それは――藤丸立香がカルデアの通路を歩いている時だった。
「――ッ!?」
背中に冷水でもかけられたかのような寒気を感じ、後ろを振り向く。
しかし、そこには誰もいない。
ジャック達が遊んでいるのか、と思いきやそうでもない。接し方を間違いなければ、彼女は純粋な子供そのもの。
お母さんと慕う藤丸の背筋を凍らせるようなものを飛ばす子供ではない。
では、一体誰なのか。
「――という訳なんだけど、何か知ってる?」
「まぁ、
「う~ん、知らないかぁ」
「相変わらずズレてるな」
後を付けてくるのに姿を現さない存在――俗にいうストーカーらしき存在について探し始めた藤丸。
最初に訪れたのは召喚されてから藤丸のストーカーとなった清姫である。
藤丸の隣には偶然遭遇したカルデア職員の1人であるムニエルがいた。
「その日は俺の傍にいなかったの?」
「申し訳ございませんますたぁ。お傍を離れてしまって。しかしこの清姫、腕を磨かねばならないのです。最近ますたぁの近くに女性が多いですから。えぇ、ほんとうに――焼いてしまいたくなるくらい」
「ひぃっ――」
目が鋭くなり、熱気を発して出された言葉に思わず藤丸の隣にいたムニエルが引き攣った声を出す。
清姫が嘘を嫌っているのはカルデア職員全員が知る所、口に出す言葉も冗談の類ではないことは簡単に分かってしまうのだ。
だが、これまで散々サーヴァント達と向き合い、付き合ってきた藤丸からすればこの程度、慣れっこだった。
怖がることなく、清姫の頭に手を乗せる。
「頑張るのも良いけど、ほどほどにね?」
「まぁ♡ 心配して頂けるのですね。心配ご無用ですますたぁ。もう少しで修行も終えるので、これからはますたぁとの時間も増やせますっ」
「そういうことじゃないんだけどなぁ」
ちょっと藤丸の言葉をズレて捉える清姫の頭を撫で、最後に再度無理にしないように告げて別れる。
「さて、どうするか」
こんなことをしそうなサーヴァントを記憶の中で探る――が、残念ながら該当する人物はいない。
そもそもストーカーと聞いて誰もが最初に思い浮かべるのが清姫である。藤丸も最初は清姫がストーキングしているものだと思っていた。
その清姫が犯人どころか何も知らないのだ。
手詰まりになってしまうのも無理はなかった。
「よーし、こうなったら手当たり次第だ。全員に聞いて回ろう」
暫く悩んだ後、答えが出ないと判断すると藤丸は方針を切り替える。
害がある訳でもないため、秘かに調べようとしていたが、それでも分からないのならば、仕方がなし。手あたり次第の総当たり戦法を取り始めた。
――ジャンヌ・ダルク・オルタ
「は? アンタをストーキングしてる奴がいる? それ被害妄想ではなくて? 違うの? じゃああの蛇女じゃない。いっつもアンタの背中にくっついて歩いてる。え、もう聞いた? じゃあ知らないわよ………………………………………………………………………………………………………………………………まぁ、危なかったら私の所に――ってもう行ってるし!?」
――トーマス・エジソン
「ほう。君の後を付け回す者がいるのか。それは大変だ。どんな思惑があるのか分からないが君は人類最後のマスター。何かあってからでは遅い。という訳でマスター。この私が開発した24時間サーヴァントと同じ速度で走り続けられる強化スーツを着てみないか? これならば、追われても安心だぞ?」
――呪腕のハサン
「そうですか。初めて知った上、何も語ることはできませんな。誠に申し訳ない」
――カルナ
「そうか。誰かがずっと後ろをついて来る気がするのか……オレに相談することか?」
――アルジュナ
「マスター!! 暗殺者に襲われているというのは本当ですか!? くっ、このアルジュナ一生の不覚っ! マスターの身に危険が迫っていながら気付くことができないとは。マスター、失態を拭う機会をいただきたい。えぇ、貴方に近づく不審な輩、全てこの弓で射貫いてみせますとも!!」
――ハンス・クリスチャン・アンデルセン
「何? ずっと誰かが付いて来る? 知るかそんなもの。この俺がどれだけ部屋に籠っていると思っている。茶を持って来たのは褒めてやるが面倒事も持ってくるな!! いや、待て。ネタにはなるか? よし、少し話を聞いてやろう」
――アタランテ
「なるほど。しかし、危険はないのだろう? 本当に用があるのならば、汝に声をかけるはずだ。それまで待っていれば良いのではないか。それはそうとマスター。走り込みの練習は怠ってはいないだろうな?」
――エミヤ
「何? ストーキングだと? ふむ…………幾人かの顔が浮かんだが、彼女達は今更ストーキングなどしないだろうし、やはり清姫では? 違う? そうか、すまないな力になれなくて。わびとしてこれを渡しておこう。ん? これは何かだと? 見ての通り鉄板だ。安心しろ、君の背中に合うように投影した」
幾人かのサーヴァントに話を聞くものの手がかりすら掴むことが出来なかった藤丸はいったん部屋へと足を向けていた。
「全部空振りか……」
実際は空振りどころか新しいトラブルに巻き込まれかけたのだが、藤丸はその辺りは気にしていない。
というか今回のはまだ藤丸自身を想っての行動だったため、まだ良い方だ。そう、ハロウィンと比べれば。
エリザベート・バートリーが主催するハロウィン。そこで行われる音楽の暴力。否、あれは音楽ですらない。空気の振動による破壊兵器だ。
三半規管を揺らし、脳味噌をシャッフルされたかのような感覚に陥り、真面に座ってもいられない。
それが永遠に続くのだ。ハッキリ言ってカオスであり、地獄である。
その地獄っぷりは百戦錬磨の英雄達がこぞって特異点へ行くのを拒否するレベル。いつもは頼りになるクー・フーリンやエミヤも何かと用事を付けていなくなってしまった。何も言わずに同行してくれたのはマシュだけである。
当時のことを思い出し、ホロリと涙を零す。
「あら、見て
「そうね、
クスクスと品のある笑い声と共に藤丸の前に見た目がそっくりの2人の少女が現れる。
「エウリュアレにステンノ。どうしたのこんな所で?」
ギリシャ神話におけるゴルゴン三姉妹。男の憧れの具現、完成した「
いつもはアステリオスの肩に乗っていたり、メドゥーサを虐めていたりしている彼女達が、2柱だけで行動しているのを藤丸は珍しく思う。
「もしかしてメドゥーサを探してる? 悪いけど、今何処にいるか知らないんだ」
「別に構わないわマスター。メドゥーサの居場所は分かっているもの」
「そうなんだ。そしたらアステリオスかな? さっき食堂で見かけたから呼んでくる?」
「自ら私達のために動こうとするのは良い心がけだけど、今回はアステリオスにも要はないわマスター」
「えぇ、そうよね。
「えぇ、そうね。
「? どういうこと?」
エウリュアレとステンノの言葉に首を傾げる藤丸だが、エウリュアレとステンノは答えない。代わりとばかりに妖艶な笑みを浮かべて藤丸の手を握った。
美の結晶とも言うべき存在に手を握られる。世の中の男性からすれば血涙を流したくなるほど羨ましい状況だろうが、藤丸は冷や汗を流す。
何故なら、これまで彼女達の起こした事件に巻き込まれたのはメドゥーサだけではなく、マスターである藤丸も巻き込まれたことがあるからだ。
今藤丸の目の前で浮かべている笑みは、その時に浮かべていた笑みと全く同じものだった。
「あ~……俺この後」
「あら、まさか私達の誘いを断るつもり?」
「女神の誘いを断るなんて――一体、どうしてくれようかしら?」
「……ぜひ、受けさせて頂きます」
一瞬断ろうとした藤丸だが、2柱の女神の瞳が鋭くなるのを見て、断ると言い切った瞬間自分は無事では済まないと悟る。
藤丸の言葉に満足した2柱の女神は藤丸の手を引いて歩き出す。
その手を振りほどくことなど藤丸に出来はしなかった。
カルデアの廊下を歩き、藤丸達が辿り着いたのは召喚されたサーヴァントに割り振られている個室の1つだ。
ただし、今回訪れたのはエウリュアレの部屋でもなければステンノの部屋でもない。三姉妹の末妹――メドゥーサの部屋だった。