王立メダル女学園二日目。
勇者一行は朝早くから、校舎裏手の畑や牛舎・鶏舎から朝食のための食材を調達する料理人のドーソンさんを手伝った。食材集めを終えると牛と鶏の水・餌やり、畑の水やりをし、学生たちが朝食を終えて食堂を去る頃に入れ違いで食堂へと入る。朝食にドーソンさんが用意してくれた賄いを食べ、朝食の後は牛舎・鶏舎の掃除、畑の手入れをし、宿泊と食事への謝意である労働をやり遂げた。
「さすがに腰にクるわい。少し休んでから出発せんか?」
ロウが腰を伸ばしながら言い、皆も汗を拭きながらが頷いた。
メダル女学園を出発して白樺の小径を南東へと立て札の所まで戻り、すぐ傍の木橋を渡って断崖の壁にぴったり背をつけないと通れないような狭い道をも通りながら周辺を探索しつつ、北東へと進む。暫く進むと道は南東に折れ、小川にぶつかった。小川の上に掛けられた木橋を渡り、崖沿いに更に進んだ先にキャンプ地があった。
「もう夕方近いし、食堂が空く時間までここで鍛冶をしてメダ女に戻ろうと思うけど・・・」
ルージュ先生には数日滞在したい旨を伝えていて、学校側も学生たちが当番でやっていた労働を一行がしてくれるのを歓迎していた。イレブンの提案に皆が賛成し、彼がハンナに依頼された女神の鞭の制作に取り掛かる間、他の仲間は経験値稼ぎにフィールドへと向かった。
宵にはイレブンは女神の鞭+1だけでなくおしゃれなベストも完成させていた。
「まあぁ~~!!」
イレブンに出来上がったばかりのベストを差し出され、シルビアが両手を組み合わせて感嘆の声を上げる。
「そろそろメダ女に戻る時間ね。」
マルティナが言い、イレブンはルーラを唱えた。
*
王立メダル女学園三日目。
朝の労働を終えた一行は怪鳥の幽谷に向かう前にクエストの報告をしようとハンナを探した。彼女はクエストを受けた時と同じように校庭北西の大木の前にいた。早速イレブンが女神の鞭+1を渡すと。
「わあ!何て立派な鞭なんだい!これならきっちりケジメをつけられるし、ミチヨ先生も大喜びするよ!」
ハンナはそう言って、お礼に小さなメダルを三枚くれた。
「確かこれで集めたメダルが30枚になったはずよ。次の景品がもらえるわ。」
ベロニカの言う通りメダルは30枚を達成していて、イレブンは『先代王の衣装のレシピ』をもらった。
「さあ、怪鳥の幽谷へ参りましょう。」
セーニャの言葉にイレブンはルーラを唱え、メダチャット地方・北のキャンプ地へと跳んだ。
キャンプ地を出発し、周囲を探索しながら南西から南東、そして傍に小川が流れる細い小径を北へと進んで行くと行き止まりになっていて、岩壁の上から丈夫そうな蔓が一本垂れていた。傍にある看板に、この先は危険だという旨が書かれている。
「俺たちは前に進むしかねえ。行こうぜ。」
カミュが蔦を掴み、スルスルと登って行く。そして登り切ると上から手を振った。
「おおーい。大丈夫だ。一人ずつ登って来いよ!」
彼の言葉に皆が頷き合って、順番に蔦を登り始めた。
蔦を登った先は真ん中に川が流れる広い風穴で、北へと続いていた。一行が歩き出すと虹色の枝が強く光り出し、どうやらこの近くにオーブがあるらしかった。
「本に書かれていたことは本当だったみたいだね。行こう、みんな。」
魔物に注意しながら慎重に北へと進んで行く。少し進むと高い段差にぶつかり、皆が岩に手を掛けてよじ登った。上は断崖に囲まれた開けた土地が広がり、西の方にキャンプ地が見えた。
「もう暫くは日も暮れまい。先へ進むかの?」
キャンプ地に着くとロウが尋ねた。
「そうだね。先代王の衣装は素材が足りないし、ネックレスカタログのレシピは必要に応じて造るつもりだから、先に進もう。」
イレブンがキャンプ地をルーラの行き先に登録し、一行は再びフィールドへと出た。周囲を崖に囲まれた盆地をぐるりと歩くと、北側の台地の端に先へと進める、ぽっかり開いた洞窟の入り口を見つけた。入口の前に建てられた立て札の裏側をふと見たベロニカが、
「あっ!ブリジットの言ってたメダ女新聞、ってこれのことじゃない?」
と叫び、新聞らしき紙を注意深く剥がすと皆に見せた。
「お姉様、間違いありませんわ。」
「きっと早く読みたいんじゃないかしら。」
「イレブンちゃん、今日は探索を切り上げて早くブリジットちゃんに持っていってあげましょ?」
乙女たちに口々に言われて、イレブンはメダ女へとルーラを唱えた。
「・・・・恋を叶えるには好きな人と誰にも言えない秘密を共有する。うふふ・・・・わたくしの思った通りだわ。」
学生寮のブリジットを訪ねてメダ女新聞を渡すと彼女は早速新聞を読み、言った。そしてイレブンを熱い目で見る。
「・・・・旅の方、新聞を読んだのならもうおわかりですわよね?わたくしの き・も・ち♡」
「え・・・?」
「・・・・故郷デルカダールに里帰りした時のこと。颯爽と野を駆けるあなたはわたくしを見つめて微笑みました。あの日、あの時、あの瞬間からわたくしはあなたのトリコ。いつでもおヨメに行く準備はできていますわ。」
「・・・・・・。」
夢見るように話し続けるブリジットにイレブンが呆気に取られる。ブリジットが何を言っているのかさっぱりわからなかった。
「・・・・とは言え、あなたはまだ冒険の途中。今すぐに結婚しなくてもよいですわ。ゆっくりと愛を深めましょうね。」
「ちょ、ちょっと待って!僕には付き合ってる人がいるんだけど・・・」
「んまっ!?誰ですの!?」
「彼。」
「お、おい、イレブン・・・」
イレブンにグイッと腕を引かれてカミュが戸惑う。
「・・・・・・まあ。そういうご趣味でしたのね。・・・ああ、わたくしとしたことが、うっかり忘れるところでしたわ。こちらを報酬としてお受け取り下さいませ。」
ブリジットが差し出したメダ女の制服を受け取り、一行は学生寮を後にした。
◇
朝早く起きて食材の確保、畑・家畜の世話、朝食の賄いを食べた後、再び畑・家畜。休憩した後ルーラで怪鳥の幽谷・キャンプ地へ跳び、そこを拠点にしながら探索を続け、合間に鍛冶もしつつ、日が暮れたらメダ女に帰り夕食を食べ、早めに寝る。そんな生活が数日続いた。
「カミュ・・・」
一日の終わり、寝る時間になってイレブンが枕を両腕に抱き締めてカミュのベッドの傍に立った。カミュがいつものように端に寄ると、イレブンが嬉しそうにカミュの隣りに潜り込む。メダ女に滞在するようになってからというもの、イレブンは毎日のようにカミュと寝たがった。寄り添って、満ち足りた安らかな顔で目を閉じる彼を見て、カミュはつい笑みを零す。
――お袋さんが恋しいのかもな。
常夜灯の淡い灯りの中、カミュも眠ろうと目を閉じる。
――旅を終えてセーニャと暮らすことになったら。
微睡みながら、カミュはとりとめもなく考えた。
――今みたいに朝早く起きて働いて、日が暮れる頃に帰って飯食いながら笑い合って。・・・『家』での、地に足のついた生活、か。
「・・・・こんな生活も、悪くないな。」
カミュの口から零れた小さな呟きは、微睡みの境を彷徨っていたイレブンの耳に届いた。
――朝早く起きて働いて、帰ってきたら夕食を食べて、一緒にお風呂入って同じベッドで寝て。カミュ、君はそんな僕との生活を気に入ってくれたの?
思わず口端に笑みが浮かぶ。イレブンは幸せな気持ちで眠りに就いた。
カミュが目覚めると、まだ夜明け前だった。数日に及ぶ滞在で見慣れたベージュのカーテンが仄明るい。目の前にはイレブンの端正な貌。朝起きて彼がいても驚かない程度には、カミュは彼の存在に慣れていた。まだ起きる時間には早かったが、とりあえずベッドから出ようと起き上がったとき。
「・・・カミュ?何処に行くの?」
「起きてたのか。いや別に、早く目が覚めたから校庭でも走ってこようかと思ってよ。」
「労働しなきゃなんだからまだ寝てようよ。」
イレブンの澄んだ目が仄暗い部屋の中でカミュを見つめる。カミュは一瞬迷ったが、折れて彼の方を向き再びベッドに横になった。
「・・・なた、あなた。」
「ん・・・?」
「起きる時間ですわ。」
エプロン姿のセーニャがカミュの顔を覗き込んでいる。カミュは起き上がって後ろ頭を掻いた。暖炉の火は暖かく燃え、食卓の傍の床には籐でできた揺り籠。その中に可愛い赤ちゃんがスヤスヤと眠っていた。
「・・・ああ。今日は親っさんの船が港に戻って来る日だったな。早く飯食って行かねえと。」
水夫として働いていたが妻が身籠ってからは船を降り、今では寄港する船の点検・整備を主に請け負っていた。
ベッドを下りて食卓につくとパンとスープ、サラダ、ソーセージハッシュが用意されていて、カミュはセーニャの向かいの席に着いて彼女とともに朝食を食べ始めた。
そして朝食を終え身支度を整えたカミュにセーニャが紙袋を差し出す。
「お昼も用意しましたわ。」
「ありがとな。」
カミュはセーニャから紙袋を受け取ると。
「じゃあ仕事に行ってくるぜ。お前も俺たちの子も、二人とも愛してる。」
彼女を引き寄せ、口づけた。
「ねえ、カミュ、起きて。カ・・・!」
「・・・愛してる。・・・?」
暖かく柔らかい唇の感触はリアルなのに、素肌の腕に触れる空気の涼しさに違和感を覚え、カミュは目を開けた。目の前に、イレブンの驚いた顔のどアップ。
――・・・・え?
イレブンの首に廻された自身の腕。触れ合った唇。カミュは一気に目が覚めて慌てて彼の首に廻していた腕を解いた。
「イ、イレブン、これはその・・・」
しどろもどろに説明しようとするカミュにイレブンは頬を染めて身体を起こし、はにかんだ様子で目を泳がせた。
「カミュ、僕もいつまでも君とこうしていたいけど・・・起きなきゃいけない時間だよ?」
「・・・あっ、ああ!そっ、そうだよな!よし、起きようぜ!」
カミュは場の空気を変えようと明るく答え、アタフタとベッドから下りてカーテンをシャッと開け、着替え始めた。
*
「本に載っていた地図に依ると、この先には怪鳥の巣がある。」
渓谷中央を流れる川の、源に近い上流の滝に辿り着くと、東を見ながらイレブンが言った。ルーティンの朝の労働を終えて怪鳥の幽谷にやってきた一行は、いよいよ探索の大詰めに入ろうとしていた。
一行が左右に岩壁が迫る細い径を進み、高い二段の段差を上って渓谷の最奥に足を踏み入れると、木の生い茂る狭い道に出て、その更に先の少し開けた場所一帯は膨大な枯れ枝が周囲を囲む巨大な巣になっていた。突き当たりの枯れた大木の上に、本で見たのと同じ、探し求めた極楽鳥が止まっていた。
「いたわ!」
「あれじゃ!皆、行くぞい!」
ベロニカとロウが叫ぶが、極楽鳥とその傍にいたヘルコンドル2羽は一行が近づくより先に向かって来た。近接戦闘要員であるイレブン、マルティナ、シルビアが素早く前に出る。
「まあ。大きな鳥・・・・デルカダールの紋章みたい。」
「フフン♪負けないわよぉ~!」
マルティナが怪鳥を見て、シルビアが剣を構えながら呟く。
三羽の鉤爪や極楽鳥の魔法に苦戦しながらも後方からセーニャのスクルト、ロウのドルマ、ベロニカのイオラ、カミュのパワフルスロー、更にシルビアのバイシオンとハッスルダンスで主戦力の二人を援護し、マルティナはムーンサルト、イレブンは渾身斬りで畳み掛けた結果、ほどなくして三羽を地に落とした。
「や、やりましたわ・・・」
セーニャがホッと息を吐く。そして静かになった巣を皆で探すと、極楽鳥が止まっていた枯れた大木の根元にシルバーオーブを見つけた。
「やったな。メダ女に戻ろうぜ?」
カミュが言い、皆が頷いた。
ルーラでメダ女に戻り、数日間借りていた部屋を綺麗に掃除し、学園でお世話になった人たちに挨拶して、一行が校庭を正門に向かって歩いていたとき。
「イレブン様っ!!」
後ろから聞き覚えのある声が聞こえ、一行が振り返ると、大きな目をウルウルさせたブリジットが身体を前後に揺らしながら懸命に追ってくるところだった。
「ブリジット・・・」
「行ってしまわれるのですね。」
「うん。僕たち、目的があって旅をしているから。君も元気でね。」
「・・・あれからわたくし、考えましたの。」
「?」
「恋愛と結婚は別だ、って。」
秘密裡に将来の約束をしているカミュとセーニャはブリジットの言葉にドキリとした。
「今イレブン様が青髪の彼とお付き合いしていても、同性同士では気持ちだけで乗り越えられないことだってありますわ。だから・・・」
とブリジットは頬を染め恥じらうようにプルプルと揺れる。
「わたくし、諦めません。」
人間と魔物の方がよっぽど乗り越えられない壁があるんじゃないか、とその場にいた皆が心の中でツッコんだ。
「学生と冒険者じゃ、なかなか会えない日々が続くと思うけれど、浮気なんてしないから安心して下さいませ。わたくしはすでにあなたのトリコ。いつでもあなたのことを思っていますわ♡」
「・・・・折角だけどブリジット、僕が愛しているのは彼だけだ。どうか僕のことは忘れて?君の幸せを祈ってる。さようなら。・・・みんな、行こう。」
イレブンは毅然と言うと踵を返し、彼の言葉にフリーズしていたカミュはハッと我に返り、慌てて皆の後を追った。
校庭には大きな目から涙を滴らせ勇者一行が去って行った正門を見つめるブリジットが一人残された。
「これでシルバーオーブも手に入った。この先はアテがないけど、次はどこに行こう?」
白樺の森の小径を歩きながらイレブンが皆に意見を求める。
「確か石橋を渡って南側には有名な遺跡のある村があったはずよ。」
「うむ。他にアテがないなら、とりあえず行ったことのない処に行ってみるのがよいじゃろう。」
「それでいいんじゃないか?」
「あたしも賛成。」
「私も賛成ですわ。」
「そうよね!せっかく長~~い潜水を経てメダチャット地方に来たんですもの、その村に行ってみましょ~~!!」
シルビアの元気な号令に、皆が頷いた。
次はプチャラオ村。