翌日、勇者一行はソルティアナ海岸・船着き場に到着した。シルビアは『船で待ってるわね~~』と言って手を振ったので彼以外の仲間はルーラでソルティコに跳び、例によって捕らえた海賊たちを街の自警団に引き渡した。そしてその足で依頼人にクエスト完了の報告に行き、貴族の男性からは「獣のムチのレシピ」を、宿屋の料理人からは「大盗賊衣装のレシピ」を報酬として手に入れた。
「あとは浜辺の老人の依頼だけど・・・あみタイツはあるから、あとはうさみみバンドとバニースーツだね。」
何故あみタイツを持っているのか。イレブンの言葉にカミュ以外は不思議に思った。
「うさみみバンドは確かサマディー城下町で売ってたわよ!」
「バニースーツのレシピは確かカジノの景品にあったぞい。」
ベロニカとロウが声を上げる。マルティナ以外の皆が『カジノの常連?』的な目でロウを見たが。
「よし、それならまずはカジノへ行こう。」
イレブンは気にすることなく提案し、一行はカジノへと足を向けた。
*
「ねえ、キミ。」
スロットをしているイレブンや彼を見守る他の仲間を残し、バーカウンターで一人酒を飲んでいたカミュは自身が座っている隣りにスッと後ろ向きに寄りかかってきたヒップに思わずそちらを見た。見上げると、マルティナだった。紅い唇に蠱惑的な笑みを浮かべながらカミュを見下ろしている。
「何だよ?」
彼女とロウは仲間になってから日が浅く、グロッタ以来イレブンを避けていたこともあって、ほとんど話していなかった。
「私と勝負しない?」
「はあ?蹴られるのはもう御免だぜ?」
仮面武闘会での彼女の強烈なキックを思い出しカミュはうんざりした様子で言った。
「カジノでよ。賭けるのはワンナイト・・・キミが勝てば一晩私を好きにしていいわ。その代わり私が勝てば私が一晩キミを好きにする、ってのはどう?」
「・・・・何で俺を?あんたならそんな勝負しなくたって声かけりゃ他にいくらでも・・」
実際、バーにいる他の客が何人も彼女を見ているのがわかった。
「キミが気に入ったの。」
マルティナがあっさりと答える。
――マジかよ。
彼女の言葉を疑わしく思ったものの、申し分なく魅惑的な誘いだった。まるで見せつけているかのような、すらりとしたマルティナの美脚をチラ見する。
――イレブンだってハンフリーの野郎と楽しんだんだ。俺も少しくらい楽しんだっていいよな?
「・・・・悪くないな。どちらにしろ楽しめそうだ。」
「決まりね。ならポーカーで。先に行って待ってるわ。」
そう言うとマルティナは結い上げた長い黒髪を揺らしながら優雅に立ち去り、カミュは支払いを済ませて後を追った。
*
賭けは、マルティナが勝った。
「約束通り、キミを一晩好きにさせてもらうわ。」
「仕方ねえ。約束だからな。」
艶然と微笑むマルティナにカミュが両手をまいった、という風に上げてみせる。
「シーサイドヴィラ・ソルティコに部屋を取るわ。夕食後に落ち合う、ってことでいいかしら?」
「・・・わかった。」
そのときイレブンを見守っていた双子とロウの歓声が聞こえた。
「どうやらジャックポットが出たようね。私たちも行きましょう。」
マルティナがスタスタとイレブンがいるスロットの方へと向かっていったのでカミュも彼女の後に続く。
「カミュ!」
イレブンがカミュを見て笑顔になった。
「やったよ!コイン500枚稼いだ!」
「やるじゃねえか。」
カミュが口端を上げて笑む。
「・・・それだけ?」
イレブンが何かを期待するようにカミュを見たので彼は首を傾げた。
「他に何を言えばいいんだ?」
「えっ・・・と、ご褒美のキス、とかしてくれないの?」
「・・・・・・。」
窺がうように見るイレブンにカミュが言葉を失う。気づくと、他の仲間も皆カミュの方を見ていた。
「・・・あ、後で、な?人前じゃあよ・・・」
「わかった!後でね!」
カミュが引き攣りながら言うと、イレブンは明るく答えた。
「さ、目的を達成したなら長居は無用よ。早く景品と引き換えてここを出ましょ。」
ベロニカの言葉に皆が頷き、コインをバニースーツのレシピと引き換えて一行はカジノを後にした。
カジノを出ると辺りはもう陽が暮れかけていた。一行は海辺のレストランに行って夕食を摂ることにし、砂浜に張り出したテラス席に座った。リゾート地だけあって夕暮れ時でも浜辺は多くの人がいて、歌ったり踊ったり散歩したりと、楽し気に過ごしていた。そんな街の雰囲気と心地よい潮風、魚介をふんだんに使った美味しい料理に酒、仲間たちとの談笑で、カミュはまるでバカンスにでも来たような気分になる。
夕食を終えると仲間たちは次々と席を立ち、いつの間にかイレブンとカミュの二人だけになっていた。
「少し散歩しない?」
「・・・・ああ、いいぜ。」
カジノで昼間から飲んでいた酒と今飲んだ酒で酔っていたカミュはイレブンの言葉にぼんやりと頷いた。二人は店を出ると浜辺へと下り、人々の騒めきと波の音が響くビーチを連れ立って歩く。辺りはもう暗くなっていたが、砂浜のあちこちに焚かれた篝火で歩くのには困らなかった。潮の香りを含んだ海風が柔らかく二人の頬を撫でて行く。
「・・・・ねえカミュ、ご褒美、ちょうだい?」
人気のない辺りまで来たとき、イレブンが言った。
――ごほーび?・・・ご褒美?・・ ・・ ・・!
「あ、ああー・・。」
瞬く間にカミュの酔いが醒めた。
――後でする、って言っちまったもんな。仕方ねえ。
カミュはイレブンの肩に手を掛け、顔を傾けて――彼の頬にキスをした。
「・・・・頬?」
「頬だって別にいいだろ?」
「・・・・・・。ねえカミュ。この後、さ。皆の処には戻らずに二人で過ごそうよ?」
「・・・・・・。」
イレブンの熱っぽい眼差しに言わゆるデートのお誘いだとわかったが――カミュは既にマルティナと約束していた。
「あー・・、今日は、ダメだ。野暮用があってよ。お前、先に帰っててくれよ?」
「用って?」
「何でもいいだろ。・・・じゃあな。」
カミュは踵を返すとイレブンを残し、街の方へと歩き出した。
◇
シーサイドヴィラ・ソルティコは一行が泊まる、リゾート地でも比較的安い大衆宿とは違い、如何にもカップル向けの洒落たホテルだった。
カミュは受付でマルティナの名を出して鍵を受け取り、鍵に書かれた番号の部屋に行くとランプの淡い灯りの中、バスローブ姿のマルティナが美脚を優雅に組んで部屋の中央にあるダブルベッドに座っていた。
「約束通り、来たぜ。」
「待ってたわ。キミもお風呂に入ってくれる?」
マルティナに言われてカミュは素直にバスルームに向かった。風呂を使い、腰にバスタオルだけ巻いて部屋へと戻る。
「じゃあ、横になって。」
マルティナがベッドから立ち上がると、カミュは言われた通りベッドに上がり横たわった。
「キミは寝てるだけでいいわ。私が動いてあげる。」
「そりゃ楽しみだ。・・・って、おい?」
マルティナが懐から紐のついたベルトのようなものを取り出し、カミュの手首に巻き始めたのを訝しく見たが、マルティナはただ微笑んだだけだった。
「痕が残るほど強くはしないわ。好きなように動きたいの。少し我慢して?」
「・・・・チッ、わかったよ。お姫サマの仰せのままに。」
眉を下げて苦笑いするカミュの両手をマルティナは手際よくベッドヘッド左右の支柱に拘束してしまった。
「あとこれも。」
「目隠し?」
「ええ。見えない方が興奮するでしょ?」
「・・・っとに、いい趣味してるぜ。」
目を黒い布で覆われながらカミュは呆れたように溜息を吐いた。
「イイわね。とてもソソるわ。」
動きも視界も奪われたカミュを見下ろし、マルティナが満足そうに呟く。だが一向に触れてくる気配がなく、気配が遠ざかっていくのがわかった。
「おい・・・?」
「忘れ物を思い出したの。すぐに戻るから待ってて?」
「な・・・おい!このままにしていくっていうのか!?」
「すぐに戻るわ。」
「おい、待てよ!」
何も見えない中、服を着る衣擦れの音、続けてブーツのヒールが床を叩く音、そしてドアが開き、閉まる音がした。
「冗談じゃねぇ・・・!」
カミュは両腕に力を籠めたが、戒めは外れなかった。
「くそ・・・!」
カミュは恐慌に陥ったが、幾らも経たないうちに再びドアの開く音と閉じる音がしてホッと胸を撫で下ろした。
「一体何を忘れたってんだよ?」
カミュが声を掛けるがそれに対する応えはなく、真っすぐ近づいて来るとベッドに乗り上げ、彼に跨る気配がした。次いで髪から頬へと硬い指先が触れる。その感触にカミュは違和感を覚えた。
――この手、マルティナのものじゃねえ。剣を持ち慣れてる男の、手だ。
「マルティナじゃねえな!?誰だよ!?」
「・・・僕だよ、カミュ。」
呟くような、静かな声。
「イレブン!?」
結び目に手が伸び、目隠しを解かれる。視界が明るくなると、哀し気な貌をしたイレブンがカミュを見下ろしていた。
「お前・・・どうして・・・」
「・・・・マルティナに、君とのことを話したんだ。デーティングのこと、君が急に僕を避け始めたこと。」
「・・・・・・。」
「マルティナは君と『ちゃんと話すべきよ』と言ってダーハルーネで機会を作ってくれたけれど・・・君ははぐらかした。そしたら彼女・・・」
「・・・こんなことを?」
「うん。・・・君は僕の誘いを断ったのに彼女の誘いには乗ったんだね。」
イレブンが傷ついたように微笑むのを見て、カミュは無性に腹が立った。
「・・・・・・お前が。」
「え?」
「お前が先に他のヤツと寝たんだろうが!」
「・・・・え?何のこと?」
「グロッタで、俺と過ごすはずの日に、ハンフリーの野郎と・・・」
「・・・・・・。」
イレブンはポカンとしてカミュを見た。
「・・・・え・・・っと、だからカミュ、グロッタ以来僕を避けてたの?」
「・・・ああ。」
カミュの返事にイレブンが肩を震わせてクスクス笑い出す。カミュが呆気に取られて見つめる中、イレブンは笑いが納まるとしっかりとカミュを見返して、言った。
「ハンフリーとは寝てないよ。あの日、ハンフリーの孤児院に賊が入って・・・僕と彼が駆け付けたときにはもう逃げた後だったんだけど、子供たちが怖がっていたから用心棒として孤児院に泊まったんだ。」
「え・・・」
カミュが自身の勘違いに愕然とする。イレブンは優しく微笑んで期待に満ちた目を向けた。
「君はあの日、僕と過ごせなくて寂しかったの?僕が君以外の人といることに嫉妬した?」
「そんなわけ・・・」
「可愛い人・・・」
否定するカミュにイレブンが囁き、口づける。
「・・・う・・・、違う、俺はただ、・・・」
カミュはキスから逃れようと顔を背け、言った。
「ただ?」
「お前が俺のことを好きだと言ったのに、他のヤツと・・・だから、腹が立って・・・」
「・・・・カミュ。」
イレブンがにっこりと微笑んだ。
「同じことでしょ?」
「え・・・」
――同じ?
イレブンの言葉にカミュが混乱する。
――寂しかった?嫉妬?まさか、そんな。俺は男に興味なんて・・・
「カミュ。」
カミュがはっとしてイレブンを見返すと、彼の澄んだ碧瞳に強く温かい――愛情、と呼べるものを見とめて動揺した。が――
『カミュ様。』
ふいに、記憶の中のセーニャが振り向き、嫋やかに微笑む。カミュは彼女の存在を思い出して冷静さを取り戻し、フイと横を向いた。
「・・・・もしかしたら、お前の言う通りかもしれねえ・・・けど、俺は・・・」
「本当に?」
『男が好きなわけじゃないんだ。』と続けようとして、イレブンの上擦った声にハッとする。遅ればせながら、カミュは自身がイレブンの問いを肯定してしまったことを理解した。
「待っ・・・、最後まで聞・・・!ぅ・・・」
性急に口づけられ、言葉を飲み込まれる。
「ん・・・ん・・・は・・・っ・・・」
「カミュ・・・」
イレブンは口づけを解いた後、身体を起こし、カミュの腰に巻かれたバスタオルに手を掛けた。
「おい!何してんだよ!?」
「え?」
キョトンとしてイレブンがカミュを見る。
「何、・・・って、するときは普通取るでしょ?」
「バカ!俺にそんなつもりはねえ!早くこれ解けよ!」
「・・・マルティナには『一晩好きにさせる』のに?」
「それとこれとは話が別・・・んむっ・・・」
イレブンがカミュの口を再び自身のそれで塞ぐ。
「・・・もう。あんまり騒ぐと猿轡しちゃうよ?」
口を離すとイレブンが間近で囁いた。冗談とも本気ともつかない目にカミュが思わず口を噤む。
「久しぶりだから手加減できないかも。」
イレブンが眉をハの字にして弱ったように笑い、カミュはサーっと青褪めた。
◇
海の青に白亜の壁が映える美しい街・ソルティコ。その街の素敵な石畳の往来で、少女の怒声が響いた。
「ほんっっとに何やってんのよ、アンタたち!」
ベロニカは頭から湯気が出そうなほどカンカンに怒っていた。朝遅くに目を覚ましたイレブンとカミュは大急ぎで身支度を整えて仲間が宿泊している宿に戻ってきたのだが、チェックアウトの時間は疾うに過ぎ、皆が宿の前で立って待っていた。ロウは苦笑いを浮かべ、マルティナは訳知り顔で沈黙し、セーニャは困惑している様子だった。
「いい?もうアンタとセーニャのデーティングは終わりよ!」
ベロニカがビシ、とカミュに指を突きつけて宣言する。
「な、何でだよ!」
「とーぜんでしょ?何が『一人でいたい気分なんだ。』よ?イレブンと二人で朝帰り、だなんて!バカにするにもほどがあるわ!」
「違う!昨日は・・・」
「昨日は?」
突然、マルティナの冷静な声が割って入り、カミュははっとした。イレブンもカミュの方を見る。彼女と勝負して負けてワンナイトのはずが、ベッドに縛られたところでイレブンと入れ替わられて一晩中啼かされた――とは口が裂けても言えなかった。
「う・・・く、詳しくは言えねえけど、俺はまだ選ぶつもりは・・・」
「カミュ様。」
今まで黙っていたセーニャが口を開く。カミュはビクッとして彼女の方を見た。
「私・・・マルティナ様ともお付き合いしたいと思います。」
「え・・・?」
カミュがポカンとし、他の仲間たちも一斉にセーニャに注目した。
「海賊に囚われたとき、私を助けてくれたマルティナ様の勇姿を思い出すと胸がドキドキして・・・」
セーニャが頬を染め、ぎゅっと揉み絞るように両手を握り締める。
「今まで女性を好きになったことがなかったのですが・・・私、マルティナ様のこと・・・好きになってしまったみたいです。」
次は外海へ。