涼波に勉強を教えるために部屋に上がらせた。
それだけのはずだった。
今、ちょっと混乱している。
いや、ちょっとというには大分、かなり、強烈で、何が起こっているのか自分でも飲みこみきれていない。
涼波が、僕のチンコを握っている。
いや、なんで?
おかしいだろう?
そう訝しむ自分がいて、同時に、「据え膳食わぬは男の恥よ。行け行け行けGOGOGO~!」と脳内で獣欲歩兵を突撃させている自分もいる。「嘘つけ。こうなるってちょっとは期待していただろう?」と冷笑する自分もいる。要するに、わけが分からない。混乱している。知能指数が低下している。あるいは混乱しているフリをして自己正当化しているだけかもしれない。そんなふうに、考えることを考えているけれど、思考なんて、目に映る圧倒的な現実の前には何の役にも立たなかった。
涼波が、僕のチンコを握っている。
涼波は、僕の右半身にべったりとしなだれかかって、その滑らかな手のひらと細い指先で僕のチンコを包みこんでいる。
耳元でゆったりと囁いた。
普段の、佐世保鎮守府で友達と一緒にいるような朗らかな声色とはまったく違う。掠れたような吐息を滲ませて、僕にその
促されるままに答えるしかない。
「ふうん? やっぱ好きなんだ、これ?」
「あ、ああ」
「えー? ああ、じゃなくてさー、ちゃんと好きって言ってよ。えっちなの好きー。手でするの大好きー。いつもこれでイタしてますーって」
「うう、好き」
涼波は意地悪そうに、ニタ~と笑う。
「へえ~~。そんなに好きなんだ」
今、ものすごく混乱している。
僕のマンションに涼波が居る。
勉強を教えるためだった。
涼波には勉強を教えるはずで、そのために僕のマンションに連れてきて、試験のために勉強をしなくちゃいけなくって、だから勉強しなきゃいけない。
涼波は物理が苦手だった。
僕は得意ってほどでもないけど、習いたての彼女よりは知識がある。教えてほしいって話になった。
けどどこでやるかが問題だった。涼波は人気者で、鎮守府の座学スペースや食堂の隅っこで勉強会を開いているとすぐに誰かが声をかけてくる。全然集中できない。だから外でやろう、と涼波が言いだした。
じゃあファミレスでやろうか? と僕は提案した。
誰もいないとこがいい、と涼波は答えた。
例えばどこ? と尋ねると、涼波は、僕の家がいいと告げた。
……え、いいの?
とは思った。
けどまあ、特に拒否する理由もない。僕に疚しい気持ちはない。僕がしっかりしていればいいだけの話で、涼波だって僕をそんなふうに見ていないだろう。一応、安易に男の部屋に上がろうとするのはよくないよと忠告は入れながら、マンションのエレベーターに一緒に乗りこんだのを覚えている。
:
:
「いや~、悪いねー。お邪魔しちゃってー」
涼波は興味津々に部屋のあちこちに目をやっていた。
1LDK。普通の部屋だと思う。
テーブルにはボールペンや水道料金のハガキ、文庫本と、雑然と堆積していたけれど、このぐらいは男の一人暮らしの標準装備みたいなものだろう。
床は綺麗なはずだ。円型の家電ロボット掃除機を今朝も作動させている。
涼波はぱっと靴を脱いで入室し、物怖じせずに見渡すと、ソファにぼすんと尻を投げだした。と思ったら、身を屈めてソファの下に手を突っこむ。
「ややっ、これは!? エロ本発見!?」
「ないよ」
「え~! 無いの~!?」
「今どき紙のエロ本なんて……じゃなくて。こら、何しに来たんだ。勉強するよ」
「ちょっとぐらい探検させてよー。あたしだって初めて男の人の部屋きたんだし」
「ダメ。珈琲淹れてくるから準備しといて」
そこで目を離したのがまずかった。
マグカップを盆にのせて戻ってくると、涼波はテーブルをまじまじと覗きこんでいた。視線の先には家庭用ゲームのパッケージのようなものがある。
「スズ?」
違った。
それは、DVDのパッケージだった。
女子高生と思わしき制服に身を包んだ少女が白濁した液体にまみれた両手を正面に差し出して微笑んでいる。
『放課後ご奉仕マッサージ後輩ちゃん♪ ~柔らかおててでお手伝い~』
おや……おやおやぁ?
な、なんだ? それはぁ……?
涼波が発掘した……?
いや、違う。
ブックシェルフの裏側を漁るような時間はなかったはずだ。その形跡もない。ということは、あれか。始めからテーブルに置きっぱなしだったか。
ええ? そんなことあるか?
昨夜はそんなもの観ていない。一昨日だってそうだ。じゃあ三日前……ってそんなことを考えてる場合ではなかった。
今! この瞬間!
思春期の少女の目の前にアダルトDVDを晒してしまっている!
しかも職場の、部署が違うとはいえ、同僚みたいな子の前に。
レベル5の緊急事態だった。しかし慌ててはならない。そう、慌てたらむしろ怪しい。落ち着いて対応しなければ傷口はどんどん広がってしまうだろう。
「違うんだ」
「えっ、あっ、うん……?」
「スズ、落ち着こうか。大丈夫、それはキミが思っているようなものじゃない」
「そ、そうなの?」
「これはいわゆるイメージDVDというやつで……ええと、そう、整備のアイツが――」
瞬間、愕然とした。
唐突に思い出したのだ。
自分で言った通り、全ての元凶は整備のアイツだった。
記憶が遡っていく。まるで走馬灯のように――
「なあ~、警備の。このDVD観てもいいか?」
「なんだそれ。……うわっ!? エロDVDじゃないか! そんなの持ってくるなよ!」
「運送のおっちゃんがくれたんだけどさ、俺んちプレイヤー無いから観れないんだよな~」
「はあ!? またあのおっちゃんかよ! なんで色んな奴にエロDVD配ってんだよ!?」
「なんか巨乳以外はヌケないってお裾分けしてくるんだよな。こないだなんて提督さんの鞄に勝手に入れてたし。俺にもほら、駆逐艦モノ、こ~んなにいっぱい」
「うわぁ……。これ夕雲型モチーフじゃん。公安に目ぇつけられるぞ……。あ、え? それで? まさかウチで観ようって魂胆じゃないよな?」
「そう言ってんじゃん」
「ダメに決まってんだろ!」
「お前にも好きなやつあげるからさ~」
「プレイヤーなら貸してやる! うちでシコろうとするんじゃない!」
「いや~、俺んちモニターも無いからさ~」
「ノートパソコンごと貸してやる! うちでシコろうとするんじゃねえ!」
――アイツ、僕の部屋のどこかに置いていきやがったんだ!
おそらくはテーブルに山になっている雑誌の間あたりに!
なんてことだ……! 最悪すぎる!
涼波の様子を窺うと、顔をエロDVDのパッケージに向けたまま、横目だけをこちらにちらちらと向けていた。そこに浮かぶのは羞恥か困惑か、あるいは不信かもしれない。
ち、違うんだ。
僕はそのDVDは観たこともない。
本当だ。頼む、信じてくれ――!
「あ、あはは。い、いや~参ったな~。すごいの見つけちゃった。男の人だもん。こういうの持ってるよね」
「ち、ちが」
「あ、あのさぁ……」
涼波は言った。
こういうことしたいんだ、“センパイ”? と。
頭をハンマーで殴られたような衝撃だった。
期待と逡巡、上目遣いで僕を見つめる表情に心臓が大きく高鳴っていく。
どういう意図の質問だ。
同時に、望外のチャンスが訪れた、そう直感した。
しかし待て。唾を飲みこみながら思考を巡らせる。ここで返答を間違えればこれまで築きあげてきた信頼は簡単に壊れてしまうだろう。落ち着け、彼女は何を聞いている? ええと、確か――センパイはこういうことしたいんですか、だっけ――え、ええっ! それって一体どんな返答を予想してるんだ!?
もし「したい」と告げたらどうするつもりだ。
まさかしてくれるのか。
答えを待つ瞳に拒絶の色は見当たらない。
となれば、いや待て、そんな都合の良い展開がありえるのか……?
頭の中に棒を突っこまれて直接掻き混ぜられているようだった。加速する自問自答の中で、幼少期に何度も読んだ童話のくだりが再生される。
『あなたが落としたのは、この金の斧ですか? それとも銀の斧ですか?』
正直者は、何を得た?
……全てだ。
真面目な木こりは全てを手に入れた。
それが世界の真理というのなら僕も同じようにするべきだ。
一瞬の決意、
息を吸いこんだとき、涼波は悪戯っぽく微笑んだ。
「ね。したげよっか」
答えられない。
「だって、好きなんでしょ? 女の子にー、してほしくてほしくて、こんなの観ちゃうぐらいだもんね」
「み、観てないよ。それは僕のものじゃなくて、」
「観てないの? 興味ない? ホントに? 本当のホントに?」
「み…………み、観た、かな」
「そうだよね。して、ほしいんだもんね」
笑みを深め、少女が僕を手招きする。
「ん、まあ、これも勉強っていうか、ね?」
僕の脳は痺れたまま、可愛い後輩女子に従うことしかできない。
「おいで?」
:
:
涼波が、僕のチンコを握っている。
ソファに僕は浅く腰掛ける形で、涼波はその右半身に背中側から寄りかかっている。
彼女の手は僕の股間へと伸びていて、手のひらは性器を包みこみ、指先はそれぞれが別の生き物のように蠢いて、歪な肉棒の形に這っている。
信じられない光景だった。
少女が性器をしごく手つきはおぼつかない。しかし衣服越しに密着する身体の柔らかさが強烈で、耳元に時おりかかる吐息の熱さもたまらなく、それらが合わさると頭の芯がとろけていくようだった。自然、性器は力強くそそり立ち、異性の柔らかな手のひらから受け取る刺激は大きくなっていく。
「がっちがちに、なってる」
整った顔がぽ~っと僕の股間を見つめている。
僕が少し顔を動かせば唇を奪えるほどの近さだというのに涼波は離れようとしなかった。
肉棒を凝視して、形と色を観察している。
「こんなになっちゃうんだ。わぁ、えっぐー……」
大きさを確かめるように竿を包みこむ。硬さを確かめ、先端の凹凸を指先で探っている。瑞々しい五指が敏感な亀頭を這いまわり、時には押しこむように握ることもあったが、その圧迫感さえ快楽として脳は処理をした。
たどたどしく上下を始めた少女の右手は少しずつ触れ具合とリズムを調整し、今ではもう一定の刺激を送りこんでくるようになっている。
にち、にちゅと、粘性の音が響いている。
「気持ちいい? もっとしてほし~ってなったら、それ言って? ちゃんと気持ちよくしてあげたいから」
「い、言わなかったら?」
「止めちゃおっかなぁ」
「言う。言うから」
「えへへへ」
見上げると、目があった。普段は好奇心と茶目っ気に色づく瞳が、今は潤み、別の彩りを含んでいた。情欲か、それとも他の何かか。綺麗だった。
少女は指輪っかで亀頭のエラと先端を往復しながら、少し困ったような、切ない顔でカウパーにまみれた自身の手を眺めている。
手を止めて、持ち上げた。
初めて見るであろう先走り汁が、自身の手指の間で糸を引いている様子を、まじまじ観察している。
「これって、気持ちいいってこと、だよね……? どんどん反り返ってるし、すっごいえっちな顔になってる。あ、目そらした。あは」
「ああ、気持ち、いいよ」
「もっとしてほしい?」
「してほしい……」
「どんなふうに?」
「手のひら全体で擦りつけるように、根元のとこから、先っぽまで……親指と人差し指は輪っかにして……」
「こう? 速さは? このくらい?」
「もう少し、速く……」
「そうなんだぁ。ふふっ、そうなんだぁ~」
手の動きが速くなる。
肉棒をまんべんなく擦りあげて快感をとめどなく流しこんでくる。
思わず身を硬くすると、少女は喉の奥から子猫のような声を漏らした。
「腰くねっちゃって、もっとして~って擦りつけてる。あたしも、なんか変かも。さっきから、もう、なんでもしたくなる。なんでもしたい。喜んでくれること全部してあげたい」
ぐい、ぐいと、涼波の細い身体が密着してくる。僕の右腕の後ろあたりに柔らかな双丘が押しつけられ、弾力に挟まれた。鼓動が伝わってくる。大胆にくっついているせいか、少女の発情の香りが漂ってくるように錯覚してしまう。すぐにでもその紅潮した頬にキスをしたくなるが、動いてしまえばこの無上の感触が途切れてしまうかもしれない。
「スズ、スズ」
「ん、ん。なぁに、センパイ?」
「キミに、触りたい」
「じゃあこれ」
涼波は半ばおんぶのような形で覆いかぶさって、空いていた左手を僕の首越しに垂らしてきた。僕はどうにかその指を捕まえる。指と指を絡み合わせ、互いに強く握りしめると、僅かな喜びがこみあげた。思わず吐息が漏れてしまう。
「気持ちよすぎて、わけ分かんなくなっちゃった?」
「あ、ああ、そうかも」
「どんなふうに?」
「そのまま、くっついて、離れ、ないでくれ。全部、全部いい。頭おかしくなる。スズ、キミは、キミは、悪い子だ。こんな、エロくて、可愛いから」
「え~? 悪いなら、もう止めとく?」
「ダメだ。ダメだよ」
「じゃあどうしたらいいのかな?」
「う、ぐぐ、あ」
「こ~んなガチガチになってるのに、顔はへにゃへにゃ。ほらぁ、ちゃんと言ってよ? ん~?」
「このまま、このままがいい」
「このままって? どのへん責められたいの~? 教えてセンパイ? センパイが一番気持ちい~気持ちい~ってなっちゃうとこ」
「さ、竿と、先っぽを」
「を~?」
「さっきみたいに、擦って、くれ……!」
「はぁ~い。教えてくれてありがとうね、センパイ。お礼にた~くさん気持ちよくしてあげるから」
素直になって未成年の後輩女子に甘えるのは……最高に最低で、幸せだった。
「すっごいえっちな顔になってる。ほら。ちんちんもガチガチになって、スズの手が好き~ってアピールしてるよ」
口を動かしながらも手のリズムは変わらない。白く綺麗な指が丸い輪を作り、ぎちぎちに膨れた性器をしごいている。きれいに爪を切りそろえた指先が、亀頭の先端をぬるぬると這いまわり続けている。
少女の熱っぽい吐息が耳元にかかるたびにぞくぞくするような電流が背筋を走った。
肉棒だけを視界に収め、指の動きに集中している少女の端正な横顔。長い睫毛が、薄桃に色づくふっくらした唇が、彼女の成熟を示していた。子どもなんかじゃない。女だ。性の盛りに入ったばかりの若い女が傍にいる。指と手のひらで生暖かい管を形作り、男の性器をしごくことのできる女が、幼い少女のわけがなかった。彼女は望み、僕は求めている。問題なんてない。磁石が互いに引き寄せられるのと同じ、自然な流れだ。
涼波と繋がる左手を強く握りしめ、更なる快楽を得るために腰を浮かせて少女の瑞々しい手のひらに肉棒を押しつけた。こみあげてくる。鼓動、股間に集まってくる予感、最後の正気を塗りつぶそうとする寸前、少女の手が、無情にも止まった。
「――っ、あ……」
呆然と、荒い呼吸を繰り返す。
なぜ……どうして……!?
痛いほどに張りつめた性器が怒り狂っている。動かない少女の手のひらに催促した。
早く。続けて。止めないで。
「ね、ね……出そう? これ、出そうってことかな?」
「っは、はあ、は」
「だよね。きっと」
少女は頬を僕の首筋に擦りつけながら艶めかしく息をつく。
「出してほしいけど、出してほしくない……」
「どう、して……」
「男の人って、一回出したらスッキリしちゃうんだよね……? 勿体ないよ、すぐに出しちゃさ。もっと、見たいもん。センパイの気持ちよくなってるとこ。もっと、したいもん」
少女は全身を預け、うっとりとした表情を浮かべながら僕の顔を見つめてくる。僕自身もどうなっているか分からない、追いつめられ、その先へと追いこまれたがっている顔を。
「苦しそうで、嬉しそう。期待してたもんね? 責めてほしかったもんねー? 溜め息なんてついちゃって、嬉しいねー?」
嬉しい。
気が付けば、そう言葉が吐き出されていた。全細胞が訴えている素直な気持ちだった。
涼波はたまらないという顔をして、
「あたしも嬉しい。素直に甘えてくれて、変になりそう。……ううん、なってる。ずるいよセンパイ。そんな顔されたら、おかしくなるって」
息をつまらせながら、溶けた瞳で僕を見上げていた。幾千の言葉を省略し、僕の頬に擦りつけるようなキスをする。
「センパイ……」
熱い唇がこめかみをくすぐり、耳をなぞり、あごを舐める。と思うと荒い息を吐き、僕を見つめ、口付けした。一瞬の接合。火傷するような熱さを感じたと思ったら、もう離れていた。互いに握り合っている左手の指同士がいっそう強く握られた。
涼波は、陸に打ち上げられた魚のように声もなく喘ぎ、救いを求めて僕を見る。攻撃的なまでの渇望が若い肢体を駆け巡っている。出口を求めて暴れ狂い、その矛先は僕の肉棒を掴んでいる右手へと向けられて、待ち望んでいた上下運動へと繋がった。手と指が織りなしているとは思えない間断なき快楽の電流。涎が垂れる。少女が啜る。啜り返す。全てがここにある。
「好き。好き。素直なセンパイ好き。大好き」
「う、あっ」
「センパイは? センパイは? スズのこと、好き?」
「す、きだ。好き。好きだ、よ」
「ホント? ホント? んふ、ふふふっ。スズもね、好きだよ。好き」
言葉だけでは到底伝えきれず、唇だけの粘膜接触だけではもどかしすぎた。生身の肌を擦りつけて、力いっぱい抱きしめたい。衣服が邪魔で、体勢が悪かった。始まる前に脱いでおけば、そして自分が押し倒して向き合う形になっていれば。指と指をいっそう強く絡ませるしかなく、息が詰まりそう。性器がいっそう張りつめる。今度こそ止めてやるものか。股間を突き出し、駆け昇っていく精液に全霊を注ぐ。先端が、爆発した。
「――っ、く、あっ」
びゅる、びゅると止まらない。亀頭が破裂したと本気で思った。
それでも一滴でも多く塗りつけたいと切望し、鈴口から精液を漏らし続けている。後悔はない。本懐を遂げている最中という浮遊感に脳が焼かれていく。
「ん、ん、出して、出して」
涼波は甘く囁きながら額を僕に擦りつける。
あやされるように、僕の緊張もまた、ゆるゆると溶けていった。全身の強張りは抜け、荒げていた呼吸が徐々に収まってくる。二人の間に纏わりついていた熱が部屋に拡散し、どうにか、人心地つくことができた。
喜悦の波が寄せては引いている。
ぼんやりと、間近でつむじが揺れている様を見下ろしていると、ようやく自分たちが違う生き物だと認識できるようになってくる。
涼波は、精液に塗れた手のひらを凝視しながら、ほわあぁと妙な声をあげた。
「すっごい。すっごいね、お兄。……よかった? またしてほしい?」
「また……? またって、ああ、うん……もちろん……」
「そっかぁ。ん、そこまで言うなら……また、したげる。今度ね」
「あ、ああ……」
涼波はやおら立ち上がる。右手を上に向けたまま、「水道、借りるね」と部屋から去っていく。
僕は見送ることもできない。
呆然と目の前の空間を眺めている。
指一本動かす気力も湧かなかった。
だらしなくソファに全身を投げだして、右腕から少女の温もりが消えていくのを名残惜しく感じていた。
涼波が部屋に戻ってくる。
タオルを借りたと言われ、
何か応え、
何か言われた。
足音が離れていき、玄関口で靴を履く気配。
ようやくはっとする。
「……スズ?」
帰る、と言われた気がする。
いけない。
立ち上がり、ぬらついた性器に構わず下着とズボンを履いた。それどころではない。
「待って」
今まさに玄関のドアノブに手をかけようとしていた涼波の背中に声をかける。
「ええと、急に、どうしたの」
「え。その、門限、と言いますか、もう遅いし……?」
「あ、そうか。でも、だったら、送るよ」
「い、いや~、正直言いますと、どんな顔したらいいか分からないって感じでして、はい」
「あ、ああ、そういうことか……」
少し安心した。
何かとんでもない失敗をやらかして愛想を尽かされたのかと思った。
……いや、したと言えばしたのだけれど。
「僕もね、同じだよ。なんて言ったらいいか分からないけど……それでも、送らせてほしい」
「……ん、ん~。分かり、ました」
目が合って、同時に逸らす。
二人の声が「あの」「ねえ」と重なった。
少し笑う。照れくさそうに。
ドアをくぐり抜けて、生ぬるい外気を浴びた。外は既に薄暗い。
全身に心地良い疲れを感じながら、マンションの廊下を連れ添った。ふわりと風が通り抜けていく。
何か言おう。
何を言おう。
歩調を合わせながら色々考えたけれど、結局言葉は出てこない。
「お兄」
「ん?」
「吟味、してる?」
「多分ね」
「なにそれ」
「吟味は半分、混乱が半分」
「あたしもそんな感じかな。お兄の気持ち、ちょっと分かったかも」
「ああ、そりゃね。さっきのはちょっと劇的だったから」
「劇的ですか」
「……ちなみに、一つ聞いていい?」
「だめ!」
涼波はぷいっと顔を背けてしまう。
「聞くのは禁止、禁止です!」
「そっか。じゃあ別の話なんだけど、」
「禁止だってばー!」
「はは」
階段を共に降りていく。
どこか現実感がなく、雲を踏んでいるような心地だった。的を射ない会話を転がしながら、こんな調子のままでも穏やかに居られる自分を不思議に思う。
おそらく彼女のおかげだった。
勢い任せのさっきのことも、調和が崩れたこれからのことも、関係ない。彼女が傍に居るだけで何もかも上手くいくと思えてくる。
彼女はどう思っているんだろうか。
駐車場に辿り着き、ヘルメットを涼波に手渡した。
シートに跨り、二人乗りの形になる。
エンジンをかけた。
「ねえ、スズ」
少しだけ振り返る。
「明日も珈琲飲みに来なよ。待ってるからさ」
ヘルメットが答える。
「うん」
夜の街は、昼間とは別の表情を見せていた。
人通りはまばらで、信号機の明かりだけが静かな交差点を照らしている。
ひっそりと佇む街の景色をヘッドライトで照らしながらアスファルト道を駆けていく。
夜風は少しだけ湿気を含んでいる。夏の到来を告げているようだった。
街路樹の葉がさわさわと揺れる音が気持ちよかった。
「盗んだバイクで走りだす~」
後ろの涼波が唐突に歌い出す。
僕も知っている曲だ。タイミングを合わせ、歌詞を重ねると、少女は負けじと声を張り上げた。
覚えてない箇所は「ららら~」と誤魔化して、どうにか歌い終えると、二人で笑った。
ほどなくして、佐世保鎮守府の正門前に到着する。
エンジンを止めるとあたりは驚くほどに静かだった。
涼波はヘルメットを外して前髪を軽く整える。
「またね」
「うん。また」
一度振り返り、手を振りあう。
少女が建物の角へ消えたのを見届けて、もう一度ヘルメットをかぶる。
再び夜道へとバイクを走らせながら、浮き立つような余韻を胸に秘め、ゆっくりと帰路についた。
ゲームの方では涼波の新水着が実装されましたね。
嬉しくてつい三話分までしかないこの章を投稿してしまった次第です。
というわけで、続きはまだ書けていません。お待ちください。
感想とかこんなシチュエーションいいよねとか書いてくれると喜びます。