どうして、こうなった。
おかしい。数十分前まで僕らは遊園地に行っていたはずだ。
それなのに一体全体どうして、ラブホテルに居るのだろう。
観覧車から降りた後、眼鏡のほむらの勢いに押し切られる形で隣接しているラブホテルまで来てしまった。
「政夫さん! 政夫さん!」
「はい、こちら政夫さんです……どしたの?」
チェックインカウンターでの緊張はどこにやったのやらと思うほど、眼鏡のほむらは、興奮気味の様子で室内を物色していた。
備え付けのクローゼットを開いていた彼女は、ハンガーに掛かった衣装群を指差して言う。
「色んな衣装がありますよ!」
「コスプレのオプションだね。本来はオーダー制だけど今は無料提供だってさ」
僕は中央にある机にあった紙を読んで、そう答えた。
冷蔵庫にはビール瓶やジュース、カウンターの上には籠に入ったフルーツの盛り合わせと果物ナイフまで置いてある。
生々しい話だが、フェアリーランド帰りに利用していく客が閉園のために居なくなるため、このホテルもサービスをして少しでもリピーターを増やそうと必死なのだろう。
「じゃあ、これ着てもいいんですか!?」
「うん……ハッ!」
その時、僕の中に稲妻のようなひらめきが降りて来た。
そうだ! 何も行為に及ぶ必要はないのだ!
この子が満足さえすれば、別に最後まで致してしまわなくても良いのだ!
確かにこの眼鏡のほむらは見た目も可愛く性格もまともだが、中身はまだ十四歳の少女。
少し前まで異性とまともに手を繋いだ経験さえない女の子に性行為をさせる訳にはいかない。
何より、あまりにも以前のほむらと人格が違い過ぎて、正直浮気をしている気分になってくる。
ここは、コスプレ会場として使おう。
エッチはしません! 健全です!
「じゃあ、着替えたら教えてね」
「え、でも、私なんかに似合うかな……」
さっきまでの思い切りの良さはどこへ行ったのか再び、自信なさげな恥じらいモードに入ってしまう。
この子もこの子でわりと勢いだけで物事を進める節がある。そんなところはやっぱり以前のほむらと同じだ。
ここで不完全燃焼して、また唐突に謎の爆発力を発揮されても困る。
取りあえず、ここは燃え上がってもらおう。そして、あわよくば鎮火せよ。
「似合うよ。だってほむらさん、可愛いから」
「そ、そんな事言われたの、政夫さんが初めてです……それじゃ、着てみようかな」
「うんうん、じゃあ、僕ちょっとお手洗いに言ってるね。あ、無音だと寂しいから音楽も掛けておくね」
備え付けのコンポからムーディーな音楽を掛けてから、眼鏡のほむらが衣装を選んでいる内に僕はトイレへと
別に尿意を
呼び出すためだ。この状況に確実に関わっているであろう存在を。
トイレのドアを閉め、奥にある窓に向かって呼びかける。
「ニュゥべえー!」
応答はない。
「ニュゥちゃーん!」
やはり応答はない。
奥の手を使うしかないか。
僕はトイレットペーパーが収まってる台の上に左手を置いた。
さり気なく回収しておいた、カウンターに置いてあった果物ナイフで小指の第二関節に狙いを付ける。
「……まずは小指だ。十秒だけ
そう宣言してから数を数え始める。
「いーち、にーい……」
湯船に浸かった子供が出るまでの時間を数えるように間延びした声で言う。
「さんっ‼」
そこで容赦なく、小指の第二関節目掛けて果物ナイフの切先を力の限り振り下ろした。
刹那、ナイフの持ち手を握った右手に違和感を感じ、気が付けば振り下ろしたはずの刃は忽然と消えていた。
代わりに荒い息を付いている白髪のツインテールの少女がトイレの壁に寄りかかっている。
一瞬の出来事、いや、実際には止まった時の中の出来事だろう。
その手には僕が握っていたはずのナイフがあった。
「こんにちは、ニュゥべえ。今日はまだ顔を見てなかったね」
「……政夫。ボクは自分の身を削りながら戦う魔法少女を見て来たけれど、ここまで自傷に
そう。この明らかに意図的に起こされた都合のいい記憶喪失など魔法でもなければあり得ない。
そして、
「ねえ、ニュゥべえ。来てくれたってことはつまり――説明してくれるんだよねぇ?」
僕は微笑みかける。
「怒っているかい……? 怒っているだろうね。すまない、政夫」
「説明」
「……はい」
久しぶりに見る魔法少女の姿のニュゥべえは、トイレの床に正座して
彼女曰く、やはりほむらの記憶を消したのは自分だということだった。
正確には本人からの要望で記憶を隔離している状態らしい。
「記憶を操作する魔法だよ。かつて居た魔法少女の模倣だけどね」
「じゃあ、ほむらの記憶を元に戻すこともできる訳だね」
「うーん。それはどうだろうね。この魔法は忘れさせることはできるけれど、思い出すにはキーワードというか、思い起させる言葉が必要なんだ」
「そのキーワードは?」
「それがボクにも分からないんだ」
「よし、次は薬指だ」
果物ナイフと同じく持って来ていた栓抜きを、自分の左手の薬指の第二関節に掛ける。
慌てたようにニュゥべえが叫ぶ。
「本当だよ! 本当にボクは知らないんだ!」
無言で栓抜きの刃を薬指の腹に強く押し当てる。皮膚が裂けて、じんわりと鮮血が滲み出す。
「ほむらが自分で決めたんだ! ボクは聞いてないし、知らない! ボクが嘘を吐くはずないじゃないか!?」
更に力を込めると刃が肉を抉り、血がポタポタと床に垂れる。
痛みと金属が皮膚に埋め込まれる不快感で指先が僅かに
「本当だよ! 信じて、政夫! お願いだから、もうそれをやめてよ!」
半泣きで懇願してくるニュゥべえ。
どうやら本当に知らない様子だ。これ以上は単なる虐めになってしまう。
栓抜きに力を加えることを止めて、彼女を
「ありがとう、ニュゥべえ。口止めされていただろうに、よく話してくれたね。ご褒美をあげよう。何がいい?」
にこやかな笑顔で聞くと、泣きべそを搔きながら僕の左手を指差した。
「……指の傷を治させて、ください」
「よろしい。他に知っていることはないよね? 『聞かれなかったから答えなかった』とか舐めたこと言わない?」
僕は血の滴る左手をニュゥべえへと差し出した。
僕の薬指を魔法で治療しながら、ブンブンとツインテールが激しく揺れるほど頷いた。
「……ほむらが妖怪なら、政夫は魔王だよ」
「やだよ。そんな大魔王の前座みたいな称号」
というか、その発言からして、やはり僕らの動向を監視していたようだ。
通りで今日一日不自然に見かけない訳だ。
さて、どうしたものかと考えているとニュゥべえが尋ねてくる。
「政夫は今のほむらの方がいいんじゃないのかい?」
「あのね、ニュゥべえ。僕はほむらに人として成長してほしいとは思ったことは合っても、別人になってほしいと思ったことは一度もないよ」
「いつもあんなに迷惑そうだったのにかい?」
「いつもあんなに迷惑でもね。一か月もあれば親しみも出るし、四年もあれば愛着だって湧くんだよ」
「羨ましいね……」
しみじみと呟くニュゥべえに目を落としながら、僕はほむらの記憶を呼び戻すキーワードについて考える。
あの女は僕に記憶を呼び戻させるつもりなら、当然、僕の知っている単語あるいは数字であることは間違いない。
もっとあの腹の立つノートを隅々まで読むべきだったか。
いや、そもそもほむらの目的とは何だ?
何がしたくて記憶を隔離した?
その真意はどこにある?
思考回路から倫理観や常識がいくらか逸脱しているとはいえ、論理は破綻していない女だ。
必ず、そこに理由はある。
だが、僕の思考が解を導く前に、眼鏡のほむらの声が聞こえた。
「政夫さーん! 着替え終わりましたー!」
ニュゥべえは治療を終えるとすぐに小動物の姿になり、そそくさと窓枠に飛び移った。
僕は何事もなかったように、床に垂れた血をトイレットペーパーで拭き取ると、それを便器に放り込んで流す。
「うん。今行くよ」
これは試されている。
僕がどれだけほむらのことを理解できているのかを。
ならば、僕もそれに応えよう。
***
戻ると視線を斜め下に向けて頬を赤らめる三つ編み眼鏡のミニスカナースが待っていた。
丈の短いミニスカートを頑張って手で引っ張っているため、代わりにおへそがチラチラと見えてしまっている。
頭にはちょこんと十字が印字されたナースキャップまで付けている。
「ど、どうですか? 色合いが派手じゃないのを選んだんですけど、ちょっと私には露出が多いような気がして……」
「おおおおぉぉぉぉ……」
喉の奥から低い感嘆の声が漏れ出た。
五体投地して、下から拝みたくなるような可愛さだ。
それでいて庇護欲と性欲を煽られる絶妙な
僕が画家であれば絵画として描き、彫刻家であれば木材を形作り、この神秘的な映像を歴史に残していただろう……!
タイトルは……そう。『
「あの、感想を言ってもらえるとありがたいんですが……」
「ほわいとえんじぇる……」
「ほわい……? なんです?」
キョトンとした彼女の顔で正気に帰る。
脳内で芸術家になった僕が、生涯の最高傑作により人間国宝に認定される妄想が見えた。
いけない。この美少女は用法容量を守って摂取しなければ、脳みそが溶かされる。
何ということだ。ほむらは今まであの性格と表情により、限りなく美少女成分を希釈させていたのだ。
むしろ、そこがいいという変わり者にも会ったことがあるが、それはこの美少女成分百パーセント原液を知らないお子様だろう。
真の美少女を前にすると、こうも人類とは無力な者なのだ。
絶対的可憐さの前には伏して、
「ぐ、ぐはぁっ!」
パタリと後ろ向きでその場に倒れ伏す。
「政夫さんっ!? え、どうしたんですか? 何が起きてるんですか!?」
「ほわいと、えんじぇる……」
「だから、何なんですか? その言葉!? 政夫さーん!」
ああ、天使が僕の身体を抱えようとしている。
まるでフランダースになった気分だ。
名作アニメ劇場を観ていた時は何て報われないラストなんだと嘆いたものだが、こんなにも満たされた気持ちだったんだね。パトラッシュ……。
「政夫さーん! 大丈夫ですか!」
「大丈夫だよ、パトラッシュ……」
「明らかに大丈夫じゃない!? ど、どうしたら……そ、そうだ。こういう時は人工呼吸!」
え、人工呼吸?
聞き間違えかと思い、問い返そうと開いた口が柔らかいもので塞がれた。
吐息と共に密着したのは彼女の
見開かれた僕の瞳には、目を瞑って一生懸命に息を吹き込む眼鏡のほむらの顔。
一時期ライフセーバーのバイトをした身からすると、気道を確保はおろか、相手の鼻を
本当に唇同士を合わせて二酸化炭素を吹き込んでいるだけだ。
おまけに息継ぎも挟まないから、彼女の方が酸欠気味になっている。
むしろ、息より甘味のある唾液の方が口内に入ってくる。
「ふぅー……ふぅ……はぁ……」
彼女の背中に手を回し、もう大丈夫と知らせるためにトントンと叩く。
息切れした眼鏡のほむらは、ようやくそこで二酸化炭素供給キスをやめて、離れた。
離れた唇からツウーッと唾液の糸が引き、本人もそれに気付いて真っ赤になって口元を拭う。
「ありがとね、人工呼吸。もう大丈夫だから」
「あの、はぁ……その……はぁ……安心しました」
荒い呼吸をしながら崩して座り込む彼女はそのスカートの短さから、薄桃色の下着が丸見えになる。
息を荒くした少し疲れ気味の表情も相まって、これ以上になく扇情的な光景だった。
「凄く可愛い……」
思わず、零れた台詞に眼鏡のほむらは何度目かの赤面をする。
「あの、政夫さん。私、初めて男の人とキス、しました」
「うん……」
「あんまりロマンチックじゃなかったけど、政夫さんが相手で良かったです」
「そう?」
「はい。だから、この続きも……政夫さんがいいです」
彼女が視線を向けたのは、中央に置かれたハート形のベッド。
ゴクリと生唾を飲み込んだのは果たして僕だったか、彼女だったか。あるいは両方だったのかもしれない。
ズボンの中は既に熱く、下半身の中心は波打っている。
だが、それでも。
「ほむらさん」
「君は凄く可愛くて愛想が良くて、見たもの聞いたものを一緒になって喜んでくれる」
「はい……」
「正直に言うとね、こんな可愛い子が僕の恋人だったら良かったって思うよ」
「恋人、ですよ?」
そう返す彼女に、僕は目を伏せる。
「違うんだ、ほむらさん。それでもね。僕のほむらは君じゃない」
木こりが泉の女神に答えたのは、鉄の、自分の斧だった。
それは木こりが正直者であることを認めてもらい、金や銀でできた斧を報酬としてもらうためなどではない。
木こりが返してほしかった斧は手に馴染んだ自分の斧だったからだ。
「僕の恋人の暁美ほむらはね、可愛げがなくて、愛想が悪くて、自分の観点でしか物を見れない女なんだ。そういう困った女なんだよ」
「待って、ください」
「だから、ほむら。早く、僕の元に……」
「待って!」
身体を強く抱き締められる。
薄いナース服越しに彼女の温もりが感じられた。
「それ以上、言わないでください。その続きを言われたら、私は今の
「…………」
やっぱり“これ”が
ほむら、お前。自分勝手が過ぎるよ、本当に。
お前のせいで僕はこの子を殺さないといけなくなった。
だから、悪いけど今日だけは、この時だけはお前一筋じゃなくなるからな。
起き上がると、僕は彼女を抱き上げた。
中学生の時より身体つきは良くなったとはいえ、体格差は前よりも大きい。
お姫様抱っこをすると、ベッドまで運んで行く。
「政夫、さん……?」
「ほむらさん。しようか、エッチ」
飛び切り可愛い女の子と、僕は今日浮気する。
せめて、彼女が彼女で居られる内に、ささやかな願いごとを叶えてあげたい。
例え、それが
「僕は今、君だけの恋人だから」
次回、エッチなシーンやります!
流石にやります!