――記憶を失っていたときのことは、朧げながらも覚えている。イレブンの気遣う眼差し、労わるように添えられる手。親密な優しさ。きっと俺はその時から、彼に恋をしていた。
そしてマヤの呪いが解けたあの日、クレイモランで・・・
「マヤはここに預けておけばひとまず安心だ。あいつのためにも俺は新たな旅に出る・・・・そう、お前と一緒に魔王を倒す旅にな!よろしく頼むぜ、相棒!」
俺は元気な声で言ったが、イレブンは無言で俺をじっと見つめた。
――え?まさかここで俺をパーティーメンバーから外すとか言わないよな?
「イレブン?」
不安になって呼び掛けるが、返ってきたのは意外な言葉だった。
「・・・・君が好きなんだ。僕の恋人になって?」
世界の時が止まった。
雪がちらつく中、俺はあっけに取られてイレブンを見返す。
「え・・・な・・・」
「ずっと君が好きだった。君が何らかの目的で僕といることがわかっていたから、今まで言えなかったけれど・・・これで目的は果たしたんだろ?だから僕の気持ちが迷惑なら、君は断ることも、旅の仲間から抜けることだってできるよ。」
「イレブン・・・」
――俺、を?勇者が俺を?信じられねえ。
イレブンの真摯な瞳に見つめられて、鼓動が早くなる。
「・・・いいぜ。」
やっとのことで、言った。
「本当に・・・?」
「・・・ああ。」
「カミュ。」
イレブンが近づき、俺の両肩に手を置いた。暫く見つめ合った後、イレブンがゆっくりと顔を近づけて唇を重ねる。イレブンが促すように俺の唇を舐めたので内心驚いたが、躊躇いがちに口を開いた。イレブンは開いた僅かな隙間から舌を挿れて、歯列をなぞり、上顎に触れ、舌を絡め、擦り合わせる。最中、イレブンが俺の手を取って自身の肩に導いたので、俺は両腕を彼の首に廻した。イレブンの手が俺の腰をそっと掴む。濡れた音が密やかに響き、喘かな声が漏れた。
漸く口吻けを解いた後、イレブンははにかむような笑みを浮かべた。
「・・・ずっとこうしていたいけど、凍えちゃうね。街に戻ろっか?」
「はは、そうだな。」
俺たちは微笑み合い、並んで歩きだした。
*
クレイモランを出発して聖地ラムダを目指すためにシケスビア雪原を進んでいた一行は、途中にあるキャンプ地で夜を明かすことにした。
「明日には雪原を抜けてゼーランダ山に入れるじゃろう。」
焚火を囲みながら、ロウが呟く。皆疲労と寒さで言葉数も少なかった。イレブンが隣に座っているカミュの肩を抱き寄せる。そのごく自然な動作にシルビアが目を瞠った。
「あら・・・もしかしてイレブンちゃんとカミュちゃん・・・」
カミュははっとしてイレブンから身を離した。
「寒かっただけ・・・「うん。僕たち、付き合ってるんだ。」
誤魔化そうとしたカミュの言葉を遮ったイレブンにカミュはぎょっとして彼を見た。おぉ、と仲間たちから驚きの声が上がる。
「イ・・・イレブン!」
慌てるカミュに、イレブンは毅然とした目を向ける。
「隠す必要なんてない。皆にも認めてもらおう。」
「辛い時期だからこそ、パートナーの存在は支えになるわ。」
「うむ。」
マルティナとグレイグが同調し、ロウとシルビアも温かく微笑んだ。
仲間の目を盗み、二人きりになれた瞬間に交わされる口づけ、そっと重ね合う手。密やかで、ささやかな交情。
――そんな交際が始まると思っていたのに。
「カミュ、眠れないの?寒くない?」
頭の上から聞こえた囁き声にカミュは思わず身動ぎした。目の前にはイレブンの胸元。カミュの身体に廻された腕が背を撫で、更に抱き寄せられる。
――何だよ、コレ・・・
「い、いや、大丈夫だ。」
「そう?明日もキツイ道程になりそうだから、しっかり休んで?」
「あ・・・ああ。」
テントの中、二人が一番奥で隣同士になったのは仲間たちの気遣いによるものだった。カミュの顔が熱くなる。公認になったことで何憚ることなくイレブンはカミュを抱き締めて眠りに就こうとしていた。
――恥ずかし過ぎる。まさか付き合ったばかりでこんな・・・うぅ~、さっさと寝ちまおう。
カミュは速やかに眠るべく目を閉じた。
*
「忌まわしき魔物よ、風の裁きを受けなさい!」
凛とした声と共に強力な竜巻が魔竜ネドラに襲い掛かり、魔物を討ち滅ぼした。シケスビア雪原で一行はセーニャとの再会を果たし、共に聖地ラムダを目指すことになった。
そしてラムダで知ったベロニカの死。
「・・・ベロニカ。何でだよ。」
「君は彼女と兄妹みたいに仲が良かったものね。」
ラムダの宿屋で。ベッドヘッドに身体を預けたイレブンが、隣に座るカミュの肩を抱き寄せる。
――セーニャはもっと辛いはずだ。
寄り添える相手がいる自分に罪悪感を感じる。ふとカミュは、どこからともなく竪琴の旋律が聞こえてくるのに気づいた。
「・・・なあ、竪琴の音色が聞こえねえか?」
「うん。聞こえる。」
「セーニャが弾いてんのかも。一番悲しんでるのはあいつだ。お前、行ってやれよ。」
――俺よりも彼女の方が、寄り添える相手が必要だ。
「君は優しいね。」
イレブンは微笑んでカミュの頭の横にキスをした。
「セーニャは大切な仲間だ。行ってくるよ。」
イレブンはベッドを下り、部屋を出ていった。
――セーニャはもしかしてイレブンのことを・・・
そう考えてカミュは遣り切れない思いで目を閉じた。
*
「神の乗り物、ケトス・・・・!!」
ファナードが呟く。
勇者の峰でイレブンが受け取った笛は勇者の印と反応し釣り竿の形へと変化し、雲海から金色に彩られた空飛ぶ純白の鯨を釣り上げる。そして元の形に戻った天空のフルートを勇者が吹くと、彼と彼の仲間は金色の光に包まれてケトスの背へと降り立った。
「すげえ、俺たち、空を飛んでる!」
翼があれば、と願っていた少年カミュの願いは今叶えられ、この果てしない空をどこまでも飛んで行けるような気がした。胸に名状し難い感動が湧き起こり、カミュは笑顔で隣りのイレブンを見た。イレブンも振り向き、微笑む。
――イレブンに出会ってから俺の人生は回り始めた。こいつがいればすべてうまくいく気がする。こいつは俺にとって幸運のお守りだ。
ごく自然に手と手が触れ、二人の指が絡められる。
「さあ、天空の浮島を探すわよ~~!!」
シルビアの元気な声が響き、仲間たちは頷いた。
*
ケトスで空を翔け神の民の里に降り立った一行は、そこで伝説の勇者ローシュのことを知り、勇者の剣を造るべく出立した。
天空の古戦場でオリハルコンを、サマディーでガイアのハンマーを手に入れ、辿り着いたヒノノギ火山の伝説の鍛冶場。
「よーし!やろうぜイレブン!魔王のヤツをぶっ倒すため、ここで新たな勇者の剣を造るんだ!」
イレブンが頷き、皆が見守る中、ハンマーを振う。鍛冶場に剣を鍛える音が響いた。暫くしてイレブンはハンマーを下ろして息を吐き、額の汗を拭う。
「イレブン、次は俺の番だぜ。」
カミュがハンマーを受け取り、剣を鍛える。他の仲間も次々と協力してハンマーを打つ。そしてついに、勇者の剣が完成した。
「ともに戦う仲間と空飛ぶ神の乗り物・・・・そして新たなる勇者の剣。ついに魔王と戦う準備が整ったか。」
グレイグが言い、皆が暗雲立ち込める空を見上げた。
*
天空魔城にいるウルノーガに挑む前夜。
イレブンは翌日の出発時間まで仲間に家族の許で自由に過ごしてもらうことにした。ルーラでシルビアをソルティコ、セーニャをラムダへと送った後、クレイモランへと跳ぶ。だがマヤはまだ目覚めていなかったため、残りのメンバー皆でイシの村へとやって来た。今もデルカダール王を初め、兵士や民のほとんどがイシの村に留まり、村の復興に携わっていた。
マルティナとグレイグはデルカダール王のテントへ、イレブンはエマと話した後、カミュとロウとともにペルラの待つ自宅へと向かった。
ペルラは簡易的に補修した家でイレブンたちに心尽くしの夕食を振舞った。
「・・・母さん。」
夕食を摂りながら、イレブンが口を開く。
「必ず勝って皆で帰ってくるつもりだけれど、僕や誰か――もしかしたら全員が帰ってこられない可能性もある。」
「何言ってんだい、この子は。」
「聞いて、母さん。もしそうなったら、ごめん。」
「・・・・・・。」
「・・・ロウは僕の実の祖父で、カミュは僕の大切な人だ。もし僕が帰らなくても、二人が無事に帰って来たら、よくしてあげて?」
「も・・・もちろん、だよ・・・」
ペルラがエプロンの裾で目頭を押さえ、ロウとカミュがイレブンを見た。
「ありがとう、母さん。」
イレブンが微笑んだ。
夕食後、イレブンは『星を見ない?』と言ってカミュを自宅の屋根へと誘った。屋根の上で隣り合って座ると、静かな闇に沈んだイシの村に素朴な灯りがちらほらと瞬いているのが見えた。夜空には下弦の月と星々がささやかな光を投げかけていた。
「――ねえカミュ。」
「うん?」
「明日必ず勝って・・・、一緒にイシの村に帰ってこよう。」
「・・・ああ。」
「村の復興は大変だろうけど、みんなで頑張ればきっとできるよ。落ち着いたらマヤにも来てもらってさ。」
「・・・・・・。」
「僕と君と母さんとロウとマヤ。イシの村で、五人で幸せに暮らすんだ。」
「いいな。」
カミュが微笑みイレブンの方を見るとイレブンもカミュの方を見て、そっと頬に手を添え口づけた。もう、とうに馴染んだ感触。
「・・・君が好きだよ。」
「俺も・・・」
間近で見つめて、囁き合う。
「俺たちならやれるさ。ウルノーガを倒してみんなで帰って来ようぜ。」
「うん。きっと・・・」
二人は微笑み合った。
就寝時間になって、ペルラは客人二人にベッドを使うように勧めたが、ロウは寝袋があるからと固辞し、奥の小部屋へと引っ込んだ。カミュも床でいいと言ったが、イレブンが一緒に寝ようと言ったのに折れて彼のベッドに潜り込んだ。だがやはり二人で寝るには狭くて、横向きにイレブンがカミュを後ろから抱くような態勢になる。
「は、はは・・・やっぱ狭えな。」
背中に密着するイレブンにドキドキしながらカミュが丸くなる。
「二人きりならよかったんだけど・・・」
イレブンが小さく溜息を吐き、項にそっと唇で触れたのでカミュは息を呑み身を固くした。イレブンのすぐ後ろのベッドにはペルラが、奥の部屋にはロウが寝ている。
「・・・続きは帰ってきてからしよう?」
イレブンが囁いて、カミュは頬を染めた。
*
ケトスで天空魔城に乗り込んだ僕たちは激戦の末、魔王を討ち滅ぼした。
そしてウルノーガ討伐後、グロッタの南に“何か光った物”を調べに行き、 “忘れられた塔”へと辿り着く。そこで時の番人に会い――
――僕は時を渡った。
「なあ、イレブン、お前どうしちまったんだ?」
カミュに話しかけられて僕は物思いから我に返った。始祖の森の麓でのキャンプ。使命を帯びた旅も大詰めを迎え、いよいよ命の大樹へ到達しようとしていた。夕食後の団欒の後、仲間たちは寝るために一人、また一人とテントの中へと入っていき、残っているのは僕とカミュの二人だけだった。見ると隣に座るカミュが僕を覗き込んでいる。
「何が?」
「何が、って・・・。ラムダで姿を消して戻ってきたと思ったらお前、急に・・・」
僕はカミュの焚火の炎を映す蒼穹の瞳をじっと見つめた。
「・・・・知りたい?」
「ああ。」
僕は目を僅かに細め、焚火の方へと顔を戻した。
「・・・今は話せない。」
「親友の俺にも話せないことなのか?」
――君だって妹さんのことを話してないじゃないか。
「うん、・・・ごめん。君は寝ないの?」
カミュは何となくイレブンが一人になりたがっているのを感じて腰を上げた。
「・・・じゃ、俺もそろそろ寝るぜ。お寝み、イレブン。」
テントへ向かうカミュを見送って、僕は弱まりかけた焚火に目を遣った。
――今度はうまくやってみせる。ベロニカも大樹も、二度と失ったりしない。
夜空を見上げると、満月が煌々と輝いていた。
*
デルカダール王に憑りついていたウルノーガは勇者一行によって倒された。だが勇者の星が落ち始めたことを調べるにつれて邪神復活の事実が判明し、一行は邪神を倒す旅を続けることとなった。
「なあイレブン、聞いてくれ。こんなときに済まないが・・・・お前に大事な頼みがある。」
邪神を倒す手段を探し回っている最中、カミュが遠慮がちに僕に言った。
「・・・クレイモランに寄ってほしいんだ。」
「もちろん、いいよ。」
僕たちはクレイモランへと跳び、他の仲間を街に待たせて、僕はカミュとともにバイキングのアジトへと向かった。カミュはアジトを抜けた先にある閉ざされた扉へと僕を導く。
その扉の中には――黄金の少女の像。
僕が勇者の剣を掲げると、剣から光が溢れ出した。そして――
「マヤ!」
人の姿に戻り、頽れかけるマヤをカミュが抱き留める。兄妹は和解し、微笑み合った。
「預言は本当だったってことか。・・・・ありがとよ、イレブン。おかげで俺の贖罪は果たされた。」
カミュが僕を振り返る。
「今度は俺がお前の期待に応える番だな。よろしく頼むぜ、相棒!」
僕たちはマヤに別れを告げて風穴の隠れ家を後にした。
――時を渡る前は、このタイミングだった。
僕は歩みを止め、それに気づいたカミュが振り返った。
「イレブン?」
「・・・君が好きなんだ。僕の恋人になって?」
雪がちらつく中、カミュがあっけに取られて僕を見つめる。
「え・・・な・・・」
「ずっと君が好きだった。君が何らかの目的で僕といることがわかっていたから、今まで言えなかったけれど・・・これで目的は果たしたんだろ?だから僕の気持ちが迷惑なら、君は断ることも、旅の仲間から抜けることだってできるよ。」
「イレブン・・・」
カミュは少しの間逡巡しているようだったが、顔を上げると。
「・・・すまねえ。」
苦し気な貌で、言った。
「・・・・・・え?」
「恩人の想いを無碍にするのは気が引けるが・・・俺、お前のことをそんな目で見たことねえんだ。・・・けど、邪神を倒すまでは力になるぜ?」
「・・・・・・。」
――フられた・・・?君は僕が好きなんじゃなかったの?
「さあ、凍えちまう前に街に戻ろうぜ?」
カミュが笑って踵を返し、歩き出す。僕が後をついてこないのに気づいてカミュが振り向き呼びかけるまで、僕は白い雪が舞い落ちる中、呆然と立ち尽くしていた。
次はR-18です。