『5%』……そんな数字が頭の中で飛び回っていた。
男というのは浅ましい生き物だ。女性と2人きりでいると自分は異性としてどれぐらい好かれているだろうとつい考えてしまう。その女性が好ましく想っている相手ならなおのこと、妄想はさらに下賎にシモの方向へと引っ張られていく。どういうことかと具体的に言語化すれば以下のようになるだろう。
『この女とはどれぐらいの確率でヤれるんだ?』
……とまあ、そんなたぐいの話だ。
この手の下劣な思考回路はまったく男の本能からくるもので、理性や倫理観で抑えつけることは難しい。例え相手が部下であろうとも、歳の離れた少女であろうとも、けして関係を崩したくない心地良い距離感の相手だろうとも、一切関係がないのだ。無意識の狭間からケダモノの呻き声が沸き上がってきてしまう。
『もしかしたら5%ぐらいはヤれる可能性があるかもしれない』
「……」
けしてバレることのないように、心中で息をついた。
こつん、かつんと、2人分の足音がリノリウムの床に反響している。
私と夕雲は、並んで薄暗い廊下を歩いていた。
鎮守府の敷地内の、私の私室へ向かう道のりだ。
さて、いったい何が起こっているのだろう……?
もう夜もすっかり更けたこの時間帯、他の艦娘たちはそれぞれの寮にいるだろう。私の私室のあるこの建物は艦娘たちの寮からは区画そのものが離れており、それこそ部屋に入ってしまえば誰の邪魔も入らなくなる。2人きりになる。そんなことは夕雲だって重々承知のはずだ。
それでも私の部屋に来ると言う。
昼間にはこれはデートだと強調しておいて、その終わり際になったら私の部屋に連れていけと言う。
いったいどういうつもりなのか。
夕雲は相変わらず喋らない。
ハンドバッグの紐を握りしめやや固い表情で歩いている。
……いや、いやいや、そうとは限らない。あるいは相談事でもあるのかもしれないじゃないか。彼女だって私を信頼しているからこそ夜に男の部屋を訪れても平気だと思ったのかもしれない。
……本当にそうか?
夕雲はけして軽はずみな行動はしない。むしろ周囲との調和を優先し、考えを巡らせ先んじて手を打つような性格だ。事実、彼女は何年間も立場をわきまえたけじめある秘書艦として在り続けた実績がある。
今日のこれは気まぐれではない。
意識はしている。絶対に。
『10%ぐらいはヤれるかもしれない』
足を止めた。
固く、目を瞑った。眉間のしわをぐいぐいと揉み解す。
自身のあまりにも下劣な思考回路に嫌気がさした。大人としてあるまじき邪念であり、今日という日まで信頼を育んでくれた彼女に対して失礼極まりない妄想だった。努めて抑えこまなければならない。
「夕雲」
「……はい」
「もう夜も遅い。寮に戻ったほうがいいんじゃないか」
「大丈夫です」
夕雲はまっすぐ前を――私の部屋へ通じるドアを見つめたまま言った。
「今日は外出先の街に泊まるって皆には伝えていますから」
どくん、と。
臍の下あたりに熱が沸いた。
『50%ぐらいはヤれるかもしれない』
部屋に入り、カギを締めた。
狭いワンルームの隅に荷物を置いて、上着をかけるハンガーを渡し、クッションを用意した。
コーヒーと紅茶のどちらがいいか尋ねると、夕雲は私に合わせると答えた。
今は湯を沸かしている。
ケトルからぐつぐつと温度の上がる音が鳴っている。
どうにか平静を装うだけで精いっぱいだった。
一体何が起きている……。
こんなことがあっていいのか。
付き合いの長い間柄とはいえ私室に連れこんだのは初めてだった。
喉の渇きが収まらない。唾を何度も飲みこんだ。
かき乱された思考のまま、紅茶をいれたカップをトレイに2つのせ、部屋に戻ると、少女は私のベッドに腰を掛けていた。
一瞬、呆けてしまう。そうしていれば男がどう思うか分からない夕雲ではないはずなのに。
「……なんだか、緊張しちゃいますね」
「ああ……」
「お仕事でしたら、資材のこととか、遠征のこととか、何も気にせずお話できたのに。実際にこうなるとどうして会話って続かないんでしょうね……」
持ったままだったトレイをテーブルに置いた。
夕雲は私しか見ておらず、私もまた夕雲しか見ていなかった。衝突する寸前の惑星同士のように互いに引き寄せられている。
「キミはもう少し器用だと思っていたよ」
「そう、ですね……。どうしようかなって色々考えていたんですけど、全部、真っ白になってしまって」
「今日は、このために外出に?」
「はい」
「そんな素振りは、全然見えなかったな」
「演じていたつもりはないんですけど、思っていた以上に楽しくて。昔みたいに振舞うこともできるんだなって。でも今は、自分だけど自分ではない……みたいな感覚で」
「どうしたらいいか分からない?」
「はい。さすがにこればっかりは。初めて、ですから」
「キミは、……」
そうか。
いいんだな。
心臓が早鐘を打っている。どくんどくんと血が全身を巡っていく実感があった。
『ヤれる。100%だ』