全然。むしろ、大嫌いだよ」

 

 少しは反応があるかとは思ったが、眼鏡のほむらは唐突に何を言い出すのだろうという目でこちらを見るだけだった。

 

「他に何か覚えていることはないかな? 自室にあったものとか、服とか装飾品についての思い出みたいなものはある?」

 

 とりあえず、他の視点で記憶に残っているものがないか確かめる方法に変更する。

 すると、彼女はうーんと指で自分の顎先(あごさき)を摘まみ、考え込む。

 一々、仕草が可愛らしい!

 出会った時よりは格段に明るくなったが、表情の変化に乏しいほむらからすると考えられないほどコロコロ表情が変化する。

 

「病院で入院していた事は覚えているんですけど、退院して見滝原に来てからの記憶って曖昧で……。そういえば、部屋とか住んでいたマンションとかも違う気がしましたね」

 

「四年前の大型台風で君が前に住んでいたマンション倒壊したからね」

 

「そんな事があったんですか!? それ以外ですと……あ。この赤いリボンの付いたカチューシャが」

 

 左右の側面に赤いレースの小さなリボンが付属したカチューシャを指差す。

 それは二年前のほむらの誕生日に僕がプレゼントしたものだった。

 何かしらの記憶が残っているのかと希望を持って尋ねる。

 

「そのカチューシャについて、何か覚えてるんだね?」

 

「え、いや、とっても可愛いなって。特に記憶にはなかったんですけど、机の上に大事そうに置いてあったので」

 

「ああ、そっか……。それは二年前に僕が贈った誕生日プレゼントだよ。あんまり普段使いはしてなかったみたいだから、実はそれほど気に入ってなかったと思うけど」

 

 送った時はそれなりに喜んでいたもののそれほど頻繁には身に着けていなかったのを覚えている。

 付けてたのは、市外へ遠出する時とかぐらいのものだった。

 あまり趣味に合わなかったのかと、若干の申し訳なさを感じていた。

 しかし、眼鏡のほむらはとんでもないとばかり首を横に振る。

 

「そんな事ないと思いますよ! 私だったら凄く気に入りますもん! 多分、記憶を失くす前の私も大事過ぎて逆に普段使いできなかったんだと思います!」

 

「そ、そう? そこまで力説するなら、そうなのかな」

 

 押しが弱い子と思いきや、妙なところで激しく主張をしてくるな。

 距離感が不安定なところは前のほむらと似ている。

 もっともあちらは完全に壁を作るか、やたら依存してくるかの両極端しかなかったが。

 少し困惑気味で微笑むと彼女は意を決したように話し出す。

 

「あの、政夫さん。ちょっと聞きたい事があるんですけど」

 

「うん? 何かな」

 

「前の私ってどんな女の子だったんですか?」

 

「どんなって…………凄い女の子だったよ」

 

 イカれたテロリスト中高生、とは流石に言えなかった僕は可能な限り抽象的な言い方で濁す。

 ふわっとした表現だが、紛れもない凄い女であることは誰が見ても明らかだろう。

 ただ凄さのベクトルがプラスではなく、マイナスの方に振り切れているだけで。

 だが、眼鏡のほむらは驚いたように目を丸くして、口を手で押さえた。

 

「凄いって……私がですか? 今の私は見た目も地味で何の取柄もないのに……」

 

「いや、全然地味じゃないよ。仕草も表情も凄く可愛いよ」

 

 素直な気持ちを付けると、彼女は頬を僅かに朱(しゅ)に染めて俯く。

 

「そ、そうですか? そんなこと、私、初めて言われました。あの、じゃあ、政夫さんとお付き合いしてた私も……」

 

「いや、あいつは可愛くはなかったなぁ」

 

「ええっ!?」

 

 ああ、まずい。つい本音がポロリと口を突いてしまった。

 初対面の印象は最悪だったし、多少事情を知ったら知ったで何かもかも打ち明けて来るぐらい距離詰めてくるし、こっちの都合もまったく考えずに一方的に迷惑かけて来るしで、可愛げの欠片もなかった。

 とりあえず、目の前の健気な少女が愕然とした表情で戸惑っているのでフォローをしておくことにする。

 

「可愛いというか、綺麗とか美人系だったよ」

 

「あ、ああ。そうだったんですか。私が美人になっているっていうのは想像できないですけど、高校生になった私って、少しは垢抜けてたんですか?」

 

 一瞬、高校生を引き合いに出した文脈が分からなかったが、どうやら彼女は勘違いしているようだった。

 

「違うよ。高校デビューで変わった訳じゃない。大体、僕がほむら……さんと初めて出会ったのは中学二年の時だったし」

 

「え? 中学二年生って、今の私にある記憶から一年も経ってないことになるんですけど……」

 

 何と説明をするべきか。

 魔法少女のことを完全に伏せたまま、説明するには時系列的にあまりにも唐突感がある。

 だが、魔法だの奇跡だのを話して信じてもらえるとは到底思えない。

 僅かに逡巡した後、僕は脳内で一番現実的な要素を付け加えて、当時のほむら像を伝える。

 

「前日見たアニメか漫画の影響だと思うけど、あの時の君はクールで知的な美少女を気取っていてね、髪も下してストレートにした上に、眼鏡もコンタクトにしていたんだよ」

 

「ええ!? それっていわゆる、あの……」

 

「ああ、中学生の何割かが発症する自意識過剰と非現実的な妄想が肥大する心の病だよ」

 

 具体的に言うと面倒なので中二病ということで片付けておく。

 更に自分が中二病として振る舞っていた過去があると知れば、あまり踏み込んだ内容を聞き辛くなるという寸法だ。

 予想以上に彼女は狼狽(うろた)えた様子で首を振り、ハッと何かに気付いたように目を見開いた。

 

「まさか……さっき出た魔法少女がどうのって言うのも」

 

「うん、そうだね。ファンシーよりも少しダークな雰囲気の奴が好みだったらしくてね……。他人を寄せ付けない孤高の魔法少女――」

 

「ああ、もういいです! すいません、もう聞きたくないです!」

 

 いやいやと首を左右に振る彼女は僕の言葉を遮って止める。

 

「あ、そう。じゃあ、出会った頃の話は一旦止めるね」

 

「何かもう、私、記憶思い出さない方がいいんじゃないですかね……。言われてみれば、このノートの内容も何か気取ってるっていうか自分に酔ってるような気がしますし」

 

 ああ、いけない。

 想定以上に設定が噛み合い過ぎた。

 これでは記憶を取り戻す方向に話が向かなくなってしまう!

 話題を変えて、風向きを変えなくては。

 

「いやね、彼女も若かったんだよ。若気の至りというか、ね?」

 

「今の私から未来に当たるので、絶望しか感じないです……」

 

 すっかり項垂れてしまった眼鏡のほむらは乾いた台詞を吐き出す。

 まあ、確かにほんの少し未来の自分が中二病になっているというのは酷すぎるか。

 

「でも、僕はそんな彼女のことが……」

 

「好きになったんですか?」

 

「いや、すこぶる嫌いだったね」

 

「やっぱり!」

 

 とうとう頭を抱えてしまった。

 嘘でもそこは好きというべきだったが、僕としてもどうしても譲れない一線だった。

 軌道修正! 軌道修正しなくてはいけない。

 どういう切り口で過去のぼむらを好意的に述べていくか考えていると、彼女の方から質問が来る。

 

「……というか、政夫さんはその私のどこが好きで恋人になったんですか? 見た目、ですか?」

 

「ううん。確かに美少女ではあったけど、僕の好みではなかったよ」

 

「じゃ、じゃあ、何で付き合ったんですか?」

 

「………………何でだろう?」

 

 素で考え込んでしまった。

 

「うわーん! 何も思い出したくないよぉっ!」

 

 顔を押さえて、泣き出してしまった眼鏡のほむらを何とか宥(なだ)め、落ち着かせる。

 

「僕も一時的にそこだけ記憶喪失になってしまったんだよ、うん」

 

「……いいんです。私、やっぱり人に好かれる要素なんて持ち合わせてないんです。でも、まさか妄想と現実の区別が付かなくなる駄目な子になるなんてあんまりです」

 

 くぐもった声でそう呟く。

 いやはや参った。あのほむらの良いところを探すのは砂漠の真ん中でゴマを探すよりも難しい。

 

「そんなことはないよ。少なくとも今の君はちゃんと可愛いし、何だったら僕と出会った時よりも魅力ある女の子だよ」

 

「……そうですかね」

 

「うん。ちゃんと人の気持ちを考えられてるし、会話も成り立つし、自分の駄目なところとも向き合えてるじゃないか」

 

「政夫さん。……それって、未来の私は人の気持ちを考えてないし、会話も成り立たない上自分の駄目のところから目を逸らしてるって事ですよね?」

 

「…………ノーコメント、じゃあ駄目かな?」

 

 再び、悲痛な声が室内をこだまする。

 どうにか、心を落ち着かせるまで小一時間ほど要した後、据わった目で彼女は僕に宣言した。

 

「決めました。私、記憶は取り戻しません。駄目な未来の私に代わって、私が政夫さんの恋人をします!」

 

「う、う~ん」

 

 どんどん話がよくない方向に向かっている。

 まあ、半分くらいは僕の自業自得なのだが。

 困ったように彷徨(さまよ)わせた視線は床に転がったノートへと留まった。

 筆跡の綺麗な字で書かれた文章には、当然ながらこの状況を好転させる術は載っていなかった。

 

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