「はい、今回も微小特異点攻略お疲れ様~、よく戻って来たね~」
「只今戻りましたドクター。気の抜けた声での出迎えありがとうございます!!」
「あれ、今僕ディスられた?」
マシュとロマニのやり取りにカルデア職員達がくすりと笑う。
微小特異点から帰って来たばかりの藤丸もそのやり取りを見て少し笑った。
戦いというものがすっかり日常になってしまった藤丸だが、戦場に出る時にはやはり意識が切り替わる。空気がひりつき、殺伐とした空気に合わせるように。
気を失い、医療室で目を覚ます時はその空気から戻るのには難儀した。
だが、ロマニがこうして出迎えてくれる時はあっさりといつもの藤丸立香へと戻ることが出来た。
「おかえり、藤丸君」
気の抜けた声が、しかし安心を与えてくれる声が藤丸を迎える。
「うん、ただいま。ドクター」
帰って来たという実感を得て藤丸は返事をした。
微小特異点を攻略で回収した聖杯の欠片をダ・ヴィンチちゃんに手渡した後、藤丸は自身の部屋へと戻ろうとしていた。
今回は特に怪我らしい怪我もないため、医療室へと向かう必要もない。そのため、部屋で微小特異点で起こったことの報告書を書く予定を立てていた。
「ん?」
通路を歩く藤丸の前にふらふらと足取りがおぼつかない1つの影が現れる。
あまりのおぼつかなさに思わず藤丸は声をかけた。
「荊軻、大丈夫?」
藤丸の前に現れたのは第二特異点攻略後、ネロ・クラウディウスやブーティカと共に召喚されたアサシンのサーヴァント――荊軻だ。
召喚された時のことを考えれば、来てくれてありがとうとしか言えないサーヴァントだ。その後、ロマニと共に荊軻に酒を注いだことは藤丸の記憶に深く刻まれている。
「あれ~? 主だぁ、主がいる~」
「またお酒飲んでたんだ」
尤も、その影響もあってお酒に関しては初めから遠慮することがなくなってしまったが……。
「おー、主が2人3人4人……おぉ~いつの間に分身の術を会得したんだぁ?」
「ものすっごい酔ってるじゃん。体調大丈夫?」
泥酔状態の荊軻を見て藤丸は荊軻の体を心配する。
基本、サーヴァントは酒を飲んでも酔うことはない。しかし、意識次第で酔う酔わないは決められると本人から聞いている。
酔うことができる環境ができているのは喜ばしいが、流石にここまで酔ってしまったら体に悪い。そう考えての言葉だった。
「大丈夫大丈夫、あと樽6杯はいけるぞぉっとっと」
「全然大丈夫に見えないよ」
「突然ですがここで歌います、イェ~イ☆」
「本当に唐突!?」
エアマイクを使って廊下の真ん中で歌い出す荊軻。
周囲を見渡すが、近くにサーヴァントはいない。いったん部屋に行くのは止めて藤丸は荊軻を部屋に連れて行く決心をする。
「そんな状態ナイチンゲールさんに見られたらベッドに縛り付けられるよ。ほら、肩貸して」
「お、何だ主私にも手を出すのかぁ? この助兵衛め」
「出さないよ!? 部屋に連れて行くだけだから」
「そこでしっぽりとやるのかぁ」
「だからやらないってば……」
ケラケラと軽く笑う荊軻に肩を貸し、藤丸は歩いて来た通路を引き返す。
まっすぐ歩くことができない荊軻は藤丸に体重を預けてくるため、藤丸の歩みは遅い。
「今日は誰と飲んでたの?」
「今日はぁ、ドレイクとアンとメアリーと昼前に飲んでて、昼からは槍のクー・フーリンだろ? 後はあれぇ? 誰と飲んだっけぇ? あれぇ?」
「記憶が曖昧になるまで飲んでるなんて体に悪いよ。後で水持ってくるからね」
「アハハハ!! それで主に世話してもらえるのなら役得というものだな」
藤丸は荊軻を部屋に送り届ける。その後、食堂へと行き水を受け取り、荊軻の部屋へと戻って来る。
「はいこれ、水」
「お酒は?」
「これ以上飲むのならナイチンゲールを呼びます」
「えぇ~」
唇を尖らせ抗議の声を上げる荊軻だが、藤丸は甘やかさない。
酒が入らなければ頼りになるお姉さんなのに何でこんなのになっちゃうんだろう。等と思いながらも藤丸は荊軻をベッドに寝かせる。
「うぅ~……頭痛い気持ち悪い吐き気するぅ」
「1日中飲んでたからだよ。ほら、今はゆっくり寝て」
「やだ、まだ起きてる」
「そんな子供みたいなことを……」
「主主何か面白いことないのか? あ、何だその礼装」
「それは――昨日の
荊軻が藤丸のポケットから飛び出している礼装を目にも止まらぬ速さで抜き取る。ポケットの中にあったのはヒゲが素敵なおじさんの礼装だった。
その礼装を見て、荊軻の眼がキラリと光る。
「素敵ー! このヒゲのおじさま素敵ー!! よし主私この人暗殺してくる。ちょっとアゾってくる!!」
「止めてあげてください」
本気で暗殺しかねない様子の荊軻を見て藤丸は急ぎ、水を荊軻の口の中に流し込む。
「うぐっぷは……むむ、暗殺は駄目か。なら仕方ない。主カラオケしようよカラオケ」
「そうしたいのはやまやまだけど、俺これから報告書作成しなきゃいけないから」
「何だ、主は忙しいのかぁ」
「ごめんね。今度は付き合うから、俺は部屋に戻るよ」
「そうかぁ、でも今は部屋に戻らない方が良いと思うがなぁ」
そう口にしながら荊軻は藤丸が持って来た水を飲む。
荊軻の言葉が気になった藤丸は扉に向かっていた足を止めて振り返る。
「それ、どういうこと?」
「ぷはっ、主の部屋にジャンヌやスカサハを始めとした女性サーヴァント達が睨み合ってたんだ」
「はい!?」
「今日は誰が主の夜伽をするかで揉めていた。いやぁ、流石は我が主。歴戦の女英霊達の心を射止めるとは……」
「マジかぁ……」
「本当。だから、今はここにいた方が良いぞ。主が遅いと分かればジャンヌ達の頭も冷えるだろうしな。それに——こんな状態の女を放っておくのか?」
そう言われてしまったら藤丸も外に出ようとする気が削がれてしまう。
水を飲んで大分マシになったといえ、まだ荊軻の顔は赤く、ふらふらな状態。本人が大人しくベッドに横になるまではいた方が良いのは確かである。
「それなら、もうちょっとだけここにいるよ。トランプでもする?」
「えぇ~頭の働かない相手にそんなことをするのかぁ? もっと良いことしようよ~」
ベッドに腰掛けていた荊軻の足が藤丸の足へと伸びる。
足の甲、足首、下腿部をゆっくりと撫でる。それが何を意味するのか、分からない藤丸ではない。
「酔った状態でやることじゃないよ」
「何だ。女の誘いを断るものじゃないぞー。そんなに魅力が私にはないかー!!」
プクリと頬を膨らませたか思えば、ケラケラと笑い出す荊軻。
完全にまだ酒が抜けきってはいないのは確かだ。誘ったのも冗談なのかもしれない。しかし、藤丸は真面目に答える。
「そんなことないよ。荊軻は綺麗で魅力的だ。女性としての魅力もあるかと思えば男らしい行動もできて、鍛練を怠らない努力の人だと思う。だからこそ、そんな綺麗な人をいい加減な状況で抱きたくないんだ」
「――――」
真っ直ぐに見つめられて出て来た言葉に荊軻は暫し固まる。
いい加減な状況で抱きたくない。これは藤丸の本音だ。
これまでアルトリア・オルタやマタ・ハリ、ジャンヌやスカサハ。多くのサーヴァントと肌を重ねて来たが、その殆どは藤丸の精神が追い込まれている時だ。
サーヴァント達には好意はあった。しかし、藤丸の精神を回復させるのが主な目的だった。
感謝もしている。だが、できれば肌を重ねるのが二の次ではなく、互いに求め合って肌を重ねたいと藤丸は思っていた。
藤丸の言葉を聞いて荊軻は視線を地面へとやる。
「……なら、酔う必要などなかったか」
「え?」
「何でもないさ」
そう口にして髪を耳に掛ける荊軻からは先程のような泥酔した様子は見られない。
「もしかして、もう酔い覚めた?」
「勿論だ。酔いなど意思次第で何とかできるからな」
「……さっきまでの俺のお世話は何だったの?」
「まぁ、そう言ってくれるな。それで、どうするんだ?」
照れた表情を見せた後、上目遣いで荊軻は藤丸を見詰める。
「私は今、ちゃんとしているぞ?」
艶やかな態度を取る荊軻の目には僅かながら期待が見て取れる。
何を期待しているのか。もう藤丸には分かっていた。
「そこまで言われたら、男として引き下がれないな」
ベッドに腰掛ける荊軻を押し倒し、共にベッドの上に倒れた。