「はいこれ。みんなに渡しておくわね♡」
ソルティコの水門を通り外海へと続くソルッチャ運河を航行し始めてすぐに、シルビアが皆を集めてノートを一冊ずつ手渡した。
「これは・・・?」
「航海日誌を書くためのノートよ。これから長い時間を船で過ごさなければならないから、気晴らしに日記でもつけてみて?きっと旅が終わった後、いい思い出になるわ。」
イレブンの問いにシルビアがウィンクして答え、皆が顔を見合わせた。
*
「・・・つってもなぁー。何を書きゃいいんだ?」
カミュが自室の小机に置いたノートを前に頬杖をつく。明り取りの丸窓からは穏やかな海と青空が見えた。
「そういや昨日は・・・」
宵の口、飲み物を探しに厨房に行くと先客がいた。イレブンだった。俺を見て嬉しそうに笑う。
『カミュ!ちょうどよかった。これから一緒に飲まない?』
『酒?いいぜ。』
海上での生活は仲間との会話や酒くらいしか楽しみがない。イレブンから一緒に飲もうと言ってくれるなら否やはなく、厨房で酒とつまみを見繕って早速、彼の部屋で飲み始めた。話も弾み、何杯か空けた頃から記憶が曖昧になる。
そして今朝。・・・うぅ。頭痛ぇ。どうやら途中で寝ちまったらしい。・・・ん?腹の辺りに何かが巻き付いてる?・・・腕?・・・・!?驚いて後ろを振り向くと、イレブンが寝ていた。叫ばなかった自分を褒めてやりたい。
「・・・って、そんなの日記に書けやしねえ!」
カミュは頭を抱えた。
*
〇月×日 晴れ
昨夜カミュと自室で飲んだ。途中まで饒舌に話していたカミュは酒が進むにつれてウトウトしだしたので僕のベッドで横向きに彼を後ろから抱き締めて寝た。カミュの匂いと温もりに幸せな気分になった。
朝、目が覚めるとカミュはもういなかった。見回したけど『イレブンへ 先に起きるな?昨夜は楽しかったぜ。 カミュ』と書かれた僕宛てのメモもない。薄情だなあ。・・・キスで起こしてくれてもよかったのに。
朝食を食べるために食堂に行ったらセーニャが後片付けをしていたので僕は昨夜厨房で見つけたお菓子のレシピ本を教えてあげた。セーニャは僕に感謝して目を輝かせた。彼女の役に立つといいな。
*
〇月×日 晴れ
今朝遅く食堂にやってきたイレブン様に、恐らく海上でもお菓子が作れるようにとのことでしょう、卵や牛乳を使わないお菓子のレシピ本を教えていただきました。
早速マルティナ様に『お菓子を一緒に作りませんか?』と誘うと微笑んで『いいわよ。』と仰いました。船での食事は朝と夕方の二食なので、昼間は厨房には誰もいません。クッキングデートにお誂え向きですわ。
二人でレシピ本を見て、クッキーを作ることにしました。材料を量って混ぜて、生地を寝かせて、薄く延ばして型抜きして、焼き上がるのをワクワクしながら待って。出来たらお茶を入れて食堂でカフェタイム。エプロン姿も素敵なマルティナ様とたくさんお話しました。クッキーもサクサクで美味しくて、とても楽しい時間でしたわ。
*
「はぁ・・」
ベロニカは自室のベッドヘッドに寄りかかり、溜息を吐いた。手元には小さな紙袋に入った何枚かのクッキー。先程セーニャからお裾分けでもらったものだ。
『マルティナ様と作りました。ぜひ召し上がって下さいませ。』
クッキーを渡されたときの妹の笑顔を思い浮かべる。
「・・・リア充。」
思わず独り言ちた言葉にハッとしてベロニカはぶんぶんっと頭を振った。
「う・・・羨ましくなんか、ないんだからね!」
ベロニカは紙袋からクッキーを一枚取り出してサクッと齧った。控えめな甘さの素朴な味が口の中に広がる。
「・・・美味し。」
――・・・あたしも、小さくならなかったらワンチャンあったかしら・・・?
ふとそんな思いが過り、知らず、また溜息を吐いた。
*
「んー・・日記なんて書いたこともないわ。何を書こうかしら?・・・ああ、そう言えば昼間セーニャとクッキーを作ったわね。」
自室の小机でペンの柄を顎に軽く当てながらマルティナが昼間のことを思い起こす。
『・・・・グロッタで、』
クッキーが焼けるのを待っている間、セーニャがはにかむように言った。
『マルティナ様を初めてお見かけしたとき、いつか仲良くなれるかもしれないと、予感がしたのです。』
そう言えば私も、ユグノアで勇者一行の仲間になったとき、素直で優しそうなセーニャを見てお友達に、いえ、親友にだってなれるかもしれないと思ったのよね。
『奇遇ね。私もそう思ったわ。』
『まあ!本当ですか!?』
セーニャが胸の前で両手を組み合わせて目をキラキラさせる。彼女から向けられる純粋な好意に私はちょっと気圧された。危ないところを助けてもらって好きになったと言うけれど、私はお伽噺の中のヒーローでも王子様でもないのに。
――そう言えば彼女、カミュともまだデーティングしているのよね?・・・ってことは今の状況は四角関係ってこと・・・?
「初めて誰かと付き合うことになったものの、状況が複雑過ぎるわ・・・」
マルティナは目の前の白紙のままのノートに呟いた。
*
〇月×日 曇り
航海中、船の上でする仕事が思ったより多いことに驚いておる。甲板や共有部分の掃除はイレブンが、マストを畳んだり開いたり、船の設備を修繕したりと力と技術が必要な仕事はほぼカミュが、食事の用意は女性陣が、シルビアはアリスと交代で操舵を熟し、儂はと言えば食料調達の名目でほとんどの時間、釣りをして過ごしておる。この老骨を気遣ってくれての采配じゃろう。ありがたやありがたや・・・。
*
〇月×日 霧
ホントに今日は驚いちゃったわぁ~~。霧の中の、地図にもない島で座礁するんですもの!でも人魚ちゃんのおかげで助かったわ!
それにしてもあんな何もない島でずっと婚約者を待っているなんて健気ね!アタシたちがきっとアナタの想い人の様子を見てきてあげるから待っててちょうだい!
*
〇月×日 雨
今日はカミュ様をクッキングデートにお誘いしました。カミュ様は少し驚いた様子でしたが、すぐに嬉しそうに頷かれました。
二人でドライフルーツ入りのパウンドケーキを作りました。焼き上がるまでの待ち時間、出来上がってからのカフェタイム、と久しぶりにカミュ様と楽しくおしゃべりして過ごしました。
久しぶりに一緒に過ごすと、改めてカミュ様のことも好きだと自覚しますわ。カミュ様の心にイレブン様がいるとしても・・・カミュ様とともに居られる今、この時を大切にしようと思います。
*
〇月×日 雨
今日はセーニャがカミュと作ったパウンドケーキをくれたわ。・・・あの子ったら、結局カミュとも続いているのね。あたしはあんな奴やめとけば、って思うけど。ま、セーニャだって大人なんだし、自分が選んだ結果くらい受け止められるわ。
・・・それにしても、ヒマね。船にあった本も読み終わってしまったし、魔物の襲撃もほとんどない(イレブンがトヘロスをかけているから)。食事の支度も朝と夕方の二回だけで、準備から後片付けまで一通りやったって、まだ時間がある・・・。
・・・ふぅ。何かいいこと、ないかな。
*
〇月×日 晴れ
ふむ。漸く”名もなき島”を通り過ぎたようじゃの。地図によるとナギムナー村までまだまだかかるわい。
儂がいつものように甲板の日陰で釣りをしていると、ふとマストを操るカミュの手際の良さが目に入り、思わず『船乗りじゃったのか?』と問えば、『昔、金に困ったときに日雇いでやってただけさ。』と答えおったが・・・恐らく真実ではあるまい。信頼はしとるが謎の多い男じゃ。イレブンを哀しませることがないとよいが。
*
〇月×日 晴れ
また以前のようにイレブン、セーニャの二人と交代でデートするようになった。とは言え、船の上でできることはたかが知れてる。せいぜい甲板で話す、とか厨房で何か作って食べる、とかイレブンとは部屋飲み、とかだな。
セーニャはマルティナとも付き合い始めたから、俺は一方的に選べる立場ではなくなっちまった。はぁー、俺を選んでくれねえかな。・・・って、イレブンもこんな気持ちだったのか。今わかったぜ。
*
〇月×日 晴れ
セーニャは心優しく美しく聡明でとても素敵な女性。仲間であり親友であり、遠い昔に離れ離れになった妹のようにさえ思えてくる。彼女に特別な絆は確かに感じていたけれど、恋愛とは別のものだと思っていた。
・・・なのに今日、厨房で彼女とお菓子作りをしていて――ふと会話が途切れた瞬間・・・自分でも信じられないことに――彼女にキスしていたわ。我に返って離れた私に、今度は彼女の方から。そしてそれから何度も。
――どうやら、私はこの天使のようなヒーラーに恋してしまったようね。
*
〇月×日 雨
ここのところずっとイレブンちゃん、カミュちゃん、マルティナちゃん、セーニャちゃんの四人が入れ替わり立ち代わりデートしているのを見かけるわ。ああ、もう!アタシにも誰か現れないかしら~~!!
・・・そう言えば皆、日記はつけてくれているかしらね・・・?
*
〇月×日 晴れ
今日は色々なことがあった。化け物イカと戦うナギムナー村の漁師一団と遭遇し、加勢して魔物を倒し、その後の村の宴会の最中マルティナとベロニカとともにキナイを見つけ、過去に起こったことの真実を知った。
ロミアに報告に行かなくてはならないけれど――嘘を吐く?それとも真実を話す?・・ ・・ ・・
◇
イレブンはロミアに真実を伝えた。ロミアの望みで一行は彼女をナギムナー村のしじまヶ浜へと導いたのだが、その先に待っていたのはいとも哀しい結末だった。
「キナイは・・・・。こんな寂しい所で・・・・。独りぼっちで・・・・死んでいった。」
浜辺に立つ彼の小さな墓を見てロミアは声を震わせた。そして決心したように顔を上げると、思い出のベールを被り、歌い出す。哀し気な人魚の唄が夜のしじまヶ浜に響き渡った・・・・。
ロミアが唄い終えると、彼女は二本の脚を持った人間の姿になって立ち上がり、覚束ない足取りで婚約者の墓へと歩き始めた。墓の前まで来ると跪き、冷たい墓石にそっとキスする。
「最後にキナイと会えてよかった。・・・もし私が人間だったなら、キナイと共に生きられたのかしら。」
エメラルドのような瞳に涙を浮かべ、別れを告げてロミアはベールだけを残し、海の中で泡となり消えていった。
*
シルビア号が皆の沈痛な想いとともに夜の黒い海を進んで行く。
「ロミア・・・・泡になってこの海の何処かにいるのかな。」
「私も胸が痛いですわ。二人がともに生きる道は他になかったのでしょうか・・・・。」
「ロミアはもう十分すぎるほど待ったわ。」
「ロミアとキナイが選んだ道じゃ。」
「キミはよくやったわ。」
甲板で徐々に遠ざかって行くしじまヶ浜を見つめるイレブンに皆が声を掛ける。今までクエストを懸命に熟して依頼人の喜ぶ顔を見てきたイレブンには酷な結末だったと皆がわかっていた。それが、イレブン自身が”真実を伝える”ことを選んだが故のものであっても。カミュはイレブンの肩に励ますように手を置いた。
「俺たちには立ち止まってるヒマはない。今は先に進もうぜ。」
「・・・・みんな。・・・うん、先に進もう。」
イレブンが仲間を振り向いて気丈に答え、痛々しく微笑んだ。
*
――もしも、マヤの呪いが解けるのが何十年も後だったら。
カミュは甲板の縁に寄りかかり、一人考えた。
――ロミアみたいに独りぼっちに・・・?
カミュの脳裏にマヤが彼の墓に頽れて泣く光景が浮かび、慌てて頭を振った。
――そんなことにはならない。勇者の力できっと・・・
「ここにいらしたのですね。」
ロミアのお礼の品を受け取るべく、再び白の入り江へと向かう途上。考えごとをしていたカミュは声を掛けられ、ハッとして振り返った。セーニャだった。この日は満月で、皓々と輝く月光に照らされたセーニャは夢のように美しく、サマディーでの夜を思い起こさせた。
「どうしたんだよ?」
カミュが微笑み、尋ねる。
「・・・少しカミュ様とお話したかったのです。」
「何だよ、改まって。」
セーニャは彼の隣りに来ると思い詰めた貌で俯いた。
「ロミア様とキナイ様・・・お二人の恋の結末を見て、考えたのです。・・・私がマルティナ様とお付き合いを続けたとしても・・・旅を終えた後、デルカダール王国にお戻りになって、・・・きっと相応しい男性と結婚されますわ。」
「・・・・・・。」
恐らくそうなるだろう、とカミュは思ったが、彼女と交際しているセーニャに言うことは躊躇われた。
「・・・それで、カミュ様のお気持ちもわかったのです。」
「え?」
「同性同士で想い合ったとして、その先に何があるというのでしょう。家族が増えることも世間に認められることもない。・・・ただ共に居ることしか、できない。」
セーニャが顔を上げて月明りにさざめく海原を見つめる。
「互いの愛情だけを拠り所に、ひっそりと寄り添い老いていく中でもしも・・・寂しさや虚しさを相手の瞳に視る瞬間があったとしたら・・・・私なら到底その痛みに耐えられそうにありません。」
セーニャは振り向き、カミュを真っすぐに見た。
「・・・だからカミュ様も、イレブン様を愛していながら選べずにいたのですね?」
「・・・・へ?いや、俺は・・・」
「カミュ様。」
『彼を愛しているわけじゃない。』と言おうとして、セーニャの声に遮られた。
「この旅を終えても・・・私と共にいて下さいますか?」
――・・ ・・ ・・ ・・えっ!?
「セ、セーニャ、それって・・・」
「パートナーとして。」
セーニャが嫋やかに微笑み、カミュの顔が熱くなる。
「カミュ様の心の中にイレブン様がいても、私がマルティナ様のことを忘れられなかったとしても、私とカミュ様ならきっと幸せになれますわ。私たちには強い信頼と友情、そして愛情だってあるのですから。」
セーニャの真っすぐな、揺るぎない瞳からカミュは目を離せなかった。そして彼女の言葉は、妹が呪いで黄金の像になったあの日から自身の幸せについて考えることを止めてしまったカミュに将来の甘美な憧憬を抱かせた。
「・・・・ああ。約束だ。旅を終えた後も・・・一緒にいよう。」
カミュは月下にセーニャの華奢な肩を抱き寄せ、絹のような金糸の髪に囁いた。
次はマルセニャ。R-18シーンあり。