※この作品はR-18です。

MEIGA〜雌姫たちとの日々〜   作:ハルカ

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とりあえずは、書いていきます。


第1話 夜闇の瑠璃騎士

夜。

 

誰もが寝静まり、車の数すらも疎らになった夜の街。

街灯の光すらも届かない闇の中に、ソレの姿はあった。

 

人の形を保っていながら、その頭部や手足は獰猛な獣のように鋭く揺らめいている。血糊が飛び散った地面には、惨殺されたであろう中年男性の肉塊が転がっていた。

 

異形が瞳をギラつかせ、より多くの人々がいる方へと意識を移す。もっとこの快感を味わいたい。肉を裂き、骨を断ちながら悲鳴を聞きたい。

下卑た、悪辣なる欲望に支配された意識には自制心など存在しない。

壁を鉤爪でなぞり、抉りながら吐息で湯気をたたせる。上には、見られないようにと言われていたが関係なかった。

 

思えば、この力を手に入れてから、僅かばかり残っていた自制心も効かなくなった気がする。仕事への熱量や倫理観は消え去っていた。

強く残った殺害欲に全てが切り替わり、今夜にでも町の人間を皆殺しにしたかった。

いや、それだけでは物足りない。肉を引き裂き、血を飲み干す前に軽く弄ぶのも一興かもしれない。乳房を喰らい、股座に爪をつき立てれば、どんな啼き声をあげるのか。

 

妄想をするだけで全身が沸き立ち、爪と牙はさらに血を求めてうねりを上げた。一歩、また一歩と光の中へ近づいていく異形だったが、その歩みは道を塞ぐ人影によって止められた。

 

「火を見るより明らか……ってえのはこういうことだな」

 

暗い色合いのコートに、フードで顔を隠した人影がつぶやく。低い声は男性のもので、青年と少年の挾間にいるものだった。

しかし、その中でも最も目を引いたのは、腰に下げられた黒鞘の打刀だった。

長さにして二尺四寸と言った具合のそれは、現代社会では許されない代物。斬り捨て屠る、命狩りの凶器だ。

だと言うのに、青年の佇まいはしゃんとしており、それがあることによって調和しているような、そんな全てが噛み合っていた。

 

『キサマ……マカイキシか……?』

 

それは人の言葉ではなかった。

ノイズがかかり、低く獣のような唸りが混ざっている。本来ならば解読はおろか、聞き取ることも難しい獣の言語。

だとしても青年には異形が何を言っているのか理解出来た。

それは彼がそういうものだからだ。

そう言った輩を相手にし、討滅することを生業とすることが、魔戒騎士という存在だからだ。

 

「ご明察。アンタは、ホ(・)ラ(・)ー(・)だろ?」

 

侮ったような口調。しかし油断は無い不敵な笑み。

それを受けた異形の存在、ホラーは獰猛な歯を食いしばり、その爪をギラつかせた。眼前に現れた敵を狩らなければいけない。その本能によってのみ生きているのだ。

魔戒騎士はそれをせせら笑う。喉の奥で鳴るような独特な笑い声が溢れれば、フードの奥で紫紺の瞳が揺らめいた。

 

「唸ってねえでかかってこい、クソッタレ」

 

ホラーが駆ける。

辛うじて保っていた人の皮が消え去れば、内より獣の様相が闇の中に晒された。醜く、怯えと恐怖を齎す異形の存在は、全身から死肉の異臭を纏っていた。一体どれだけの人間を殺し、貪ってきたのだろうか。

 

爪を突き立て、命を狩り取ろうとする襲撃を紙一重で避け、弾きながら掌底を叩き込む。体躯以上の威力を受けたホラーが後退れば、そこへ一息の間に五連続の正拳突きが放たれる。

人体の急所を的確にとらえ、岩をも粉砕する撃鉄の拳が鈍い音を鳴らしながらホラーを追い詰める。

 

「ッ、硬えな流石に……」

 

しかし仕留めるには至らない。

拳に鈍い痛みが響き、不用意ながら悪辣な笑みを浮かべるホラーの間合いに入り込んでしまった事に舌打ちをする。

爪がうねり、触手のように気味悪く蠢きは命を奪おうと襲ってきた。命を狩るための凶刃。ホラーもそれで終わると思ったのだろう。

 

「甘いって、本当に……!」

 

ソレを避け、いなし、コートを翻して絡めとった青年が、腰に佩いていた打刀を抜き放つ。

襲い来る爪牙を受け止めれば、角度をつけて地面へと流す。

そのまま伸びた触手を断ち切り、空いた拳をホラーの腹部へと叩き込んでよろけさせた。

まだ浅い、と言わんばかりに踏み込めば、数珠繋ぎのような連撃が反抗する暇も潰していった。

 

『ギッ、ギャギィィッ!』

 

鋭い剣閃に触手が断たれ、爪が斬り捨てられる。

どす黒い血しぶきが上がり、ホラーが絶叫する。魔戒騎士が血糊を払えば、口元に獰猛な笑みを浮かべながら打刀を構えた。

そして踏み込む。身を低くして刃を放てば、ホラーが苦し紛れに振るってきた爪を弾き、触手を斬り捨て一気に間合いを詰めた。

 

「遅いぞ、ホラー!」

 

魔戒騎士が吠える。

下段の斬り上げから繋がる三連撃がホラーを斬り裂き、消滅へと追い込んでいく。その剣戟は洗練されており、並大抵の剣士では、そもそも並のホラー程度では防げるわけもなかった。

爪で防ごうとしても、魔戒剣で絡め取られあらぬ方向へと弾かれた。近づこうにも剣先が身を削り、距離を取ろうと下がれば踏み込まれて触手を刻まれる。

間合いを支配され、思うままに動く事は出来ず、反撃すれば返しの刃に斬りこまれる。

 

『クソッ、クソッ、クソォッッ!』

 

ホラーが叫ぶ。

悲痛で情けない叫びだった。

ビルを伝い、建物の間を縫いながら逃げ惑う様からは、出現時の恐ろしさを一切見ることが出来ない。与える側が恐怖を抱き、消滅に怯える下賎な獣へと成り下がっていた。

 

「逃がすと思うか?」

 

だからこそ魔戒騎士は追撃をしかけた。コートを翻し跳躍し、壁を駆けながらホラーの頭上を取る。月明かりを背にしながら醜い顔面を蹴り飛ばし、跳躍した反動で降りかかる爪を弾く。

捻りながら魔戒剣を構える。

上段の袈裟斬りが胸板を裂き、落下とともに襟首を掴んで地面へと叩きつけた。

 

『グッ……ギッ、ガァァ……』

 

「さ、て、さて、さぁて……」

 

地面に転がり、無様に睨みつけてくるホラーへ背中越しに告げる。

魔戒騎士の青年は打刀を、騎士の証である魔戒剣で虚空に〆の字を描くように振るいながらホラーへと向き直った。

 

刃の軌跡が光を放ち、この世と魔界が繋がる。

罅割れた空間から現れたのは、夜闇によく似た、しかし全く異なる瑠璃色の鋼だった。

人の形を取ったソレが青年へと噛みつき、喰らうように纏われれば、光を切り裂いて顕現した。

 

『灰燼騎士ー冥牙ー』

 

兜の中で、低く唸るような名乗りが響いた。

青年は、狼によく似た瑠璃色の鎧を纏い、刀身が分厚くなった魔戒剣で車の構えをとる。

闘気がホラーの肌を指し、闘争ではなく逃走を選ばせようとしてくるが、その判断すらも遅すぎた。

 

瑠璃色の狼が駆ける。

打刀は大太刀へと姿を変え、振るわれた銀の軌跡がホラーの触手を斬り裂いていった。一呼吸のうちに放たれた刃が残った爪牙が斬り飛ばされ、最期の一太刀が放たれる。

 

『オ、オレハ、マダ、マダァ!』

 

ホラーが背を向け逃げ惑おうとする。もっと人を殺し、喰らい、力を手に入れて思うままに生きていきたかった。だのに、どしてこうも追い立てられてしまうのだろう。

その答えを冥牙が答えることはない。逃げようとする脚を断ち、首根っこを掴んで宙へと放り投げると、落ちてくるホラーへ刃を突き立てた。

 

『幕引きだ、アンコールはねえよ』

 

駆ける狼の大太刀が横薙ぎに一閃、袈裟懸けに二閃目が放たれホラーを両断する。どす黒い血の雨が降り注ぎ、地に落ちるよりも先に冥牙の鎧が纏う熱で蒸発していく。

冥牙の宣言通り、歪で醜い獣が魅せ、魅入られた演目は終りを告げ、底の見えない深い闇へと消えていった。

 

十秒にも満たない死闘が繰り広げられた後、鎧は役目を終えて何処かへ消え去る。フードが外れれば、青年が月明かりの元にその顔を表した。

精悍で、どこか不敵さを宿した端正な素顔。

もしかしたら、未だ成人すらしていないのかもしれない。そんな幼さを宿した彼は、魔戒剣に乗った血糊を払い、その身にやどる闘争の熱に息を吐く。

 

「さっ、てと……報告して……帰るか」

 

欲求不満げに表情を曇らせ、魔戒剣をクルリと回し鞘へと収めた。

人を脅かし、幾度となく現れる魔獣、ホラー。

それを狩る魔戒騎士の一人である青年。

 

その表情には、どうしようもない憂いが、隠しきれないほど纏わりついているのだった。

 

**********

 

「よくやってくれました。灰燼騎士冥牙……蒼崎灯(あかし)」

 

番犬所。魔戒騎士たちが指令を受け、報告をする場所でもある。冥牙と呼ばれた青年が所属するこの街を管轄するのは、声をかけてきた神官だ。顔を見ることも、声から性別を判断することも出来ないナニカ。

一部では超常の存在であると言う噂まである。

 

「いえ……任務ですんで……もういいですか?」

 

「貴様、神官様に向かってなんという態度だ!」

 

面倒くさそうに溜息をつく騎士、灯へと怒声が叩きつけられる。

姿を見せない神官を警護する騎士のものだ。普段から態度の悪い灯を気に入らないのだろう。今すぐにでも構えている魔戒槍で射抜かんばかりの気迫だ。

 

「しょうがないでしょう……面倒なもんは面倒なんですから……」

 

「たかが騎士風情が……思い上がるのも大概に」

 

言いかけた所で、シャンッ、と鈴の音が響いた。ヴェールに隠れた神官が打ち鳴らした音色だ。

騎士も灯も思わず身を正し、息を呑んでしまうような神聖さを纏ったソレは、神官が持つ特有の力故なのだろう。

 

「良いのです。灯には、無理を言いすぎていますから。今夜は、彼(・)女(・)も帰ってきますので、ゆっくり休んでください」

 

「……御意」

 

黙らせられた騎士は何も言わず、灯も一言だけ零してから番犬所を後にする。神官の持つ不気味さと、役所特有の堅苦しさに辟易としながらも、その足取りは来るときに比べて一気に軽いものへとなっていた。

先の言葉が本当ならば、パートナーである魔戒法師が里帰りから戻ってくる。もう拠点にいるのだろうか。

まるで恋する乙女のように、彼女の帰りを待ちのぞみ、そして嬉しく思っている。

鼻歌混じりに歩みを進め、夜闇の支配する街を行く。

 

今夜ばかりは、これ以上ホラーの姿が見えないことを切に、本当に切に願っていたのだった。




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