今回の作戦の戦果は――
姫級の撃沈数15、その他深海棲艦はおおよそ170。
艦娘側の被害は、小破者7名、かすり傷12名。中破者・大破者・および轟沈者なし。
今回も満足のゆく結果といってよいだろう。
そして、夜は明けて――
朝を迎え、昼が過ぎ、再びの夜となった頃合いに、佐世保鎮守府の大食堂に艦娘たちが集まっていた。
勝利の宴の始まりである。
「それではぁ、艦隊の勝利を祝ってぇ、かんぱーい!」
「かんぱーい!」
「いえーいっ!」
「今回はぁ、遠路はるばる呉から研修で来てくださった陽炎型の方々も活躍してくれましたぁ! 拍手ーーっ!」
「どもです! ご紹介に預かりましたぁ陽炎型一番艦の陽炎ですっ!」
「不知火です。今回は勉強させていただきました」
「黒潮や。今日もよろしゅうな~」
「よろしくぅーー!」
「ずっと佐世保にいなよ~っ!」
「ありがとうございます! ありがとうございまーす! こんなに暖かいお言葉をかけてくださった皆さまには返す言葉もございませんっ! ですので代わりにぃ~……不知火ぃ~? 一緒にアレやりましょうよアレ!」
「アレとは?」
「あ~物真似やな~? でもなぁ、陽炎お得意の神通さんのマネはもう皆さん飽きてると思うで~?」
「ええっ、そうかしら? だったら別の……ん~~誰にしようか?」
「ほらぁ、ええのがあるやん。芸人さんのアレや。「空前絶後のォ~」ってやつ」
「ア、アレはちょっと、流石に恥ずかしいっていうか、ねえ?」
「え~~、やらんのぉ?」
「なら仕方ありません。陽炎がやらないなら私がやります」
「し、不知火が!?」
「いやでも不知火にやらせる訳にはいかんからなぁ。ウチがやるわ」
「黒潮がっ!?」
「いや、ここはこの不知火が」
「いやいや、ウチが」
「いやいやいや不知火が」
「いやいやいやウチが」
「じゃ、じゃあ陽炎がやるわよ!」
「「どうぞどうぞ」」
「なんでよっ!」
どっかんどっかんと笑い声と怒涛のような歓声が飛び交った。
誰もが酒を片手に大口を開けて笑い合っていた。ぶつけたグラスから酒が床に飛び散って、肉料理とデザートとつまみの奪い合いが始まった。素手で直接取り皿にかき集めている者もいる。
普段は大人しい夕雲型の面々もこの時ばかりは大いにはしゃぐ。涼波と一気飲み対決しているどことなく瀟洒なあの後ろ姿は……玉波か? ……見なかったことにしよう。
「司令官さま~。巻雲、やりましたよ~ぉ!」
「……もう酔ってるのか?」
「勝てましたぁ~。司令官さまのおかげですぅ~。いっぱいどうぞなのです」
華奢な身体がべしゃりとしなだれかかってくる。特徴的な長袖が私の腕に絡みつき、反対側の手で「どうぞどうぞ」とウイスキー瓶を向けてくる。これはお酌を受けるまで離してくれなさそうだ。
一息でグラスを空にする。
「わあ~……すごいです!」
巻雲はニコニコと笑顔を振りまいてしきりに感謝を述べた。自信がついた、次はもっと大物を仕留めて夕雲姉さんに自慢する……等々。見ているとこちらも嬉しくなってくる。
空けたグラスに再び赤褐色の液体が注ぎ足された。透かした先に映っているのは艦娘たちの狂態だ。那智が飲み比べで10人抜きをすると言い出して、同じ席の者たちが手拍子で囃したてている。
まさに宴会。早くもエンジン全開ではあるのだが。
私としては早くも自室に帰って映画でも観ていたい気分になっていた。
そりゃあ確かに仲間とうまくやるのも人の道、ましてや艦娘たちを導く提督ならなおのこと率先して皆を引っ張らなければならないのは分かっている。いるのだけれども、長居して皆の前でスピーチさせられるような事態になるのだけは勘弁してほしかった。いや本当にやめてほしい。私は呉の提督のように場を盛り上げることなどできない。
ここはあれだ、上司が居座っていては外せるハメも外せまい?
退散退散。それが最善手に違いない、うん。
と腰を浮かしかけたとき、
「佐世保の司令さんっ! いや~今回の作戦もお見事でしたね~っ!」
「陽炎、失礼ですよ。ほら、まずはお酌しましょう」
うわ。
呉の3人娘が来た。
またしてもウイスキーを勧められ、仕方なくグラスを一気に飲み干した。
「わーっ、呑めるやん!」
「こちらもどうぞ」
「そ、そんなにゴクゴク呑めないぞ」
手を振りながら苦笑い。
呉鎮守府の駆逐艦娘たちは体育会系なところがあるから怖い。始めに一本ラインを引いておかないと潰れるまで吞まされそうだ。
「今回は夜戦なのに有利な形でぶつかれる戦いばかりで驚きました。狙ってやったんですか?」
「まあ、うん」
「へえー、すごい! なんですか、予知能力者なのですかっ!?」
「いやいや。情報収集と戦況推移の予測、それだけだよ」
矢継ぎ早に質問が飛び交った。
佐世保の風土、名物について。酒保の品揃えが呉と違うのは何故なのか。この一年間偵察ばかりさせられてろくに攻撃に参加できなかった葛城がキレてストライキを起こしかけたという噂は本当なのか、等々。話が雑談になってきたと思ったら、呉の提督と私が軍大学の同期であることから当時についての根掘り葉掘りが始まって、果ては青春時代の恋バナまで聞きだそうとしてきた。とにかく少しでも私に食らいこうとする若い少女たちの熱波のような圧力に、日陰者気質である私はじりじりと押されていくしかなかった。
「陽炎くん? まだ海で警戒にあたっている子たちもいるんだ。あまり浮かれすぎるのもどうかと思うが」
「何を言っているでありますかあっ! この海に平和をもたらすことこそ私たちの使命っ! ならば勤労に勤しむ者たちの分まで盛大に喜びを分かち合うべきではありませんかあっ!」
いやキツい。本当にキツい。もっとこう静かに呑める席はないのか。救いを求めて視線を彷徨わせると武蔵の姿を見つけたが、彼女も自身を囲う巡洋艦娘たちの対処に手いっぱいのようだった。
私はとにかく無難な返答を心掛けながら、せめていつものように夕雲さえ隣に居てくれたならと心の隅で嘆息するしかなかった。彼女ならあらゆる猛攻を柔らかく受け止めて和やかな雰囲気に変えてくれるのに。
「夕雲はいないのでしょうかっ! 一番艦同士親交を深めるもとい決着をつけようと思っていたのでありますが!」
「そのヘンな喋り方、止めない?」
赤ら顔の陽炎が言い募る。どうやら佐世保の最古参と友誼を結んでみたかったようだ。しかし彼女はあいにく哨戒中、打ち上げの日だろうと誰かは海を守らねばならない。今回の担当は近日まで休暇をとっていた娘たちから選ばれた。……私も哨戒しに行きたいな。
「うっす提督、お疲れ~」
「長波か。ご苦労様」
今度はビール瓶片手の長波だ。陽炎は胡乱気な目つきで確認し、
「ながなみ……?」
「そーだよ、あたしが長波だ。なあなあ陽炎さん、呉の水雷戦隊の訓練が日本で一番厳しいってマジ? ゲロ吐いてからが本番って聞いたケド」
「あーっ、思い出した!」
陽炎、叫ぶ。
「でたなぁ夕雲型のおっぱい担当っ!」
「は、はあ? なに言ってんだ?」
「佐世保のすいらいせんたいって言ったら長波のおっぱいがでかいってはなしが有名でしょーがっ! わたしとしょーぶしなさいっ!」
「ちょっと待て! ゆ、有名? なンだそれどーいうこと!?」
「しょーーーぶ!」
ガチンと2本のビール瓶がぶつかって、陽炎が「ちゅうもーーーっく!」と両手に掲げた。なんだなんだとあっという間に少女たちの輪ができた。「なになに?」「長波と陽炎さんが勝負するんだって!」「また一気飲み?」「やれやれーっ!」「佐世保魂~、見せてやれ~!」「長波姉さま、頑張ってほしいかもです!」「ええーい、やったろうじゃん!」「上等! 佐世保のおっぱい、相手にとって不足なし!」
あーあーあー……。
なんだかすごいことになっちゃったぞ。
同じ呉の不知火と黒潮はといえば、こんなのいつものことですといった風情で呑気にビーフジャーキーを齧っていた。
「陽炎の胸では不足しかないと思いませんか」
「せやなぁ」
などと、しゃあしゃあと。
場は混沌の坩堝と化していた。
手拍子が始まって、後に退けなくなった長波が仁王立ちで陽炎と対峙した。セコンド役の高波が次のビール瓶を手早く渡せるように並べだす。3本、4本……いやいや待て待て、何本飲ませる気だ? 陽炎側のセコンドには和やかな笑みの黒潮が「準備はええかー?」とこちらも次弾装填の準備をしている。後ろ手に用意されたビニール袋が『いくところまでいっちゃってええで~』と止める気が皆無であることを物語っていた。
「司令。話は戻るのですが」
「うん?」
不知火、シラフの声で。
「今回の作戦、どうすればここまで綿密な作戦を成功させられるのでしょうか? 局所的な数的有利を狙うのは常道ですが、実戦ではこうも上手く誘因や包囲ははまりません」
「ふむ」
ぐい、とまた一口呑んだ。
少しおぼつかなくなってきた視界のなかで、長波と陽炎の一騎打ちが始まった。大歓声と喝采がいっそう頭の中身を掻き混ぜる。小難しいことを答えるには時間がかかりそうだった。
「キミはどう考える?」
「呉の提督はあなたをこう評していました。『軍大学時代はただの首席だった。深海棲艦が相手の実戦をするようになったらぶっちぎりの首席になった』と」
「うん、そうだな」
謙遜はしなかった。
「つまり司令は、人間相手より深海棲艦相手のほうが得意というわけです。どうしてでしょう? 私にはあの連中が考えることなんて分かりません」
「うん。まあ、そうだろうね……。しかしね、私には分かるんだ……」
相手が人間だったなら、いかなる戦いにもセオリーができる。
即ち、『自分の被害は最小に、敵の被害は最大にする』というルールが自然発生するのだ。ボクシングで考えれば分かりやすい。『相手のパンチは避けて、自分のパンチは当てる』……そのために距離を保ち、ステップで惑わし、ジャブで隙を探ろうとする。お互いに。
しかしいきなり顎を晒して大振りのフックをかましてくるのが深海棲艦だ。
セオリーが通じない。何をするか分からない。非効率的であるおかげで殆どの戦いは人類が洗練させてきた戦術を用いれば勝利できる、しかし代わりに『ここで来るバカはいない』という局面に備えていなければ思わぬ被害を受けてしまう。
消極的にならざるをえなく、華々しい戦果はほとんど挙げられない。この私以外には。
「司令の過去の作戦計画を拝見させていただきました。かなり攻めた艦隊運用をされているように見えます」
「その通りだ。一つ読み違っていたら尋常ではない被害がでる。何十人も轟沈しただろう」
「しかし着任以来、一度も読み違えていないと聞き及んでいます。司令には確信があるんですね?」
「キミは、それを学びたいのかな」
「研修で来ていますから」
「なるほどね。いい心掛けだ。……しかしね、キミでは分からないと思うよ」
「何故です?」
なぜ、ときたか……。
それを説明するためには私の根本的な部分を晒すことになる。
どうしたものか。少しだけなら大丈夫だろうか。
「私には……ね、」
今は考えるのも億劫で、ずっと隠していた本音を晒してしまいたい気分だった。
「深海棲艦の考えていることが分かるんだ」
「それは……司令が聡明で先途を見え透く方であられるからでしょうか。私には司令ほどの頭脳がないから理解できないと……?」
「違う。頭の出来がどうとかいう話じゃあない」
「では、何故でしょう?」
キミがまともだからだよ。
私はまともじゃないから分かるんだ。
酔いのせいかもしれない。少しだけならいいじゃないかと揺らいでいく意思の曖昧さに今は溶けこんでしまいたくなっていた。
「ふ、ふふ」
さてどうしようか。
今まで誰にも理解されることはなかった。過去に交際してきた女たち……ありのままを晒せば「気味が悪い」と嫌がられ、隠せば「つまらない」と飽きられた。だがそれも仕方ないと今は思っている。大人になっても幼稚な攻撃性を抱えたままの男など、まともな女なら忌避して然るべき生き物だろう。それはいい。私も社会に触れてそれなりの常識は身につけた。理解者が現れないことをいちいち嘆いたりしていてもしょうがない。現実とはこういうものだと折り合いをつけて生きていくつもりだった。
しかし、夕雲を見つけてしまった。
彼女ならあるいは私の全てを受け入れて微笑んでくれるかもしれないという予感があった。
一度は諦めた希望を見つけてしまったとなればもう手離すことなどできはしない。みっともなくも縋りつき、あるいは縛りつけてしまえないかとすら思っている。
夕雲はどこまで許容してくれるだろうか。
本当に拒絶しないでいてくれるのか。
知りたい。知らねばならない。
だから目の前のサンプルに一つ試してみようと思った。
「キミが深海棲艦を理解できないのは、キミがまともだからだよ」
「……と言うと?」
「バカで無能で役立たずの気持ちはね、同じくバカで無能で役立たずの奴にしか分からない」
「ええと……? 司令はむしろ優秀なのでは……?」
「そう見えるかい。まあ、そうだろうな。なにせ私は大破者を出したことがない、キルレシオだけならトップを維持している。さぞ頭もよく見えるだろう。だがね、それしかないんだ。能が一つしかないということがキミ、どういうことか分かるか?」
「いえ、その……?」
「例えばだ、キミの脚が欠損したとしよう。魚雷が直撃して片足になった。もう艦娘はやれない。さて、そうなった時にキミはどう生きる? どんな職業に就く? 就けると思う? 就きたいと思う? 色々あるだろう。あるはずだ、キミにはある。何故ならキミは有能だからだ。後進の指導役でもいい。事務方でもいい。海軍とまったく縁のない民間企業でもいいだろう。キミならやれる。やりたいと思える。それがまともな人間だ。様々な能があり、可能性がある。だが深海棲艦には一つしかない。さて、なんだと思う?」
陽炎型の二番艦はあっけにとられた顔だった。それでも投げかけられた言葉を咀嚼するために間をおいて、答えた。
「破壊行為、でしょうか」
「そうだ」
身体に主砲が付いている。
魚雷を撃ちだせる。
艦載機を発艦させて爆撃できる。
武器ではなく自身の身体、そこに凄まじい破壊力が備わっている。
つまり、あらゆる問題に対して強烈すぎる解決手段を生来の能力として身につけてしまっているのだ。
敵がいるなら殺せばいい。欲しいものは奪えばいい。安全な暮らしをしたければ邪魔者を滅ぼせばいい。同類から認められたければ戦果を挙げればいい。自尊心を満たしたければ他の者たちより活躍すればいい。
破壊こそが深海棲艦たちの世界では最も優れた手法であり、対話や秩序の構築といったやり方は迂遠で不確実なのである。少なくとも私はそう確信している。
「だから壊す力をどれだけ備えているかという話は深海の世界では非常に重要な要素なんだ。逆にいえば、壊す力が弱ければ、他のどんな能力が優れていようと意味がない。どれだけ口が上手くても、頭が回ろうと、砲弾一発の前には無力なのと同じように、壊せなければ生きている価値がない」
ゆえに彼女たちはますます力を振るう。
これが私だ、私の力だ、と存在意義を証明するために。
「私にもココしかない」
トントンと自身のこめかみを叩いてみせる。
「子どもの時分から対戦ゲームが得意でね。将棋にチェス、戦略ストラテジー。これしかない。だから勝てなければ生きている価値がない。そう思ってこの歳まで生きてきた。そんな私だからこそ深海棲艦の根幹の部分が分かる」
要するに、似た者同士なのだ。
自分に近いから理解できる。挙動を観察すれば個性を読み取れる。性格と目的を推し量れる。心理を誘導することができるようになる。
「キミは優秀でまともだ。深海棲艦のことなど理解できないし、しなくていい。そういう役割は私のような、」
一瞬、言葉を選ぶ。
「変人、に任せておけばいいんだ」
コツン、と空になったグラスを置いた。
ほどよく酒が回って引き延ばされた意識を抱えながらサンプルの少女を覗きこんでみる。
……どうかな。ヒトのことはよく分からないけど。
取り繕われた表情の奥には、僅かな緊張と忌避感が潜んでいるように感じた。
「く、くっくく」
ああ、だめだ。どうにも面白くって仕方ない。まだ聞こえのよい部分までしか晒していないのにあまりにも予想通りの反応で、笑いだすほどに面白かった。
夕雲ならどうかな。
どんな顔を見せるかな。
期待に胸が高鳴って、同時に最悪を想像して身震いした。焦がれるほどに会いたいし、胸が締めつけられるほどに恐ろしい。滑稽だ、思春期の少年でもあるまいに!
「いや、すまん、すまないね……。どうやら悪い酔い方をしたようだ……変なことを、言ったかもしれない。忘れてくれ」
「……はい」
ぼやけ始めた視界のなかでは、駆逐艦娘たちの一気呑み対決が決着していた。勝利したのは長波らしく、テーブルに突っ伏した陽炎がむにゃむにゃと何やら呟いていた。
「私が負けようと……第二第三の陽炎型おっぱいが……浦風、浜風……後は頼むぅ……」
さぁて。
宴もたけなわ。そろそろ居なくなってもいいだろう。なぁに締めは誰かがやってくれるはずだ。
足をふらつかせながら立ち上がり、何食わぬ顔で大食堂を脱け出した。
やはり夕雲に会いたい。
そしてセックスしたい。
性交渉は二回目のほうが大事だと思っている。何故なら初回はまだ幻想に誤魔化されているにすぎないからだ。互いに、相手はこうであるに違いないという願望を抱きしめているだけ。
だから二回目だ。二回目以降こそが本番なのだ。手や口での行為などプレイにすぎない。次の二回目で上手くやれるかが今後に大きく関わってくる。ましてや他の異性を知らぬ少女となれば尚更だろう。
心の距離とは存外、物理的な距離と密接に関わってくる。
接触は必要であり、そして間を空けてもならない。
雲を踏むような不安定な足取りで外に出る。埠頭に向かった。
哨戒から帰還する夕雲を出迎えよう。