結局、あの妹の顔をしたラ級は生き延びたらしい。
艦娘たちとあれだけボンガボンガと撃ちあって、しかも片脚しかなかったのによくもまあ逃げられたもんだ。
そのしぶとさには感心するし、正直ほっとした部分もあった。
あんなんでも一応妹だ。勝手にしやがれと思っていても死んじまったらやるせない。
ま、それはさておき……
あの夜から一週間経った。
たった一週間。
それだけで俺を取り巻く状況は劇的に変化した。
深海棲艦の残党の襲来、そこに居合わせた整備員――それだけで話が済むわけがなかったんだ。
状況検分と聞き取り調査が繰り返された結果、一つの結論が下された。
……まいったね。
いやホントに。
@
煌々と輝く満月、ピンと張りつめた空気。
伸び放題の雑草と朽ち果てた建築物がひっそりと闇に沈んでいる。
ふと思い立ち、ベランダの手すりによりかかって辺りを見回してみた。
多分住めば都というやつで、こんな廃墟みたいな住処でもいざ離れるとなると名残惜しくなってくる。いくら目を凝らしても塗りつぶされたような黒しか見えなかったけど。
「帰ってきて寝るだけの家だったのにな……」
胸の奥がむずがゆい。酒でも飲みたくなってくる。
しかし生憎今は手持ちがなかった。
引っ越しのために余計な荷物を整理してしまった。
ふと自室を見返してみる。
ドアの傍にはパンパンに膨らんだ大容量ザックと大きめの段ボール箱が一つだけ転がっている。中身はキャンプ道具や非常食、着替えといった実用的な代物ばかり。それも最低限。思い出の品みたいな物はほとんどない。
まるで自身の人生の希薄さを表しているようだ。
でもそんな幽霊みたいな自分にだって思うところぐらいある。
「佐世保はいいとこだったよなぁ。オヤっさんたちも、艦娘の子たちも。それにあの子も……」
妙な気分だ。
落ち着かない。
オヤっさんから初めて呉鎮守府への異動を打診されたときは新天地への扉が開けたような気分だったのに、今は足場が崩れていくような不安でいっぱいだ。
もう夜になってもあの子が会いに来ない、それだけの事実が俺を打ちのめしている。
呉への異動話はもはや決定事項になってしまった。
どうやら俺は佐世保鎮守府にとって危険人物になってしまったらしい。
深海棲艦の残党に目をつけられている厄介な人間……それが俺の今の立ち位置だった。
俺自身がいくら潔白を主張しようとも納得しない人間はいる。そりゃそうだよなって思う。いざ事が起こっちまってからじゃ遅すぎる。誰が責任とるんだって話だよ。
「って理屈は分かるけどさぁ。なんだかなぁ~」
まさかこんな形で佐世保を去ることになるなんて思わなかった。
提督さんと面談したときは何とかしてくれるって雰囲気だったのに。
溜め息をつき、つらつらとあの時の会話を思い出す。
あれはそう、妹の顔したラ級から逃げ延びたあの夜の後の話――
***
「……なるほどね。大体のことは分かった」
佐世保の提督さんは大仰に頷いた。
広々とした部屋には簡素な事務机が一つだけ。
俺と提督さん、そして秘書艦の夕雲さん(なんかちゃん付けで呼べないんだよな)の三人だけの事情聴取だった。
「どうやら君は偶然目をつけられただけで、深海側に繋がろうとしている人間ではないらしい」
「ずっとそう言ってるじゃないッスか」
「悪いね。こっちも事実確認をしないわけにはいかないんだ」
「そこは理解してます」
「しかしな、君のやろうとした事も褒められたものじゃない。……ま、これも散々言われたか」
「はい。すいませんでした」
「さて……事務的なやり取りはここまでにしよう。ここからは雑談だと思って肩の力を抜いてくれ」
提督さんは手元の資料を一つにまとめ、少しだけ目を細めた。
「実は今回のキミのようなケースは初めてではない」
「えーと……?」
「海に呼び寄せられてしまう事例だよ。これまでは単なる入水自殺か、深海シンパの狂信的行動と片付けられていたんだがね……。やっとちゃんとした証言をとれたというわけだ」
「はあ」
「キミは初めての生存者なんだ。気を悪くしないでくれ。新しい被害者をださないためにも我々は情報を少しでも集める必要がある」
「そう言われても大した話はできてませんけど……」
「それでもいい。情報は数を集めてこそ価値がある。誤解や勘違いでも構わない」
「そういうもんっすか」
「だからね、直感や想像レベルで構わないからキミの意見を聞かせてほしいんだ。キミが遭遇したという、あの……妹さんの顔をしたラ級。アレをどう思う?」
「本物っす」
そこに関しては確信があり、それ以外に理解できることもない。
「ありゃ何だったんですかね?」
「まだ一つとして断言できる段階にはない。だが私個人の予測でいいならば」
「それでもいいっす」
「素材になったんだと思う」
聞けば、深海棲艦は様々な生物や機械が組み合わさってできているらしい。
それはカニだったり、オウム貝だったり、サメだったり。
もちろん人間も含まれる。
それら多様な生物が、海に沈んだ艦艇や機械と融合して生まれるのが深海棲艦らしい。
「正直メカニズムは解明できていない。あの人理の外にある凄まじい火力をどうやって為しているのか、そもそも生き物を素材にして新たな生命を作りだす手法とは何なのか」
「じゃあうちの妹は仮面ライダーでいうところの怪人になったようなもんなんですかね?」
「あくまで私個人の予測で、感想だ。吹聴しないでくれよ」
「それは勿論。提督さんには恩がありますから。妙なことはしませんよ」
「私に恩……? はて?」
「俺を雇ってくれたじゃないですか」
「ああ、そうか、面接で口添えしたことか。しかしな、あれはきっかけを与えたにすぎないよ。本採用されたのはまったく君の実力によるものだ」
「そのきっかけが無けりゃ俺はどうにもなりませんでしたよ」
「ふむ……。一つだけ確かなことを言わせてもらおうか。キミの評価は本物だ。けして境遇に情けをかけたものじゃない」
「…………オヤっさんが?」
「ああ」
「そっすか……」
その他にも色々聞かれた。
赤くなった海のこと。
そこに知性を感じたとはどういうことか。
言葉をかけていたと言うが、それは対話になっていたのか。もしそうなら同じことはできるのか、等々。
そんなの全部、「何となく」としか答えようがなかったけど。
どうにか頭を絞って言語化できるだけしてみたが、提督さん的にはどうだったんだろう。
提督さんは手元の用紙にさらさらとメモを記していき、やがて居住まいを正した。
「では最後に通達だ。これからの君の処遇に関して伝えなければならないことがある」
「あ、はい」
タダでは済まないだろうな、とは思っていた。
今回の俺は単なる被害者ってだけじゃない。
自分から首を突っ込んだ部分が大きいし、わりと問題な発言もしちまっている。
謹慎か。減給か。
もしかしたら艦娘を危険に晒した罪により執行猶予なしのクビを言い渡されたりするかも。
だけどそのどれもが怖くなかった。
だって今の俺にとって一番大切なのは夕雲型の十七番目のダウナーミステリアス系しっとり黒髪ロングの女の子と一緒にいることだから。
例えクビになったところで鎮守府の近場に住んでれば休みに会えるだろう。って軽く考えていたんだが。
「呉への異動を命じる」
「へ」
「どうやら件のラ級はキミを狙っていたようだ。つまり再来襲する可能性がある。そうなった時に、キミ、拒絶しきれるか?」
「で、できますよ」
「本当に? 例えば瀕死になって本当に反省しているふうに涙を流して縋りついてきたら? それでも海側に行かないと断言できるのか?」
「………………できますよ?」
「うん。できなさそうだ。やはり佐世保から離れた方がいい」
「ちょっと待ってくらさい!」
噛んだ。
「そ、そ、それは困ります! 早霜ちゃんと会えなくなるぐらいなら辞めますよ俺は!」
「辞めるなら拘束することになるが」
「へえっ!?」
「キミを野放しにできるわけないだろう。あのラ級がまた接触してくるかもしれないのだから」
「そ、そんなぁ。何とかなりませんか? 早霜ちゃんは俺を……認めてくれたっていうか、地上に居たいって思わせてくれた子なんです……」
「ほお? そんなに? ……だそうだが、夕雲はどう思う?」
夕雲さんは小さく首を傾げ、ゆったりとした口調で聞いてきた。
「これまでのお話をまとめると……あなたが海からの誘惑を跳ねのけられたのは早霜さんへの想いがあったから、ということになると思うんですけど」
「え? ええ~とぉ……?」
「そこに愛はあるのでしょうか?」
「あい……って、もしかして I love you の愛のことですか?」
「その愛でラヴ。あるんでしょうか? ないんでしょうか?」
夕雲さんはぱあっと花が咲くような見事な笑みを浮かべる。
「早霜さんとは本気? それとも遊び?」
な、なんだろう。
みぞおちのあたりがウーってなってきた。
「ほ、本気……です」
「んー。歯切れがよくないですね」
「本気っ、です!」
「でも、早霜さんが引き留めたのに海に行こうとしたと伺っていますけど……」
「俺、本気ッス! 早霜ちゃんが居たから踏みとどまれました! もうっ彼女なしでは居られませェん!」
「あら。お熱いですね。ふふ」
「はは、ははは……」
「提督? そういうお話でしたら配慮が必要ではないでしょうか」
「うん、まあ……そうだな。一つの再発防止策として検討しよう」
「あ、ありがとうございます!」
***
「――って話で終わったはずなのに!」
なのに、なぜ異動の辞令が下りてしまったのか。
問い詰めたい。
声を大にして問い詰めたい。
だが一介の整備員が提督さんに直談判できるわけもなく。
こうして泣く泣く引っ越しの準備をするしかないのであった。
「でもこれで良かったのかもしれないな……」
口惜しい思いはある。
だが潮時が来たという気持ちもあった。
このまま彼女を縛り付けていてはいけない気がしていた。
あの若く可能性に満ちた少女が、酒飲み仲間というだけの男に青春の貴重な時間を費やして他の世界を知らずにいるのは可哀想だ。
終わらせるべきかもしれない。
いや、でも。
しかし、俺は……。
堂々巡りになる頭を振って、無理やり思考を切り替えた。
ひどく億劫だが、辞令が出てしまった以上、佐世保には居られない。
それが変えられない現実というやつだ。
それに……考えようによってはマシではないか。
早霜はちゃんと生きている。同じ空の下で幸せになってくれていると思えば俺も呉の地で頑張っていくことができるだろう。
いや、できねえって。
無理無理。
「はあ~~~……。立ち直れそうにねえ……」
@
そして今は呉に居る。
新しいアパートだ。
今度は屋根に穴も開いてないし電気もガスも通ってる。
何よりすぐ隣に人が住んでいる。
あっという間の引っ越しだった。
せめて最後に早霜に挨拶ぐらいしておきたかったが、遠征任務が重なって会うこともできなかった。
仕方ないから感謝の品と手紙を渡しておいてくれって夕雲さんに頼んでみたけど断られた。「そういうのは自分で渡すものでしょう」って。いやいや、渡せないから頼んでるのにどういうこと? 秋霜にも頼んでみたが似たような対応をされた。
もしかして俺、厄介払いされてる……?
いやでも明るく送り出してくれたしなあ……?
ま、考えても仕方ない。
後で佐世保に郵送するしかないだろう。
とにもかくにも引っ越しは終わった。
今は夜。整理するほどの荷物もないし、家具を買いに行くには遅すぎる。
外に出て飯食ってきてさっさと寝ちまおう。
家を出て、ふらふらと駅前に向かって歩きだす。
呉はけっこう栄えていた。
内海に面している分、佐世保より安全度が高いんだろう。
港はでかいし会社企業も集まっている。当然、一般人の姿も多い。
となれば仕事終わりの勤め人を狙った飲食店が立ち並ぶのも道理というやつだ。
すっかり暗くなった住宅街を通り抜け、大通りに辿り着く頃には煌びやかなネオンが辺りを彩っていた。
手ごろな店を探して歩く。
チェーン店はなんか嫌だ。
女の子が出てくるような店も避けてえな……。
風は冷たく、独り身の男を追い払うかのように吹きつけている。
帰宅中のサラリーマンや派手な髪色の若者たちの合間を早足で縫っていき、パッと目についた定食屋っぽい店に飛びこんだ。
無愛想なおばちゃん店員にじろりと見られ、若干びびりながらカウンター席につく。
客の入りはそこそこ。
メニュー表を手に取っていると若い娘特有の透明な声がした。
左手側の奥に目を向けるとテーブル席を艦娘と思わしき少女たちが囲んでいる。
(ええと、あれは確か陽炎ちゃんに写真で見せられた……)
十七駆と紹介された面々だ。
磯風と谷風と……風風シリーズカルテット。
一瞬、挨拶しとこうかと迷う。
「注文は?」
見上げれば岩石みたいなおばちゃんの顔があった。
慌ててメニュー表に目を落とす。
とりあえずサバの味噌煮定食と告げて、次にドリンクのページで視線を彷徨わせる。
ウイスキー、日本酒、梅酒……。
どうにも今夜は惹かれない。
「……ウーロン茶で」
「あいよ」
おばちゃんが去ってからも俺はメニュー表を持ったままぼんやり眺めていた。
一人で酔ってもなぁ、という思いがあった。
かといって横で明るく談笑している女子たちに混ざって飲み始めるほどの気力はなかった。
なんというか、酒を飲むときは気を遣わず、自由で、救われてなきゃあダメなんだ……。
なあんてな。
メシがきた。
箸をつけるとわりと旨い。人口の多い街のメシ屋は旨いってのはマジだったか。
ただ小骨が多いのは減点だな。……などと考えつつ、やたら耳に残る少女たちの雑談に耳を傾ける。
「そういやあ佐世保から来るって人の話、聞いたぁ?」
「ああ、整備員だったか? 陽炎がやたら褒めていたが」
「なんじゃっけ? 若うて、イケメンで、気が利いて、高学歴・高収入・高身長?」
「かぁーっ! 嘘くさいねー!」
「少なくとも高収入は嘘でしょうね」
いきなり俺の話で吹いた。
「デタラメも言わないとは思うが」
「きっとまた誇張してるんじゃろうねぇ」
「……そういうの、本当に困ります。噂は広まってしまうものなんですから」
「なんだ、浜風。何か言いたそうだな?」
「だってあの三人、呉鎮を出会いの場みたいに言ってるらしいじゃないですか。艦娘とつ、付き合えるって」
「ああ、それは宣伝だろう。優秀な人材を呼び込むための方便と言っていたぞ。それに丸きり嘘でもない」
「恋愛を禁止しとらんってだけじゃけどねえ」
「でも! その噂に釣られて変な人が寄ってきたりするんですよ!」
「例えば?」
「鎮守府の前で……カメラを持ってうろついてる人たち、いるじゃないですか……」
「なんだいなんだい、谷風が文句言ってきてやろうかい?」
「ダメだぞ、谷風。動画に撮られてSNSにアップされるぞ。今はそういう時代なんだ」
「世知辛いねえ……」
「で? 浜風は写真に撮られるのか」
「……私って、すごく狙われるみたいなんです」
「そうか。浜風は、そのなんだ、スタイルがいいからな」
そういえば。
あの写真の中の浜風は浴衣を盛り上げるほどのたわわ指数を誇っていた。不知火は●カップだとも言っていた。
実物はどうだろう、と左側へ目を向けてみた俺をいったい誰が責められる?
うおおっ。
でっっっか!
ホントにでっけえな!
改陽炎型の制服の胸部分がパツンパツンに伸びていた。皺なんて一本も見当たらない。少し前傾になっているせいでその重量感、張りを遠目からでもしっかりと確認できた。
やばい。ちょっと呉での生活に希望が湧いてきた。
鼻の下が伸びないように努力しながら網膜に焼きつけていると、
コンッ
テーブルにグラスが置かれた。
琥珀色の液体が氷の周りで揺らめいている。
漂ってくる香りは明らかにウイスキー。
「あれ、店員さん? 俺頼んでないけど」
「奢りだって」
「はい?」
誰の奢り?
俺こっちに知り合いなんてまだ居ないんだけど……と何気なく反対側に顔を向けてみた。
そこに、
「見ています」
完璧な無表情があった。
「わああっ!?」
「見ています……いつでも、いつまでも」
「は、早霜ちゃん!?」
夕雲型の十七番目。ダウナーミステリアス系しっとり黒髪ロングの美少女が隣の席に座っていた。
「な、ななな……なんで!?」
「夕雲型駆逐艦、早霜。呉鎮守府に着任しました」
「え、あ、え? 着任? ……遠征じゃなくて? ええっ?」
「私、落胆してしまいました。お兄さんはもっと誠実な人って思っていたのに、まさか引っ越し初日に宗旨替えしてしまうなんて」
「ちょっと待って……。いや、これは違くて、だから……え? なんでここに居るの?」
「そんなことよりお兄さんが心変わりしてしまったことの方が大事です……」
「そんなことじゃないよね!? いや君の言いたいことも分かるけど……だから、ああ! 俺の気持ちは変わっていませんよ!?」
「犯罪者の顔でした……。ねっとりと舐るような目つき……」
「分かった分かった! ごめん、俺が全面的に悪かった!」
「…………」
透き通った瞳が俺の慌てふためく顔を映している。
彼女の表情はほとんど変わらないように見える。が、俺には分かる。ずっとよく見てきたから。
「……からかってるでしょ?」
「さあ、どうでしょう。……フフフ」
「勘弁してよ~~」
早霜の切れ長の目尻がほんの僅かだけ細まって、自分のグラスに口をつけた。薄い喉が嚥下のたびにこくこくと蠢いている。
その光景が、なんだかすごく懐かしかった。
「お兄さんもどうぞ」
「ん、ああ……。飲む飲む」
ウイスキーのガツンとした香りが鼻を抜けていく。
熱くゆらめく視界の中で、肩を並べて座っている少女がしっとりと微笑んだ気がした。
「っあ~。やっぱ酒だよなー」
「いいですよね」
「もーさあ、ホントどうしよかって思ってたんだよ。俺一人じゃ飲む気しないし」
「だからウーロン茶を?」
「君が来てくれて本当に良かった。……君だからいいんだからね?」
「……前から思ってましたが、そういうことよく平気で言えますね」
「ホントのことだから」
「どう、でしょうか」
「本気と書いてマジだから。……コレもさぁ、言わせてんでしょ?」
「店員さん。同じものをもう二杯お願いします」
言うと早霜は、ちらりと俺の向こう側を覗きこんで会釈した。
十七駆の面々が面食らった様子でこちらを見つめていた。
ひそひそ声が聞こえてくる。
「あれは誰だ? 早霜と一緒にいるのは」
「知り合いみたいじゃけえ、佐世保の人かもしれんね?」
「ってこたぁ件の整備員……?」
俺も苦笑いしながら会釈した。
「ねえ、早霜ちゃん……なんかさ、俺らのこと公然の秘密になってない?」
「ある意味では、そうですね」
「な、なんで?」
「あなたは深海棲艦から狙われている整備員。私はそれを止めるために遣わされた目付け役」
「ええ……? そういうことになってんの?」
「あなたは誘われたら誰にでもフラフラついて行くタイプの人って思われているようです」
「ひどい言われよう……」
「根無し草。風見鶏。甲斐性無し」
「もしかして怒ってる?」
「怒っていません。いませんが……お願いを一つ……聞いてくれたら、許します」
早霜はグラスで口元を隠し、目線を彷徨わせながら小さく呟いた。
「またこうやって……一緒に……飲んでください」
ここが飯屋じゃなかったら、あるいはもう少しだけ酔ってしまっていたら、彼女を抱きしめてブチュウとやっていたに違いない。
「かあ~~~っ」
「な、なんですか」
「君も大概だっていう話!」
「はい……?」
グラスを突き出すと、早霜も合わせてカツンと当ててくる。
同時に傾けてウイスキーを飲み下す。
舌先と喉の熱さを堪能し、ぷはあと酒臭い息を吐く。
「ねえ! 一つだけ聞きたいんだけど」
こちらを見上げてくる少女の睫毛の長さを見て改めて思う。
俺はすっかりこの娘にやられちまっている。
夜を流しこんだような黒髪に、日本人形よりも精緻な造形の顔立ち。乱しがたい透明感。
彼女だけが持つ美しさに惹きこまれている。耳まで赤くして縮こまってしまったりあどけなく微笑んだりする表情を見つけたくて色々やってみたくなる。
例えばこんなふうに。
「その異動ってさ、早霜ちゃんは指名されたの? それとも立候補?」
早霜の目がわずかに見開かれる。
「これ、俺の予想ね。夕雲さんはこんなふうに言ったんじゃないかなあ?」
――あの整備の人が地上に残ることができたのは早霜さんへの想いがあったからだそうですよ?
――早霜さんが傍に居れば今後も大丈夫でしょうけど……もちろん強制はできません。
――大切なのは自分の気持ち。どうでしょう? 愛でラヴ、ありますか? ありませんか?
早霜は色素の薄い肌を紅潮させながら口をぱくぱくさせている。
奇襲成功。
「わ、わた、私は」
「うん」
「お兄さんが仕方のない人だから……。一番の人が引き留めておかないと、ダメだって……言っただけ……」
「うんうん。俺の一番は君だね。じゃあ早霜ちゃんの一番は?」
「……う、……」
「聞きたいなぁ。すごく聞きたい」
少し離れたテーブル席には十七駆の面々がいる。
きっと四人揃って聞き耳を立てているだろう。
「前に、言いましたから……」
「また言ってよ」
「どうして、そう、平然と……」
「君のちゃんとしてないところを見たいから」
俺は店員さんを呼び止めて追加の酒を注文した。
ウイスキーだけじゃない。日本酒に梅酒に、ついでだからカクテルもちゃんぽんしちまおう。
「さあ飲もう。どんどん飲もう。そんで出来上がっちゃおう」
「絶対に……言いません」
早霜は気付いているだろうか。
まだ一杯しか飲んでいないのに、唇を尖らせて眉を八の字の形にしている自分に。
日を追うごとに新しい感情を見せてくれている。そのハードルも下がっている。
次はどんな表情を見せてくれるだろう。
歳ごろ相応の無邪気な笑みも見たいし、得意満面なドヤ顔も見たい。
弾けるような笑顔で横ピースをキメている写真を撮りたい。
ジト目でこちらを凝視して何か言いたげにしている不満顔を眺めていたい。
一緒に映画を観てホロリと涙している横顔も見てみたい。
無防備な寝顔にかかる絹のような黒髪をそっと手櫛で整えてやりたい。
そして、そして、エッチに乱れる媚態を今度こそ上から下から見つめて目に焼きつけたい。
「ぷはあ」
「……ふう」
いつの間にか飲み比べの形になっていた。
先に潰れた方が言うことを聞くという暗黙の了解ができている。
どろりとした酩酊感に頭をやられながら俺は笑った。
勝ちてえ~。
勝ってアパートに連れこみてえ~。
油断したらそのまま口走ってしまうかもと思いながらストレートを一気する。
空のグラスを置いて肩を寄せ合っている少女と目で会話した。
――まだいけるぅ?
――フフ……余裕です。
明日からの予定が、呉での生活基盤を整えることが、新しい鎮守府で先輩の整備員と艦娘と提督とその他もろもろの人々と話し合い関わりあうことが、この街で暮らしていくための必要なありとあらゆる義務と行動が、全て楽勝のように思えてきた。
曖昧に揺らめく瞳に魅了され。
日々働き、夜に落ち合って、酒を飲み交わす。ただそれだけの暮らし。
「――」
「――」
俺はなんて言っただろう。
早霜はなんて応えただろう。
まあいいや。
次の朝に楽しかったことだけ覚えていれば。
「早霜にちんちん挿れるシーンを書いていいのか問題」をどうしても解決できなかったのでまさかの本番シーン無しです。全ては私の不徳の致すところ。読者さんの想像力にお任せします。