佐世保鎮守府は勝利した。
たった一晩で深海棲艦を壊滅させた。
いやぁすごい。ホント強いね。
俺ぁ海軍の端くれに加わってまだ一年だから詳しいことはよく分からないけど、これは快挙ってやつらしい。フツーは敵の大規模群体と衝突して大破者が出てねえのはありえねえんだと。
おかげで直す方の仕事はほとんどなかった。下っ端の俺は装備が壊れてねえか検査してるだけで終わった。
一応敵の生き残りがヤケクソで突撃してくる可能性に備えて昼までは待機してろって指示されたけど意味はなかった。
中天に昇った太陽をぼんやり眺めてたら勝利宣言がされちまった。
あららって感じ。
ひとまず解散って言われてもな。家に帰っても暇なんだよ。
てなわけで、整備庫の脇にキャンプチェアを組み立てて座ってた。
椅子というよりハンモックに近くてね、負荷が分散されて楽なんだ。
オヤっさんには怪訝な顔で見られたけど、「いや~まだ海で警戒してる子たちもいるじゃないっスか~」とか適当に言い訳して居残ってたよ。
んなこと言っちまったせいで酒は飲めなかったけどな。
手持無沙汰でしょうがないんで、夕陽を眺めながら悶々とつまんないことを考えてた。
例えばさ?
彼女に酒をぐいぐい飲ませて、一緒に酔っぱらって、雰囲気作って、恋人になって愛を囁きまくれば
そんなふうに俺が考えてるのと同じように彼女も考えていたりしない? とか。
つまりね、何が言いたいかっていうとだ。
向こうも俺に酒をぐいぐい飲ませて、自身も酔っぱらって、雰囲気作って、恋人ごっこしてエロエロエッチに誘惑しまくれば俺に
もしそうだったらさ、勝ち目ないじゃん。
俺も、彼女も。
ノーゲームになるじゃん。
それでいいのかって話だよ。
「あっれ~? 工具箱がないんだけど? 誰だよ持ち出したの……」
結局、だらだらしてたら夜になっちまった。
なんなら夜勤よろしく明け方まで粘ってもよかったんだが、正規の当直であるオヤっさんにドヤされた。「ここはオメーんちじゃねえぞ! さっさと帰れ!」って。
仕方ないから帰ろうとしたら、駆逐艦用の修理道具一式を詰めた工具箱が見当たらないことに気が付いた。
予備はあるけどさ、鎮守府の備品が一式まるまる失くなったのを「まあいっか」で済ませられるわけないよなあ。
オヤっさんに報告したら、案の定探してこいと。
まったく、帰っていいのかダメなのか。
だけどもこれが全然見つからない。
まーじーかーよー。ってな感じに倉庫をひっくり返してるのが今ってわけだ。
「はあ~~。整備の現場も、仮眠の部屋も、探したけれど見つからないのに~、まだまだ探す気ですか~ってかあ? ……めんどくせーなー」
なんかなー、ずっとこんなんばっかな気がする。
一応マジメにやってるつもりなのに何にも見つからなくて凹んできちまう。
「それより僕と踊りませんか~……」
うん。やっぱダメだ。
独りでいるとどんどん気分が落ちこんでくる。
今夜はあの子は来ないのか。
そのためだけにずっと整備棟に居残ってたってのに残念すぎる。でもそれと同じぐらい「そりゃ来れないよなあ」とも思う。だって大規模戦闘あったばっかだし。
いつもは会える夜だから余計に孤独感が増してくる。
「う~~ん。会いてえなあ」
結局のところそれだった。
もしかしたら俺は一晩相手してくれる女の子が欲しいってのを毎晩繰り返してるだけなのかもしれない。下手すりゃ胸にぽっかり空いた穴を埋めたいだけなのかも。
けどもぜーんぶ脇に置いておく。
早霜に会いたい。
一緒に酒飲みたい。
そんだけ。
嘘。
ほんとは抱きしめてエッチしたい。
「はぁ……。帰ったらシコって寝ちまうかぁ……」
「見ています」
「うおおっ!?」
振り向けば、夕雲型改二の制服を身にまとった早霜が立っていた。
入り口のドアから顔を半分だけ覗かせて妖しく目を光らせている。
「私はこうして……いつも見てるだけ。見ています……いつでも、いつまでも」
「び、びびるわ。いつも言ってるけど普通に声かけてよ……。ん? それって?」
華奢な両手に不釣り合いなゴツい工具箱を握っている。
「それ、どしたの? ずっと探してたヤツなんだけど」
「艦娘の休憩所に置いてありました」
「え、どうしてそんなとこに」
「お兄さんが置いたんじゃないんですか? 任務が終わったら届けに来てほしいってメッセージかと……」
「俺が? いやいやそんな回りくどいことはしないよ?」
その手があったか、と感心しつつ、何となく秋霜の仕業かな、と思った。
あの子なら俺らの関係を嗅ぎ取って親切半分イタズラ半分のノリでこういう根回しとかしそうだなと。
しかし早霜は首を横に振る。
秋霜とはついさっきまで同じチームで哨戒任務についていたらしい。アリバイがあるというわけだ。
ま、見つかったから犯人なんて誰でもいいんだけど。
「ちなみにお兄さんならどうしますか」
「どうって、ええと、人と会いたいときにどうするかって話?」
「恋人と会うときです」
「そりゃ普通に待ち合わせの約束するかな。喫茶店とか駅前とかで」
「私、誘われたことありません」
「いやだって」
「誘われたことありません」
「まあなんつうか……俺らは夜中にココでが定番じゃん?」
「誘って下さい」
「う、分かった」
「フフ……楽しみです」
ひとまず工具箱を預かって、さあてこれからどうするかという話になった。
今夜の整備庫はオヤっさんが夜勤で居る。
いつも通りの秘密の飲み会というわけにはいかない。
飲み屋は……と考えて、そういや今夜の艦娘たちは深海棲艦を撃退した打ち上げパーティがあるんだったなと思い出した。
確か大食堂でもう始まってるはずだけど――
「いいんです」
「でもさ、呉の三人組とのお別れ会も兼ねてるんでしょ? 特に不知火ちゃんとは仲良さそうだったけど」
早霜の瞼が一ミリほど持ち上がる。
「よく分かりましたね」
「そりゃ早霜ちゃんのことだし」
「そ、うですか。……でもいいんです。むしろ行ったら怒られます」
「もしかして昨日にハッパかけられたのを気にしてる? アレはノリみたいなもんでしょ。向こうも本気なわけじゃないと思うけど」
「本気じゃないって……お兄さんも?」
「俺もって? 何が?」
「私のこと……一番って……言いました」
「それは本気」
こういうのはすらっと言えるんだけどな。
早霜の表情はほとんど変わらないように他の人には見えるだろう。
俺には分かる。ずっとよく見てきたから。
この娘、超テレてる。
ほんの僅かだけ俯いてその長い前髪で表情を隠そうとしている。
「こら。俺と喋ってるときはちゃんと顔を見せなさい」
すっと指先を前髪の束に挿しいれて、切れ長の目を暴きだす。
あ、ちょっと大胆にやりすぎた、と思ったときには戸惑う目が合っていた。頬がみるみるうちに赤くなる。早霜は身を固くして視線を泳がせるしかないようだった。
「ご、ごめん」
「いえ……」
なぜだかスカートを堂々とめくって中身を観察してしまったような心地になってくる。いやそんなのした事ないけど。
「じゃあ、ええと、昨日の続き……する?」
早霜は俯いたまま耳を赤くして、やがて小さく頷いた。
月の明るい夜だった。
朽ちかけた建物が並ぶ海岸沿い。ざざぁん、ざざぁんと波が打ち寄せる音を聞きながら、防潮堤の上を並んで歩く。
死んだ町には街灯も灯らない。凪いだ空間にひんやりとした風が流れていく。
早霜は「こんなところに住んでいるんですか……?」と不安そうに聞いてきた。
俺は「うん」とだけ答えた。
そしたら「どうして?」と聞かれた。
俺は「家賃が安いから」と答えた。
それで会話は途切れた。
どこかで酒を買ってから来るべきだったかな、と思う。
昨日の続き、かぁ……。
シラフの頭で考える。
駆け引きじみた恋人ごっこを続けるか。
それとも覚悟を決めて本音をぶつけてみるか。
どっちの方向で話を進めるべきだろう。
そりゃあもちろん後者の方に決まってる。ぐいぐい攻めてこなくても大丈夫って伝えてあげるんだ。そうすべきだと頭では分かっている。けども第二の脳たるチンコが臨戦態勢になっていた。一刻も早く使いやがれと叫んでいる。おかげで歩き方とチンポジをバレないように調整するのに苦労した。
だってしょうがないだろ。こちこら二日連続で寸止めしてるんだ。
「ふぅ~~……」
鼻から冷たい空気を吸いこんだ。
静まれ、俺のカルマよ。
ちゃんと理性で彼女の相手をしてさしあげろ。
気の利いたセリフ……。
考える。
思い浮かべる。
腕を組み、天を仰いで速攻で諦めた。
似合わないことはするなって話だな。
「昨日のネカフェなんだけどさ」
「あ、はい」
「君、すごくエッチだったじゃん?」
早霜は棒を飲みこんだような顔をする。
「俺、ああいうのすっげーいいって思う。めっちゃ興奮した。ねえ、やっぱり勉強してたでしょ」
「していません」
「何から調べたの?」
「してませんから」
「え、まさか知識ゼロってことはないでしょ。とっかかりはあるはずじゃん。はっ、まさか前の彼氏から教わったとか……」
「いませんからっ。……その、ほんの少しだけ、少女漫画で……」
「そりゃあ嘘だ。俺もそこそこ読んだことあるけどあんな誘い方しないでしょ。あれは男の見るエロ作品のセリフだったなぁ。ねえ、ホントは見てんでしょ? エッチなやつ。動画かな? それともエロ漫画?」
「う、うう……見てないです」
「へー、じゃあアドリブなんだ? すごいな、早霜ちゃんってナチュラルボーンエッチじゃん。なんだか嬉しくなってきちゃったぞ」
「う、うう……見てました。エッチな、その……はい……」
「ははは。ごめんね、変な言い方しちゃって。でも嬉しかったのは本当。またやってよ。期待してるから」
「もう……しません……。絶対」
「えーー」
足を止め、夜空を見上げた。
煌めく星の粒たちを眺めながら独り言のように呟いた。
「俺さ、君の色んな顔を見るたびに好きになってくよ。どんどん深みに嵌ってく。もう脱け出せないなって思う」
「す、きって、今」
「告白、ってさあ……どうも日本にしかない文化らしいよ? 外国だとみんな友達から始まってその延長線上でデートしたり恋をするんだって。だからガールフレンドやボーイフレンドって言葉があるんだと。俺はそっちの方が素敵だなあって思う。だって彼氏・彼女っていうステップがあったらさ、そうなれるかってところに目がいって互いの人間性や関係性っていう本当に大事なところが見えにくくなると思うから」
「……」
「だから俺は気持ちを正直に言うことにしてる。言わなきゃあ伝わらないからね」
「分かります。けど……それでも私は告白には憧れます」
迷いのない声に視線を下ろした。
早霜が真剣な面持ちでこちらを見つめていた。
「しても、いいですか」
その目に強い意志の光を見た。
決意があった。
俺は背筋を伸ばす。それが自然の流れであるように耳を傾ける。
「巻雲姉さん、の、一番はっ、夕雲姉さんでっ」
引き絞るような声だった。
「高波姉さんの、一番は、長波姉さんで……」
暗闇の中でも映える白い肌、絵筆で描いたような長いまつ毛。喉を震わせ、それでも必死に言葉を吐きだそうとしている。
眩しくて目を細めそうになる。
「みんな優しくて、私にもよくしてくれます。けど、きっと私は誰の一番でもありません。いつも勤務帯がばらばらで、すれ違うことばかりで、話についていけない時があって、私、一人ぼっちかもって思う時があって……」
ただ黙って聞いていた。
「誰も私のことちゃんと見てないんじゃないかって、思う時があって。私の価値って、同じ水雷戦隊の仲間ってとこにしかないのかな、なんて考えたりして。正直、お兄さんにとっても、大勢の艦娘たちのうちの一人でしかないのかなって思ったりして。夜に会いに行くのも、怖かったんです」
早霜は一度言葉を区切る。
おずおずと唇を開き、しかしすぐに閉じてしまう。視線が彷徨う。初めに見せた意気はすっかり消えてしまい前にも後ろにも動けなくなっている。
誰かに縋りたいだろう。苦しいだろう。
けれど今は黙って聞くべきだ。
「……でも。お兄さんは、私のことちゃんと見てくれました。だからお礼とかそういうのじゃなくて、その……これは、ごっこじゃないって言っても、信じてくれますか」
「君がそう言うなら、信じる」
「私、わた、し」
「うん」
早霜は言った。
「好き」
「うん。……うん」
「ああ……すごく……ドキドキします。好きって、こんなにいい言葉なんですね……」
「俺もめっちゃドキドキしてる。けど……」
「けど?」
「俺って欲張りなんだ。もっと欲しいものがあって」
なんだ? 俺は何を言おうとしている?
せっかく彼女が勇気を振り絞ってくれたというのにその気持ちに寄り添えない。
「全然、足りないんだ」
「それって……?」
「エッチなことじゃないよ。俺も、ただ……独りぼっちって思ってて……」
言いかけて、止めた。
淋しいからなんて言い草は男らしくないように感じた。
「ねえ、早霜ちゃん」
「はい」
最初からやり直しだ。
待たせてしまっている自分を恥じ、地面を睨んで拳を握りしめ、正しく思いやりに満ちた言葉を探した。
好きだ。
ずっと一緒に居てほしい。
そんな陳腐な台詞しか見つからない。
「君は俺を」
必要としてくれるのか。
「俺を……」
この俺を。
毎日を誤魔化しているだけにすぎないこの俺を、スカスカで何の役にも立てなかったこの俺を、認めて、欲して、掴んでいてくれるのか。
不意に恐ろしくなる。
そんなみっともないことを言ってしまったら――
――早霜が身じろぎする気配、
反射的に顔を上げ、一時しのぎでもいいからと喉を震わせた。
その時だった。
声がした。
耳朶をくすぐる懐かしさ。
聞き覚えのある声だった。
今は何を差し置いても目の前の少女を優先すべきだと理解しているにも関わらず引っ掴まれたかのように意識が吸い寄せられてしまう。
今の声……?
まさか……?
聞こえてくるのは夜の海のざわめき、強く弱く繰り返される波の音だけ。
他には何も響いていないように思える。
「お兄さん? どうかしました?」
「いや、ちょっと……。なんか聞こえた気がして」
耳を澄ませていたが、やはり波の音しか聞こえない。
気のせいか。
けれど胸の奥はざわついたままだった。棘が刺さったように無視できない。
「早霜ちゃんは聞こえなかった?」
「え。……いえ、何も」
その時、また声がした。
ウウウ……ウウ……
今度ははっきりと聞こえた。
人の声だ。
泣いているような声が海のほうから聞こえてくる。
防潮堤の下を覗きこんでみた。
高低差のせいで普段は闇に覆われてしまっているが、今夜は月光が地上に降りていた。おかげで多少は見渡せる。
防潮堤からは下りるための階段があり、その下には砂浜が広がっていて、ごつごつした岩場が続いている。
見える範囲には誰もいない。
声の主を探している俺を早霜は不思議そうに眺めていた。
「やっぱり誰かいる」
「え?」
「ほら、向こうの方から聞こえるだろ?」
「そうですか? 私には何も……?」
先ほどまでは微かにしか聞こえなかった泣き声が、意識するとはっきりと聞こえるようになっていた。子どものような声。こちらまで悲しくなってくる。
迷子だろうか。それとも独り身で帰る場所がなくなってしまったとか。
そう思うと居ても立っても居られない。
階段に足をかける。一歩ずつ慎重に下りていく。背後で早霜が俺を案じて止めようとしていたが、この啜り声を聞いておいて知らないふりをするわけにもいかない。
さくりと黒い砂浜に降り立った。
頼りない感触に足をとられそうになりながら進んでいく。
枯れ枝を靴裏で潰し、打ち捨てられたビニール袋を踏みこえて、吸い寄せられるように岩場の奥へと向かう。
痛イヨウ、痛イヨウ……
岩の段差を乗り越える。
波しぶきを肌に浴びながら歩を進める。
足をついた一歩隣には深淵まで繋がっていそうな真っ黒い海がある。
恐ろしくはない。何度も往復した道のりだ。岩壁に手をかけて、曲がった。
狭い入り江にぽつんと一人、その少女は居た。
月明かりに照らされて何をするでもなく座りこんでいた。
頭を垂らして啜り泣いている。
ずぶ濡れの長髪に隠されて表情は見えない。片足がなかった。乱雑に千切れていて、その断面から鈍色に輝く機械やコードが見えた。少女の手元には武器がある。小口径主砲だと分かったが、取り扱ったことのない規格だった。牙があり、眼がついている。アレは多分、生きている。生きている武器だ。
少女の脇腹は大きく抉れていた。
人間ならとっくに死んでいるほどの大穴だ。
しかしその少女は生きている。
顔を上げ、こちらを見た。
知っている顔だった。
「ア、ア、アアア……ニイチャ……ニイチャ……」
わけが分からなかった。
妹だ……。
あれは、俺の妹だ!
故郷の街で死んだはずの妹が、目の前にいる!
次回更新、しばしお待ちください。
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