黒い小さな笛、手のひらに収まるサイズのそれを見ている。
踏み出したからには、放置したままではいられない問題がある。
あの龍についてだ。
初対面の時の要求が淫魔の生命線を切る様な内容で、苦手意識が出来てしまっているけれど、いい加減どうにかしたい。
出会い方は最悪だったけど、約束は守っているし人類に対する貢献がデカすぎる。
苦手なだけで、嫌いな訳ではないのだ。
東方戦線を停滞させていたアンデットの発生する領域、これの浄化を資材も何も使わずに自前の炎で済ませられるのは流石の一言。
浄化した領域に営巣し始めた事によって、東方戦線を構築していた都市は人類の安住の地となった。
じりじりと人類側が削られる劣勢にあった東方戦線が、今一番安全な場所になっているのはどんな皮肉か。
偵察を出してきた奥地にいた魔族すら、それを敵対行為と判断して焼いているから手を出してくる者は居なくなっただろう。
こちらも相手の要求に応えるべきだろう。
苦手だし、お互いの種族的な特性がおかしな形で噛み合っている為に、相性がいいとは言えないが相手の努力に報いようと思う。
笛を吹いてみたが犬笛の様な物なのか音は聞こえない。
渡された物だから龍を呼ぶ笛の様に思っていたけど、これで使い方は合っているのだろうか?
吹いた後どのくらいで相手に伝わるのか分からないので、家に入って待っていた方がいいかもしれない。
踏み出した一歩目が、こんなに行き当たりばったりでいいのだろうか。
「その気になったか主よ‼」
お茶を淹れて、それを飲み切る前にやってきてしまった。
音が伝わったのか、吹いた時点で気が付く物だったのか、思っていたより随分早い到着だ。
街に入る際のチェックや家主への許可は取って入って来たのだろうか。
「いらっしゃい。今回は歓迎するよ」
対外的な対応は淫魔ではできないので、龍の対応をどうにかしておこう。
相性の悪さは知識でどうにかするしかないようだ。
まだ昼にもなっていないので、多少は会話をしてお互いを知って抵抗感を減らしておきたい。
この龍は、同族の中では若い方であるらしい。
だから時間感覚が、長命種にありがちな大雑把なものではなかったのかと思ったが、どちらかと言うと個人の資質による所が大きいみたいだ。
人類に分類されないはずの龍が、淫魔と交配可能であると判断した理由についても聞いてみた。
感覚的にイケると判断したとの事。
種族が違うと理解できない類の感覚で、淫魔は見つけられたのだろう。
淫魔もお相手のどんな行為が性癖に刺さるのかが、なんとなく分かるが、何故分かるのかは説明できないしそんなものだろう。
自分の代で龍を滅ぼさない為に努力するが、種族として繁栄するかどうかは子供らが選べばいいと放任の姿勢でいるらしい。
子供達の番になる相手が母親より年上だけになるだろうけど、そこは淫魔ではどうにもならない。
気の合う相手が見つかってくれる、それを祈っておくしかないだろう。
◇ ◇ ◇
今回使う部屋は聖女ちゃん達の屋敷に用意してもらった、単目的ルーム。
流石の淫魔も自室を、ヤリ部屋とは呼びたくない。
寝る事にも使って無いので、使用目的からすれば適切な呼び名であってもだ。
ベッド以外の家具は掃除をしにくくするだけの為に入れていない。
それでも、部屋がガランとした印象にならないのは、複数のベッドと間接照明のお陰だろう。
相変わらずの角と羽に尻尾が問題だ。
淫魔はこれらは邪魔だから全てオミットしているけど、龍は何かこだわりがあるのだろうか?
服の着脱に非常に邪魔で、羽なんてあっても飛べないし背中が寒いだろうに。
普段が龍の姿だから問題ないのか、人型になっても龍の耐性なら気温の変化くらいで弱らないのか。
淫魔ではこうはいかない。
白く見えたり青く輝く様な色に見えたりする髪はファンタジー感溢れているし、スタイルも人型基準で美しいと思えるもの。
体を服の様に隠す鱗も、滑らかで触り心地がいい。
龍の面影をある程度残していないと、産まれる子供に影響が出る可能性もあるし、やり辛くてもどうにかこのままでするしか無いだろう。
仰向けだと彼女の角と羽でベッドが酷い事になってしまうし、うつ伏せでは尻尾が邪魔になる。
座位、立位の対面なら一見問題ないが、彼女が上になった時もそうだが即落ちで腰が砕けるので、若干危険がある。
安全で双方がやり易い体位が側位くらいしか残らない。
ファンタジー要素が強い種族ほど、普通の家具などと相性が悪くて対応が難しい。
そもそも、屈服している自分に興奮してしまっているから、何もしなくても一人で行きつく所までイッてしまう。
こんな形で淫魔の種族的な特性がほぼ使われ無いのに、使ったのと同じ結果を出されると無力化され負けている気分だ。
見つめ合うとお互いに魔眼持ちで、これだけ強さが正反対であるのに様々な共通する部分が見つかるのが面白い。
淫魔の人と見た目の違う箇所は魔眼くらいだが、目の前の龍は見るからにファンタジーな存在だ。
前回と違って、精神的にも余裕があるし、焦らずじっくり進めていこう。
キスをする。
これは前回の反省も込めてのつもりだったのに、何を思い出したのか龍の方が一気に発情してしまっていた。
本当に想定通りには動かない。
でも、これでこそ即落ちドスケベ龍だよ懐かしい。
「主の子種ですぐに発情してしまう、妾の事を躾けて孕ませて下さい」
声をかけている視線の先が淫魔の相棒だけど、前よりはかなり落ち着いているし大丈夫だろう。
動物的な感じに腹を見せて転がったりしていないし。
卵生なのか胎生なのかも分からないけど、淫魔に出来る事に変わりはないのだから、いつも通りで大丈夫だろう。
ベッドを壊さない様に横向きに龍を寝かせる。
ベッドに横になった龍の視線の先に、全身を映せる鏡を魔法で用意しよう。
自分の組み敷かれる姿を見て、存分に興奮していてくれていい。
片足を持ち上げ、広げられていく様に視線は釘付けになっている。
まだ始まってもいないのにびくびくと上り詰め、脚を伝いベッドまで濡らしていく。
豊富な潤滑剤のお陰で抵抗なく進み、形が若干変わる自分の腹に興奮している龍の最奥へと到達する。
動かなくても相手が達して搾り取ろうとするので、このままでもいいかと思ったが、物欲しそうな視線が鏡越しにこちらへと届く。
前回が相手の嗜好に合わせての事とはいえ、雑に扱い過ぎた。
だから本当に本気となった、淫魔の手練手管を体験していってもらおうか。
◇ ◇ ◇
少し前の事を思い返している。
主、あの淫魔と出会った頃の事だ。
子は授かれなかったが、子を生す事が出来る相手がいる事が分かったのは大きな収穫だ。
しかし、さてどうすれば主はその気になってくれるのやら。
これまでに直面したものと毛色の違う問題に頭を悩ませていると、この娼館の支配人に声をかけられた。
大勢の人の耳のある中する話ではないのでと、連れられて行ったのは応接室か、余人を交えず話すには誂え向きな部屋だった。
淫魔を引き抜いて行こうとした事への小言もあったが、興味深い話も聞けたので概ね良い話だ。
普通の淫魔の刹那的で欲求に素直な生き方と違って、主は死んでしまわない様に生きているらしい。
約束や契約などを守ろうとするので、安全と恩を与えれば大抵の要求は通るとも。
なるほど、娼館の中のみが自身の生存圏であると思っている故の拒絶であり、それを脅かされた為の自棄に思える対応か。
「この都市の東側を浄化してそこに妾が居を構えたら、影響はどうだろうな?」
ニコリと底の読めぬ笑顔で、都市間を結ぶ衛星都市計画も進み、あれも外に興味を持つかもしれないので宜しいかと。
その様な事を言った後に、独り言にしては大きな呟きとして、淫魔を身請けするなら常連である彼女達だろうと話を結ぶ。
そちらにも話を持っていかねば、巣穴から自分で出て来たりはせぬそういう事だろう。
中々に生存の為に他を放り出した生き方をしている。
根回しなど龍の得意とする所ではないのだが、妾が選んだ道だ仕方あるまい。
一度に全員集めたのは失敗だったやもしれん。
……龍すら屠れそうな連中を相手に交渉などと、忘れがたい経験をすることになるとは。
◇ ◇ ◇
手順を踏んでからならせずに済んだ苦労の甲斐あって、主もようやくやる気になったらしい。
すぐに子作りとはいかなかったが、前向きに捉え準備する為なら話にも付き合おう。
そこまで長々と話し込む事もなく、手を引かれて入ったのは殆ど使わぬが主の自室らしい。
龍の眼を怯えるでもなく見返されると、あの日の最強の種族であるにも関わらず屈服させられた事を思い出してしまう。
妾自ら取り込んだ前回と違って、淫魔の媚薬の効果がまだ回っていないはずなのに、体の方は準備を整えてしまっている。
角と羽を気にしてかベッドへ横向きに寝かされ、目の前には見せつける様に鏡を作られる。
焦らすかのような速度であてがわれた熱に気をやってしまう。
正直、朧気でない記憶が残っているのはここまでで、後は飛び飛びの情景しか記憶にない。
体の方には刻み込まれた快楽と行為の跡が十二分に残っているのだが。
キスマークと言ったか、龍の体ではこの様に跡が残るなどありえぬゆえ、人型になっている今だけがこの情交の名残を見る機会になるだろう。