カルデアのトレーニングルームでの訓練。これは毎日藤丸が欠かさず行っていることだ。
戦闘能力の強化ではない。主に体力、そして、サーヴァントの動きに付いていくための動体視力を身に着けるためのものだ。
藤丸は人類最後のマスター。カルデアに来る前にある程度体が出来ていたとはいえ、特異点という過酷な環境を生き残るにはある程度では足りない。
だからこそ、毎日の特訓は欠かせない。
その特訓もあるサーヴァントがカルデアに訪れてから一気に過酷さを増していた。
「そらそらそら! 走れ走れ!」
「ギャアアアアァ!? 槍投げてくんじゃねぇ、マスターもいるんだぞ! ふっざけんなよこの
「
ギャアアアア!と今日もトレーニングルームで絶叫が響く。
「ラ、ランサーが死んだ!」
「この人でなしぃ!」
「え、今さっきの誰!?」
特訓に強制参加させられたクー・フーリンが血を流し、倒れた際に突然現れた虎の様な着ぐるみパジャマを着た女性に藤丸は目を見開く。次の瞬間には姿を消していたが。
「どうしたマスター。この程度乗り越えてみせよ!」
「ちょ――師匠危ないですって!? それに槍ニキがこのままじゃ退去しちゃいますっ!」
「安心しろ。彼奴にはガッツがある」
「そんなので耐えられるんですか!?」
赤い魔槍を振りかざし、藤丸たちを追い立てるのは全身を黒いタイツで身を包んだ女性。
影の国の主にして、門番。ケルトの戦士達を育てた伝説の戦士――スカサハだ。
「マスター後ろを振り向くな。もうあいつは駄目だ。諦めろ」
「自分自身に何てこと言うのこの人!?」
クー・フーリン(槍)を見捨て藤丸の顔を前に向けさせたのはクー・フーリン(術)だ。
冷たいのは自分自身だからか。それとも自分が持っていない槍を持っているからか。どちらなのかは藤丸は分からない。それに、そんな考えをする余裕を残すほどスカサハは甘くなかった。
「どれ、ちときつめにいくか」
「「ぎゃああああああ!?」」
空中に出現した無数の魔槍が必死に走る藤丸とクー・フーリンに向けて放たれる。
再び絶叫が上がり、床に――クー・フーリンの――血が飛び散った。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「ふむ、この程度にしておいてやるか」
「……ご指導、ありがとう……ございます」
「ふふっ、良い。良いぞマスター。お主のその素直さは美徳だ」
体を床に投げ出しながらもお礼を口にする藤丸にスカサハは笑みを浮かべる。続いて、同様に倒れているクー・フーリンに目を向けた。
「それで? お主らは儂に礼は言わんのか?」
「シュミレーターで釣りと洒落こもうとした俺らを無理やり連れて来て言うことがそれかよ」
「容赦ねぇぜ」
「――槍を所望か?」
「うぉお!? 殺気だけで殺しに来るなよ。ったく、これだからケルトの女戦士は」
倒れ伏していてもそこはケルトの大英雄。神話の頂点に立った男。
向けられた殺気を察知し、間髪入れずにスカサハから距離を取る。おどけた口調だが、その姿に隙はない。
「弱体化はしていれど、なまってはいないか。良かったぞ」
「アンタはえらく強くなっているように感じたんだが」
「お主と別れてからも竜や巨人、怪異を狩っていたからな。技も鋭くなるというものだ」
「うっへぇ、手ぇ付けられねぇ」
げんなりとした表情を2人のクー・フーリンが作る。
連れて来たのはスカサハとはいえ、訓練に付き合って貰ったことを申し訳なく思った藤丸はクー・フーリンに向けて両手を合わせた。
「ごめんね。せっかくの趣味をじゃましちゃって」
「あ? 別に構わねぇよ。マスターのせいじゃねえしな」
「そうだぜ。それに、あのまま師匠と2人にしてたらどうなってたか分からねぇし。小言がそのうち拳骨になっからな。マスターも気を付けておけよ?」
「そうかそうか。そんなにも死にたいのかセタンタ。どうやら先程の訓練は優し過ぎたらしい」
「だから殺気だけで殺そうとしてんじゃねぇっての」
3人のやり取りを見つつ、藤丸は起き上がり、汗を拭う。
「2人はこの後、どうするの?」
「そうだな。シュミレーションで釣り、と洒落こみたいが、俺達の予約時間はとっくに過ぎちまったからな。もう他の奴らが取っちまってるだろうし。どうするかな」
「食堂で酒でも貰って飲み明かすか?」
「昼間っから酒なんてあの赤い弓兵が許さねえだろうよ。槍の俺」
「あ~そうか。畜生め」
「アハハ……なら、俺が予約してた時間帯にシュミレーションルーム使う?」
「何だ。マスターも今日予約してたのか。良いのかよ?」
「うん、今から30分後ぐらいだけど。訓練に付き合ってくれたお礼としてさ」
「お、そうか。そういうことなら、遠慮なく使わせて貰うぜ。ありがとよマスター!」
できないと諦めた釣りができると分かり、機嫌を良くしたクー・フーリン達がトレーニングルームと出て行く。
藤丸も後に続いてトレーニングルームを出ようとするが、襟首を引っ張られ、後ろ向きにたたらを踏む。
後ろを振り向けば、そこには両手を差し出すスカサハがいた。
「ん? 私にはないのか?」
「あ――」
手を広げ、良い笑顔を浮かべるスカサハに引いたはずの汗が流れる。無論、別の意味で。
「何だ。まるで忘れていたようではないか。安心しろ、私は分かっているぞ。マスターはどんなサーヴァントにも等しく接することができる人間だ。だから報酬だってちゃんと用意しているのだろう? ん?」
「――ごめんなさい」
圧のある笑顔に耐えきれず、思わず藤丸は頭を下げる。
藤丸の体に圧し掛かっていた重圧がふっと消える。
「ふふっ冗談だマスター。私が勝手に訓練に参加したのだ。そんなもの望まんよ」
「でも、お世話になったのは事実だし」
「……うむ、そのような考えを持つのは弟子達の中にもいなかったな。彼奴ら泣き言しか言わなかったのに」
「(それは師匠がスパルタだったからでは?)」
ケルトの大英雄クー・フーリンに生と死のギリギリまで追い込みをかけるようなものだった。何度も死にかけたと言わせるほどのスパルタな訓練。
ならば、誰もが泣き言を口にしても可笑しくはない。
「まぁ、良かろう。それよりもマスター。シュミレーターで何をしようとしていたのだ?」
「訓練だよ。
「で、その予定が無くなった今――何か予定はあるのか?」
「う~ん、そうだな。今から図書館に行って歴史や逸話の勉強か、もしくはメディアやロード・エルメロイⅡ世と魔術の勉強、かな。あ、でも作家系サーヴァント達が世話焼く人募集しても来ないって言ってたし助けに行かなきゃいけないかも」
「相変わらず忙しいようだな」
暫く、スカサハが顎に手を添え、考え込む。そして、口を開いた。
「よし、ならばマスター。これから私の用事に付き合え」
「え?」