デート当日、11時くらい?この世界の時計で昼の一刻前に勇者ちゃんが娼館にやって来た。
朧げな知識によると、白いブラウスに鮮やかな緑のフレアスカートの組み合わせ。
シンプルだからこそ、素材の良さが際立つ。
手首あたりで広がっている裾がふわりと、はためき視線を引き寄せる。
どうしてこう、ひらひらした動く物って意識が引き寄せられるのだろう。
フレアスカートって足が長く見えるよね。
実際長いし手触りが良くて、脚フェチじゃなくても幸せを感じる時を過ごさせてくれるんだけど。
靴はパンプス?低めのヒールついてる革靴。
なんの革を使っているのかは、ファンタジー素材含め候補が多いため分からない。
ジッと見てしまったけど、凄く綺麗で似合っていると伝えたら、軽く胸元を押さえて良かったと言って笑顔を見せてくれた。
「まず、これを」
そういって、手のひらに収まるくらいの巾着袋を渡された。
「開けてみて」
促されて滑らかな手触りの巾着袋を開けると、指輪が入っていた。
結婚指輪などの様に細いものではなく、手紙に蝋で封をする時に紋章をつける指輪だった。
「娼館所属だとわかるチョーカーを着けていても出歩いていたら、面倒ごとに巻き込まれる事もあるかもしれないから」
この指輪だとそれ以上の抑止効果が期待できるのだろうか?
よくわからないと顔に出ていたのか、追加で説明をしてくれた。
これは勇者ちゃん個人の紋章らしい。
剣を抱く乙女が描かれている。
「この紋章は自分で選んだんじゃないのよ」
少し恥ずかしそうにしている姿を見れて、眼福である。
綺麗なお姉さんが照れて、恥ずかしがっている姿からしか摂取できない栄養も淫魔の体には必須だと思う。
ありがたく受け取り、つけるなら右手の中指がいいとの事でその通りつけておく。
これは、うちのバックには勇者ちゃんがいるんだぞって意味だよね。
始めて会った時から随分と、印象が変わったように思う。
硬質で透き通った水晶を思わせる雰囲気を纏っていた印象から、そこに日の光が当たって様々な色の光が反射されているように感じる。
気を許してくれているという解釈でいいのだろうか。
勇者ちゃん希望のデート、その始まりは景観の良い通りを一緒に散策したいとの事。
せっかくだから手を繋いで歩こうと手を差し出すと、それだけで嬉しそうに笑ってくれる。
淫魔の手で良かったら今日は好きに使ってもらっていいからね。
普通に握る?それとも指を絡める恋人繋ぎ?自分がしたいようにして過ごしてね。
◇ ◇ ◇
果実をつけ葉も有用な薬効がある街路樹は、ここが戦いの前線として設計されたからか実に合理的だ。
いくつかある大通りは、それぞれ違う街路樹が植えられているため、その木の名前に通りをつけて呼ばれるそうだ。
どの木も食べられる実をつけるか、薬効が有用な植物が選ばれているらしい。
歩いているこの通りは今が花盛りで、甘さの割に爽やかな気分にさせてくれる香りが楽しめる。
籠城の可能性を考えると衛生の問題は重大であり、上下水道は整えられメンテナンスも毎年欠かされていない。
恩恵を享受する側からしたらとてもありがたい。
中世暗黒時代のような衛生状態だったら散歩なんて楽しめなかったはずだ。
お昼はベンチで総菜系のクレープ、もしくはガレットのようなものを違う味の物をそれぞれ買ってシェアして食べた。
しかし間接キスくらいでここまで照れて赤くならなくても、そう思ったけど間接キスははじめてか。
異文化だとこれが恥ずかしがるポイントになるのかな?
そう不思議に思っていたら、首に軽く当たるくらいの感触とリップ音。
俯いて恥ずかしそうにでも、幸せそうな顔の勇者ちゃん。
思えば自分から積極的に淫魔に触れて来たのってこれが第一回目では?
腰に手を回して少し開いていた二人の距離を縮めるように座りなおす。
予定は未定、穏やかに微睡むような時間だって一緒に居られる幸福を噛みしめられていいものだ。
肩に感じる、ささやかな重みが心地よくて、これは食休みが少し延びても仕方ない。
◇ ◇ ◇
長めの食休みの後、足を運んだのは美術館。
贔屓の画家もなければ、技法に詳しいわけでもないけど、本当にいいものは見ただけで鳥肌が立ったりするのだ。
だから裸婦像を眺めてしまって、頬を膨らませそうな雰囲気のちょっぴり妬いてる勇者ちゃんはとてもいいものだ。
甘酸っぱい青春の空気を感じる。
淫魔にここまで健全な行動ができるなんて、日も降りてきているのに……テリトリーの外だからかな。
風景画などで描かれたこの都市は、重厚な城壁を見上げるような構図や、城壁の上に立つ歩哨など前線拠点としての頼もしさを感じるものが印象に残った。
人物画?女の人は座っているのが多くて、男は立って手を上げていたりが多かった、くらいしかわからん。
なんか後ろに旗が立ててあったりしてたけど、識別に専門の教育があるような分野はわからなくてな。
ちょっとしたアクシデントもあったが、概ね上手くできたのでは?
今生初のデートなのだ、採点は甘めでお願いしたい。
日が落ちたばかりであっても、歓楽街には酔っている人も珍しくない、何なら昼から飲んでる人もいるくらい。
だからって、歓楽街を男女で歩いている所に絡むなよ、おっさん。
「兄ちゃん美人さん連れてんじゃん、俺なんてどうよ、楽しい夜を過ごさせてやるぜ?」
勇者ちゃんの方に顔を向けて、軽口なのか本心なのか下心を隠さず声をかけてきた。
瞬間、空気が変わったのが淫魔でもわかった。
今日はずっと穏やかで優しい雰囲気だったから、いけると思ったのだろうか?
このピリピリした感じは、初めて勇者ちゃんに会った時のようで懐かしいかも。
あの時に何か怒らせるような事をしていたら、淫魔もこれを正面から受けていた可能性があったのか。
空間が軋むなんて表現は体験したくなかっただろうに、ダムは決壊させるなよ。
街を汚すのは軽犯罪になるからな。
勇者ちゃんの頬に手を当てて、口付けを長く深く体の力が抜けるまで見せつけるようにしておく。
目を白黒させていた勇者ちゃんがふっと笑ってくれたので、ことさらに明るく道化を演じておく。
「これからお楽しみだから、相手出来なくてすまんな」
酔っ払いに一声かけて、娼館の淫魔の部屋へ勇者ちゃんと帰って来た。
夕食を忘れてたけどしょうがない、娼館でなんか頼もう。
綺麗な姿と可愛いところだけを見せたかったのか、落ち込んでいる勇者ちゃん。
大丈夫‼なんなら、黒幕ラスボス系だって守備範囲内だから。
◇ ◇ ◇
淫魔の媚薬化している体液やフェロモンをなるべく抑えて事にあたる必要があるだろう。
必要なのは快楽で押し流して、有耶無耶にすることではないからだ。
折角のデート服だけど、しわにならないようハンガーラックにかけておこう。
着衣での行為もいいものだと思う。
淫魔の魔法なら後始末だって簡単だし。
でも、今やるべきかと考えると違うと思うのだ。
そのままの姿の勇者ちゃんはやっぱり綺麗だった。
美術館で見た裸婦像なんて、比較するのも悪いくらいだ。
お互いの肌がふれ合い、触っているのか触られているのか曖昧になるくらいの時間、繋がり可愛いと思うところを囁き続けた結果。
褒める度にそんなことはと否定したり、なにを考えていたのか出ていた百面相は押し流され、目が潤みとろんとした表情から戻らなくなっていた。
折角のデートなんだ。
失敗したなんて思うことなく楽しかった、してよかったと思って欲しいよね。
幸せを感じたまま、今日を終わらせる為の魔法を額へのキスの形で行使する。
良い夢を。
なお、本人の希望によりレベルドレイン済みである。
これだけで、この都市で有数の高レベル者になってしまっている。
出来ることは相変わらずエロい事だけなのに。
◇ ◇ ◇
ここまで褒められ続けるなんて、今まで経験したことがなかった。
それも魔族を討伐した戦果や、襲撃に対しての救援に対する賞賛でなく、容姿や声そして性格に対しての誉め言葉ばかり言う人はいなかった。
いつも感じる痺れるような快感ではなく、胸の中が温かくなるような言葉と、出てきてしまう否定の言葉を完成させない口付け。
抱きしめられた腕の中、激しい動きなんてないのに溺れてしまうような快楽と、同じくらいの優しさに包み込まれている。
たくさんの温かい想いと思い出をもらってしまっても、私があげられるものなんて彼が必要として欲しがるものじゃないのに。
あって困るものでなく、嵩張ったりしないから受け取ってくれているけれど。
抱きしめられ肌に感じる熱に私の中の悩みまで、とかされてしまう。
悩みも失敗してしまったと思う後悔も解けきった頃には、自分から彼に手を伸ばしていた。
彼はなんて事のないようにそれを嬉しそうに受け入れて、絡めとられてしまう。
「良い夢を」
そんなことを、言うけれど私にとってはこの現実が、一緒に居られる温かさが良い夢なのに。
11/12 加筆修正
頭の中のあれこれを人に分かりやすい様に出力するのって難しい。