※この作品はR-18です。

⭐️痴漢掲示板 狩られる女たち⭐️痴漢小説❤️短編集 イラスト付き有り   作:みなぽん

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欲望の器 朝倉 美咲16歳

プロローグ

 

朝の電車は、いつも同じ匂いがした。

 

湿ったスーツ。缶コーヒー。香水。整髪料。そして、眠気を無理やり押し込めた人間たちの疲れた息。

 

高校二年生の朝倉美咲は、吊り革につかまりながら、その空間を心底嫌悪していた。

 

車窓に映る自分は十六歳。制服姿の少女。

 

その周りを囲むのは、何十人もの大人たち。

 

「……気持ち悪い。」

 

心の中だけで呟く。

 

口に出したことは一度もない。

 

けれど、その言葉は毎朝、胸の奥で何十回も繰り返される。

 

目の前の男はスマートフォンで株価を見ている。

 

どうせ会社では上司に頭を下げ、家ではテレビを見ながら酒を飲み、また明日も同じことを繰り返すのだろう。

 

その隣では女性が必死に化粧を直している。

 

そんなに取り繕って、誰に認めてもらいたいのだろう。

 

ドアにもたれかかる若い会社員は、眠そうな目をしている。

 

夢なんて、もうないのだろう。

 

みんな同じ顔。

 

みんな同じ服。

 

みんな同じ人生。

 

「つまらない。」

 

そう思うだけで、胸の奥が少しだけ熱くなる。

 

優先席では老人が目を閉じている。

 

別に悪いことをしているわけではない。

 

それでも美咲は冷たく思う。

 

「年を取るって、こういうことなんだ。」

 

希望も、情熱も、若さも失って。

 

毎日をただ生きるだけ。

 

自分は絶対にこうならない。

 

絶対に。

 

そう誓う。

 

向かい側では父親らしき男が、小さな女の子の手を握っている。

 

娘は楽しそうに窓の外を見ている。

 

父親は疲れ切った笑顔を浮かべていた。

 

その笑顔さえ、美咲には演技に見えた。

 

「どうせ会社じゃ怒鳴られてるんでしょ。」

 

「家ではいいお父さん。」

 

「外ではいい社員。」

 

「みんな仮面ばっかり。」

 

人間なんて信用できない。

 

教師もそうだった。

 

「夢を持ちなさい。」

 

「努力は報われる。」

 

そんな言葉を平気で口にする。

 

でも、職員室では誰かの悪口を言っている。

 

親だってそう。

 

「勉強しなさい。」

 

「将来困るわよ。」

 

そのくせ、自分たちは毎日仕事の愚痴ばかり。

 

将来って、その程度なの?

 

そう聞き返したくなる。

 

電車が駅に停まる。

 

また人が乗ってくる。

 

黒いスーツ。

 

黒い鞄。

 

黒い靴。

 

まるで工場から同じ製品が流れてくるみたいだった。

 

「量産品。」

 

美咲はそんな言葉を思い浮かべる。

 

名前も知らない。

 

趣味も知らない。

 

人生も知らない。

 

それでも彼女の頭の中では、もう結論が出ていた。

 

「くだらない大人。」

 

「負け犬。」

 

「諦めた人たち。」

 

その決めつけは鋭く、そして単純だった。

 

 

十六歳の世界は、まだ広いようで狭い。

 

自分の見える範囲が世界のすべてだと信じられる年頃だった。

 

もちろん、誰も彼女を見ていない。

 

疲れた会社員は会議の資料を読んでいる。

 

看護師は夜勤明けなのか、立ったまま眠っている。

 

作業着姿の男性は手のひらに絆創膏を貼っている。

 

保育士らしい女性は、大きなバッグから折り紙が少しはみ出していた。

 

彼らには彼らの朝があり、事情があり、守りたい誰かがいる。

 

だが、美咲にはそんな背景は見えない。

 

見ようともしない。

 

彼女の視界には、「大人」という一つの巨大な輪郭しか存在しなかった。

 

怒りは、不思議なほど心地よかった。

 

誰かを軽蔑している間だけ、自分が正しい人間になれた。

 

誰かを見下している間だけ、自分はまだ汚れていないと思えた。

 

世界がおかしい。

 

社会がおかしい。

 

大人がおかしい。

 

だから私は悪くない。

 

そんな理屈は、まだ幼い心にとって、自分を守る鎧でもあった。

 

電車はトンネルへ入る。

 

窓ガラスに映るのは、大人たちではなく、自分自身だった。

 

強く結ばれた唇。

 

刺すような視線。

 

険しい眉。

 

そこに映る少女は、誰よりも怒っていた。

 

何に対してなのか、自分でもまだうまく説明できない。

 

未来への不安なのか。

 

子どもではいられなくなる恐怖なのか。

 

誰にも理解されない孤独なのか。

 

あるいは、自分もいつかこの電車に乗る「大人」の一人になるかもしれないという、言葉にならない予感なのか。

 

その答えを彼女はまだ知らない。

 

だから今日も、満員電車の中で見知らぬ大人たちを裁き続ける。

 

怒り、蔑み、拒絶。

未熟だからこそ激しく燃え上がる感情は、行き場を見つけられない炎のように、少女の胸の内で音もなく燃え続けていた

 

 

車内の空気が、変わった。

 

いや、空気だけではない。何かが軋み、歪み、目に見えない歯車が狂い始めたような、粘着質な気配が満員電車の隅々にまで浸透していくのを美咲は感じた。

 

最初は、単なる混雑の波だと勘違いした。

 

朝のラッシュ時、人が降りようとし、人が乗り込もうとする。その反動で、押し合いへし合いの人体が波打つのは日常茶飯事だった。

 

しかし。

 

目の前、車両の隅の方で起きているそれは、波などではなかった。

 

深淵だった。

 

【挿絵表示】

 

 

一人の少女が、見えない壁に押し付けられていた。

 

美咲と同じ、あるいはもう少し幼いかもしれない。ブレザーの制服。少し汚れたローファー。

 

彼女の周囲を、スーツの男たちが囲んでいる。

 

三人、いや四人か。

 

彼らの背中が壁となり、外からの視線を完全に遮断している。まるで特別な結界を張ったかのように、その空間だけが異質な密度を持って呼吸していた。

 

男たちの腕が、不自然な角度で動いている。

 

揺れる車内の振動を利用して、その手が少女の身体に這っているのが見え隠れする。

 

太もも。腰。胸。

 

湿った指先が、布地の上から、あるいは下から、若い肉を貪っている。

 

美咲の胃が、焼けるように熱くなった。

 

「……ッ」

 

言葉にならなかった。

 

それは怒りではなかった。嫌悪でもなかった。もっと原始的で、冷たくて、臓腑を掴み回されるような恐怖だった。

 

そして、その恐怖の対象は、男たちだけではなかった。

 

少女だ。

 

彼女は、抵抗していなかった。

 

目を閉じ、唇を噛み締め、ただじっと耐えている。

 

人形のように。

 

慣れてしまったかのように。

 

無抵抗。

 

その事実が、美咲の目を釘付けにした。

 

「なんで」

 

心の中で叫ぶ。

 

「なんで、逃げないの?」

 

「なんで、叫ばないの?」

 

「なんで、そいつらの手を振り払わないの?」

 

弱い。

 

情けない。

 

どうしようもない。

 

美咲は、無抵抗な彼女を激しく蔑んだ。

 

自分なら絶対に違う。爪を立ててでも、足を踏み鳴らしてでも、大声で助けを求めてでも、そんな理不尽な暴力に屈したりしない。自分の身くらい、自分で守れないなんて。

 

愚かだ。

 

その軽蔑は、あまりに純粋で、あまりに残酷だった。

 

なのに。

 

なぜ、目を離せないのか。

 

美咲は、逃げ出したかった。

 

その光景は、彼女の嫌悪する「大人の汚さ」の極限であり、見ているだけで心が爛れそうだった。

 

それでも、視線はそこに吸い寄せられていた。

 

磁石のように。

 

あるいは、事故現場を覗き込むドライバーのように。

 

それは、好奇心だったのかもしれない。

 

極限状態の人間が、どう振る舞うのか。どう壊れていくのか。その生々しいサンプルを見てしまっているのかもしれない。

 

だが、それだけではなかった。

 

美咲は気づかないふりをしたが、その胸の奥底で、ある寒気が震えていた。

 

無抵抗な少女の姿に、自分自身を重ねていた。

 

もし、自分があの立場だったら?

 

四人の男に囲まれ、逃げ場もなく、声も出せないほどの恐怖と圧力に押し潰されたら?

 

本当に、抵抗できるのか?

 

「助けて」と叫べるのか?

 

その時、少女の目が、一瞬だけ開いた。

 

焦点の合わない、ガラス玉のような目。

 

その瞳に映っているのは、怒りでも、悲しみでもなかった。

 

ただ、虚無だった。

 

すべてを諦め、外界との繋がりを断ち切った、深く静かな水底のような色。

 

美咲の心臓が、大きく跳ねた。

 

その目は、美咲を見ていなかった。

 

しかし、美咲には、その目が自分の心の奥底にある「何か」を見透かしているように思えた。

 

自分が常に恐れていたもの。

 

いつか自分も、社会という巨大な波に飲み込まれ、押し潰され、何も感じなくなってしまうのではないかという恐怖。

 

その恐怖の具現化が、あの虚無の瞳だった。

 

見ているのは、他者ではない。

 

未来の自分自身の、ありうる姿かもしれないのだ。

 

その認識が、美咲の足を凍りつかせた。

 

「量産品」の大人たちに混じり、無抵抗で流されていく自分。

 

少女への軽蔑は、実は自分自身への恐怖の裏返しだったのだ。

 

見ないふりをしたかった。

 

見なければ、そんな現実は存在しないことになる。

 

見なければ、自分はまだ「強いままでいられる」。

 

それでも、見てしまった。

 

目を背けることは、その虚無の瞳から目を逸らすことは、今の美咲には不可能だった。

 

男たちの卑猥な息遣い。

 

車輪の軋む音。

 

少女の小さな、小さな震え。

 

そのすべてが、美咲の網膜と鼓膜に焼き付いて離れない。

 

電車が駅に滑り込んだ。

 

ドアが開くと、男たちはまるで何事もなかったかのように、少女を置き去りにして悠々と降りていった。

 

日常を取り戻した人々の波が、再び動き出す。

 

少女は、まだ壁にもたれかかっていた。

 

俯いたまま、動かない。

 

美咲は、その場に立ち尽くしていた。

 

何もしなかった。

 

声をかけなかった。

 

ただ、見ていただけだった。

 

自分の無力さと、弱さと、そして心の奥底に眠るあの虚無の瞳への恐れを、全身に浴びて。

 

ドアが閉まる。

 

次の駅へと向かう電車の中で、美咲は自分の手を見た。

 

小さく、白い、何の力も持たない手。

 

「私も……同じだ」

 

その呟きは、誰にも聞こえないほど微かで、そして何よりも重かった。

 

彼女の鎧は、ひび割れていた。

世界は、もっと残酷で、もっと理不尽で、そして自分はもっと無力だったという事実が、ひび割れから冷たい風のように吹き込んでいた。

 

 

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【挿絵表示】

 

 

二日目の朝も、満員電車の匂いは何も変わっていなかった。

湿ったスーツ。整髪料の香り。コーヒーの残り香。そして、誰もが見過ごす他人の無関心。

昨日見たはずの光景は、記憶の中で薄れつつあった。あるいは、ただ忘れようとしていただけかもしれない。

「見るべきじゃない」

美咲は心の中で唱えた。

昨日の「あれ」は例外だ。この日常の中に紛れ込んだ一時の災害のようなもので、何度も起きるものではない。

そう自分に言い聞かせたのに――。

電車が緩やかにカーブを曲がるとき、あの異質な「深淵」がまた目の前に現れた。

昨日と同じ場所。

昨日と同じ構造。

昨日より多くの人垣。

それが何を意味するのか悟った瞬間、美咲の喉が引き攣った。

中心にいるのは、やはり同じ制服の少女だった。

だが今日は、もう無抵抗どころではなかった。

制服は乱され、シャツのボタンは弾け飛び、ブラジャーが片方ずれている。

スカートは腰紐ごと引き裂かれ、下半身がほとんど露出していた。

「……っ」

美咲は息を飲んだ。

理性が叫ぶ。「見ちゃダメ」。

しかし眼球は鋼鉄の杭で打ち付けられたかのように固定され、その凄惨な光景を捉え続けた。

男たちは昨日より数が増えている。五人……六人か。

一人は後ろから少女の髪を鷲掴みにしている。

一人は前から彼女の口を塞いでいた。

二人が両脇から腕を押さえ込み、残る男は床に膝をつき、少女の腰を抱えていた。

美咲は見てしまった。

男の腰が、少女の腰に打ち付けられるたびに響く湿った音。

人間離れした滑らかな皮膚の接触。

か細い四肢が意思を失くした人形のように無惨に揺れる様。

性的な結合。

公衆の面前、閉鎖された車内で強行される、強制的な挿入。

「……最低」

美咲の胸の奥で、強烈な拒絶反応が爆発した。

吐き気がした。

窒息しそうなほどの嫌悪。

獣の交尾だ。

社会を支える大人であるはずの男たちが、もっとも醜悪な本能の塊と化して一人の少女を貪り尽くす。

その背徳感と残酷さに、美咲は自分自身が汚染されていく気がした。

だが、その忌避感の裏側で、明らかに異なる感情が頭をもたげていた。

美咲の体温が上がる。

指先が微かに震える。

心臓の鼓動が、恐れではなく「何か」によって加速していくのを感じた。

……興奮。

信じられないことに、美咲は興奮していた。

直接的な性的欲求ではない。

もっとドロドロとした、粘着質な、目をそらせない強烈な引力。

「支配されている」

「一方的に蹂躙されている」

「力の差が圧倒的である」

その極限状態が、美咲の脳髄を電流のように刺激した。

恐怖と快楽の境界線が暧昧になり、嫌悪感そのものが裏返しになって喉の渇きを生んでいた。

普段なら軽蔑の対象である「量産品」の大人たち。

だが、少女を囲んで力を行使する今の彼らは、社会のルールから逸脱した圧倒的な捕食者に見えた。

「いやだ……見たくない」

口では否定する。

だが目は、一瞬たりとも逸らさなかった。

少女が一際大きく仰け反り、くぐもった悲鳴を上げた瞬間、美咲の膝が震えた。

自分が見ているのは、ただの暴力ではない。

文明の皮を剥いだ人間の原初の姿だ。

そして、自分はその「外野」にいる傍観者だ。

加害者でも被害者でもない、ただの観客。

その事実が、信じられないほどの焦燥感をもたらしていた。

なぜ自分は見ているだけなのか。

なぜ自分は、その極限の渦の中にいる少女に強烈なシンパシーを感じながらも、同時にその惨めな姿に背徳的な熱を感じているのか。

その答えは出ないまま、美咲はただ呆然と、夢中でその光景を食い入るように見つめ続けた。

そして、その時だった。

背後から伸びてきた無数の手が、美咲の視界を塞いだ。

「え……?」

一瞬、理解が追いつかなかった。

右腕を掴む、太い指の感触。

左肩を覆う、スーツの袖の擦れる感触。

腰に回される、見知らぬ男の手。

「っ、な……何…?」

振り返る間もなかった。

気づけば、美咲もまた取り囲まれていた。

いつの間にか背後に回っていた男たち。

彼らの目は濁っており、欲望だけを湛えた獣の目だった。

美咲は昨日の少女と同じように壁に押し付けられる。

逃げ場はない。

すぐそばでは、あの少女がまだ貪られている。

そして今、自分もまた同じ檻の中に閉じ込められた。

「いや……やめて……!」

声が出たが、それは車内の喧騒にかき消された。

あるいは、男たちの耳には届いていなかったのかもしれない。

彼らにとって美咲は、ただの獲物だ。

制服の上から、鷲掴みにされる胸。

太ももを這い上がる、硬い指先。

「あの日」の大人たちと同じ匂い。

ただし、今日の彼らには仮面はない。

社会のルールも、建前も、体裁もかなぐり捨てた「純粋な暴力」だけがそこにあった。

美咲は恐怖で息を止めた。

だが、凍りついた思考の中で、彼女は叫び続けていた。

「違う」

「あなたたちは人間じゃない」

「ただの肉塊だ」

「理性の欠片もないゴミだ」

「社会の寄生虫だ」

「名前も顔もないただの怪物だ」

男たちの人格を、心の中で徹底的に否定した。

社会的な地位も、家庭も、名前も、すべてを剥ぎ取り、ただの加虐的な衝動の塊へと貶める。

それしかできなかった。

彼らを人間として認めてしまえば、自分が壊れてしまう。

目の前にいるのは「怪物」なのだと言い聞かせることが、唯一の自己防衛手段だった。

制服のリボンが引き千切られる。

スカートのホックが飛ぶ。

肌に触れる冷たい手。

鼻を突く汗の匂い。

すべてが鮮烈すぎて、逆に遠い場所での出来事のように感じた。

男たちの手は容赦なく侵入を試みる。

「あぁ……」

美咲の口から漏れたのは、小さな嗚咽ではなく、ため息のような諦念だった。

虚無の目。

昨日の少女の目に宿っていた色が、自分の心にも染みていくのを感じる。

抗えない。逃げられない。終わらない。

社会という枠組みから切り離されたこの箱の中で、自分たちはただ「食われていく」だけだ。

そんな絶望感が全身を蝕んでいく。

それでも。

それでも美咲は、最後の一滴の理性で思った。

(こんなところで……終わるわけにはいかない)

あの虚無の目を受け入れることは、自分の終わりを意味する。

ならば――

(私が変わるしかない)

この理不尽を耐え忍ぶことで生まれるものは何もない。

受け入れることも、当然のことだと思ってしまうこともできない。

何かを変えなければならない。

社会でもなく、大人たちでもなく、ましてや「運命」でもなく。

変わるべきは――自分自身だ。

しかし、変革までの道のりは遠すぎる。

今はまず、この恐怖と痛みを乗り越えなくてはならない。

男たちの手がさらに深く沈んでいく。

電車の揺れと同調しながら、美咲の意識は徐々に溶けていった。

痛みと屈辱と諦めが綯交ぜになった闇の中で、一つだけ確かな想いがあった。

(必ず……復讐してやる)

それは未来への決意であり、現在に対する肯定でもあった。

この凌辱を乗り越えたとき、自分がどれほど強く生まれ変われているかはわからない。

ただひとつわかることは――

十六歳の朝倉美咲は、もう昨晩までの自分ではないということ。

傷ついた果てに残るものは破滅ではない。

再生だ。

その一筋の希望だけを灯して、少女の意識はゆっくりと暗転していった。

 

車両は、すでに普通の空間ではなかった。

 

昨日と同じ場所。昨日と同じ時間帯。昨日と同じ、生温い空気。

 

しかし、そこに広がる光景は、昨日よりも遥かに深く、暗い奈落だった。

 

制服の少女は、もはや衣服という名の防御をすべて剥ぎ取られていた。

 

ブレザーは床に落ち、ブラウスは引き裂かれ、スカートは無残にも窓枠に引っ掛かっている。裸体に近い肢体が、蛍光灯の白い光の下で晒されていた。

 

彼女を囲む男たちの数は、五、六ではきかない。七人、八人。熱に浮かされたような目をした大人たちが、一人の少女を中心に密集している。彼らの背中が作る壁は厚く、外の世界との境界を完全に遮断していた。

 

美咲は、吊り革を握る手に力を込めた。

 

(見てはいけない)

 

理性はそう叫ぶ。

 

なのに、目が離せなかった。

 

網膜に焼き付く映像を、脳が拒否できない。

 

一人の男が、少女の背後から腰を押し当てていた。スーツのズボンをずり下げ、露わになった醜悪な肉塊を、少女の中に沈めている。

 

少女の身体が、そのたびに小さく跳ねた。

 

前からは別の男が、彼女の口を塞いでいる。いや、塞いでいるのではない。別のものを押し込んでいるのだ。

 

両脇からは無数の手が伸び、発育途中の胸を揉みしだき、太腿を這い回り、あらゆる場所を蹂躙していた。

 

少女の目は、虚空を見つめていた。

 

焦点の合わない、ガラス玉のような瞳。

 

すべてを諦めきった、深い虚無の色。

 

「最低だ」

 

美咲は心の中で呟いた。

 

「人間のクズだ」

 

「獣以下だ」

 

「社会のゴミだ」

 

心の中で並べられる罵倒の言葉は、しかし奇妙なほど空々しかった。言葉が強ければ強いほど、それは自分の内側で反響し、空虚な音を立てるだけだった。

 

なぜなら。

 

美咲は、確かに感じていたからだ。

 

忌避と、嫌悪と、吐き気。

 

それだけではなかった。

 

心臓の鼓動が、速くなっている。

 

体温が、上がっている。

 

指先が、震えている。

 

これは……恐怖か。

 

それとも。

 

(違う)

 

美咲は、必死で否定した。

 

(これは恐怖だ。ただの恐怖だ。あんな目に遭いたくないという、当然の恐怖だ)

 

だが、目の前で繰り広げられる光景から、どうしても目が離せない理由を、彼女は説明できなかった。

 

少女が小刻みに痙攣するたびに、背筋を走る痺れ。

 

男たちの荒い息遣いが聞こえるたびに、熱くなる耳の裏。

 

彼女の瞳に浮かぶ虚無が深まるたびに、自分の中の何かが共鳴する感覚。

 

理解したくなかった。

 

認めたくなかった。

 

けれど、身体は正直だった。

 

人としての尊厳を踏みにじられる様を、見つめている。

 

暴力そのものに、心が魅入られている。

 

壊されるものへの哀れみと、壊す側の絶対的な力への密かな憧れ。

 

二律背反する感情が、十六歳の心の中で激しく渦を巻いていた。

 

美咲は、気づかなかった。

 

自分もまた、取り囲まれていることに。

 

彼女があまりにも熱心に「あちら側」を見つめている間に、「こちら側」の現実が、静かに、しかし確実に、その牙を剥いていた。

 

背後から伸びてきた手が、まず右肩を掴んだ。

 

美咲が振り返るより早く、次は左腕を別の手が拘束した。

 

「――え」

 

声を出す間もなかった。

 

腰に絡みつく、見知らぬ腕。

 

足の間に割り込む、スーツの膝。

 

周囲を見渡せば、いつの間にか五人の男たちが美咲を取り囲み、逃げ場を完全に塞いでいた。

 

彼らの目は、飢えた獣の目だった。

 

理性の光は欠片もない。

 

あるのはただ、征服欲。加虐欲。支配欲。

 

(そんな……)

 

美咲の思考が凍りつく。

 

ついさっきまで「見ている側」だった自分が、今まさに「見られている側」に引きずり込まれようとしている。

 

「観客」から「演者」へ。

 

「傍観者」から「被害者」へ。

 

その境界線は、あまりにも脆く、あまりにも容易く踏み越えられた。

 

男たちの手が、美咲の制服の上から這い回る。

 

ブレザーのボタンが外される。

 

ブラウスの合わせ目から、無骨な指が侵入する。

 

「やめ……っ」

 

声は、悲鳴になる前に、別の手で塞がれた。

 

汗と煙草の匂いが混じった掌が、口を覆う。

 

息ができない。

 

いや、違う。

 

息をしたくない。

 

彼らの匂いを肺に入れたくない。

 

その時だった。

 

美咲の心の中で、何かが弾けた。

 

恐怖でも、絶望でもない。

 

もっと激しく、もっと冷徹な、生存本能にも似た感情。

 

(違う)

 

心の中が、急に静かになる。

 

(あなたたちは、人間じゃない)

 

思考が、研ぎ澄まされていく。

 

(人格なんてない。名前なんてない。人生なんてない。)

 

スカートの中に手が入り込む感触さえ、遠いものに感じられた。

 

(ただの肉塊だ。ただの衝動だ。ただの存在しないゴミだ。)

 

目の前の男たちを、美咲は徹底的に否定し始めた。

 

社会人としての肩書きも。

 

家庭人としての顔も。

 

人間としての尊厳も。

 

すべてを剥奪し、ただの「モノ」へと貶める。

 

それが、彼女に残された唯一の抵抗だった。

 

彼らを人間と認めてしまえば、この行為は「人間による人間への蛮行」になる。

 

そんな現実を、美咲の心は受け入れられなかった。

 

だから、否定する。

 

加害者の存在そのものを。

 

「あなたたちは、いない」

 

無音の呪文のように、その言葉を繰り返す。

 

「あなたたちの人生には、何の意味もない」

 

そうすることでしか、自分を保てなかった。

 

だが。

 

それでも。

 

身体は裏切る。

 

ブラウスの下から、ブラジャーがずらされる感触。

 

露わになった胸の頂に触れる、冷たく湿った指。

 

太腿を這い上がる、別の手。

 

そのすべてが、生々しい実感を伴って、美咲の神経を焼いた。

 

存在を否定しても、感触は消せない。

 

人格を剥奪しても、痛みは残る。

 

「いやだ……」

 

心の奥底から、小さな悲鳴が漏れた。

 

それは、男たちへの拒絶ではなかった。

 

こんな状況でも、自分の中に渦巻く感情への拒絶だった。

 

恐怖と、屈辱と、絶望。

 

それだけなら、まだ人間らしい。

 

だが、それらの感情の裏側に、確かに存在する別の感覚。

 

痛みの中に混じる、微かな熱。

 

怖いのに。嫌なのに。死にたいほど恥ずかしいのに。

 

それでも、身体の芯が、反応している。

 

二日前まで「量産品の大人」と軽蔑していた男たちに蹂躙されることが、なぜか。

 

なぜか。

 

(違う。違う。違う。)

 

必死で否定する。

 

(これは生理的反応だ。意味なんてない。ただの反射だ。)

 

頭ではわかっている。

 

だが、心は別の場所に向かっていた。

 

目の前で、少女が達している。

 

声にならない声を上げ、痙攣し、虚無の目が一瞬だけ光を取り戻す。

 

その表情は。

 

苦痛なのか、快楽なのか。

 

もはや本人にもわからないのだろう。

 

美咲は、その顔を見て、悟った。

 

この電車の中では、痛みと快楽は同じものだ。

 

恐怖と興奮は、紙一重だ。

 

助ける者も、裁く者もいない密室で、人間は簡単に壊れる。

 

その壊れ方さえも、見世物になる。

 

今、自分もその舞台に立たされている。

 

(それでも)

 

美咲は、唇を噛んだ。

 

鉄の味が口に広がる。

 

(私だけは、違う)

 

男たちの人格を否定したように、この状況さえも否定する。

 

自分が感じているものを、一切認めない。

 

「お前たちは、いない」

 

「この痛みは、ない」

 

「この熱も、ない」

 

「全部、幻だ」

 

「朝の悪夢だ」

 

「目が覚めれば、消える」

 

呪文のように、祈りのように、否定の言葉を紡ぎ続ける。

 

それは、現実逃避だったのかもしれない。

 

だが、その逃避だけが、彼女の精神をギリギリのところで繋ぎ止めていた。

 

制服がさらに乱される。

 

ストッキングが破られる。

 

下着がずらされる。

 

それでも、美咲は心の中で否定し続けた。

 

「あなたたちに、何の価値もない」

 

「あなたたちが、誰かに必要とされることは永遠にない」

 

「あなたたちが死んでも、世界は何も変わらない」

 

「あなたたちの存在は、最初から無意味だった」

 

言葉が刃なら、その刃は自分自身をも傷つけていた。

 

男たちを否定すればするほど、その男たちに穢される自分の価値もまた、地に堕ちていく。

 

それでも。

 

否定をやめることは、屈服を意味した。

 

侵入の予感。

 

太腿の内側に感じる、異物の感触。

 

美咲は、ぎゅっと目を閉じた。

 

(何も、感じない)

 

(何も、見えない)

 

(何も、聞こえない)

 

闇の中で、必死に自分を保つ。

 

社会を軽蔑し。

 

大人を見下し。

 

未来を否定していた、あの傲慢な少女は、もういない。

 

今ここにいるのは、ただ生き延びようとするだけの、一人の人間だった。

 

「お前たちに、名前なんて必要ない」

 

「人格なんて、最初からない」

 

「お前たちは、ただの――」

 

最後の言葉は、声にならなかった。

 

代わりに、涙が一筋、こめかみを伝って落ちた。

 

それは、男たちへの憎しみの涙か。

 

それとも、自分自身への哀れみの涙か。

 

美咲には、もうわからなかった。

 

ただ確かなのは。

 

この絶望の檻の中で。

 

それでもなお、

 

「私」は「私」であり続けたいという、

 

ささやかな、しかし激しい願いだけだった。

 

電車が、また減速を始める。

 

次の駅への合図。

 

だが、車内の暴虐は止まらない。

 

美咲の否定の呪文も、終わらない。

 

闇は深くなり。

 

光は遠ざかる。

 

朝が来ても。

 

昼が巡っても。

 

夜を迎えたとしても。

 

この絶望の箱は、

 

きっと、

 

いつまでも揺れ続けるのだろう。

 

美咲は、どこかでそれを予感していた。

 

だが同時に、

 

それが「終わり」ではなく「始まり」であることも、

 

十六歳の本能が、しっかりと告げていた。

 

「——次の駅は××」

アナウンスが響いた瞬間、美咲はハッと我に返った。ホームに滑り込んだ電車が停止するわずかな振動。扉の開く電子音。

その刹那、まるで示し合わせたかのように男たちの手が一斉に引かれた。乱暴な痕跡だけを残し、彼らは人ごみに紛れて消えた。

残されたのは、裾も襟も崩れ、涙と屈辱をまとったひとりの少女だけだった。膝から崩れ落ちそうになる身体を、吊り革一本でなんとか支える。

顔をあげれば、まだ混乱の余韻を引きずる人々の視線が四方から突き刺さる。しかしその誰一人として、手を差し伸べようとはしない。ただ見ているだけ。

それが「量産品」の大人たちのやり方だ。関わらないことが最大の防衛策。それが社会の暗黙の了解。

美咲は震える指先で自分の頬に触れた。濡れていた。涙だ。いつから流していたのだろう。恐怖の涙か、怒りの涙か。それとももっとドロドロした何かが凝縮されたものか。

答えは出なかった。

だが、一つだけ確かなことがあった。

この世に「傍観者」という安全地帯など存在しないということ。

見ているだけでは済まされないということ。

そして、自分がいつか彼らと同じ「無意味な存在」になることを拒絶するなら、今ここで変わらなければならないということ。

制服を整えながら、彼女は静かに立ち上がった。膝の震えはまだ止まらない。それでも美咲の目には、昨日の虚無は映っていなかった。

代わりにあったのは、鋭利な刃物のような冷徹な光。

少女は、目覚めたのだ。

自分の弱さと、社会の残酷さと、そして心の奥底に潜む「怪物」の存在に。

 

侵食

 

五日目の朝は、雨だった。

窓ガラスを伝う水滴が、車内の光を歪めている。

湿気が、服に、肌に、そして肺にまで纏わりつく。

いつもの匂い。いつもの揺れ。いつもの窒息感。

そして、いつものように――あの異質な気配が近づいてきた。

 

美咲は、もう逃げようともがくことをやめていた。

抵抗すればするほど、彼らは楽しげに手を加えてくることを学習したからだ。

吊り革につかまり、目を伏せる。

「来るな」

心の中で唱えるが、その呪文に効力がないことも知っていた。

すぐそばで、スーツの袖が擦れる。

背後から、湿った掌が腰に添えられる。

昨日までと同じ、路地裏の猫のように慣れた手つき。

スカートの上から、太ももの内側をなぞる。

指先が、布地の上から秘所の形を確かめるように押し込んでくる。

「……っ」

小さく息を漏らす。

身体が、勝手に熱を持つ。

彼女の体は、この数日間の間に、恐怖と快楽の境界線を忘れてしまっていた。

拒絶の神経が、歪んだ興奮へと配線を繋ぎ変えられている。

電車の振動に合わせて、指の動きが激しくなる。

布地を退け、下着の端から侵入する。

直接触れる、硬くて熱い指。

美咲は奥歯を噛み締めた。

これで終わる。

いつも通り、彼らは楽し、彼女は壊れ、そして降りていく。

今日もそうだと思っていた。

身体の芯が、震え上がり、意識が白濁し始める。

絶頂の予兆。

身体が跳ねる。

「あ、ぁ……っ!」

声にならない声。

全身の力が抜け、吊り革にしがみつくことしかできない。

これで、終わる。

そう、思った瞬間だった。

 

終わらなかった。

指が、引かない。

服が、めくり上げられる。

「え……?」

混乱する頭で、状況を理解しようとする。

男たちの気配が、濃くなる。

昨日までは3人、4人だった壁が、今日はもっと厚い。

そして、彼らの目が違っていた。

「足りない」と、飢えた目。

今までの「触れるだけ」では満たされないという、貪欲な色。

背後の男が、美咲の両手首を吊り革ごと掴み上げた。

身動きが取れない。

前の男が、スカートを腰まで捲り上げる。

下着が乱暴に引き下ろされ、足首に絡みつく。

冷たい空気が、露わになった肌を舐める。

「いや……まだ、ダメ……!」

抗おうとするが、絶頂の余韻で身体が言うことを聞かない。

男が、自分のズボンの前を開ける。

赤黒く勃起したそれが、美咲の目の前に迫る。

「嘘……」

言葉が、凍りつく。

これまでは、服の上から。せいぜい指の侵入までだった。

しかし今、彼らが彼女に求めているのは、もっと決定的な支配だ。

男が、美咲の脚を抱え上げる。

開かされた股間に、熱い先端が触れる。

「やめて……! お願い……!」

悲鳴は、耳元の男の掌に吸い込まれた。

ず、と。

異物が侵入する感覚。

裂けるような痛みと、内臓をかき回されるような圧迫感。

そして、今まで感じたことのない、深いところでの「繋がり」の恐怖。

「あぁぁぁッ!!」

美咲の身体が反り返る。

それは、痛みだったのか。

それとも、これまでの支配の集大成としての、更なる快楽の爆発だったのか。

区別がつかなかった。

ただ、自分が「物」になっているという事実だけが、圧倒的な質量で彼女を押し潰した。

男が腰を打ち付ける。

電車の揺れと同調して、彼女の身体が揺さぶられる。

「いいぞ、こいつ……」

男の吐息が、耳にかかる。

その言葉が、美咲の自尊心を一つずつ砕いていく。

1人目が、短く呻いて腰を押し付ける。

身体の奥で、脈打つ感覚。

熱い液体が、子宮に注ぎ込まれる感覚。

「中に……!?」

理解した瞬間、背筋が氷のように冷たくなった。

中出し。

妊娠するかもしれない。

女としての機能を、彼らの道具として勝手に使われる。

生理的な恐怖が、胃の底から込み上げてくる。

しかし、男は抜かない。

代わりに、別の男が入れ替わった。

2人目。

更に太いのが、汚れた穴にねじ込まれる。

「ひぐっ……!」

声にならない悲鳴。

1人目の粘液が潤滑剤となり、抵抗なく奥まで侵入してくる。

彼女の意志は、もうどこにもない。

あるのは、ただの穴としての機能だけ。

2人目が、3人目に交代する。

3度目の注入。

3回分の精液が、彼女の腹の中で重く冷たくなっていく。

「……っ、ぅ……」

涙は、もう出なかった。

代わりに、胸の奥で何かが激しく音を立てていた。

それは悲しみではない。

絶望でもない。

もっとドロドロとした、黒く渦巻く、熱い塊。

怒り。

純粋で、純度を増した、殺意にも似た怒り。

彼女の心は、激しく乱れた。

これまでの「否定」の呪文は、もう効かない。

彼らは人間だ。

人間でありながら、これほどの悪意を持って、他者を踏みにじる。

その事実が、美咲の理性を焼き尽くした。

「殺してやる」

心の中で、その言葉が反響する。

「絶対に許さない」

「お前たちを、絶対に破壊してやる」

3人目の男が、満足げに抜いていった。

ぶくり、と音を立てて白濁が溢れる。

股間の冷たさと熱さが、彼女の怒りに油を注ぐ。

電車が駅に到着する。

男たちが、何事もなかったかのように消えていく。

降りようとした美咲の足から力が抜け、床に這いつくばる。

腹の中の汚濁が、重力に従って下へと流れ出す。

呆然とそれを見つめる美咲の目は、もう虚無ではなかった。

底なしの闇が、そこにはあった。

 

日目。

雨は上がっていたが、空は鉛色の雲に覆われていた。

朝倉美咲は、いつものホームに立っていた。

顔色は蒼白だが、その目には異様な光が宿っていた。

唇はひどく乾き、所々切れて血が滲んでいる。

昨夜は一睡もしていない。

頭の中を占めていたのは、昨日の感触と、渦巻く怒りだけだった。

電車が来る。

ドアが開く。

いつもの匂い。

いつもの人混み。

美咲は、迷わず乗り込んだ。

今日は、吊り革を掴まなかった。

車両の中央、一番密度が高い場所へと進んでいく。

目を閉じない。

正面を見据える。

待ち受けていた。

来い。

私を触る勇気があるなら、来い。

3つ目の駅を過ぎた頃、背後から手が伸びてきた。

腰に回される、見覚えのある感触。

スーツの袖から伸びる、湿った指先。

昨日と同じ手つき。

昨日と同じ匂い。

「見つけた」

美咲の口元が、歪んだ。

それは微笑みではなかった。

痙攣するような、鬼の形相。

彼女は、動かなかった。

男が調子に乗り、スカートの中に手を差し込んでくる。

太ももを這い上がり、下着の上から秘所を掌で鷲掴みにする。

「……」

美咲は、ただじっと、その感触を確かめていた。

恐怖はない。

屈辱もない。

あるのは、カッと煮えくり返るような、破壊衝動だけ。

男の指が、下着の端を退けようとした、その瞬間。

美咲は動いた。

左肘を、後ろへ全力で振り抜いた。

肋骨の軟骨を狙った、鋭い一撃。

「ぐっ……!?」

男が息を詰まらせる。

手が離れる。

美咲は振り返らなかった。

代わりに、踵を返し、男の足の甲をローファーの底で踏み抜いた。

「ぐあッ!!」

男が悲鳴を上げ、バランスを崩す。

そこで初めて、美咲は男の顔を見た。

昨日の3人のうちの1人だ。

中年。少し太っている。無精髭。

「お前……ッ!」

男が怒りに顔を歪める。

周囲の男たちが、異変に気づき始める。

「何してんだ?」

「女が暴れてるぞ」

圏外の声。

美咲は、鞄を床に放り出した。

代わりに、右手に握りしめていたものを突き出す。

革のペンケース。

その先端には、鋭利に尖った金属製の筆記用具が数本、束ねて突き出されている。

これは武器だ。

昨夜、復讐のために用意した、自分の牙。

「お前らは、人間じゃない」

美咲の声は震えていた。

恐怖ではない。怒りの震えだ。

「だから、痛みも感じないよね?」

言うが早いか、美咲は男の股間に向けて、筆記用具の束を突き刺した。

ズブッ、という鈍い音。

「ぎゃあああああッ!!!」

絶叫。

男が床に転がる。

股間から血が滲む。

周囲が凍りつく。

「ひっ……!」

「何だアレ……!」

逃げようとする人混み。

だが、満員電車の中、逃げ場はない。

美咲は、狂ったように笑った。

「次は誰? 誰が私を触るの?」

彼女は、ペンケースを振り回した。

男の顔面に、鋭い先端が走る。

頬が裂け、血が飛ぶ。

「人間のクズ! ゴミ! ゴキブリ!」

叫びながら、彼女は男を蹴り上げる。

肋骨を、腹部を、顔面を。

抵抗する力など、もう残っていなかった。

ただ、自分を壊そうとした相手を壊すことだけが、彼女の全てだった。

別の男が、美咲の腕を掴もうとした。

美咲は、掴まれた腕をそのまま引付け、男の耳元にペンケースを叩き込んだ。

「ぁぐっ……!」

耳が裂ける。

血が、制服にかかる。

美咲の白いブラウスに、赤い花が咲く。

「どうしたの? 触るんでしょ? 挿入するんでしょ?」

彼女の目は、もう正気ではなかった。

3日前の、あの虚無の目とは違う。

もっと能動的で、もっと残忍な、修羅の目。

「中に出すんでしょ! じゃあ、お前らの中にこれをぶち込んでやる!」

彼女は、男の腹部にペンケースをねじ込んだ。

1回、2回、3回。

力の限り。

周囲の大人たちは、ただ見ていた。

関わらないことが防衛策。

それは昨日と同じ。

ただ、昨日の被害者が、今日の加害者になっただけ。

大人たちは、逃避するだけの傍観者に過ぎなかった。

美咲は、肩で息をした。

床には、2人の男が呻いている。

自分の手は血で真っ赤だ。

ペンケースは、もう原型を留めていなかった。

「はぁ……はぁ……」

怒りの炎は、まだ消えていない。

むしろ、暴力という行為によって、更に煽られているのがわかった。

彼らを壊しても、自分が壊された事実は消えない。

中に出された汚濁は、まだ腹の中に残っている。

その無力感が、更なる暴力を欲していた。

もっと壊したい。

もっと痛めつけたい。

彼らの存在を、物理的に消し去ってしまいたい。

美咲は、血まみれの手で、次の獲物を探すように車内を見回した。

だが、男たちはもう彼女に近づこうとしない。

彼女の周りだけ、不自然な空間が空いている。

「チッ……」

舌打ちをする。

その音さえ、もう自分のものではないようだった。

美咲は、自分が一線を越えてしまったことを自覚した。

恐怖に凍りつくしかなかった自分に、もう戻りたくない。

だから、これでいいのだと、自分に言い聞かせる。

「これで、いいんだ」

呟く声は、誰にも届かない。

電車が駅に到着する。

ドアが開く。

美咲は、血まみれの鞄を拾い上げた。

フロアに散らばる自分の筆記用具を、無言で拾い集める。

周囲の視線が痛い。

だが、もう関係なかった。

彼女は、ホームへと降りた。

 

⭕️報復

 

七日目。

空は、鉛色の雲に覆われていた。

朝倉美咲は、ホームに立っていた。

手には、ペンケース!彼女の瞳には、冷徹な光が宿っていた。

昨日の勝利の余韻は、まだ消えていない。

彼らは弱い。

自分が牙を剥けば、ただの肉塊に成り下がる。

そう信じていた。

電車が来る。

ドアが開く。

いつもの匂い。いつの人混み。

美咲は、迷わず乗り込んだ。

そして、中央へ。

来い。

私を触る勇気があるなら、来い。

昨日と同じように、挑発するように立つ。

3つ目の駅を過ぎた頃、背後から気配が近づいてきた。

だが、昨日とは違う。

1人ではない。

2人、3人、4人……。

背後、左右、前方。

気づけば、彼女は完全に包囲されていた。

「っ……!」

美咲が身構えるより早く、男たちが動いた。

右腕を掴む、太い指。

左腕を捻り上げる、屈強な腕。

背後から首を絞められる、スーツの腕。

「離せッ!」

叫ぼうとしたが、声は出なかった。

首の圧迫が、気道を塞ぐ。

足が浮く。

男たちの力は、圧倒的だった。

昨日の2人は、ただの奇襲の被害者に過ぎなかったのだ。

群れは、傷つけられた報復として、彼女を狩りに来た。

吊り革に手が届かない。

身動きが取れない。

「昨日は楽しかったな、嬢ちゃん」

耳元で、男が囁く。

昨日、股間を蹴り上げられた男だ。

「お返しだ」

スカートが、乱暴にまくり上げられる。

下着が、引き裂かれる。

冷たい空気が、露わになった肌を舐める。

だが、それだけでは終わらなかった。

ブラウスのボタンが、一つずつ弾け飛ぶ。

ブラジャーのホックが、外される。

制服が、剥ぎ取られていく。

人混みの中で、彼女は全裸にされた。

周囲の視線が、突き刺さる。

しかし、誰も助けようとはしない。

ただの見世物。

昨日の加害者が、今日の被害者になる。

見ているだけの傍観者たちにとっては、それが日常の一部に過ぎない。

男の指が、彼女の秘所をねじ込まれる。

昨日よりも激しく、残酷に。

爪が肉を引っ掻く。

関節が内壁を押し広げる。

「あぐッ……!」

痛みが、走る。

だが、それと同時に。

身体の奥底で、何かが反応するのを感じた。

昨日の暴力の興奮が、身体に残っていた。

抵抗することへの快楽。

傷つけることへの渇望。

それが、今は傷つけられることへの、歪んだ期待へと反転している。

「濡れてるぞ、こいつ」

男が、下卑た声で笑う。

事実だった。

恐怖の中で、彼女の身体は潤んでいた。

これまでの数日間で、恐怖と快楽の境界線が崩壊していた。

羞恥が、興奮を呼ぶ。

絶望が、熱を生む。

彼女の身体は、もう「正常」ではなかった。

男が、指を抜く。

代わりに、熱いものが触れる。

「見せてやるよ、お前の堕ちた姿を」

男が、スマートフォンを取り出した。

カメラのレンズが、彼女の全裸を捉える。

シャッター音が、響く。

動画撮影の赤いランプが、点滅する。

「やめて……!」

彼女は顔を背けた。

だが、男が髪を掴み、カメラに向かせた。

恥辱の記録。

社会的な死刑宣告。

それが、彼女の心を凍らせた。

その瞬間、男が腰を押し込んだ。

「ひぐっ……!!」

裂けるような痛みと、内臓を貫かれる感覚。

そして、深いところでの「繋がり」。

カメラが、彼女の表情を捉える。

苦痛に歪み、それでもどこか陶酔を含んだ、矛盾した顔。

男が動き出す。

前の男が、胸を揉みしだく。

後ろの男が、首に手をかける。

上下左右から、肉が押し付けてくる。

彼女は、もう抵抗できなかった。

力が、抜けていく。

代わりに、熱が、満ちていく。

「あぁ……あぁぁ……」

声が漏れる。

それは、悲鳴ではなかった。

快楽の、喘ぎだった。

彼女の中で、何かが壊れた。

理性が、崩れ去った。

羞恥心が、快楽へと反転した。

見られていることへの興奮。

記録されることへの歪んだ喜び。

凌辱されることへの、本能的な受容。

男が、中に出した。

熱い脈動が、子宮を叩く。

その感覚に、彼女は達した。

「あッ……!! あぁッ……!!」

身体が反り返り、痙攣する。

カメラが、その瞬間を逃さず捉える。

7日目の朝。

彼女は、堕ちた。

自分自身の意志で、泥沼へと足を踏み入れた。

 

八日目。

空は、晴れていた。

だが、美咲の心には、もう太陽はなかった。

午後4時。

学校が終わった後、彼女はどこへも帰らなかった。

代わりに、街のマンションへと向かった。

昨日の動画が、彼女を縛り付けていた。

拒絶すれば、拡散される。

社会的人生が、終わる。

だが、正直なところ。

彼女は、もう「拒絶」することに興味を失っていた。

昨日の絶頂が、彼女の身体に刻まれていた。

あの熱を、もう一度欲していた。

あの支配を、もう一度感じていたかった。

エレベーターで、最上階へ。

鍵を開け、部屋に入る。

そこは、広いワンルームだった。

窓から、街が見渡せる。

だが、部屋の中は、薄暗かった。

ベッドが、中央に鎮座していた。

美咲は、制服を脱いだ。

ブラウス、スカート、下着。

何もかも脱ぎ捨て、全裸になる。

冷たい空気が、肌を刺す。

でも、それは心地よかった。

彼女は、ベッドに横たわった。

天井を見上げる。

虚無の目は、もう映っていなかった。

代わりに、濁った期待が、そこにあった。

待つ時間は、長くなかった。

ドアが開く。

男たちが、入ってくる。

昨日の男たち。

そして、見知らぬ男たち。

5人、6人……10人近い男たちが、部屋に満ちていく。

「よく来たな、嬢ちゃん」

昨日の男が、笑う。

美咲は、起き上がらない。

ベッドの上で、全裸のまま彼らを見上げた。

「……早くして」

彼女は言った。

自分でも驚くほど、平静な声だった。

もう、怒りはなかった。

もう、恐怖はなかった。

ただ、渇望だけがあった。

男たちが、ベッドに群がる。

彼女の身体を、無数の手が這い回る。

唇が、胸の頂を含む。

指が、秘所を犯す。

太い肉塊が、口にねじ込まれる。

そして、足の間に、熱い先端が触れる。

「ひぐっ……!」

侵入。

昨日よりも太く、昨日よりも深く。

彼女の身体は、容易にそれを受け入れた。

むしろ、歓迎した。

内壁が、肉塊を締め付け、吸い付く。

「いいぞ……」

男が、息を吐く。

彼女は、腰を動かした。

自分から、求めた。

快楽を。

支配を。

破壊を。

男が、中に出す。

別の男が、入れ替わる。

2度、3度、4度……。

何度も、何度も。

彼女は、数えなかった。

ただ、波のように押し寄せる快楽に身を委ねた。

朝倉美咲は、もういなかった。

そこにいたのは、欲望の器だけだった。

 

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