今日本には、君のような人がとても多い。能力はあるのに自分が無能だと確信し、勝手に劣等感の井戸の底に落ちこんでいるような人たちだ。そして自分の今の位置が、道徳的だなんて馬鹿げた勘違いをしている。こんな勘違いを助長したがるような輩に、決して耳を傾けてはならない。連中は取るに足らない小物だからね。
***
玉波を鎮守府まで送り届けた後、僕は自室に戻ってきた。
正座して、背筋を伸ばし、視線を真っ直ぐに窓の外へ向けている。そのように居住まいを正して真剣に自身と向き合わずにはいられなかった。
昨日までの僕はどうしてああまで消極的だったんだろう?
無難という言葉にしがみつき、年下の少女と接する時でさえ相手からの提案を待っていた。
それはまさしく安全圏からツッコミしかしないライトノベルのラブコメ主人公のような生き様であり、そのような人生などインポでしかないと今なら分かる。
バカだと思われるのがどうしてあんなに嫌だったんだろう?
ウザいと思われるのがどうしてあんなに怖かったんだろう?
男なら、進んでリスクを引き受けるべきだ。
そうできなかったから僕は学生時代、青春の波から振り落とされていたのだ。
今回、玉波と事に及ぶにあたり、僕は素のままではどこかで行き詰まると直感的に分かっていた。何故なら玉波には自らを律しがちな様子があり、僕がリードする必要があったからだ。
ゆえに、意図的に軽薄な男を演じていた。前向きにゴキゲンでいられるかどうかに重きを置いて接していたつもりだ。いわゆるチャラ男、その見習いムーブをして、自分でも痛々しい気雑ったらしさがあるのではと内心冷や冷やしていたけれど、それでも付け焼刃なりにまずまず舌を動かすことができていたと思う。エロができるからと知性が著しく落ちていたことも上手く作用した。
ともかく、そんなふうに演じていたら、思いのほかしっくりきてしまい、こうして事を終えた後も変わらずそのままでいる、というのが今の状態なわけだ。
今の僕は、元の自分というやつを完全に見失っている。
もっとも取り戻したいと思うような自分ではなかったから問題はないのだけど。
「大事なのはこれからだ」
そう呟き、涼波と玉波に想いを巡らせた。
彼女たちは眩いほどの生命力に満ちている。これから先の人生もゴールデンロードを突き進んでいくだろう。僕などはその途中に現れた敷石に過ぎず、彼女らは踏み越えてどんどん高みへ昇りつめていく。
そこに淋しさはない。それが分相応というもので、ちょっと頑張ったぐらいの普通の男など一時的にでも関係を持てただけ上等だろう。
けれど、こうも思う。
例えば十年ほど経った後、彼女らが飲み会の席などで過去に関係を持った男の話をする機会がきたとする。その時に、僕を思い出しながら、「悪い人ではなかった」とか「長所は優しいところかな」と苦笑いされるような男ではいたくない。それは即ち、“どうでもいい男”と評されるも同じだからだ。
ならばいっそ「バカだったけど」「ウザかったけど」という枕詞が付こうとも、「一緒に居て楽しい人だった」と記憶に刻まれる男でいたい。
だから僕は学ぶ必要があった。
現状は独りよがりの付け焼刃。通用しなくなると分かっているなら先達に教えを乞うしかないだろう。この場合の先達とはつまり、僕が密かに敬意を抱いている歴戦のチャラ男のことであり、かつてこの佐世保鎮守府で別の夕雲型の駆逐娘に手をだして呉鎮守府に飛ばされた、軟派の鑑のようなあの男――整備のアイツのことだった。
そう決めた僕の行動は早かった。
スマホの電話帳からかつて同僚だった男の番号を見つけだし、即座にコールをかけた。
@
「――――というわけなんだ。僕はこれからどうしたらいいと思う?」
呉在住の整備のアイツとは一発で通話が繋がった。
僕は挨拶もそこそこに本題に入り、現状を説明した。もちろん涼波と玉波については彼女らのプライバシーと名誉に配慮して、それぞれA子とB美と仮称をつけて話をした。僕の目的が、彼女らと真剣に二股交際をしたいこと、エロ行為も積極的にしていきたいことであるのも包み隠さず伝えた。
するとヤツは、珍しくも戸惑ったのか、『ちょっと待ってくれ……』と前置きをし、しばらく唸ってから、溜め息を電話口から響かせた。
『あのな、色々突っ込みたいところはあっけどさ……。まず俺、チャラ男じゃないから』
「嘘つけ。艦娘を口説いて呉に転籍までさせた男が女タラシじゃなくて何なんだ」
『そりゃ誤解だ。話すと長くなるけど……。あれはな、ええと、なんていうんだ、とにかく遊びじゃないから』
「なるほどね。その本気の姿勢が女の子を夢中にさせるコツってわけか」
『いやだからさ、俺ぁそういう駆け引きのつもりないんだって』
「キミ、今まで彼女は何人いた?」
一瞬の沈黙、
『なんでそんなこと聞くんだよ』
「キミ、覚えてないかもしれないけど、酔った時に過去の彼女エピソードを語ってるんだよ。それが聞く度に違う女性で、こいつはいったい何人と付き合ってきたんだって思ってたんだ」
『……う~ん。そりゃあ、“彼女”の定義にもよるかなぁ』
「そういうことを言える時点でキミは立派なヤリチンだ」
『違ぇ~から~! 色々あるわけよ! 例えばさぁ、妹からの紹介で? 無碍にするわけにいかなくて、「とりあえずお試しでデートとかしてみる?」みたいになったやつとか!』
「ちなみにそのケースだと何回ぐらいデートして、何日ぐらい続いたんだ?」
『……ま、いいじゃねえか、な? そういう話はサ』
「正直に言え」
『確か、大体毎週末で、一ヵ月ちょっと』
「そりゃキミ、付き合ってる彼女って言われてもおかしくないんじゃあないか」
『え~っ、これって彼女のうちに入るの? やっぱ入るのかなぁ……いでで!』
電話口の向こうがばたばたと動く音。
どうやらスマホを落としたらしい。
「なんだ、もしかして誰かいるのか?」
『いや、うん。猫。猫、飼い始めたの。黒い猫。カワイイよ?』
「ふぅん? ああ、そう? 僕はてっきりまた女の子を連れこんでるのかと思った」
『また、って何だよ。人聞きの悪いこと言うな。俺ぁ女の子連れこんだことなんかねーし』
「佐世保ではな。でも大学の寮には連れこんだことあるって言ってただろ」
『あれえっ。それ言ったっけ……いででで~!? ちょ、ちょっ、違うって!』
「うん? なんだよさっきから」
『……いや、うちの猫ちゃんがね、女の子で、ちょっと嫉妬しちゃうんだ。他の女の子の話してるとさ。だからこの話はヤメにしてほしいわけ』
「まあ、いいけど……?」
これが本題ではないし。
僕はヤツのヤリチン疑惑については切り上げてやることにした。
大事なのは相談の方だ。
「それで、僕がA子とB美とゴキゲンな関係を続けるためにすべきことは何だと思う?」
『言っとくが、俺に二股の経験はないからな』
「本当に?」
『本当に』
「本当の本当は?」
『まあ、そうだな。二股の定義にもよるかな~……いたぁい!』
「……」
流石の僕も薄々気付いてきた。
こりゃあもしかしなくても、電話口の向こうに女の子がいるな。
誰だろう。
自称本命の駆逐の子かもしれないし、浮気相手かもしれない。
……いや、浮気相手なら、別に本命がいるとは言わないか。
だとすると、居るのは夕雲型の……ええと、誰だっけ。
黒髪がきれいで、物静かな感じの……姿は浮かぶのに名前が出てこない。その子と僕は勤務帯が合わなくて話をしたことがほとんどない。
まあ、いいか。
涼波と玉波以外にどう思われようと関係ない。そりゃあこの“猫ちゃん”が佐世保の元同僚を心配し、どうにかしたいと動いてしまう可能性はあるけれど、仮名で話しているのだからバレようがない。万が一、目星がついて涼波と玉波に辿り着いてしまったとしても、そうなったらそれまでというだけの話。全てはあの二人自身が判断することだ。
しかし問題がないわけではない。
今、ヤツの横に彼女がいるせいで、この相談が上手く進まなくなってしまうかもしれない。いくら百戦錬磨の軟派男でも彼女が睨みを利かせている状況で二股について真正直に語ることはできないだろう。
となると、次に出てくる言葉は「二股なんてよくないヨ」や「どっちか一人に絞ろうゼ」になってしまう可能性が高い。
ううむ、これはよくない。
機会を改めるべきだろうか。
そう頭を悩ませていたら、電話口から意外な言葉が届けられた。
『俺が思うに、世間体とか常識とかはいったん脇によけて考えたほうがいいんじゃねえか』
「……へえ。それはどうして?」
『だって二人を相手にするって、普通と違うわけだろ? そうなると人間、どうするべきかって考えだすもんだからな。ああしちゃいけない、こうしなきゃダメ。そういう相手をちゃんと見ない態度はマズイだろ』
「そうか。そう言われてみればそうだよな」
『カノジョって友達とは違うけどさぁ、人間の付き合いって意味じゃ同じじゃん? 友達相手に「上手くやろう」なんて思わないだろ? そういう感覚でいいと思うんだよな俺は』
「じゃあ、仮にカノジョが二人になったとしても、それは変わらないと?」
「ああ。友達が二人と思えよ。プラスアルファで“好き”と“エッチしたい”って気持ちが混ざる、って感じで」
「う~~ん」
腑に落ちるような、煙に巻かれているような。
無責任で薄っぺらい気もするし、人間関係の本質を突いているようにも思える。
『要するに、変に構えないで好きにしたらいいんじゃね? ってこと』
気軽に言ってくれる、と思った。
「そうはいっても自分に都合の良いことばかり言ってたら嫌われるだろ?」
『そりゃ当然。友達同士だってそうだろ? でもな、嫌われるかもって遠慮してる友達がいるか?』
「まあ、なあ」
『一緒にゲームしたいもセックスしたいも同じだ。言ってみろよ、「なあ~今日エッチしようぜ~?」って。もちろん言い方は考えろよ? ムードを大事にしたい感じならデートの始めからプラン立てる、みたいに』
「相手は二人いるんだぞ」
『そのA子ちゃんとB美ちゃんは友達なんだろ? だったらいいじゃん。3Pでも誘えば』
「もう誘った」
『おっ』
声を高くして驚く。
『やるじゃん。分かってんじゃん』
「だから直近の問題はそこなんだ。なあ師匠、3Pのコツを教えてくれよ」
『誰が師匠だ。俺に3Pの経験は無い』
「本当は?」
『本当に』
「本当の本当は?」
『本当にねえっつうの!』
「……じゃあ、想像でいいや。キミの好きな子……ええと、」
『早霜』
「その早霜ちゃんと、呉で他に一番いいなって思ってる子と、3Pするってなったら、どんなふうにやる?」
『ああん? そりゃあ難題だなぁ。ちょっと待てよ~、真剣に考える……いだだだだあっ!?』
どうやら猫ちゃんにつねられたらしい。
『……と、とにかくだな。正解を当てることより、そういうのをたくさん考えるのが大事なんだ。女の子の嗅覚はすごいからな。アホなこと言っちまっても色々考えた末なのは分かってくれる。逆をいえば、教本通りにやってたらそれもバレる。でもな、そうしてりゃ大丈夫ってわけでもない。ハズレをすげえ嫌がる子もいる』
「男を値踏みするようなタイプか」
これは少ないともいえるし、多いともいえる。
その分布は育ち方や環境、年齢によってまだらに変わるのだ。
『ま、大丈夫だろ。聞いた感じだとその子らはお前と似たようなもんな気がするし』
「……? どういうこと?」
『付き合ったり、エッチなことだったり、そーいう体験をしてみたいって気持ちが強いんじゃねえかな。ほら、クリスマス需要ってあるじゃん? 知ってる?』
「クリスマスに独り身でいるのが嫌だからって付き合い始めるやつが多いってやつ?」
『それそれ。今はクリスマスじゃないけど、例えば周りで付き合い始めた友達がいたら、少し焦るだろ? そういうやつ』
「そりゃ……キミんとこが原因って話?」
佐世保鎮守府には彼氏持ちの艦娘はいない。僕の知る限りでは。
もしかしたらこっそり男と付き合っている艦娘はいるかもしれないが、それは戦艦や空母といった大人組のはずで、駆逐ではまずいないだろう。
そこに整備員と付き合いだした子が現れたのだから駆逐の世代には衝撃が走ったはずだ。
『なるほど、言われてみればそうかもな。自分もそうなりたいって考える子が現れてもおかしくない。はは、俺らのせいってことか。ウケる』
あるいは、こういう可能性も考えられるのではないか。
近々、佐世保鎮守府に転籍してくるという32駆の少女たち。藤波、早波、浜波――彼女たちの中に、もし彼氏持ちがいたとしたら? それを先日話したというオンライン通話で知ってしまったとしたら?
古株である涼波と玉波は焦るのではないか。恰好がつかないと。
まあそこまで俗世的ではないにせよ、行動のきっかけにはなるかもしれない。
「つまりスズ……A子とB美は、僕と同じようにエッチに興味津々でどうにかしてヤりまくりたいと、そう願っているというわけだな?」
『分からんけど。いや、お前そこまでか。そこまでなのか』
「いいだろ別に。何が普通かとか、正しいとか、そういうヨソからの評価に助けられたことなんて一度もない」
『いいんじゃねえの』
「よし。ともかく、キミのいうやり方でやってみる。やってみたい・してみたいを突き進む方向で」
『あっそう』
「大体掴めてきた。……助かったよ。さすがはヤリチン・ザ・エッチセックスの称号を持つ男。今日からキミのことは師匠と呼ばせてもらう」
『やめろ』
「そこの猫ちゃんにもよろしくって伝えておいてくれ。じゃあまた」
『ああ、待て待て。最後に一つ聞きたいんだけど……お前の言う“青春”って何? よく分からなかった』
「青春は、青春的な行為だろ」
『例えば? 甲子園を目指すとか、望遠鏡担いで天体観測するとか?』
「そんな感じ……かな?」
『で、お前の場合はラヴなわけ? 別に大人でも恋愛とかやるだろ』
「大人のそれと思春期のそれは違う」
『じゃあ思春期みたいな恋やエッチがしたいってこと?』
「……そうかな」
『ふう~ん……。ま、いいや。また何かあったら連絡しろよ。またな。32駆のお二人にもよろしく』
@
『戦いの時は来た』
それは僕が学生時代にプレイしていたゲームの台詞である。
超カッコいい武将が敵襲をかける際に放つ台詞であり、これを僕は受験や入社面接の直前にいつも胸の裡で唱えていた。
つまりは今、そんな気分だった。
僕は戦場にいる。
ラブホテルという名の戦場に。
何故って、もちろん3Pをやるためだ。
始めは自室でヤるつもりだった。けれど同じ場所でヤるのを繰り返すのも怠慢な気がしていて、昨晩電話を終えた時に閃いた。
場所を変えた方が面白くないか、と。
ではどこに行けばもっとドキドキするだろう?
選択肢は少なかった。むしろエロ行為が許容される場所など一つしか思い浮かばない。
もちろん、ラブホテルだ。
天啓を得た心地だった。
なぜなら僕が学生時代にイイ感じの仲のなれた女子とラブホテルに行けるとなったら、絶対に胸がはち切れんばかりに高鳴って頭はそのことだけでいっぱいになっただろうから。彼女たちだってそう思うに違いない。
僕は天からの贈り物を大事に大事に温めて、次の日――つまり今日の昼休み、いつものように珈琲を淹れている最中に現れた涼波に向けて開口一番でぶっ放してみた。
――今日はラブホテルに行こう。
言われた涼波の顔は、まさに豆鉄砲を食らった鳩の様相だった。
――え、え~。どしたの、お兄?
――だって
――そ、れは……いやだって、ら、らぶほですかぁ……。
たじたじに目線を彷徨わせて、耳まで赤くしていた。
――うん。いい、よ……?
俯きがちに呟くその顔は、年相応の初心な乙女そのもので。
――じゃ、じゃあ、玉にも言っとくね。
おずおずと退散していく涼波に手を振りながら、僕は一握りの達成感を得ていた。
ほぅら見ろ。たった一言切りだすだけでよかったんじゃないか。
こんな簡単なことを僕は何年も何年も躊躇って、きっと数えきれないほどの機会を逃してきた。これからは違う。もう違う。
そんな確信を得た僕だったけど、だからといってすぐに変われるわけじゃない。
若く魅力的で好意を持っている女の子を二人同時にラブホテルに呼び出したとなればもう居ても立っても居られない。張り裂けそうな妄想を抱えたまま仕事を終え、今はホテルの一室でぐるぐる歩き回っていた。鏡の前で髪先を整えて、ベッドに座り、立ち上がる。そんなことを繰り返し、もう歯磨きの二回目を終えてしまった。
嗚呼、ホテル!
ホテルに僕は居る。
ラブホテルの一室だ。
こんな日が来るなんて夢にも思っていなかった。
もうすぐ涼波が来る。僕とセックスをするために。
玉波も来る。僕とセックスをするために。
3P!
3Pかぁ~……!
……いや、違う違う。
3Pはしないことになったんだ。
そう、さっきの昼休み、涼波が去ったのと入れ違いにやってきた玉波と話し合い、そう決めたのだった。
彼女も一晩明けて冷静になったのだろう、玉波は申し訳なさそうに「さすがに3人一緒は無理だと思うんです……」と白旗を揚げてきた。
言われてみれば納得しかなかった。
セックスは非日常の行為であり、3Pともなれば極北に位置する。勢いがなければ実行できるものじゃない。まして初めての少女に強いるのはあまりにも酷というものだろう。
それに実際、僕としても助けられた思いだった。
だって下手に無茶をやらかして、ホテルの一室で裸三人、寒々しい沈黙をやり過ごすはめになるなんて想像しただけで恐ろしすぎる。スタートラインを引き直すのは悪いことじゃない。むしろ英断と言えるだろう。誰か言ってくれ。
ただ引き下がるのも癪だったので、「ヤらなくていいからタマもおいでよ」と誘ってみた。というか、それでも渋ったから、壁際に追いつめて耳元で囁いてみた。「来なさい」と強めに。すると玉波は、胸元に小さく拳を添えたまま、僕を見上げ、「はい……」と瞳を潤ませて従った。ふむ、なるほどね。年下の少女に言うことを聞かせるのはとても……イイ。支配欲が満たされるというか、もっと色々従わせたくなってくる。例えば人目のある場所でこっそり痴漢行為をするとかいいんじゃないか。ほどよく抵抗されながらも内心の期待感を見極めてまさぐっていくのが肝要で――
ではなく。
ふう。
こうして妄想に耽っているだけで知性が薄まっていくのを感じる。
とりとめのない思考。抗いようもなく、建て直している時間もない。
涼波が来る。
玉波も来る。
ホテルの部屋内をぐるぐると歩き回るしかない。
腕時計を確かめても分針はさっきからじれったいほど動かない。
どうしたらいい? いや僕はどうしたい?
ぐるぐるぐるぐる歩き続けている。
彼女たちへの想いを己に問うてみた。
まず友情。友愛の感情はどうなっている?
彼女たちを好ましく思う、その気持ちに嘘はない。顔を見たいし声も聴きたい、傍に居たい。だったらその気持ちを心の真ん中においておけばいいのではないか――と友愛を司る僕が言っていた。
しかし股間のバカ息子は痛いほどにいきり立っている。どくんどくんと血流に乗せて全身を性欲色に染めあげようとしている。
性欲の僕は言う。ラブホはセックスをするためだけの場所。もし彼女たちがここに来たら完全なる同意を差し出してきたも同じこと。何をやっても許される。むしゃぶりついて一番奥まで突き挿してやれ。こんなチャンスは二度とないかもしれないぞ。
だが理性が警鐘を鳴らしている。
それが大人のやることか? 猿のような振る舞いは彼女たちを幻滅させるぞ。見栄をなくした大人なんてゴミクズだ。年上の彼氏を気取るならちゃんと夢を見せてやれ。
――ピンポーン。
振り返る。
ドア。
インターホンが鳴った。
どくんどくんと胸を突き破ろうとする心臓を抑え、ドアの前に立つ。覗き穴に顔を近付けた。警官が立っていたらどうしよう、なんて恐怖は一瞬で吹き飛んだ。よく知っている美少女が立っていた。
涼波――
ラフなキャップを被り、そわそわと前髪をいじっている。
ドアノブを握り、開けた。
向こう側の空間で涼波がぱあっと顔を輝かせた。
「あ、あ~! 良かったぁ。知らないおじさんが居たらどうしようかと思ったぁ」
歓迎されている。それだけの事実がこうも嬉しい。
涼波は人目を気にしてさっと部屋に飛びこんでくる。いそいそとスリッパに履き替えながら教えてくれた。玉波は時間をズラして来るらしい。
確かにそうする他ないだろう。だって女の子二人が一緒にラブホテルに来たら受付のおばちゃんが変に思うから。
「それにしても……」
「な、なに?」
「すごく、すごく似合ってる。こんな可愛い子は僕の人生にいなかった」
「お、大げさだなぁ。あはは……。あ、ありがと」
この服、こないだ玉と一緒に選んだんだ……と照れる涼波は、まるでテレビドラマの中から飛び出してきたヒロインのようだった。
トップスは大きめのゆったりした白のTシャツで、緩めの裾がそこから覗く二の腕と腰の細さを強調している。ボトムスは切り詰めたホットパンツ。ぴったりとお尻の形にフィットして、いっそ水着か下着のよう。そこからカモシカのような太腿がすらりと伸びている。つるりとした膝がこれでもかとティーンの若々しさをアピールしている。頭にかぶったキャップは一見ボーイッシュ系のまとまりを見せているようだが、ショルダーバッグの紐が豊かな双丘を斜めに抑えつけてその膨らみを際立たせているせいであまりにもエッチすぎていた。
唾を吞む。
雑誌に載ってる女の子でもこんなに可愛くないぞ。実は艦娘ってアイドルやモデルだったんじゃないか? このお出掛けを楽しみたい女子感がまさに青春そのものの輝きで本当にありがとうございましたって感じだ。あっでもこんな抜群に男の目を引く恰好で街中を歩いてきたなんて危なすぎるから後でダメって言っておかなきゃいけないな。
互いの恰好について軽くやり取りをする。互いにぎこちなくなってしまい、微妙に牽制の空気が漂ってきた。
僕らはこれからヤる。そのことがどうしても頭にチラついて仕方ない。
「あ、あ~れえ? これなぁに? ベッドに変なボタンついてる」
「照明の色合いを変えたり、音楽流したりするやつ」
「ん。色合いって?」
「ほら、ムードを出すためにさ。こんなふうにセッティングするんだよ」
「わっ、なにこれ~!? 部屋が真っピンク!」
「こうやると……青で幻想的な感じだね。海の中みたいだ。こうやると……うん、大人っぽい落ち着いた雰囲気になる」
「へーえ……。すごいね。やっぱりここって本気でそういうお店なんだぁ」
ぽすん、とベッドに涼波はお尻を乗せた。
どこか落ち着かない様子に見える。
「緊張してる? ってしてるよな」
「うん……。ここに来てちょっとドキドキしてきた、かも」
僕は操作パネルをいじって室内音楽を鳴らしてみる。
ピアノ、クラシック、ジャズ、ムード系……。
どれもかえって“その空気感”を出してしまう。だが、と思う。この非日常感が意識を狂わせてくれる。
涼波の隣に座った。
ぴくりと震えた少女を見下ろすと無防備な上目遣いとぶつかった。
いける。心臓の鼓動が言っていた。僕のDNAに刻まれた雄としての本能が押し倒すべき時が来たと叫んでいた。
僕の顔を見た涼波の細い喉がこくりと上下した。半開きの唇の間から紅色の舌が震えているのが見える。少女の顔に捕食される者特有の諦観が浮かぶ。彼女はこれからどうされるのかを知っている。祈るしかない絶望に似た悦び。限界まで勃起した逸物を押しつけられながら今、押し倒され、柔らかくベッドに縫い留められ、このまま男の形を覚えさせられてしまうんだ、と健気にシーツを掴み――
何か、言った。
「……た、玉、来たから」
「え?」
「玉、来てる……インターホン……」
組み敷かれた涼波が蚊の鳴くような声で言う。
――玉波が来た?
振り向けば、インターホンが鳴っていた。
「あ、ああ」
すぐ下には逃げられない女がいるのに。
滑らかな鎖骨のラインから放たれる誘惑は強烈で、視線を引き剥がすのに意思を振り絞る必要があった。どうにか身を起こし、ベッドから降りる。後ろ髪を引かれる思いで身なりを整えた。
挿れたかった。頭も肉棒もそう言っていた。
ズボンのチャックを閉じながらふらふらとドアへ向かう。
覗き穴の向こうには、魚眼レンズの形に拡大された玉波の顔があった。
可愛い。綺麗だ。でもこの瞬間だけは来てほしくなかった。自分で呼んだくせに本気でそう思う。意識を切り換えられないままドアを開けた。
「うっ!?」
そこに立っていたのは妖精に違いない。
ある種の幻想。鮮やかな青に染められた空を緩やかに雲が流れていく様が見えるよう。夏の爽やかな空気を心地よく感じながら見晴らしの良い堤防に隣立ち、広い空を見上げている光景が瞼に浮かぶ。まだ見ぬ未来に夢を描く少女とともに過ごした日々の想い出が駆け抜けていく。
くらり、とたたらを踏んだ。
玉波の装いがあまりにも眩しかった。
爽やかな水色のキャミソールに、白い薄手のカーディガン。下は透かし編みのフレアロングスカート。露出を抑え、楚々とした雰囲気を最大限表現している。派手さは抑えながらも可愛く見られたいという健気さが匂い立つ。太陽と四季折々の花の香り。観光地を二人談笑しながら巡る優雅な一日に相応しい大人っぽさと、少し背伸びしたであろう微笑ましさが同居する逸品であった。
「超絶可愛い……」
魂の呟きが漏れていた。
見栄など彼方へ飛んでいってしまう。ただただ芯からの想いが零れ落ちている。
かつて僕が少年時代に持っていたであろう大切な何か、その本質をその前の少女から感じ取っていた。言語化などできない。だからこそ知りたい。離したくない。けれど一歩でも近寄ってしまえば霧となって消えてしまう気がする。
玉波はどことなく緊張の面持ちで入室してくる。
ドアが閉まると、はにかみ、ふぅと息をつく。
僕は混乱したまま、何に対して衝撃を受けているのかも分からない。
夢でも見ている心地だ。
何かが記憶の奥底から蘇ってくる感覚があった。判然としない。まだ純粋に異性を好きになることができていたあの頃。繰り返し聴いたお気に入りのボーカルのフレーズ。居間から漂ってくる母親の料理の匂い。無秩序に湧きあがってくる。
やってきたばかりの美少女は、派手な原色に染めあげられた部屋の様相に唖然としていた。
中央に鎮座する大きすぎるベッド。その上に座る者を余さず映す巨大な鏡。丸見えのガラスに仕切られただけのシャワー室。不自然な世界観に圧倒されている。
友達の少女が近寄って何事か囁いた。くすりと微笑み、仲睦まじく脇を突いたり、反撃でイケメン顔をして迫るフリをしたりとイチャついている。並んでベッドに座り、ふざけ合っている様子を見ていると、胸の奥を握りしめられるよう。一方で、この流れに乗れば本番に持ちこめるぞと機会を窺ってもいる。
「そうか……。そういうことだったんだな」
無邪気な少女たちの戯れの中に、光を見た。けして手の届かない光を。
僕は目を細めて眺めた。
自分が欲しかったもの。それは青春ではなかった。無責任に根拠なく自分の可能性を信じ切ることができていた、あの輝かしくも自由だった自分に戻りたかっただけだ。
けれどそんなことは大人となった今はできやしない。
あの頃と同じ豊かな感性を持ち合わせた彼女たちと混ざって遊ぼうと純真無垢にはなれないし、好かれようと好きになろうと失われた時間を取り戻すことなどできない。自分の青春は始まることなく終わってしまったのだと、そんな当たり前のことを、ようやく認めた。
だがまあ、それはそれ。
切り替えていけるのが大人の強みというやつでして。
ベッドできゃっきゃと絡み合う美少女二人を眺めながら思う。
すごく……エロすぎやしませんか!
「あっ、涼?」
「ふふ。こ~んな張りきった格好してきちゃってさぁ」
ダブルベッドの上で涼波は、いつの間にか玉波の背後をとる格好になっていた。両腕ごと上半身を抑えこみ、艶めかしい両脚を蛸のように絡ませ、固定したと思ったら、両脚をゆっくりと開いていく。すると当然、玉波の脚も開いていくわけで――
「すっ、涼!?」
清楚なロングスカートの下で股が開かれていくのが分かる。純真無垢なはずの妖精が煽情的なポーズを強いられている様に心臓がどくんと高鳴った。
見てはいけない。でも見たい。
涼波は僕の期待に応えるようにフリーの左腕を玉波の下半身へ伸ばしていく。スカートの裾が摘ままれて、ゆっくりと持ち上げられる。
あまりにも眩しい、目が灼かれてしまうほど白い太腿が晒される。
「うおおおっ!?」
禁忌の生足だった。
きた。きた。この時がきた。
友愛、性欲、理性を司る脳内の僕たちが揃ってスタンディングオベーションになっていた。全ての僕たちは一様に拳を握りしめ、玉波の眩しく滑らかな太腿を目に焼きつけんと前のめりになっている。勿論肉体の器である僕自身もそうなっていたし、なんなら飛びついて頬擦りしてその感触を味わいながら鼻奥にスウィートの香りを刻みつけたくてしょうがない。
こんなの、こんなのアルティメットちんちん勃起するっ!
「ほらぁ、下着も気合入ってる。見てよお兄、えっちじゃない?」
「こ、こらっ、涼! 怒りますよ! 今日は私は見てるだけって……!」
「えー。玉だってそういうつもりあるでしょ? こんなに頑張ってるなら譲ってあげなきゃね」
「あっ、もしかして……涼! 怖気づいたのね!? そうでしょう!?」
「ソンナコトナイヨ。玉のためさ!」
無防備に股間を晒したままもがく玉波は捕らわれた蝶のようだった。
レースが施された凝ったショーツが僕を誘っていた。どう考えても男を欲情させるために履いてきたとしか思えず、ならば脱がさずに帰していいわけがない。染色体XYの矜持にかけて彼女を犯す。犯さずにはいられない。僕はせわしなくズボンのジッパーに指をかけていく。
カチャカチャ……ジー
ぶるんっ
「ひっ」
チンコが痛い。あまりにも勃起しすぎてジンジンする。
先走りも出ている。中学生以来の全霊勃起。それを慄き見つめる玉波の表情にまた興奮する。早く早くと硬度が高まっていき、このままでは暴発しかねない。
「タマ。キミは悪い子だ。悪い子にはおしおきしなくっちゃあいけない」
「え、え? ほ、本気でこのままするつもりですか? だって今日は涼の番だって……」
「ダメだ。キミとしたい。そう思わせたのはキミだ。キミが悪い。だから」
下着を指をかけ、するすると下ろしていく。
「~~っ」
顕わになる。穢れのない真っ白な性器。ぷくりとした恥丘。
最後の理性でベッドに備え付けられたコンドームの袋を破き、装着する。
玉波が何か言っている。構わない。肉棒の先端をあてがって角度を調整する。後はもう腰を押し進めるだけ。極上の太腿をがっしりと抱え込み、ずぶずぶと前のめりに体重を預けた。
「……っ……ぅ、ぁ、ふぅぅッ……」
玉波を大切に想い、汚してはならないと想う。
想いながら、裏切り、快楽に耽る。格別の達成感があった。