セーニャが青髪の盗賊に対する姉の視線に気づいたのは、勇者も含め四人で旅をするようになって間もない、サマディーに向かう途上でのことだった。ホムスビ山地を南西へと進み、サマディー地方に入る頃には暑さで口数も少なくなったものの、カミュとベロニカは頻繁に言い争っていた。時折イレブンが窘めてもすぐにまた口論になる。
照りつける日差しは強く、砂と岩しか見えない中、セーニャはイレブンの横に並んで歩きながら、後ろを歩く二人をちらりと振り返った。
――アレックスにも今みたいにちょっかいをかけ続けていましたわね。
セーニャは額の汗を拭いながら苦く考えた。アレックスはラムダにいた頃の姉妹の幼馴染で、旅立ちを機に別れたベロニカの元彼だった。優しく快活なアレックスにセーニャは幼い時から密かに想いを寄せていたが、いつの間にか彼はベロニカと付き合っていた。顔を合わせれば言い争ってばかりいる二人が恋愛関係になることが当時のセーニャには理解できなかったが、あるとき友達の一人に『相手の気を引きたいのよ。好きだけど素直になれないから憎まれ口を叩くの。』と教えられ、納得した。
セーニャはそのときのことを思い出してふぅ、と大きく息を吐いた。幸い、その溜息は暑さ故のものだろうと、隣を歩く勇者は気にも留めなかった。
「みんな、もう少しだ。陽が沈む前にはサマディーに着けるよ。頑張ろう。」
イレブンが穏やかな笑みを仲間に向けて呼びかけると、他の三人の仲間は疲れたような笑顔で頷き返した。
*
「待ち合わせまでまだ時間があるから買い物でもする?」
宮殿で国王と話せずファーリス王子と夕刻サーカステントの前で落ち合うことになった勇者一行は、イレブンの提案にのることにした。
一行はサマディー城下町の武器屋、次に防具屋を訪れた。
「皆様、この服、どう思われますか?」
防具屋で踊り子の服を見つけて目を輝かせたセーニャは服を身体に当てがって皆に見せた。
「動きやすくていいんじゃないかな?」
「涼しそうだな。」
「素敵ね。」
「皆様そう思われますか?決めましたわ!」
皆の好意的な意見に後押しされてセーニャは踊り子の服を買い、店で装備させてもらった。
「おわ・・」
「まあ・・」
肩や胸元、お腹が露わになった、ゆったりと腕と脚を包む異国情緒溢れる衣装を纏ったセーニャはとても魅惑的で、カミュやベロニカから感嘆の声が漏れた。
「とても似合ってるよ、セーニャ。」
「まあ!よかったですわ!」
微笑んで言ったイレブンの言葉にセーニャが嬉しそうにくるりとターンしてみせる。腰に巻かれた黄色い布と橙色の帯がふわりと舞った。
その後も買い物を続けたが、他にはこれと言って目ぼしいものを見つけられなかったので一行は店を出た。
そして。サーカスでのファーリス王子との密会で、イレブンは虹色の枝を手に入れるために翌日のファーリス杯に出ることになった。
*
「セーニャ、あんたも早く寝なさいよ?」
ファーリス王子が手配してくれた宿屋の一室でベッドに潜り込みながら、ベロニカが言った。彼女は昼間、他のメンバーの歩みに遅れずについてきたものの、疲れ切っているように見えた。
「わかっていますわ。お姉様。」
姉に答えて通りに面した窓を開けると、遅い時間にもかかわらずレースを明日に控え街は明るく賑やかに沸いていて、セーニャは楽しそうに行きかう人々に羨望の眼差しを向けた。暫く華やぐ街を眺めていたセーニャが再び姉の方を見たときには早々に寝入ってしまっていた。
――街を散策したくとも、さすがに夜の一人歩きは無理ですわね・・・
溜息を吐いて窓を閉めようとしたとき、偶然パドックの回廊に見慣れた人影を見つけた。
――カミュ様?
セーニャは急いで宿を跳び出し雑踏を縫うように進むと、パドックの回廊へと石段を駆け上がった。
「カミュ様!」
「セーニャ?どうしたんだよ、そんなに慌てて。何かあったのか?」
息せき切ってやってきたセーニャにカミュが眉を顰める。
「い、いえ、何もありませんわ。ただ・・・私、サマディーの城下街を散策してみたくて、その、・・・」
「ああ・・・、俺もイレブンが明日に備えてさっさと寝ちまって退屈してたんだ。そういうことなら、俺と見て廻ろうぜ?」
「ありがとうございます!」
セーニャは胸元でぱん、と両手を合わせて目を輝かせた。
*
二人がメイン通りの出店を一通り見て廻った後、宿へと戻ろうとするカミュをセーニャが遠慮がちに引き留めた。
「その・・・喉が渇きませんか?」
セーニャが酒場をちらりと見てからカミュと目を合わせる。
「いいぜ。けど一杯だけな?」
カミュは察したように微笑い、セーニャと酒場に入った。軽く一杯やりたい客向けなのか酒場にスツールなどはなく、腰の高さのテーブルが幾つか置いてあるだけだったので二人は自然と立ち飲みになった。他の人々もテーブルの周りで立って、或いは肘を乗せて中腰になったり片方の尻を乗せたりして飲んでいた。
「あんたも若いのに使命だなんだと大変だな?」
カミュがジョッキ片手にテーブルに空いた手をつき、軽く寄りかかる。美男子の彼はそんな何気ない仕草もすごく様になっていて、セーニャは思わず目を瞠った。
「・・・幼い時より言われていましたから、覚悟はできていましたわ。」
「ふうん?勇者を大樹へ導く大役に抜擢されたのは、魔法の才能故なのか?」
「それもありますが、私とお姉様は賢者セニ――いえ、この話はいずれ私たちの故郷を訪れた際、長老様がなさるでしょう。」
「故郷・・・」
カミュは双子の故郷のことや彼女たちの事情をもっと訊いてみたかったが、自身のことを詮索されても困るので口を噤んだ。ふいに。
「そうですわ!」
思い出したようにセーニャが声を上げる。
「ずっと訊こうと思っていたんです。カミュ様は、どのようにイレブン様と出会われたのですか?」
「ああ俺は・・」
カミュはイレブンとともに脱獄し、ホムラの里に辿り着いた経緯を話した。
「まあ・・・。カミュ様がいなかったらイレブン様もどうなっていたことか・・・。勇者様を助けて下さり、ありがとうございます。」
「いや、礼なんて・・・。俺自身も生き延びたかったしよ。」
目を泳がせて頭を掻くカミュをセーニャが微笑んで見つめる。
「それでも・・・見ず知らずの人を命がけで守ってともに逃げるなんて、そうそうできることではありませんわ。」
「ああ・・・それは・・・・まあ、確かに苦労はしたけどな。」
カミュがイレブンを助けたのは預言者の言葉があったからなのだが、それを言うと過去のことに話題が及ぶかもしれないので曖昧に濁した。
その後も他愛のない話をしているうちに二人のジョッキが空になった。
「そろそろいい時間だし、宿に戻ろうぜ?」
カミュが提案するとセーニャは夢から醒めたようにはっとした。飲んでいる間ずっとカミュを見つめていたことに気づく。頬が熱くなった。
「え・・・ええ。」
頷いたものの、彼との時間を終わりにするのが名残惜しく感じる。セーニャは逡巡した後、真っすぐにカミュを見て思い切って言ってみた。
「カミュ様。私、少し酔ってしまったみたいです。夜風に当たりませんか?酔って 帰ってはお姉様に叱られます。」
ベロニカが既に寝ていることはわかっていたが、カミュと一緒にいられる理由が欲しかった。
「ああー、そうか。なら、酔い覚ましに散策でもするか。」
カミュは納得してあっさりと言った。
*
街の賑わいも落ち着いてきてチラホラと灯りが消え始める中、酒場を出た二人はパドックの回廊へと上って行った。
「ああ、気持ちいい風!」
セーニャが両腕を広げ、白い月を見上げる。
「カミュ様!今日はとても楽しかったですわ!」
皓々と照らす月光の下で踊るようにカミュを振り返りながら、明るい笑顔でセーニャが言った。
「楽しかったのなら、よかったぜ。」
事もなげに返したが、さながら月の精霊のような踊り子姿のセーニャにカミュは目を奪われた。――刹那。
「きゃっ!」
セーニャの脚が縺れて倒れかけるのと見て、カミュは素早く駆け寄り抱き留めた。
「大丈夫か?」
「ええ、ありがとうございます・・・」
「気をつけろよ。」
自身の胸から引き離し立たせてくれるカミュの遠のく体温に、セーニャはラムダにいた頃つき合っていた青年ピーターを思い出した。
『いつになるかわからない、戻って来ないかもしれない。勇者を導く旅を終えるまでなんて待てないよ。』
ピーターの別れ際の言葉を思い出す。賢者セニカの生まれ変わりで勇者を導く使命を持った双子。知っていたはずなのに、いざ旅立ちの時が来て現実を突きつけられた途端、彼の気持ちも冷めてしまったようだった。
セーニャが顔を上げると、気遣うように間近で見つめる、青髪の盗賊。使命を帯びた旅に出たときから、孤独も苦難も覚悟していたはずだった。だが彼の月光に煌めく蒼い双眸に魅せられて、旅の最中に寄り添える誰かがいることがひどく魅力的なことに思えた。そしてふいにそのとき、姉の顔が脳裏にチラつく。
――グズグズしていたら、お姉様に取られてしまうかもしれない。・・・アレックスのときのように。今しかチャンスはない――・・
「カミュ様。」
「うん?」
「あなたのことを、もっと知りたいです。」
カミュは目を泳がせた。
「・・・・あー・・、それだとまるで俺に気があるように聞こえるぜ?」
「はい。カミュ様と、親しくなりたいです。」
「・・・・一応訊くけど――」
「恋愛的な意味で、です。」
「・・・・・・俺は盗賊だぜ?」
カミュが躊躇いつつ訊き返す。
「今は勇者一行のお仲間ですわ。」
「・・・・けどよ――」
カミュが目を彷徨わせながら歯切れ悪く言い淀むとセーニャが眉を顰めた。
「私ではそういう相手として見れませんか?」
「え?いや、んなことねえよ。だが俺はあんたみたいな真っ当な女を相手にしたことなんて――」
「カミュ様は何故、そんなことに拘るのですか?」
硬い表情で俯くカミュにセーニャが不思議そうに首を傾げる。
「今、心を通わせられるかもしれない相手が目の前に居て、何も阻むものがないなら、手を伸ばせばいいのです。」
「・・・・・・。」
「カミュ様・・・?」
セーニャが祈るような貌で胸の前で手を組む。蒼白い月光に照らされた彼女はまるで月の女神のようで、その美しさはカミュの硬くなな心を瓦解させた。
「・・・・いいぜ。」
「カミュ様!」
カミュが意を決して答えると、セーニャは勢いよく彼に抱きついた。先ほど転びそうになって抱き留めてもらったときに一瞬感じた快い温もりに、今度はしっかりと包まれる。
二人は暫くそのまま抱き合っていた。今は随分静かになった街の喧噪が遠く聞こえる。
「・・・カミュ様は、街や村で育ったのではないのですか?」
カミュに凭れながらセーニャが呟いた。
「・・・・・・なぜそう思う?」
「私のことを”真っ当な女”と仰いました。」
「そりゃ、盗賊の俺から見れば・・・」
セーニャは互いの顔が見える距離まで身体を離すとカミュをじっと見つめた。カミュは彼女の双眸に宿る高い知性に気圧されるような心地がした。
「カミュ様の言い様だと、一度も”真っ当な”人々の中にいなかったかのように聞こえます。」
「・・・・・・。」
「そして、まるでご自分が決して属せない人たちであるかのように。」
「・・・いや、それは――・・」
「カミュ様の育った環境がどうあれ、今は背を預け合う仲間ですわ。私たちは対等な関係です。」
「対等・・・」
――のワケねえだろ。片や盗賊、片や勇者を導く使命を負ったヒーラー。到底釣り合わねえ。
とは思ったがそれでも、既にカミュの心はセーニャの美しさに捉えられていた。
――ほんの少し、夢を見てもいいよな?
カミュは自身に言い聞かせ、セーニャに微笑んだ。
「そう言ってくれて嬉しいぜ。」
セーニャも微笑み返し、見つめ合う。互いの目には互いしか映っておらず、ふと相手の唇を見て目が離せなくなる。カミュは躊躇いがちに手でセーニャの顎を捉え、親指で彼女の柔らかな下唇をなぞった。セーニャが察してゆっくりと目を閉じると、カミュは彼女の唇に自身の唇を重ねる。それは一瞬触れただけで離れた。目を開けたセーニャはそのことを寂しく感じている自分に気付き、戸惑った。
「戻ろうぜ?」
そう言って微笑うカミュにセーニャは今のが『おやすみ』のキスだと悟る。それでももう少しだけ、一緒にいたかった。
「カミュ様・・・、街を散策しながら帰りませんか?」
セーニャが囁いた。
*
カミュはセーニャに手を引かれ、パドックを北西の階段から下りた。宿まで遠回りになるが、時間もすごく遅いわけではないので彼女の希望に沿うことにした。
「・・・・カミュ様。折を見て・・・私たちのこと、イレブン様とお姉様に話しませんか?」
「え・・・あー・・、話す、のか?俺は別に・・・」
ゆっくりと街路を歩きながらセーニャが言うと、後ろ頭を掻きながらカミュが答えた。
「一行のリーダーであるイレブン様、そして私の保護者だと思っているお姉様に話さない限り、おいそれと二人の時間なんて持てませんわ。」
――今のようにただ一緒に歩くことすらも。
「・・・・うーん、なら、虹色の枝を手に入れたら話そうぜ?」
「そうですわね。大事を控えているときに他のことで煩わせるのはナンセンスですわ。私もカミュ様の意見に賛成です。」
ふふ、と笑うセーニャを見てカミュがふと複雑な顔をした。
「・・・・あんたといると、こんな俺でも陽の当たる処で生きて行けるような気がしてくる。」
そう思えるほど、セーニャの存在は眩しく圧倒的だった。
――妹を見捨てた俺に、そんな資格はないのに。
「・・・はは、何言ってんだろうな、俺。」
「どうしてできないと?今だってできていますわ。」
「・・・・いや、そうじゃないんだ。」
カミュの思い詰めた貌にセーニャは彼に秘めた何かがあることを悟る。が――
「・・・・きっと、何もかもうまくいきますわ。」
水底のように澄んだ月光に沈む砂漠の街で、セーニャが優しく微笑んだ。
男女カプをメインで書くことがあまりないのでうまく(というか普通のレベルで)書けているかどうか不安です。(^^;