「・・・・この村の騒々しさは相変わらずね。」
プチャラオ村に着いた早々、村人に邪魔扱いされてマルティナが呆れたように呟いた。ロウとマルティナは以前、古代の遺跡で有名なこの村に来たことがあった。村の入り口傍の看板には壁画の美女について書かれている。
「前に来たときは壁画の美女なんて聞かなかったわ。」
「最近見つかった遺跡じゃろうか?」
看板を読んでマルティナが言うとロウも首を傾げた。
「よし。みんなで手分けして情報を集めつつ、遺跡に行ってみよう。」
イレブンが言い、皆が頷いた。
いつものように相棒組とマルティナ・セーニャ、他の三人に別れた後、イレブンとカミュはあちこち寄りながら情報収集をしていった。
二人が情報を集めるうちに露店の前にいた老人から提灯の修復のために丈夫な張り布を手に入れて欲しい、という依頼を受ける。
「張り布を持っている魔物は雨の日しか現れないのかぁ・・・。」
「まあ、気長に雨が降るのを待てばいいさ。」
雲一つない空を見て溜息を吐くイレブンにカミュが暢気に答える。その後も人々から話を聞きながら街中を進み、奥の丘を目指した。
「・・・ねえカミュ。」
丘へと続く石段の中程まで来たとき、イレブンが踊り場でふいに立ち止まって躊躇いがちに口を開いた。周りには誰もいない。
「ん?」
「その・・・もう君とは十分な時間付き合ったし、君は僕を『愛してる』って言った・・・」
イレブンの顔が赤い。
「だから・・・デーティングを終わりにして僕たち、恋人同士にならない?」
「・・・・・・。」
カミュはメダ女を去る日の朝、寝惚けてイレブンに『愛してる』と言ってしまったことを思い出した。
――そういや誤解を解いていなかった・・・。
「・・・・カミュ?」
イレブンが顔を覗き込むと、カミュは肩を撥ねさせてイレブンの方を見た。
――イレブンと恋人同士になったら実質、セーニャでなく彼を選ぶことになっちまう。
だがセーニャの希望は旅の間はデーティングを続け、旅を終えたらカミュとパートナーになる、というものだった。
――彼女の望み通りにするには・・・
イレブンが訝し気に見つめる中、焦りつつもカミュは頭を回転させる。
――そうだ、彼女が船で言っていたこと・・・確か・・・
カミュは顔を上げてイレブンを見た。
「あ・・・その、同性と恋人になったとして、その先に何があるというんだ?家族が増えることも世間に認められることもなく、ただ共に居ることしかできない。」
――それから、何だったか・・・
セーニャの言葉を必死に思い出す。
「・・・互いの愛情だけを拠り所に、ひっそりと寄り添い生きていく中でもしも・・・寂しさや虚しさをお前の目に視る瞬間があったとしたら・・・・俺は到底その痛みに耐えられそうにない。」
イレブンが呆気に取られてカミュを見つめた。彼の反応をカミュは今まで考えてもみなかったことに衝撃を受けている、と捉えた。
――よし。これなら、恋人にならない理由としては十分なはず・・・
「だから・・・わぷっ!?」
カミュは突然イレブンにきつく抱き締められてひっくり返された亀のように手足をワタワタさせた。
「カミュ・・・そんなことを考えていたの?」
いっそ笑い出しそうに声を震わせているのに泣くのを堪えているようにも思える声で、イレブンが言った。
「ああ、もう、君は・・・」
イレブンが抱擁を解いてカミュの肩を掴み、薄っすらと涙を浮かべた碧瞳で見つめる。
「・・・僕に君の気持ちを話してくれてすごく嬉しい。何かいい方法がないか探してみるよ。」
そう言ってイレブンはにっこりと笑った。
――・・・・・・へ?
「さあ、遺跡に向かおう。」
イレブンがカミュの手を取って引き、カミュは思考停止したまま歩き出した。
*
「あの宿に泊まれば迷子だろうが思い人だろうがすぐに見つかりますよ。しかもフカフカのベッドまでついてくる!」
迷子の少女メルを探して街を駆け回っていた勇者一行は商人ボンサックに声を掛けられ、他に手がかりもなかったことから彼の嫁がやっているという宿に泊まることにしたのだが結局、彼の妻に訊いてもメルのことはわからなかった。
用意された部屋は四人部屋が二つだったので男女で分かれた。夕食後イレブンは出掛けてしまい、セーニャは石段の上り下りで足が痛いと言って部屋に引きこもっていた。
――いーけどよ・・・
部屋に残っているロウとシルビアと雑談していたカミュは心の中で独り言ちた。外海に出てからというもの、イレブンとセーニャのどちらか、或いは二人を含む仲間全員といつも一緒に居たため、二人以外の誰かといても手持ち無沙汰のようなヘンな感じだった。
「カミュちゃん?」
突然シルビアに呼ばれてカミュは彼の方に目を向け、自身がぼんやりしていたことに気づいた。
「あ・・・悪ィ。聞いてなかった。何話してたんだ?」
「んもう、やあねえ。イレブンちゃんのことでも考えてたのかしら~~??」
少なくとも半分は当たっていてカミュはドキリとしたが、笑って誤魔化す。
「んなわけねえだろ。ちょっとぼんやりしちまってただけだ。」
「あら、そうなの?」
まるでお見通しよ、とでも言わんばかりのドヤ顔にムカつく。
「・・・俺もちょっと出て来る。」
カミュは不貞腐れた顔で立ち上がった。
カミュが宿屋の一階にある酒場で一杯引っかけようと階下に下りて行くと、酒場奥の円テーブルにイレブンとマルティナが座っているのが見えた。グラスを傾けながら何か話している。カミュには気づいていない。
「・・・・・・。」
――二人は姉弟のようなものだと言っていた。二人で飲むこともあるさ。
そうは思ったが王族の血筋で美男美女である二人は辺境の街の酒場に居ても映えていて、さながら貴種流離譚の主人公とそのヒロインのようだった。
――・・・別に。二人が本当にデートしていたとして、それが何だと言うんだ?昼間イレブンと恋人同士になるのを拒んだのは俺だ。『いい方法がないか探してみる』とか言っていたが単なる社交辞令だったのかもしれねえ。
カミュは踵を返し、二階へと戻った。部屋を出たばかりでまた戻るのは極まりが悪かったため、ロビー受付脇にある狭いベランダで組んだ両腕を手すりに載せ、外を眺める。街中至る処に異国情緒溢れる赤い提灯が、家々の軒下には黄色の行灯が連なり、露店もまだ盛況で通りは大勢の人々で賑わっていた。
――まるで灯りの祭典だな。サマディーでのファーリス杯の前夜を思い出すぜ・・・
あの時カミュは街の賑わいに惹かれて一人街に繰り出し偶然セーニャと会ったのだが、今同じような光景を前にしても一人で出掛ける気にはならなかった。ふいに、今の自身の感情を理解する。
――これが『寂しい』って感覚か・・・俺はいつの間にか誰かが傍に居ることに慣れちまったらしい・・・
カミュは小さく溜息を吐いた。
◇
「これは・・・・魔法の鍵か。これを使えば今まで開けられなかった扉も開けられるようになるじゃろう。」
翌日、遺跡で迷い込んだ壁画の中の世界で見つけた壊された石碑により、少女メルの正体を知った一行は壁画世界の深奥にある魔女の祭壇にメルトアを追い詰めてこれを倒し、独特な形の銀色の鍵を手に入れた。
壁画世界に囚われていた人々により一行の英雄的行為は瞬く間に街中に知れ渡り、それを聞きつけたボンサックがもう一晩無料で宿屋に泊めてくれることになった。
そしてその夜。カミュはイレブンに飲みに誘われた。断る理由もないので彼とともに一階の酒場に行くと、奥のテーブルに座っていたマルティナとセーニャが彼らを見て手を振った。
「四人で飲むのか?」
てっきりイレブンと二人で飲むのだと思っていたカミュは予め待ち合わせしていたらしい様子を見て彼に尋ねた。
「うん、そう。」
イレブンが頷き、彼女たちと合流する。そして。暫くの間、ジョッキを傾けながら四人で他愛のない話をしていたが、ふいにイレブンはジョッキを置くと、改まった顔で切り出した。
「カミュ、実は君に話したいことがあって・・・」
マルティナとセーニャも話を止め、カミュの方を見る。
「話?」
「うん。昨日マルティナと二人で話したんだけど・・・」
――昨日?酒場で見かけたときか?
イレブンが促すようにマルティナに頷いて見せると彼女も小さく頷き返してカミュの方を見た。
「昨夜イレブンにキミのことを相談されて、私自身のことを改めて考えてみたの。」
――俺のことを相談?
「デルカダール王国に魔手を伸ばしているであろうウルノーガの正体を暴き・・・お父様を正気に戻せたらきっと、私は父と王国のために尽力することになると思うわ。でもだからと言って愛を諦められない・・・。」
マルティナがセーニャを一瞬見た後、イレブンを見た。彼は小さく頷き、カミュに向き直った。
「確かに同性同士では結婚もできないし家族が増えることもない。でも僕は愛する人に寂しい思いや虚しい思いはさせたくないんだ。そのためには社会に認められることが必要不可欠だけれど・・・法や人々の意識が変わるのがいつになるのかわからないし、変わる保証もない。そして僕は待つのも待たせることもしたくない。」
イレブンは真っすぐにカミュを見た。
「カミュ、それで僕たちは友情結婚という一つの考えに辿り着いたんだ。」
「友情結婚?」
「うん。この旅を終えたとき、僕たち四人の気持ちが変わっていなければ・・・」
イレブンは一呼吸置いた。
「・・・君とセーニャ、僕とマルティナが結婚する。」
「え・・・」
「それが最も良い方法だと思うの。」
マルティナが再び口を開く。
「それなら社会の中に確かな居場所を持った上でキミたち二人と、私とセーニャの恋愛関係を続けることができるわ。」
「僕たち四人には強い信頼と友情と・・・愛情がある。」
――いつかのセーニャと同じことを。
「どうだろう?あとは君の同意だけだ。」
「カミュ様。」
セーニャが両手を組み合わせて祈るような目でカミュを見る。
「・・・・・・。」
――恋愛関係を続けられる、つっても、俺は別に続けなくてもいいんだが・・・
カミュは思ったが別に今言うことでもなかった。この案に同意すればセーニャとの結婚をイレブンとマルティナが認めてくれるということの方が重要だった。
「・・・・ああ、いいと思うぜ。」
だから、同意した。のだが・・・
「よかった。これでやっと恋人同士になれるね、僕たち。」
ホッとした様子で言ったイレブンの言葉にカミュが目を瞠る。
――・・・・・・へ?何でそうなるんだよ?
「よかったわね。」
またもや思考停止に陥ったカミュを余所にマルティナが微笑んでイレブンの肩に手を置き、セーニャは手を上げてウェイターを呼び止め酒を注文した。
そして新たにジョッキが運ばれて来ると皆が―カミュだけ引き攣った―笑顔で乾杯した。
◇
「・・・・行きましょう、イレブン!永遠の命の力・・・・何かはわからないけれどウルノーガの野望は私たちで止めなくては。」
翌朝、マルティナの言葉に決意も新たに一行は『魔法の扉』巡りを開始した。手始めにバンデルフォン王国跡でパープルオーブを手に入れ、扉を見かけた記憶のある街やフィールドを廻って武器やアイテム、レシピブック等、様々な物を手に入れた。
「これでルーラで行ける場所の魔法の扉はすべて開けた。シルビア号に戻ろう、・・・と言いたいところだけどメダチャット地方を去る前に一つクエストを熟していいかな?」
ルーラで再びプチャラオ村に戻ったときにイレブンが提案すると皆も賛成し、メダチャット地方・南を探索しながら雨が降るのを待つことにした。
「結局今日は雨、降らなかったわね。」
探索の途中で見つけたメダチャット地方・南のキャンプ地に向かいながらベロニカが口を尖らせる。古代の遺跡が沈みかけた沼地の傍にいた牛に『夕方には雨が降るかモーウ?』と言われてずっとフィールドにいたのだが、一滴の雨も降らないまま辺りは暗くなり始めていた。
「仕方ないですわ、お姉様。予報が外れることもありますわ。」
その日の夜はキャンプ地で過ごすことにし、皆がキャンプの準備に取り掛かった。
「メダチャットの次は何処へ行こう?」
皆で焚火を囲んで夕食を摂りながら、イレブンが皆の意見を求める。
「ここからならクレイモランが近いわよ!」
「うむ。クレイモラン王家には家宝のブルーオーブが伝わっているはずじゃ。ワケを話せば借りることもできよう。」
「クレイモランは世界中の知恵者が集まる国よ。ウルノーガに関する情報も得られるかもしれないわ。」
ベロニカとロウ、マルティナがクレイモランを推す。
「クレイモラン・・・」
「どうかしましたか?」
「い、いや、何でもねえよ。」
小さな呟きにセーニャが隣に座っているカミュの顔を覗き込むと、彼は慌てて答えた。
「それなら次はクレイモランに行きましょ~~!!」
シルビアが元気よく宣言し、カミュ以外の皆が頷いた。
――まだ、ダメだ。まだ、話せない。俺はまだ、話す覚悟ができていない・・・
皆が寝静まった頃。テントの中で横たわりながら、カミュは身体を丸めた。この後クレイモランに向かうことが決まってから、どうにも落ち着かなかった。眠れずに何度か寝返りを打つ。
――・・・・マヤ。
雪深い地の暗く冷たい風穴に残してきた物言わぬ妹を想う。
――もう、五年になる。アイツは、今もあそこで金の塊になったまま・・・
妹が金に変わる寸前に伸ばされた手を思い出す。
――あのとき、マヤの手を取っていれば。
だがそうしたらきっとカミュも金になってしまったに違いなく、彼女を元に戻す方法を見つけるためには自身までもが金の彫像になるわけにはいかなかった。・・・と言い訳しても、本当は恐怖で本能的に躊躇してしまったのだとわかっていた。
――焼けるような後悔に胸が苦しくて息ができない。
カミュは自身を抱き締めて震えた。旅の最中、イレブンの澄んだ碧瞳に自身の過去も贖罪もすべて話して縋ってしまおうと何度思ったか知れない。だがその度に空恐ろしくなって言い出せなかった。
――妹のことを話して、家族を見捨てた酷い奴と見限られて勇者の力を貸してもらえなかったら・・・俺は絶望で死んじまうだろう。
カミュは寝付けぬまま、どうすることもできない後悔と不安に苛まれていたが、幸いにもいつの間にか眠りに落ちた。
次は最終話。