比企谷八幡は城廻めぐりに癒される。 作:悪夢
「ん...」
頬に違和感を感じて目が覚めた。
「ぁ...」
ゆっくりと目を開くと、丸い瞳が腕の中から見上げていた。
「ん...おはようございます...めぐり先輩」
「おはよう、比企谷くん...♡」
朝から甘ったるい声で挨拶をしてくれたのは...昨夜、ベッドを共にしためぐり先輩だった。
人差し指で俺の顔を指差したままニコニコと楽しげな表情を浮かべている。
「...?俺の顔に何か付いてますか...?」
酷い寝ぐせでもついているのだろうか?
「あ...ううん、そういう訳じゃないんだけど...」
それならばどうして...指をさしていたのだろう?
「?」
「...ふふふっ。えいっ」
可愛らしい掛け声とともに、彼女の柔らかい指が俺の頬を突いた。
「あー...」
ツンツンといたずらっぽい笑みを浮かべながら頬を突いているめぐり先輩。
...それで指をさしているように見えたのか。
「...めぐり先輩」
「ぁ...」
いたずらっ子の右手を捕えた。
「悪い子には...お仕置きですよ?」
「お仕置き?...どんな事されちゃうんだろ...♪」
楽しそうな様子だ。
「それはもう...お仕置き、ですよ」
「ぁ...」
細い顎に手を添えて、少し強引に上を向かせた。
潤んだ唇は漏れ出た声によって半開きになっており、実に"お仕置き"し易そうだった。
「ん...」
「んぅっ...んぅ...♡」
少し強引に唇を奪い、そのまま舌を割り入れてめぐり先輩の口腔内で絡め合う。
「ちゅ...んぅ...っ...♡」
時折ビクンと身体を震わせながらも、健気に舌を絡め合っているめぐり先輩。
段々と吐息が荒くなってきた頃に、ようやく彼女を解放した。
「ん...これがお仕置きです」
「んぅ...ふふふっ。こんなお仕置きだったら...私、悦んじゃうよ?」
蕩けるような笑顔が向けられていた。
「...まあ、それならそれで嬉しいです」
「お仕置きじゃないね♪...ふぁっ...♡」
無邪気な笑顔が愛らしくて、思わず抱きしめてしまった。
「...はぁ...」
ついでにため息まで出てしまった。
「ど、どうしたの?」
不安げな声が耳元に届いた。
「...あなたが可愛すぎるせいですよ」
「っ...!」
耳まで赤くなっていた。
「可愛いですよ...めぐり先輩」
「もうっ...ずるい」
頬を染めながらの上目遣いは強烈な破壊力だった。
「...さて、それじゃあ俺はそろそろ帰りますね」
これ以上続けていては永遠に帰れなくなる。
「え...?帰っちゃうの...?」
まるで捨てられた仔犬のような潤んだ瞳で見つめられてしまった。
「やっぱり帰りませ...じゃなかった。いえ、このままだといつまでも先輩を抱きしめ続けてしまいますので」
「それはそれで嬉しいけど...でも、しょうがないよね」
悲しげに瞳を伏せるめぐり先輩。
ああ...そんな顔をしないで下さい。まだまだ愛でたくなりますから。
「ねえ、せめて朝ごはん食べて行ってくれる...?」
そんな声で言われるとイエス以外の返答を失ってしまうじゃないですか。
「...では、ご相伴に預かります」
「いえいえ♪」
にこにこと愛らしい笑顔を向けてくれためぐり先輩。
「...」
「...」
しかし、なかなかベッドから起き上がれない。
肌寒い朝、2人で使うには少し狭いセミダブルベッドの中で身を寄せ合っていたのだ。そのお陰で、ベッドの中が暖かくて心地良いというのも理由の一つだ。
「えへへ...♡」
「しょうがない。これはしょうがないです」
吐息を感じる程の距離で再び笑い合ってしまった。
「それでは...布団、捲りますね」
「...うん」
何かを決意した女の顔だった。
その覚悟に答えるべく、俺は勢いよく布団を捲った。
「っ...!!」
「さ、寒っ...!」
ぎゅっと俺に抱き着いて来ためぐり先輩。
咄嗟に抱きとめたので彼女に触れている部分は暖かいのだが、室温は想像以上に低く、突き刺すような冷気が全身を包み込んだ。
「こ、この部屋ってすごく寒いから...いっつも朝は辛いの...っ...」
それに加えてめぐり先輩はかなり薄着だ。
白い太ももが見える程の水色の短パンを穿いて、上は薄っすらとライムグリーンの下着が透けて見えるほどの薄いTシャツだけだ。
...ちなみに、普段はナイトブラを着けて就寝するらしいけれど、今日は特別だから...とのことだった。
「確かにこの寒さは堪えますね...っ」
ベッドの上に起き上がり、暖を取る為にそのままめぐり先輩と抱き合っていた。
かく言う俺も下着と肌着のみなので滅茶苦茶寒い。
「め、めぐり先輩...コレ、着てください」
ベッドサイドに手を伸ばし、綺麗に畳まれていた俺のトレンチコートを手に取った。
「あ、ありがとう...でも、これじゃあ比企谷くんが風邪ひいちゃうよ...っ」
俺のコートはそれなりに生地が厚いのだが、それ以上に取り外し可能なダウンの裏地が温かい。
「俺はスーツを着るので大丈夫ですよ」
段々と寒さに慣れてきたので、めぐり先輩から離れる事が出来た。
コートの下に畳まれていたスーツに手を伸ばし、まずはスラックスを穿いた。次にYシャツのボタンを留めて、青いネクタイに手を伸ばした。
「ぁ...」
シュルシュルとセミウィンザーノットでネクタイを締めていたのだが、こちらをじっと見つめている視線に気が付いた。
「めぐり先輩?」
「ぁ...え?ど、どうしたの?」
頬を少し染めながらこちらを見つめていたので、それが気になった。
「いえ...あ、何かおかしなところありました?」
部屋の端に鎮座している姿見で自分の姿を確認した。
...特におかしな所は無いように見える。
「あ...そ、そうじゃなくて...その...」
両手をぎゅっと握って視線を逸らしているめぐり先輩。
「?」
ネクタイピンを止めてお揃いのカフスボタンで袖を留めた。
...ちなみに、高級感のある銀メッキだが、リサイクルショップにてセットで800円だった。
「そ、その...なんだか、良いなぁ...って思ったの」
少し恥ずかしそうに上目遣いで見つめられていた。
「そうですか?ハードオフにてセットで800円でしたよ。このカフスとタイピン」
「そっちじゃなくて!あ、いや、そっちも素敵だしお買い得だけど!」
少しからかってみた。
「冗談ですよ」
「もう...。あのね、私...男の人がスーツを着る仕草って...ちょっと好きかもって思ったの...♡」
頬をほんのりと染めながら、口元に手を添えて微笑むめぐり先輩。
「...そうなんですね」
面と向かって言われると...ちょっと照れるな。
「...比企谷くん?」
「どうしました?」
何となく...顔を見られるのが恥ずかしくて、少し視線を逸らしてしまった。
「ひょっとして...照れてる?」
キシッと軽くベッドのスプリングが軋む音が聞こえて来た。
「照れてないですよ」
彼女はベッドの縁に腰掛けて、俺を見上げていた。
「真っ赤だよ?」
「...照れてません」
「ふふふっ...それじゃあ、そう言う事にしておくね♪」
パタパタとキッチンの方へと向かうめぐり先輩。
楽しげな足音と、ギシギシと軋む古いフローリングの音。
「ねえ、何か食べたいモノ有る?」
「あ、お構いなく。先輩と一緒で良いですよ」
答えた後で気が付いたのだが、これを言われるとめぐり先輩は困るのではないだろうか?
「うーん...そっか~...」
うんうんと冷蔵庫の前で唸っているめぐり先輩だった。
「あ、あの...本当に何でも大丈夫ですよ。トースト一枚とかでも嬉しいですから」
「トーストか~...今、パンの耳切らしてるからなぁ~...」
パンの耳...?
「めぐり先輩...?」
冷蔵庫を開いて何か考え事をしている小さな背中に近寄った。
「うーん...」
「めぐり先...輩...?」
「あ、ごめんね。今、これくらいしか無くて...」
「そう...ですか」
冷蔵庫の中身は、2Lのペットボトルに入ったミネラルウォーターと、無糖のアーモンドミルク。そして、2パックセットのもやしと、これまた何本も鎮座している太めな魚肉ソーセージだった。
他にはマヨネーズと焼肉のタレがドアポケットに突き刺さっている。
他には何も無かった。...厳密には、端の方に竹炭の消臭剤も肩を並べているのだが、アレを食すという変わり者にはまだ出会ったことが無いのでカウントしない。
「めぐり先輩...」
「ああっ!」
悲しくなって声をかけたのだが、先にめぐり先輩が大きな声を出した。
「ど、どうしました?」
「もやし...消費期限が切れてる...」
そんな悲しい顔しないで下さい...
「そんなに前に買ったんですか?」
確か、もやしの消費期限は3日くらいのはずだ。水に漬けるともう少し長く保存できるらしいけど...
「うん...近所のスーパーが生鮮品セールの日にいっぱい買ったんだけど...お店が忙しかったから食べきれなかったの...」
しゅんとしているめぐり先輩だった。
「...よしよし」
犬のような尻尾や耳が生えていたら、きっと力なく垂れさがっていることだろう。
「ごめんね...朝ごはん、魚肉ソーセージだけでも良い...?」
「えっと...」
実は、魚肉ソーセージは少し苦手だ。
食べれないという事は無いけれど、それよりも...
「...」
この魚肉ソーセージ...昨夜のめぐり先輩の言の中にあった"練習"に使われていたのだろうか。
太さは全開状態の"ソレ"より細いけれど...剥き身のソーセージにめぐり先輩の真っ赤な舌が絡みついている様を想像すると...少し興奮した。
「ご、ごめんね...?魚肉ソーセージ...嫌いだった...?」
不安げな表情のめぐり先輩。
「あ、いえ、そう言う事では無いんですけど...」
さて...どうやら、めぐり先輩の生活が苦しいというのは本当らしい。
「...めぐり先輩。今からウチに来ませんか?」
「比企谷くんのおうちに?」
めぐり先輩はしゃがみ込んだまま小首をかしげていた。
...少し胸元が緩いシャツなので、ライムグリーンの下着が見えている。
「...はい。泊めていただいたお礼にご馳走させてください」
緩んだ首元から覗く谷間から視線を逸らしながら答えた。
「でも...うん。それじゃあ...お礼、されちゃおうかな...?」
「どうぞどうぞ」
すっと立ち上がっためぐり先輩。
そして、俺の耳元に口を寄せると―――
「もっと覗き込んでもいいよ...♡」
シャツの首元を伸ばしながら甘い声で囁いたのだった。
「っ...!」
...どうやらバレていたらしい。
――――――――――――――――――――――――――
土曜日の朝。特に観光地というワケではないので人通りも車の通りも少ない。
薄っすらと靄が掛かっている早朝の住宅街、そんな中を上機嫌なめぐり先輩と肩を並べて歩いている。
「~♪」
クリーム色のニットワンピースに、赤いダッフルコート。コートとお揃いの赤いミニスカートからスラリと伸びる細い脚は、ほんのりと肌色が見える程度のデニール値が低い黒ストッキングに覆われている。
「...」
ぎゅっと指を絡め合うように握られた右手。
道路の右側を歩いているのでめぐり先輩が車に跳ねられる可能性は低い。
「ねえ、比企谷くんのお家ってどのあたり?」
小首をかしげながら尋ねている。...クリーム色のニット帽が良く似合っていた。
「もう少し歩いたところですよ。結構近所ですね」
「そうだね~...ふふふっ。どうしてお互いに気が付かなかったんだろうね?」
まあ、案外ご近所さんの事は分からないモノだ。
「まあ、仕方ないですよ。先々月まで東京の本社でしたから」
この地方の支社で急遽欠員が出た関係で決まった転属だ。
島流しというワケでは無く、どちらかと言うと栄転に近いらしい。事実、明細を覗くと手当と基本給が増えていた。
「ふふふっ...これも運命...かもね...♡」
蕩けるような笑顔。
そんな彼女の手を...少し強く握った。
「また貴方に逢えたのは...確かに運命かもしれませんね」
「ぁ...えへへ...♡」
ギュッと手を握ると、めぐり先輩はこれまた愛らしい笑顔を向けてくれたのだった。
「っと...着きましたよ」
「そうなの?...えっ?ここ?」
見事な二度見だった。
「はい。...まあ、家賃は会社が半分以上出してくれているので、実質社員寮ですね」
それなりに立派なマンションなので、もしも会社の補助が無ければかなり厳しい生活になるだろう。
「す、すごいね...」
口が半開きになっていた。
「ほら、行きますよ」
「あ、う、うん」
めぐり先輩の手を引いてエントランスへと向かう。
暗証番号でロックを解除して、部屋鍵が無いと動作しないエレベーターで上階を目指す。
「...」
なんだか落ち着かない様子のめぐり先輩だった。
「めぐり先輩?」
「なあに?」
そんな彼女に声をかけると、こちらに振り向いて小首をかしげていた。
「いえ...緊張してます?」
「うん...そ、その...か、彼氏の家って、初めて行くから...」
顔を赤くしながらも、どこか嬉しそうな様子だった。
「...また、めぐり先輩の初めてを頂けて光栄です」
「もう...ふふふっ...♡」
見つめ合いながら笑い合っていると、直ぐに目的階に到着した。
「こっちです」
「う、うん」
エレベーターから比較的近い部屋なのだが、RC造...鉄筋コンクリート造なので不快に思った記憶はない。
また、隣室の物音は全く聞こえないに等しく、お隣さんが「今日はお騒がせするかもしれません」とわざわざ断りにきた日でも何も聞こえない程だった。...つまり、一度扉に鍵を掛けてしまえば、めぐり先輩がどんなに大声を上げようとも―――
「比企谷くん?」
「はい?」
扉の前でめぐり先輩が振り返っていた。
「入らないの?」
...ついつい変な妄想をしてしまった。
「そうですね。入りましょうか」
ディンプルキーで開錠して、めぐり先輩を部屋へと招き入れた。
「さあ、どうぞ」
玄関ドアを支え、空いた手で入室を促す。
「うんっ。お邪魔、します...♡」
ほんのりと頬を染めながら部屋の中へ足を運ぶめぐり先輩。
「よいしょ、っと」
正面を向いたままショートブーツを脱ぎ、横向きにしゃがみながらブーツを端に並べた。
...本当に育ちが良いんだな...めぐり先輩って。
「えっと、裸足でも大丈夫?」
「あ、そうですね。俺は気にしませんけど、足が寒いですよね」
部屋内でスリッパを履く習慣が無かったので準備していなかった。
「ううん、私も普段はスリッパ履かないから平気だよ」
「それなら安心しました」
後ろ手に鍵を掛けて、いつものクセでチェーンロックを掛けた。
「っ...!」
俺も彼女に倣って同じように靴を並べていたのだが―――
「め、めぐり先輩...?」
立ち上がった瞬間、少し顔を赤らめためぐり先輩がすぐ近くに立っていた。
「ぁ...な、なんでも...ないよ...っ...」
何でもある反応だった。
「...」
「っ...」
胸元にニット帽をぎゅっと抱きしめて、少し視線を逸らしながら顔を赤らめているめぐり先輩。
「...めぐり先輩」
細い腰に手を回し、優しく抱き寄せた。
「ひゃっ!?ど、どうしたの?」
めぐり先輩は腕の中で更に顔を赤くしていた。
「急に可愛い顔されると困りますよ」
「そ、そんなこと言われても...」
ほんのりと頬を染めながら、丸い瞳を潤ませていた。
「めぐり先輩...」
「ぁ...♡」
頬に手を添えて、少し上を向かせた。
「ん...」
そっと目を閉じて、優しく唇を重ね合わせる。
「んぅ...っ...♡」
舌を絡め合う度に、小柄な身体から力が抜けていく。
「ん...満足しました」
「はぁ...はぁ...えへへ...♡」
とろり...と、唾液の吊り橋が俺とめぐり先輩の舌を繋いでいた。
「こ、此処は寒いですから...早く中に入りましょう」
めぐり先輩の蕩けた笑顔があまりにも愛らしく...思わず誤魔化してしまった。
「ふふふっ...比企谷くんからちゅーしたくせに...♡」
甘ったるいその声に...俺の脳ミソまでトロトロに蕩けてしまいそうだ。
「い、行きますよ」
「はーい...♡」
少し広い廊下。めぐり先輩と腕を組んでも歩ける程のスペースが確保されていた。
「こっちが寝室で、此処がトイレです」
廊下を歩きながら案内した。
「それなら...こっちがお風呂?」
トイレの隣の扉を指差している。
「そうですね」
「それなら...こっちは?」
寝室とリビングの他に、もう一室空き部屋がある。
「ウチは物置ですけど、このマンションはファミリーユースなので子供部屋とかに使われていますね」
「子供...」
真剣な眼差しで物置部屋の扉を見つめながら、何故かおへその下あたりを撫でていた。
「めぐり先輩...?」
そんな彼女の様子を疑問に思い、何事かと尋ねてみた。
「あ、ううん。何でもない」
直ぐにこちらに振り返り、いつも通りの優しい笑顔を向けてくれた。
「そうですか...?」
「うんっ。ねえ、こっちがリビング?」
「あ、そ、そうですね」
めぐり先輩に手を引かれながらリビングへと入った。
「わぁ...素敵なお部屋だねっ」
ぱあっと明るい笑顔で褒めてくれた。
「散らかってますけどね」
「そんなこと無いと思うよ?...他の男の子がどんな部屋に住んでるのか知らないけど」
あはは...と力なく笑うめぐり先輩。
まあ...確かに片付けは意識しているつもりだ。
「わぁ...本が沢山あるね」
「まあ、今でも読書は趣味ですから」
何となく、電子書籍よりも紙媒体の方が好みだ。
「今、暖房入れますから。めぐり先輩はソファにでも腰掛けてくつろいでいてください」
「そ、そんな。私も手伝うよ」
「大丈夫ですから。ほら、此処に座ってください」
しかし、めぐり先輩はなかなか動かない。
「うーん...それなら、比企谷くんが見えるところで待っていても良い?」
カウンターテーブルを指差しているめぐり先輩。
「...それで妥協しましょう」
「私も妥協しますっ」
真剣な顔で見つめ合う。
...しかし、直ぐに吹き出してしまった。
「それじゃあ...ベーコンエッグとトーストでも作りますね」
「はーい♪あ、ジャケット預かろうか?」
「ありがとうございます」
めぐり先輩はパタパタと俺の後ろに回り、ジャケットを脱がせてくれた。
「さて...」
Yシャツの袖を捲り上げて、キッチンに立つ。
冷蔵庫を開けて、買ったばかりの卵と中途半端に使いかけのベーコンを取り出した。
「ぁ...」
チラリとめぐり先輩に視線を向けると、口を半開きにしたままこちらを見つめていた。
「...」
何か突っ込みたくなる可愛らしいお口だ。
じゃがりこやポッキーでもあれば咥えさせるのだが、残念ながら手元には菜箸とフライパンしかない。
「めぐり先輩...口、開いてますよ」
食パンを2枚オーブンに放り込みながら指摘した。
「え?あっ...」
慌てて口を閉じためぐり先輩。...少し頬が赤い。
「すぐに出来ますからね」
「...そんなに食いしん坊じゃないもん」
頬を膨らませている姿も愛らしい。
「...でも、ちゃんとした朝ごはんを食べるのは...久しぶかも」
「...」
...何とも言えない気分だ。
会話の最中もフライパンとIHクッキングヒーターとオーブンは仕事をしており、ベーコンエッグは完成していた。
「...食べましょうか」
「うんっ」
盛り付けた食事をめぐり先輩に手渡し、食卓へと運んでもらった。
「いただきます」
「いただきますっ」
トーストにハーフバターのマーガリンを塗っているめぐり先輩。
...ほんの少しのマーガリンを薄く広げている。
「めぐり先輩、そんな遠慮せずに豪快に使ってください」
男の1人暮らしの朝食では中々消費しきれずに困っていたのだ。
「そ、そう?それじゃあ...」
先程よりもほんの少しだけ多めに掬い、トーストの端の方に塗り付けた。
「えへへ...クセになっちゃってるんだよね」
「まあ、仕方ないですよね」
その後、ニコニコと笑顔を浮かべながら綺麗に食事を済ませるめぐり先輩を眺めながら朝食を済ませたのだった。
「はぁ...美味しかったぁ...本当にありがとう、比企谷くんっ」
眩いばかりの笑顔向けてくれた。
「いえいえ。いつでも食べに来てください」
「そんな...悪いよ...」
お皿を拭きながら遠慮がちな声を上げている。
「...めぐり先輩」
「??」
「ちょっとお待ちを」
「う、うん」
リビングにめぐり先輩を残し、寝室へと移動した。
「確か...ここに...あったあった」
重要な書類や銀行通帳や実印などを保管している金庫の中から『ソレ』を取り出した。
『ソレ』を手に取って再びリビングに戻ると、めぐり先輩は大窓から外を眺めていた。
「めぐり先輩」
「なあに?」
小首をかしげているめぐり先輩。
...所作がいちいち可愛いな、この人。
「これを持っていてください」
『ソレ』を手渡した。
「これって...」
めぐり先輩の手に握られた『ソレ』は―――
「この部屋の合鍵です。自分の部屋だと思っていただいて結構ですので、いつでもいらしてください」
「そ、そんな...」
おろおろと動揺しているめぐり先輩。
「ロビーの自動ドアは88121で開きますので」
「そ、そうじゃなくて!...良いの?本当に...?」
胸にぎゅっと鍵を抱いてこちらを見つめているめぐり先輩。
「勿論です。あなたは俺の―――」
「ひゃっ...!?」
その細い身体を抱きしめながら、少し赤い耳元で囁いた。
「―――大切な恋人なんですから」