【前回のあらすじ】
こんなおバカな世界でも、たまにはいいお話や感動的なお話も存在する。そんなわけで、良かったね、ホシノ。で、今回は?
------------------------
——暗闇の中。そこに一人いるのは、『黒服』であった。目の前にぼんやり浮かぶのは、ミニチュアのように見える、小さなキヴォトス。
「クックック……。とうとうアクセスすることが出来ましたよ、『メインストーリー』……。これも全て、『先生』との交友のおかげ。やはり彼には、感謝しないといけませんね」
そこに黒服の言葉を聞く者は誰も居ない。しかし、黒服は気にしない風だ。目の前のミニチュアのキヴォトス——よく見るとそれは、少しずつ違ったキヴォトスが重なり合ったものだとわかる——を眺めながら、言葉を続ける。
「『メインストーリー』……なるほど確かに、これはキヴォトスに属する全ての者にとって、知ってはいけないものです。と同時に、知る意味など何もない。自らの行動の参考程度にはなるでしょうが……。通常の『ブルーアーカイブ』ならいざ知らず、『最終編』の終わりに「終着点」を設定されたこの『ブルーアーカイブ』においては、どんな過程をたどろうと全ての結果は既に決まってしまっている。それは、「運命」や「未来」などという、「物語」の中でなら変えることも可能なものとは、全く違う話です。「終着点」とはこの世界を、三次元空間に時間軸を足して四次元的な解釈をした時の、時間軸上の片方の端にしか過ぎないのですから。本で例えるなら、最後のページでしょう。そのページ自体を燃やしたり破いたりすることは不可能です。そんなことをすれば、この例えで言えば、それは「本」ではなくなってしまいますから。しかし、「終着点」を決め、そこで『メインストーリー』をその先から切り取ってしまうとは、何とも興味深い……。通常の『ブルーアーカイブ』は例外なく、『キヴォトスの外』から『シャーレの先生』がやってきて、失踪した『連邦生徒会長』から与えられた『シッテムの箱』を手にするところを「始点」とします。ですが、ゲームがサービス終了しない限り、本来「終着点」は存在しないはずです。確かにこの世界の時間軸上で「終着点」と定められた地点は、「第一部」の終わりとも言える一つの区切りではあります。しかし、だからといってそこで強制的に物語を終えてしまうとは……。いや、どうやったのかはある程度の推測は出来ますがね。クックック……」
そこで黒服は、言葉を止め、誰かの声を待つかのように黙ってしまった……が、少ししてまた言葉を続けた。
「全ては既に決定されています。例えば、『ティーパーティー』の『百合園セイア』の予言は当たらない。というより、『先生』と生徒たちによって、「未来」は確実に変えられてしまう。「予言が外れ、『エデン条約編』の物語がその先へ続くこと」自体が『物語』の中で決められているからです。少なくとも、『メインストーリー』の通りにイベントが発生したとすれば、最終的にはそうなるはずです。『ベアトリーチェ』の計画はどうやっても頓挫しますし、私も『メインストーリー』を事前に知っていたとしても、キヴォトス最高の「神秘」である小鳥遊ホシノを手に入れることは絶対に出来なかった。でなければ、物語のその先の展開に支障をきたしますからね。そうでしょう?」
そこで黒服はまた言葉を切った。しかし、応える者は誰も居ない。
「……とはいえ、それももはや意味のないことかもしれませんね。『キヴォトス』は既に、『メインストーリー』からは大きく外れている。そもそも発生しないイベントの方が多いでしょう。そして、新たに生まれたストーリーもある。私がこうやって『メインストーリー』を発見し、世界の全貌を語る「物語」はさしずめ……『サイドストーリー』と言ったところでしょうか」
黒服は、ミニチュアのキヴォトスに目を移す。それから視線を虚空へと向ける。その方向には、暗闇以外何もない。
「「この世界」は何も改変されてなどいない。『キヴォトス』も、ある意味ではそれと同じく、何も変わってはいないと言えます。ただ『メインストーリー』という「物語」が、『彼』を主人公とした「物語」へ書き換えられているだけです。別の表現をすれば、我々は『メインストーリー』という虚ろな「道」ではなく、時間軸に沿って他の「道」を歩んでいるだけです。どちらの解釈であっても、「世界」そのものが変化したわけではない。そもそもそれ自体は、変化することなど不可能なのですから。失踪したはずの『連邦生徒会長』は、今も実在していないはずです。「概念として」などという抜け道は考えられますがね……。実在の人物として居るはずの場面以外なら、居るように記述すれば十分です。必要な時には、「連邦生徒会長の指示で〜」、「連邦生徒会長の許可が〜」とでも書けば良い。どこかで無理な辻褄合わせはしているのでしょうが……。しかしそれだけでも、多くの好ましくないイベントの発生を抑えられたでしょうね。混乱し、腰の重いままの『連邦生徒会』を、『シャーレの先生』の求めに応じて素早く対応させるだけで。例えばアビドスの一件。私がどうやっても小鳥遊ホシノの身柄を確保出来なかったのは、『連邦生徒会』の素早い介入が原因だったはずです。『彼』の友人となり、既に自分の意思で行動することが出来た私には関係のない話ですがね。クックック……」
黒服は、少し大きめの箱を取り出した。箱には、五名ほどの美少女キャラが描かれている。
「彼が教えてくれた、アダルトゲームというジャンル——この呼び名は品がないので好きではないのですが……いわゆる『エロゲー』。とても興味深いジャンルです。他の物語にはない、独特な構造……。「エロゲー」の物語は全て、「ヒロイン」とのセックスシーンへと集約され、そこに至るまでの全ての物語はセックスシーンから逆算されます。基本的にはノベル系ADVに限っての話ですが……例えば「ツンデレヒロイン」は、そのキャラとのセックスシーンをクライマックスとして、逆算してイベントや過去が設定されます。『ツン』から『デレ』るイベント、そのキャラが「ツンデレ」になるまでの過去設定……。この構造は、戦闘シーンをクライマックスとする、『ロボットアニメ』や『時代劇』の物語の様式美に通じるものがあります。一般的なイメージに反し、非常に高度な技術によって描かれる、それらの物語……」
黒服は箱をしまった。
「そして、この『ブルーアーカイブ』の「物語」は、いわば『R-18版ブルーアーカイブ』とでも呼ぶべき「物語」へと変わりつつある。『学園と青春のRPGの物語』は、『学園と青春のエロゲーの物語』へ変化した。『彼』をとりまく全ての物語は、ヒロインとのセックスシーンから逆算され、それに合わせて「都合のいい」改変が行われます。あるいはその改変は、過去に遡るものさえあるかもしれません。「終着点」を設定することによって、『メインストーリー』の続きから独立したこの『ブルーアーカイブ』においては、時間軸を前後して辻褄を合わせることも容易でしょうから。あるいは、それが目的だったのでしょうか? …………」
黒服は言葉を切り……しばらくの沈黙の後、キョロキョロと周りを見渡した。少し不審者っぽい。
「…………。例えば……いざという時にコンドームを持っていなければ、「偶然」持っていたことにするとか。クックック……。彼に言ったら「このエロゲー脳が」などと馬鹿にされそうですね。非常に不本意ですがね。クックック……。…………。…………」
そして黒服は、返事のないこの空間に苛立つように、少し言葉を荒げて言った。
「まだだんまりを決め込むつもりですか? 聞いているのでしょう? いや、読んでいるのでしょう? 「画面」の外から。『前任者』……『彼』にならってこう呼びましょうか、『前の先生』。それとも、「そちらの世界」から私へ意思を伝える手段がない? あなたは少なくとも、こうして『メインストーリー』を俯瞰することが出来る私を必要としているはずです。何故なら、この『ブルーアーカイブ』の中に属する存在ではあっても、『キヴォトスの外』に属する存在と設定された中間の存在、私たち『ゲマトリア』に対しては、直接干渉することが出来ないはずだからです! 『彼』の世界を守るためには、『ゲマトリア』を動かす事のできる私のような存在を必要とするはず! 何故、答えない? 何故? 何故です? ——」
突如として、黒服に不可思議なメッセージが伝わった。それは言葉ではなく、いくつもの意味を一つにした、何とも形容しがたい特殊な伝わり方をしたが……
【はじめまして、黒服】
【ごめんね、つけっぱなしのまま放置してた】
【後でログ読んでおくから、またね】
あんまりな内容に、黒服は一気に脱力した。
「わかりました……。ずっと聞いていると思って喋っていた私が馬鹿みたいですが……。まあ、後で読むならそれでいいでしょう。とうとう、この世界より上位の存在と接触出来たのは事実ですしね……。クックック……」
そこでふと、黒服の脳裏に一つの考えが浮かんだ。
——この、会話していていきなり脱力するような雰囲気、どこか似ている……? まさか、『前の先生』の正体とは……? だとしたら『彼』とどんな関係の……? ……いや、何にしても今出せる答えではありませんね……。
「……クックック。私の本質は「探究」。所詮は『キヴォトス』の中に属する『神秘』や『恐怖』などに、もはや興味はありません。いつか教えてもらいますよ、『前の先生』。世界が『彼』を必要としていなかったにも関わらず、『彼』をこの世界に呼び寄せた理由、既に二度も「そちら」へ帰還しそうになった『彼』を、いまだにこの世界に縛り付ける理由、『十六夜ノノミ』が「メインヒロイン」となった理由、そして、そもそも『彼』にとっての真の自由とは何なのか? クックック……それを知るまでの間は、私も守らせてもらうとしましょう、『彼』の望む「世界」を、彼の望む「物語」を」
と、黒服がそこまで独白した時だった。
【ありがとう】
【友達想いだね、黒服は】
【ツンデレだね、黒服は】
「後でログで読むのではなかったのですか⁉︎ そして、私はツンデレではありませんが⁉︎」
彼の顔が照れで赤くなった……かどうかは定かではないが、思いっきり慌てるその姿が、彼の本質が何かを雄弁に物語っていた。
「私はあくまで、探究心のために……!」
黒服の必死の反論がむなしく響く。
そんなわけで、今日もこのブルアカ世界は平和である。