私の見立てではこうだった。
哨戒艦隊の4名――夕雲・沖波・早霜・秋霜。
埠頭に帰投した彼女たちはまず装備と艤装を武器庫に戻す。損傷を負っていれば入渠する決まりだが、今回は交戦報告はあがっていない。全員すぐに更衣室・兼休憩所に立ち寄るだろう。
問題はその後だ。
今日は呉の研修組が参加することのできる最後の飲み会の日でもあり、いわばお別れ会も兼ねている。哨戒していたこの4人も不参加というわけにはいかない。このまま全員で向かおうという流れになるだろう。
つまり4人は揃って大食堂まで移動するわけだ。
この状態のままでは夕雲だけを連れ出せない。そんなことをすれば関係を怪しまれてしまう。
だから手を打った。
4人がばらけて行動するように4つのタスクを用意した。
①休憩室の紅茶パックの在庫が少ないことに誰かが気付く。タオル類のリネンも少ない。次に帰投する艦娘たちのために補充しておこうという話になる。(在庫を減らしたのは私だ)
②整備員が使う工具箱がなぜか置いてある。彼らの作業場になければ明日困ってしまうから誰かが届ける必要がある。(工具箱を置いたのも私だ)
③大食堂の誰かから「呉の艦娘たちが飲み比べで優勢だから佐世保の名誉のためにヘルプに来てほしい」と連絡が入る。一人でいいから誰かをすぐにでも向かわせたい。(食堂から脱け出す際に陽炎が身を起こすのを確認しておいた。……呉のメンバーは呑み潰れても何度も蘇り再戦を挑んでくると聞いている。今頃は間違いなく佐世保の駆逐艦の子たちと大熱戦を繰り広げているだろう)
④定型業務として武器庫を閉めた鍵を事務室に戻さなければならない。
……こうなれば4人はばらける。タスクを分担して終わらせてから大食堂に直接向かおう、となる。
さて、次の関門に移る。それぞれのタスクを誰か担当するのかという問題だが、これも実はほとんど決まっている。まず間違いなく以下のようになるはずだ。
①紅茶パックやリネン類の補充は、係担当である沖波がやる。
②工具箱の片付けは整備員の詰め所に普段から入り浸っている秋霜が向かうことになる。
③飲み比べ対決への加勢は早霜が行くことになる。このメンバーで一番酒に強いからだ。
④残るは武器庫の鍵を事務室に戻す仕事だが、消去法で残された夕雲が行くしかない。
……と、このようにして哨戒艦隊の4人は別れることになるわけだ。
だから、要するに、とどのつまり、夕雲は事務室に向かうことになる。独りで夜道を歩くことになる。私が仕組んだとも知らずに。
私はただ事務所の近くで待っていればいい。
そうすれば誰にも知られずに夕雲ただ一人を捕まえることができる。
闇の中、息をひそめて待っている。
静寂に耳が痛くなる。そんな錯覚を覚えながらしばらく待っていると、暗闇にぱっと電気が点けられた。
事務室の灯りがぼんやりと廊下を照らしだしている。
耳をすませば人が歩く音がした。
一人分の足音だ。
誰もいない管理棟にチャラチャラと鍵束が触れ合う音が響いた。
音はすぐに止んだ。キーフックに戻したのだろう。
沈黙の時間に身を任せ、私は息をひそめ続ける。まるで犯罪者のようだった。いや、きっとそうなのだろう。けして曝けだしてはならない獣性を未成年の少女にぶつけようとしている。
すっかり手のひらが汗ばんでいた。
ズボンで拭いていると、事務室の灯りが前触れなく消えた。
一度光に慣らされた眼では誰彼の判別もできない。黒々とした空間を再び見つめる。
闇の向こう側からかすかな足音、
ゆっくりと、近づいてきた。
角を曲がってきた。
ぼんやりと黒い人影が現れた。
背丈はちょうど私の胸のあたりほどだった。顔はやはりまったく見えない。シルエットも定かではなく、髪型さえも分からなかったけれど、正体については確信があった。
手の届く距離まで近付いて、ようやく相手は廊下に佇んでいる私に気付いたようだった。
足を止め、行く手を阻んでいる顔の見えない
この闇の中にあっては向こうも私が誰なのか分からないはずだ。
……けれど、彼女なら、あるいは。
「提督」
慣れ親しんだ甘い声。誰何の色はなかった。私だと確信した口調だった。
私ならこういうことをすると気付くことができる。彼女もまた私を考えているからだ。
互いの顔も見えない闇の中、少女がどんな表情を浮かべているかに思いを馳せた。
「キミに会いに来た。権利を使いたい」
「権利……昨夜賭けた、定番の権利、ですか?」
「ああ。なんでも一つ言うことを聞くというやつだ」
「はい。もちろんどうぞ」
小さな身体が音もなく近寄って、私の胸に収まった。少女の熱が夕雲型の制服越しにじんわりと伝わってくる。彼女はゆっくりと柔らかな手のひらを伸ばし、私の頬の形を確かめるように撫でている。
夕雲……。
一つまた理解する。
彼女が触れようとしているのは私の腹の奥底だ。かつて昔の女たちに「気味が悪い」と忌避されていた、未熟で、野蛮な、制御しようとも思えない灼熱のどろどろを、彼女だけは――
「見たいんだな?」
「はい」
「見られたいんだな?」
「はい」
「私に、この顔に、この眼で、獲物を狙う眼で見られたいんだな? 噛みつかれるかもしれないと知っていながら、それでもキミは構わないと言うんだな?」
興味本位なら許さない。
強く隙間なく抱きしめる。けして逃さないように。
けれど彼女は、くすくすと。腕の中に捕らえられているにも関わらず艶美に忍び笑いを漏らすだけだった。
「どうしてそんなことを聞くんです?」
甘くとろけるような吐息がかけられて――
「嫌だと言ったら離してくれるんですか?」
頭がカッと熱くなる。激情が突き上がり手加減なしに少女の顎を持ち上げた。
「んむっ!? ふっ、んんっ!」
唇で唇に食らいつく。舌を伸ばして幼い粘膜をぬりゅぬりゅと執拗に舐めまわし、二枚の舌をもつれ合わせて唾液を塗りこんでいく。くちゅくちゅと淫らな水音だけを響かせた。
逃がさない。逃がすものか。
ずっとこうしたかった。二日前から、あるいはもっとずっと以前から。彼女のような若く聡明で女性としての魅力も芽吹きつつある、いわば才色兼備が形を得たような青い果実を抱くなど本来発想すら許されるものではないと知っている。私のようなうだつのあがらない男が手を出していいはずがないとも知っている。
それでも夕雲が欲しかった。
法に触れても構わない。彼女の意思など関係ない。どんな手を使ってでも捕まえたい!
好き放題に口内をねぶりまわす私の舌を抑えるべく、夕雲は上唇と下唇で挟むようにして大人の大きな舌を捕えようとした。無意味な抵抗でしかない。細いうなじに手を添えて、逃げられないようにしてからいっそう力強く舌を口腔内に侵入させた。けなげに抗う可愛らしい少女の舌ごとたっぷりと舐めまわして濃密な唾液を流しこむ。華奢な喉元がこくりと鳴っていく。
腹の奥が熱かった。肌身は蒸し上げられたように火照りきっている。どくんどくんと血が鳴って淫欲の火が全身に飛び火した。強烈な交尾欲求が脳髄を沸騰させて目の前の雌が欲しくて欲しくてたまらなくなってくる。
「……っ……ぁ、ふ……ッ」
ヤるのか?
こんな、いつ誰が通るとも分からない廊下で……?
万が一にも邪魔が入ったらどうする。誰かに見られたら?
構わないじゃないか、見せつけてやれ! この女は自分のものだと証明するんだ!
やめろ! 今夜だけで手離すことになるぞ! 彼女の長い人生の果てまで手に入れるんじゃないのか!
「ふっ……ふっ……」
互いを結びつけた唾液の糸が切れ、見つめ合う。離れたといえど息が重なりあうような至近距離。互いの呼気を鼻先に感じながら、私は決断した。
「きゃっ」
制服のスカートに指を潜りこませて滑らかな尻を抱え持つ。向かい合わせで担ぎ上げる体勢になって、歩き始めた。すぐに突き当たる、非常口のドア、片手でノブを握る。
金属がこすれる音に腕の中の夕雲がたじろいだ。
「て、提督? まさか……」
「悪いが、一瞬も離れたくない」
ドアノブを捻る。ぎぃいと甲高い音が鳴る。
「ま、待ってください、こんな格好で……そ、外は! 逃げません、逃げませんから!」
「離れたくないんだ」
ドアを開け放つ。
ぶわり、と湿った大気が肌を撫でていく。月明かりが射しこんで、晒された少女の身体がぎゅうと縮こまる。
抱きかかえたまま外に出た。
舗装された道。幸いにして誰もおらず、私の部屋のある建物が遠くに見えた。
けれど何よりも胸の内にある夕雲の羞恥の表情に目を奪われていた。男の膂力に抗えず、少しでも顔を隠そうと身を捩って震えている姿に獣の情欲が煽られた。形の良い耳がうっすらと朱に染まっていて、今すぐにでも地面に組み伏せたくなってくる。だが耐えろ、噴き出る欲望を力づくで抑えこむ。酩酊を覚えながら歩を進めた。
犯すなら誰の邪魔も入らない私の部屋でだ。
ふと思う。傍から見れば私たちは駅弁の体位に見えるだろう。
蚊の鳴くような声がした。
「降ろして……ください……」
できるわけがない。震える耳にしゃぶりつき、喘ぎを忍ばせながら歩を進める。
遠く、大食堂の方角からは年頃の少女たちの歓声が聞こえてくる。
もしかしたら誰かが通りかかるかもしれない。見つかるかもしれない。
けれどどうする気も起きなかった。離さないし逃がさない、それは最優先事項であり部屋に辿り着くまで変えるつもりもなかった。ただ情欲のままもつれ合い、一歩、一歩とこれから苛め抜く女の身体を抱きかかえたまま進んでいく。
建物に入り、廊下を進み、私室のドアに辿り着く。
くぐると同時に壁に押しつけた。
言葉は要らなかった。