苦痛から涙をぽろぽろと流している。何故!? 衝撃と混乱、頭の中に氷柱を挿しこまれたように戸惑い、放心し、いかに大変な事態になっているかに気がついた。
「お前、その怪我……!」
手を伸ばす。駆け寄ろうとする。
だができない。体がつんのめってしまい動かない。何者かが俺の腰を捕えていた。
瞬間、激しい怒りが爆発した。
力任せに身をよじり、背後の誰かを振り払おうとしたが、
「お兄さん……!」
それは早霜で、
「だめです! アレは深海棲艦……っ!」
「はあ……?」
自分でも間抜けに思う声をあげながら、腰に抱きついている少女をまじまじと見つめた。
何を言ってんの?
君は、本当に早霜か?
人の邪魔をするような子じゃないって思ってたのに。
現実感がなかった。死んだはずの妹との邂逅。早霜らしからぬ強引な態度。俺だけが知らない台本通りに世界が進んでいるように感じる。
早霜は細い腕で必死にしがみつき、俺を押し留めようとしていた。端正な顔立ちを懸命に歪ませてわけの分からないことを言っている。
アレはラ級という深海棲艦だ、とか。
早く逃げてくれ、とか。
……しんかいせいかん、だって?
深海棲艦ってのは、あれだろ、モンスターだろ? 謎の生命体で、侵略者なんだろう?
だったら全然違うじゃないか。
あの子はどこからどう見ても俺の妹だ。何十年も一緒にいたんだから間違えようがない。
だから、俺の妹は、深海棲艦なんかじゃなくて、ただちょっと一年前に死んじまっただけで、つまり、あそこに居るのは、ええと、だから、
俺の妹は――?
「ああ……そうかい」
俺は自分に落胆するしかなかった。どうして大人になんかなっちまったんだ。
視野の狭いガキのままなら、都合のいい妄想に縋ることができたなら、こんな想いはせずに済んだのに。
妹の顔をした何者かの傷口に改めて目をやった。
機械やコードが飛び出している。
血は一滴も垂れていない。生気の通わぬ白い肌、闇夜に光る真紅の瞳。
知っている。そんな人間はいない。
知っている。けれど、それでも。
「でもやっぱり俺の妹だ」
顔を見て言ってるんじゃない。声を聞いて思ってるんじゃない。あの妹が偽者ではないということだけは分かるんだ。理屈じゃない。何十年も一緒に居て、凄いところもウザいところも百個ずつ言えて、どんな時にどんな顔をするのか飽き飽きするほど知っている。
今のアイツがどんな経緯を辿ってあんなふうになっているかは知らない。どうでもいい。一年ぶりに見つけてそこに居る、それだけが事実だ。
「ニイチャ……。痛イ、痛イヨ……直シテヨォ」
「直す……? 俺が?」
「デキル、デショ……? ソウイウ学校デ、勉強、シテタンダカラ、サァ……」
無茶ぶりすんなよ、と言いたくなるが、現実問題、今の俺なら直せるんじゃないかとも思う。
俺は佐世保の整備のベテランたちから多くの修理・整備の技術を叩きこまれている。
あの機械のような妹だって救えるかもしれない。
一年前はできなかったことが今ならできるかもしれない。
「今度……ハ、チャント……助ケテ、ヨォ……」
「分かった、分かったからもう喋んな。俺が助けてやっから」
一歩踏み出すが、またつんのめる。
早霜。
喉奥に苦みが浮かびあがってくる。
……ああ、そうだな。
君は正しい。100%正しいよ。
けどその正しさは俺には必要ないんだよ。
「お兄さんっ、アレは深海棲艦です……! 似ていても、別人で、あなただって簡単に殺そうとします……い、今は動けないから、あんなこと言ってるだけ……!」
「そうかもな」
「だったらっ」
「確かに俺を利用してるだけかもしれねえ。直したら俺のこと撃つかもな。……けどな、そんなの関係ねえの。人のこと見下して、勝手ばっか言って、都合よく使ったら知らんぷり。それが俺の妹で、それを助けんのが兄貴の役目なんだよ。俺は助けてやんなきゃならなかったんだよ……!」
言葉を吐きだしながら、頭の中では別の俺がすでに算段がつけていた。
あの深海的な生き物になっちまった妹を直すことは、多分できる。
どんな謎システムで構成されてるかは知らないが、俺なら直せる。根拠はないが自信があった。今見えている傷口から故障箇所を想定できている。見た目よりたいした損傷じゃない。失われた部品を元通りにすることはできないが、最低限の機能を繋げることはできそうだ。
だから問題は、それを成すのに必要な佐世保鎮守府の整備庫までどうやってあいつを運ぶかだ。
背負って運ぶ。それはいい。
鎮守府の正門前にはガードマンのおじさんがいる。通れない。なら裏口はどうだ? 無人だし身分証のカードさえ使えば通り抜けられる。監視カメラは? 仮に見ているマジメ君がいたとしても妹に上着でもかぶせてしまえば隠すことはできる。つまり突破できる。
あとは敷地内の人通りの少ないルートを選べばいい。
整備庫に辿り着いてしまえばこっちのものだ。
たった一人で夜勤しているオヤっさんをどうにかしても、朝出勤の先輩たちが出勤するまで7時間ぐらいは猶予がある。
7時間あれば全然いける。
脇腹から飛び出ているコード類を繋いで、動作系をチェックして、あとは欠損した脚に義足代わりの素材を適当に溶接してやればいい。
そうすれば歩けるぐらいまでは持っていけるはずだ。
今度こそ助けてやりたい。
兄貴らしいことをしてやりたい。
そうすれば俺はやっと役目を果たせたって思えるから。
「……ばかです」
早霜から、
震える声が漏れていた。
「なんなん、ですか。馬鹿ですか。構ってくれるなら誰でもいいんですか……。どうしてこんなに人のこと振り回すんですか。あなたなんて……あなた、なんて……」
俺の目が、意識が、吸い寄せられていく。
「それでも、どうして……どこかに行っちゃえって思えないんですか……」
歪む瞳に、縋りつく小さな手の指に、
俺の欲しい全てが詰まっていた。
俺は何を手放そうとしているんだろう。
熱湯が流れこんでくるようだった。
痛みに似た感覚。枯れ果てていた血管が強引に押し広げられ、どんなに強い酒を飲んでも塞がることのなかった穴が満たされていく。
「あ、ああ……ごめん……」
もしも自分を殴れるなら百発だって殴ってやりたい。
誰からも必要とされないのを怖がって、野良犬みたいにヘラってたら彼女を泣かせてしまった。
これまでの自分がどれほどくだらない言い訳に縋りついていたかにようやく気付くことができた。
これ以上、彼女に哀しみの涙を零させるわけにはいかない。
震える指に、掌を重ねた。
どんな言葉も態度も彼女を慰めるには足りないだろう。
それでも伝えずにはいられない。
「俺、すげえ馬鹿だった……。今でもだ。こんなんだから俺、シラフじゃ生きていけないのかもしれない。けど、それでも……」
呆然とこちらを見上げている透き通った瞳に誓う。
「色んな顔を見せてくれる君が好きだ。そうしてもらえる俺でいられるよう頑張るよ。どこにも行かない」
「ウウウ……オ兄、チャン……? ドウ、シタノォ……?」
妹、
振り返る。
改めて観察してみれば、やはり人間ではなかった。
死体と見紛う外見に、真紅の瞳だけが灯っている。
何より傷口から覗く機械類。
「……お前、すげえことになってんな。何があった? 改造でもされたのか? 俺にはさっぱり分かんねえけど、できることはしてやるよ。俺ぁ佐世保鎮守府で働いてんだ。あそこの設備ならお前も直せると思う」
「お兄さん!」
「わりい。これだけはちっと譲れねえんだ」
「アノネ……他ニモ、イッパイ……居ルンダヨォ……。アタシノ、仲間……」
「それも助けろって? そりゃあ無理だよ、バレちまう」
「大丈夫ゥ……。海ノ、海ノ底ニ、行ケバネ……? 成レルカラ……。直シテ、改造シテ、モット強クデキル、モット凄イ、オ兄チャンニ……」
「よく分かんねーけど……一緒に来いってこと?」
「だ、ダメ、です!」
ラ級と呼ばれた妹の眼球がぎょろりと動く。
「アンタ、サッキカラ……誰ェ……? ゴチャゴチャト……」
「俺の好きな子だ」
「フゥン……」
興味なさげに首を傾ける。
俺は早霜を背中に隠し、妹と対峙した。
「――」
背後からシャツを引っ張られる。
囁きが耳に滑りこんできたが、今だけは構うことができない。
妹の手元にある小口径主砲が不穏だった。
「アノネェ、オ兄チャン……?」
狭い入り江がうっすらと――明るくなってくる。
鮮烈な赤がたゆたう波の形に揺らめいて、対峙する俺たちの輪郭を顕わにする。
「アタシラノ、リーダーダッタ……ババアガ、サ? 壊レチャッタカラ……今ハ、アタシガ頭ナノ……。アタシハネ……旧世代ノ、馬鹿トハ……違ウヨォ……。上手クヤレル……。コレハ、ソノタメノ、準備ナンダァ……」
深海棲艦の生気のない肌には地獄のような赤がよく映える。
ラ級と呼ばれた妹は得意げに目を細めた。
あの微笑、よく知っていた。
他人の彼氏を靡かせたときの顔。
そいつにブランドのバッグを貢がせるときの顔。
「オ兄チャア~ン……。アタシノ、タメニ……働カセテアゲルヨォ……。嬉シイデショオ……?」
「おいおい。まさか、って感じだな。お前が俺を必要とするなんて」
「フ、フフフ……。ナァニ、言ッテンノ……? 兄貴ハ、アタシノ物デショオ……」
甲高い声がした。
海猫の鳴き声を汚くしたような響き……つい海を見てみれば、いつの間にか黒々とした球体が浮かんでいた。イ級だ。白濁した眼がこちらを見つめている。一匹、いや二匹。音もなく浮上してくる。三匹、四匹……。
それ以上を数えるのはやめた。
背後で早霜が息を呑む気配。
見れば、波打ち際の岩淵に手がかけられていた。
ずるりと異形が這い上がってくる。
ああ、図鑑で見たやつだ。名前は忘れた。軽巡ナントカ。半身だけ引き上げて、海水を滴らせながら眼の部分にあたる黒々とした穴をこちらに向けている。
別になんでもいいやって思う。
何が来ようが知ったこっちゃない。今大事なのは、俺が人生の岐路にいるってこと。
いけないとは思いつつ少しワクワクしていた。
まさかこの俺に異界からヘッドハンティングがかかるなんてな。
「つまり、アレか。俺に転職しろってか? これも家庭の事情ってヤツになんのかね。ちなみにさ、俺にはどんなメリットがあるんだよ?」
「ハア……? 兄貴ガ、ナァニ言ッテンノ? 妹ガ困ッテタラ、来ルノガ当然デショオ……?」
そりゃそうか。だったら仕方ねえ。
……と以前の俺なら渋々ながらも付き合っていただろう。
馬鹿だよなって思う。こんな形でも必要とされるのを嬉しがっちまう。
でも、
「それじゃ無理」
今は断ち切りたくないものがある。
「助けてはやる。でも直すんなら佐世保でだ。海の底にゃあ行けねえよ」
「…………ハァァ?」
別に異界が怖いわけじゃない。
俺には将来したいこともないし、例え地上から居なくなっても誰も悲しまない。
そう思っていた。
けど今は違う。
やってみたいことが一つある。俺が消えたら泣いちまう子も一人いる。
だから行けない。
「そういうわけだから、佐世保に行くぞ」
「イイカラ、来イヨ……」
「おめーが来いって」
「オ前ガ来イ」
「知らねーっつーの」
「来イッツッテンダヨォ!」
「嫌だっつってんだろ」
ラ級の妹、その目尻がぴくぴくと震えている。
そんな青筋立った有様でも全然キレイの範疇だって思うのは俺が妹馬鹿だからだろう。
一つ、気が付いた。俺も甘やかしてた側なんだ。
決めた。
俺は俺のやりたいようにやる。俺なんかが、とか二度と言わない。ウジウジしてる方が害悪だって心で理解できたから。
「俺はおめーらの側には行かない。だって俺、この子と居たいし。あともう一つ、これすっげえ大事なことだから確認すんだけど……
時間が止まった。
ラ級も、イ級たちも、軽巡ちゃんも。
何ヲ言ワレタカ分カンナイ、って顔だった。
「
だって深海の連中に男がいるって聞かねえんだ。
女だけでどうやって増えんだよ?
遺伝子操作的なやつ? 建造的なやつ? それとも分裂すんの?
とどのつまり、俺が聞きたいことはただ一つ。
「深海棲艦ってフツーの人間みたいにセックスできる?」
誰も、
何も、
応えなかった。
……まあ、時と場合に相応しい発言じゃないってのは分かってるさ。
でもよ、身も蓋もなかろうと、転職候補には確認しとかなきゃいけないことってあるだろう?
仮にも永久就職するかもって場所の雇用条件が最悪だったら取り返しがつかねえじゃん。
「もしもセックスできねえんなら……俺、絶対っ……行きたくねえなあ~! 俺さぁっ、昨日も、一昨日も、スン止めしてんの! こんなムラムラ抱えて一生ナマ殺しになんの!? 冗談じゃねえ~!」
ビキリ
岩が砕ける音がした。
ラ級が手をついていた場所にヒビが入っていた。
「……何ヲ、言ッテンダ……ボケガ、コラ……ハァ? ハァァ? 舐メ、テンノ? ジャア、オマ、オ前……逆ラウッテ……言ウンダナァ……コノ、アタシニィ……!」
「そうだっつってんだろ」
「ダッタラ……オ前ハ……オ前ハァ……」
刹那、後ろの早霜がシャツを引っ張った。
大丈夫、動くな。
そう俺は返した。
「オ終イダァーーッ!」
小口径主砲が火を噴いた。
耳をつんざく衝撃音。
夜の静けさが切り裂かれ、熱波がぶわりと広がった。
……生きている。
ぱらぱらと転がる破片と立ちこめる煙の中で、俺も早霜もまだ生きていた。
砲撃は、外れた。
ラ級が外した。わざとじゃない。俺はよく知っている。妹はキレると花瓶でも包丁でも平気で投げてくるけど、必ず外す。下手くそだから。
そして二発目からは高確率で当ててくる。
猿みたいにブチ切れてても修正するのは上手いんだ。
「跳べっ!」
叫ぶや、俺と早霜は身を投げ出した。
瞬間、砲弾が突き抜けた。
直前まで俺たちが立っていた空間をかき乱し闇の彼方まで飛んでいく。
分かっていたとはいえ冷や汗ものだった。
我が妹ながら凶悪な性格してやがる。
「い、いっぺん言ってやんなきゃって思ってたんだよ……」
岩肌に這いつくばりながら顔を上げ、敵と真っ赤に染まった海を見た。
波の隙間には小さな光――
「おめーがキレイなのは見た目だけで……中身はマジモンのブスだってなぁ!」
「ギ、ギギギ……ギギィイイイ~~ッ!」
突きつけられる砲口の丸い穴。
死がこちらを向いていた。
妹はマジだ。躊躇なく撃つだろう。
覚悟を決めて、願った。
せめて八つ当たりで早霜が撃たれてしまう前には
そして――
閃光が夜を切り裂いた。
「ナッ!?」
上空には照明弾。
真昼よりも鮮明に照らしだし、主砲を構えている深海棲艦の姿を顕わにした。
「敵発見! 合戦用意! 岸波、先行します!」
「青葉、見ちゃいました! 早霜ちゃんが男の人と逢い引きしてますっ!」
砲弾が、弧を描いて深海棲艦の群れに襲いかかる。
着弾の轟音がイ級たちを包みこむ。
や、やっと来た……。
艦娘だ。
哨戒の部隊が来てくれた。
水飛沫を浴びながら早霜と立ち上がる。
彼女の手には小さな無線機。俺の背中から密かに連絡をとってもらった。そのおかげで今がある。
ラ級は艦隊に釘付けになっていた。
俺たちは岩場に足をとられないよう慎重に、かつ可能な限り速く駆けだした。
ちらりとラ級を確かめる。その横顔は完全に対峙する艦娘だけに意識がいっているようだった。
「調子ニ……乗リヤガッテェ……!」
反撃の咆哮。
乱立する水柱。
殺意が飛び交って地形が変わる。
対抗手段のない俺たちは逃げだすしかない。
「死ィー死死死死ィ~~! 死ネェヨォーー!」
轟く炸裂音に入り混じり、背後から遠吠えが聞こえた。
俺たちは走る。
岩壁を曲がり、砂浜に到達し、階段を駆け上る。
防潮堤の上で俺は立ち止まる。
振り返った。
遠く岩壁の向こう側で、砲火の音と光が派手に入り乱れていた。
「おいッ!」
どうせ聞こえやしないと分かっていても叫ばずにはいられなかった。
「バカ妹ーっ! どうしても無理になったらっ、もっぺん来い! 分かったかー!」
叫びはあっけなく轟音にかき消される。
当然、返事はない。
不意に海から潮風が吹きつける。
俺たちを街へと追い払おうとするかのようだった。
「……お兄さん」
早霜が目を伏せながら俺の手を引いた。
慰めるように言葉を紡ぐ。「彼女はもうあなたの知っている妹さんではありません」と。
「いんや。あれは俺の妹だよ」
「でも」
「人間の時もあんな感じだったし」
「そんな人いるわけ……あ、ええと……」
「それが人間世界の怖いところだよな。結構いるんだ、ああいうの」
「……」
「もういいんだよ」
肩の荷が下りたような気分だった。
「いくら兄貴だからって全部は面倒見れねえよ。アイツの人生、あれでいいっつうんなら自分でケツ拭けってんだ。それに……」
「あ」
「俺も俺のことで手一杯」
くい、と細い手を引っ張った。
あまりにも軽くて密着してしまう。
すっぽりと腕の中に収まった身体を捕まえて、柔らかな頬に手を沿える。
宝石のように色めく瞳、淡く色づく唇。
自分で引きこんでおきながら魅了されてしまう。
ああ、眩しいな。
ちゃんと見たいのに、見にくい。光源を直視しているわけでもないのに眼球がむずがゆい。
全然知らなかった。好きって更新されるのか。
「あ、あの。もしかして、そういうこと……」
「考えてる」
「今は、そういう時じゃ……」
「今したい」
「え、ええと、こういう、のは、ちゃんと答えを聞いてから……」
「じゃあよく聞いて」
キスをした。
唇を押しつけて初めから舌を挿しこんだ。小さな舌を絡めとり、ねちねちと執拗に弄ぶ。頭の後ろを抑えつけて逃がさない。前のめりに鼻先を交差させ潤んだ瞳に想いを放つ。溶け合って一つになってしまえとナメクジのように粘っこい水音を響かせながら口内粘膜を舐め回した。
ぴちゃぴちゃと音が鳴る。
獣のような呼気を吹きかける。
顔だけでは物足らず、上半身までくっつけて早鐘を打つ心臓の音も聞かせた。
返事は要らない。
身悶えする肢体から少しずつ力が抜けていく。
小さな手が俺の背に回されて、時折隙間ができる二つの唇の隙間からはむずがるような声が漏れていた。
捕まえた少女の向こう側には満天の星空が煌めいている。
海岸から絶え間なく響いてくる砲撃の炸裂音を聴きながら俺たちはキスをし続けた。