虹色の枝を持つ商人を追って、海に街が浮かんでいるかのように見える美しく活気のある港町ダーハルーネへとやってきた勇者一行は、『海の男コンテスト』が終わるまでシルビアの船が格納されているドックが封鎖されることを知る。
「あーあ、間の悪い時に来ちまったなァ。」
「せっかくこんなに素敵な街に来たんだ。僕らもシルビアたちみたいに楽しもうよ。」
カミュが腕を頭の後ろで組みながら愚痴ると、イレブンが穏やかに微笑んだ。シルビアとベロニカ、セーニャは三人でスイーツ巡り兼買い物に行ってしまい、今イレブンとカミュは旅の初めの頃のように二人だった。
「・・・いいけどよ。なら、露店でも覗きながら町長の家に行くか。」
カミュが小さく溜息を吐きながら同意し、二人は石段を上がると露店の立ち並ぶ西側の通りに出た。時折品物を覗きながら北へとぶらぶら歩いて行く。通りの先には円い外壁の塔が見え、空は青く晴れて海風は快く、散策は気持ちが良かった。
「・・・・君と二人になるの、久しぶりだね。」
「そうだな。仲間が増えていつも賑やかだもんな。」
「何だか、デートしているみたい。」
「ふはっ!野郎二人でか?」
イレブンが仄かに頬を染めてはにかみながら言うと、カミュは噴き出した。二人は街の中央のメイン通りを横切る橋まで来ると東側へと渡り始めた。
「あ、ねえ見てカミュ。」
橋の半ばでイレブンが立ち止まり、会場設営の準備が進む中央の広場の方を指差す。ステージ手前の空いたスペースから幅広の石橋にかけて、小さな楽団の演奏に合わせ人々が踊っているのが見えた。
「楽しそう。僕たちも行かない?」
イレブンが目を輝かせて言うので、カミュは何の関心もなかったが付き合うことにした。
二人が踊る集団の方へと歩いて行くと、アコーディオンにハーモニカ、縦笛が奏でるアップテンポの音楽に合わせて老若男女が軽やかに跳びはね、手を叩いて踊っていた。その中の一人の少女が二人に気づき、近づいてきて笑顔でイレブンの手を引く。イレブンは素早くカミュの手首を掴み、二人はともにダンスの場に引き込まれた。見よう見まねで二人は曲げた肘を絡めてぐるりと回り、一回転ごとに腕を解いてペアをチェンジし、近くの人とペアになって踊る。皆が笑顔で、踊っている最中も笑い声が騒めき、カミュもその場の陽気な雰囲気に自然と笑みが浮かんだ。
ペアチェンジを繰り返して再びイレブンとカミュがペアになったとき、曲調が軽快なワルツに変わり、皆と同じように二人も自然と向かい合って片手を繋ぎ、空いた手を互いの肩と背に添えた。周りの人に倣って軽く跳びはねながらステップを踏み、小さな円を描いて踊る。間近にイレブンの高揚した笑顔を見ながら、カミュも笑顔で踊り続けた。
やがて音楽が止み人々も踊るのを止め、その場限りのパートナーと手を解いてお礼を言うと、満足の溜息と呟きを残して散って行った。
「終わっちゃったね・・・」
残念そうな顔でイレブンがカミュの手を放す。
「そんな顔すんなよ。またいつでも踊ってやるからよ。」
「ホント!?」
カミュの言葉に頬を紅潮させ目を輝かせるイレブンについ苦笑してしまう。
「お前がそんなにダンスが好きだとは知らなかったぜ。」
「え?いや僕は・・・」
「よし、そろそろ町長の家に向かうか。」
「う、うん・・・・ねえ、カミュ。」
イレブンに呼ばれて歩き出しかけたカミュが振り返る。
「何だよ?」
栗色の髪を潮風に靡かせながら、イレブンはカミュをじっと見つめ、何か言いたげに口を開いたり閉じたりしたが、結局。
「・・・・何でもない。」
と言って俯いてしまった。カミュはイレブンの様子に首を傾げたが、『行こうぜ』と促して先に歩き出した。
◇
――ともに脱獄して逃げて、故郷の村が焼かれたときも傍にいてくれたカミュ。彼と旅をするうちにいつの間にか好きになっていた。そんな中やって来たダーハルーネの町。他の仲間と分かれ彼と二人で町長の家に向かう途中、僕は彼に告白しようとしたけれど――あと一歩のところで勇気が出なかった。それでも、この先また機会はある、そう思っていた。
そんな中で起きた、ホメロスの襲撃。
「カミュ様っ!!」
街の北端のメインステージの柱に縛り付けられているカミュにセーニャが必死な様子で駆け寄る。瞬く間に戒めを解き、カミュとともに仲間のところに戻って来ると、喜びと安堵に満ちた目で彼を見た。カミュもセーニャに安心させるように優しく微笑む。
――そのとき。二人が互いに向けた眼差しで僕はわかってしまった。恐らく二人は――・・
*
虹色の枝を持つ商人が向かったという東北のバンデルフォン地方を目指し航海する船の甲板で、イレブンは船の縁に組んだ両腕を置いて寄りかかり、沈みかけた夕陽に染まる海をぼんやりと見ていた。風は少し、冷たかった。
「ここにいたのか。」
ふいに声を掛けられて船の縁に預けていた体を起こし振り返ると、青髪の相棒が立っていた。
「身体はもういいの?」
「ああ。セーニャはマジで優れたヒーラーだよな。」
カミュが感心したように言う。ダーハルーネを脱した後、ホメロスに受けた闇魔法によるダメージを癒すためにセーニャはずっとカミュに付き添っていた。
「飯、できたから来いよ。」
「待って!」
イレブンは踵を返そうとしたカミュの腕を咄嗟に掴み、振り向かせた。
「何だよ?」
「君に訊きたいことがあって・・・」
イレブンはじっとカミュの目を見つめた後、目を伏せ静かに言った。
「・・・・君はセーニャと付き合っているの?」
「・・・・ああ。」
「いつから?」
「サマディーの、ファーリス杯の前夜からだ。・・・話そうとは思っていたんだ。」
虹色の枝を手に入れたら関係をオープンにするはずが、入手できなかったために今まで話しあぐねていた。
「そう・・・」
澄んだ碧瞳を潤ませて力なく呟き暗い顔で黙り込んでしまったイレブンに、カミュは動揺した。
「お、おい、そんな哀しそうな顔するなよ。・・・その、もしかしてお前、セーニャのことが好きだったのか?」
「違う。」
「なら何で・・・」
「僕が好きなのは君なんだ。」
「・・・・・・・・!?」
思ってもみなかった答えにカミュは絶句した。そしてイレブンが意を決したように顔を上げ、はっきりと告げる。
「カミュ、パーティーメンバーから抜けてくれないか?」
「え?なっ・・・何でだよ!」
「好きな人が別の人と付き合っているのを見ながら、平気な顔して旅ができるほど僕は強くない。」
「・・・・・・。」
「今まで僕を助けてくれたことにはとても・・・感謝してる。」
気丈にも涙を堪えている、大樹に選ばれた勇者である少年。純粋で美しい彼の傷ついた様子にカミュは居た堪れなかったが、去ることには同意できなかった。
「・・・・俺には俺の事情がある。今は言えねぇが、いずれお前の力を借りてえんだ。」
贖罪を果たす。それがカミュがイレブンと居た理由だった。
「わかった、いいよ。」
「イレブン・・・」
旅の仲間として在留を許可されたと思い、カミュがホッとしたのも束の間。
「この旅を終えたら君の許を訪ねて力を貸すと約束する。・・・セーニャも、旅を終えれば自由の身だ。」
「イ・・・イレブン・・・」
――やっぱり仲間から抜けろ、ってことか?
カミュは当惑してイレブンを見つめた。今まで彼が旅先で多くの人を助けるのを見てきた。カミュが仲間から抜けたとしても、約束を違うことはないだろう。だが・・・
――もうバイキングのアジトに戻るつもりはねえし、何処かに定住してコイツを待つ、ってのか・・・?けど定住するったって一体どこに・・・?
クレイモランを去ってからというもの、一ヵ所に長く留まったことのないカミュにとって定住するということが想像できなかった。
「あ・・・セーニャ・・・」
「え?」
イレブンが船室への出入り口に佇んでいるセーニャに気づいて呟き、カミュは驚いて後ろを振り返った。
「セーニャ・・・」
「・・・・せっかくの夕食が冷めてしまいますわ。中に入りませんか?」
「今行くよ。」
イレブンが無理に笑顔を作って答え、セーニャの後に続き船室へと入って行った。
*
「・・・・甲板でのことです。イレブン様は様子がおかしかった。」
夕食後にカミュの部屋を訪ねたセーニャが言った。
「お二人の間で何かあったのですか?仲間内で蟠りがあっては旅にも差し支えますわ。どうか話して下さいませ。」
カミュは自身を真っすぐに見つめるセーニャを見て一瞬話すかどうか迷ったが、このままだと去らねばならなくなることから、意を決してイレブンとのことを彼女に話した。
「・・・・何てことでしょう。イレブン様はカミュ様を・・・。」
すべてを聞き終えた後、セーニャが片手で口を覆い、声を震わせながら呟く。
「けど俺は・・・みんなと一緒に旅がしてえよ。」
「ええ。カミュ様はきっと勇者様を助ける運命にあるお一人・・・私のせいでパーティーメンバーを抜ける、なんてことがあってはいけません。何か良い方法は・・・」
セーニャは少しの間、考え込んでいたが。
「・・・・そうですわ!カミュ様がイレブン様とも付き合うというのはどうでしょう?」
「・・・・・・は?」
明るい顔で言ったセーニャの言葉にカミュはポカンとした。一瞬冗談を言っているのかと思ったが、セーニャの薄紫色の瞳は真剣で、とても冗談を言っているようには見えなかった。
「え・・・けど・・・」
――俺はイレブンをそーいう目で見てねえんだけど・・・
「イレブン様も長い旅の最中、寄り添える相手がいたらきっと心の支えになりますわ。」
そう言ってセーニャが天使のように微笑み、ぱん、と手を合わせてラベンダー色の双眸を輝かせた。
「早速イレブン様にも話してみましょう。」
「おい、セーニャ、本気なのか?」
船内の通路を先に歩く彼女の背を、カミュは躊躇いつつも追った。イレブンの部屋の前に着くとセーニャがドアをノックする。『どうぞ。』と声がしてセーニャはドアを開けた。
「・・・何か用?」
ベッドに腰かけて本を読んでいたイレブンが栞を挟んで本を脇に置くと二人を見た。
「少し、お話したいことがありまして。」
セーニャが慇懃に会釈すると、イレブンが近くの丸椅子を勧めたので、彼女はそれに腰を下ろした。椅子は一つしかなくて、カミュが突っ立っていると、イレブンがベッドの足元を目線で示したので、カミュは遠慮がちに彼のベッドの端に座った。部屋に妙な緊張が漂う。最初に口を開いたのはセーニャだった。
「・・・カミュ様からイレブン様のお気持ち、聞きましたわ。それで、カミュ様と話し合ったのですが・・・」
正確には話し合ったのではなくセーニャが一方的に言い出したのだが、口を挟む勇気はカミュにはなかった。
「カミュ様とイレブン様も付き合えばよいと思うのです。」
「・・・・デーティング、ってこと?君とカミュはまだ真剣に交際しているわけではないの?」
――デーティング?
カミュは初めて聞く言葉に心の中で首を傾げた。
「ええ、そうですわ。友達以上ではありますが、まだ恋人になったわけではありません。」
てっきりセーニャと恋人同士になったと思っていたカミュは彼女の言葉に軽くショックを受けた。
「最終的にカミュ様がイレブン様を選ばれても、私はそれを受け入れます。ですからこのまま旅を・・・」
「そう、わかった。それなら、これからもよろしく、カミュ。」
胸の前で手を組み合わせ祈るような目で見つめるセーニャにイレブンが頷き、カミュを振り向いて微笑みながら右手を差し出す。カミュはわけがわからぬまま、それでも微笑み差し出された手を握り返した。
◇
「デーティングが何かですって?」
翌日、部屋を訪ねたカミュにシルビアは腕を組みデスクに寄りかかりながら訊き返した。シルビアの部屋は所謂”船長室”で、他のメンバーの部屋より広く立派なデスクもあった。
「簡単に言えば、相手と恋人になりたいか、なれるのかを見極める期間のことね。知らない、ってことはカミュちゃんアナタ、街や村というコミュニティで育ったんじゃないのかしら?」
「・・・興味なかったんだよ。」
シルビアの洞察にどきりとしたが、当たり障りなく躱す。
「まあいいわ。お相手はセーニャちゃん?」
「それが・・・セーニャとイレブン、なんだ。」
「まあ!それだといずれどちらかを選ばなければならないわね。」
「ああ・・・」
とは言え、カミュの心はもう決まっていた。
――セーニャしかありえねえだろ。
イレブンがどうこうと言う以前にカミュはそもそも男に興味がなかったのだが、パーティーメンバーに残るためにはイレブンと付き合うしかなかった。
――面倒くせぇけど、仕方ねえ。ま、成人したての少年の恋愛ごっこにホンの少し付き合うだけだ。
「カミュちゃん。」
「ん?」
「二人とも同じくらいの真摯さで向き合わなきゃダメよ?」
「・・・・・・。」
「誠実にデーティングした上で一人を選ぶのなら選ばれなかった方も納得するでしょうけど、最初からどちらを選ぶか決めていて気のない方をテキトーに扱うのはNGよん。」
シルビアは口元は笑っているが、目は笑っていない。カミュは内心冷や汗をかきながら、口端を上げて笑みを浮かべた。
「わかってるさ・・・。」
「それを聞いて安心したわ。バンデルフォン地方に着くまでアタシの船で海上の旅を楽しんでちょうだい。」
そう言うとシルビアはバチン、と音が鳴りそうなほど派手なウィンクをした。
次話はRシーンがあります。