XXY(ダブルエックス・ワイ)~ フロルは悪質ないたずらと手違いのため大量の男性ホルモンを投与され、身体が変化して行く 作:浦辺 玲
タダはひたすらフロルのためを思って行動するが…。
第9章
タダは自分の部屋でいつものように次の日の準備をしていた。
――おかしいな。フロルが来ないなんて。
隣のフロルの部屋に行ってみると散らかった部屋は暗くフロルはいなかった。
――え?黙ってどこに行ったんだ?
はっと気がついて胸ポケットから折り畳み式のタブレットを出して広げるとフロルのメルアド、ID、メールパスワードをスラスラと入力した。
「フロル、ごめんよ!」つぶやきながらエンターキーを押す。フロルのメールボックスが開いた。
「うわ、スパムだらけだ」
既読メールを検索するとアルバイトの案内メールが引っかかった。
――心理学棟2階208号室。日にちは今日じゃないか!
タダは上着をはおると心理学棟に向かって歩き出した。歩きながら手首の端末を操作して音声を吹き込む。
「ガンガ、すまないが今すぐ心理学棟の入り口まで来てくれないか」そして送信ボタンを押した。
ガンガの手首でヴンという微かな震えがあった。彼は送られたメッセージを読むと立ち上がった。
「ヴィリー、すまない、タダがすぐに来てくれと言って来た。ちょっと出かけてくる」
「こんな時間に?何かあったの?」
「何かあったのかもしれないし、これから何か起こるのかもしれない」
「え、どう言う事?」
「あいつとは入学以来のつきあいだが、あいつの勘は狂ったためしがないんだ。ああ、先に寝ていてくれ」
「わかったわ、気をつけてね」
心理学棟の入り口に行くとタダが待っていた。
「すまない、こんな時間に呼び出して」
「それはかまわんさ。で、何があったんだ?」
「フロルがこのアルバイトに応募したらしい」タダは自分宛てに転送したアルバイトのメールを見せた。
「なんだか怪しいな」
「だろ?おそらくここにいる」
タダとガンガが2階に上がり明かりのついた部屋に入ると2人の学生がいた。
「な、なんだ、お前ら?」学生は明らかにぎょっとして聞く。
タダは首謀格とみえた学生の方に近づくといきなり相手の右手首をつかんだ。
「この実験の目的は何だ?」
「う…」
「何?両性種に女性ホルモンを大量投与して変化を観察?…お前!」
タダはその学生の胸ぐらをつかんだ。
「タダ、暴力はよせ!お前まで犯罪者になる」ガンガがタダの肩をつかんで止めた。
「お、俺はまだ何も言って…」胸ぐらを放された学生が茫然として言う。
「タダはテレパスだ。頭の中を探られたくなかったら正直に話せ!」とガンガ。
「それからお前達がやってる事は犯罪だ!今までのやりとりは全て動画に撮って警察に送った。もうじき来るだろう」
タダはもう1人の学生の腕をつかんだ。。
「フロルはどこだ?」そして相手が答える前に「そっちの部屋か」と手を離して奥の部屋に向かった。
ガンガは「おい、お前たちはこっちの部屋に入ってろ」と2人を薬品庫らしい小部屋に閉じ込めた。
タダは奥の部屋のドアを開けた。そして……。
「う…」
フロルがベッドに横たわっていた。腹部にはかろうじて毛布がかけられているが上半身は何も身につけずあらわになっている。床に乱雑に散らばっている衣類はそれを本人が自分で脱いだのではない事を示していた。すぐ後から来たガンガはウッとうめくと顔を赤らめてそむけ「そっちは頼んだぞ」と言った。
「俺は証拠を探す」
そして棚や色々な器具の入ったワゴンを物色した。
「これか!」ガンガは空になったカプセルを取り上げた。「5、6…全部で10本か!一体あいつらどれだけフロルにぶち込んだんだ?」そして空かどうか確かめるためにカプセルを明かりにかざし…「え?」と大声を上げた。
「どうした?」とタダ。
「あいつら…大バカやろう!」ガンガはうめくとタダの方を振り向いた。
「テストステロンは男性ホルモンだ!」
「え?」
——フロルに…男性ホルモンの大量投与?
タダは眉をひそめると手首の端末を手早く操作した。
「パラメディックを呼んだ。フロルを病院に連れて行く」
「ああ、警察の対応は俺がやっておくよ」
「頼む。本当に助かるよ」
パラメディックは無人の簡易救急車で、基本的に大学内の各建物に最低1台は設置されている。要請があればその人物のGPS、または救急信号があればその信号の元に自動で移動する。中には自動担架に加え応急処置用の器具と薬剤が装備され、パラメディック内に設置されたロボットが自動で応急処置をほどこす事ができるすぐれ物だ。
自動担架がタダの要請を受信し、器用に足の長さを調節して四つ足の動物のように階段を上がってきた。フロルのベッドに横付けすると可動腕が担架の下からするすると伸び、フロルの身体を持ち上げて担架に移動させる。可動腕はするすると引っ込み、担架は自動的に来た道を戻ってパラメディックに向かって行った。
「じゃ、すまないが、頼む」タダはそう言うと担架の後を追った。
第10章
パラメディックは無人運転で構内の病院の時間外救急外来に到着した。担架が自動で移動してフロルを診察室に運ぶ。
「やあ、こっちだ」担当の研修医が合図をした。タダはパラメディックが病院に到着するまでの間に、状況を入力して送っていた。
「今晩担当の研修医のジジだ。報告は受けとっているよ」ジジはてきぱきと器具を操作した。
「テストステロン100g? 冗談じゃないな」彼はタブレットを操作しながら話し始めた。
「えっと…ニューロベックスを投与する。男性ホルモンの働きを封じる薬だ。いったん注入されたから男性ホルモン自体は消えないよ。今後一週間はホルモン量のチェックをしてくれ。ただ働きを封じてあるから悪さはしない。それから睡眠薬の中和剤も注射する。これで明日朝には普通に目覚めるはずだ」
「それから…」と彼はタダの方に向き直った。
「この子がテストステロンを100gも注入された理由は何?」
タダはいきさつを説明した。
「レイプか…」ジジはため息をついた。
「で、君とフロルの関係は?」
「婚約者」
ジジははっとタダを見つめると、ふうっとため息をついた。
「そりゃ辛いな…」しかし彼は言葉を続けた。
「これは僕らがレイプ事案とわかったらやらなければいけない事なんだけど」ジジはまた説明を始めた。
「フロルをレイプ虐待チェッカーにかけるよ。君には辛いだろうがこれは規則なんだ」またタブレットを操作する。タダはだまってうなずいた。
「チェッカー使用許可の申請を出して、受理された。チェッカーが隣の部屋に運ばれてくるはずだ」
ウイィンと機械の微かな音が隣の部屋から聞こえてきた。
「行こうか」フロルが横たわっているベッドの可動スイッチをオンにする。ベッドは研修医について自動でするすると移動を始めた。
隣の部屋の真ん中にその機械は置かれていた。一見紫外線日焼けマシンにも見えるカプセル状の機械だ。
蓋が自動で開いた。ベッドから触手のような可動腕が何本も持ち上がりフロルの体から実に器用に服を脱がせ、身体を持ち上げてレイプ虐待チェッカーにセットした。チェッカーにはすでにフロルの体の大きさに合わせてくぼみが作られていた。レイプチェッカーの性質上かなり足を開いた形にセットされる。
タダは顔をそむけた。ジジはチェッカーの頭部の方で何やら入力している。
レイプ虐待チェッカーは非常に優秀なマシンだ。ケースに取り付けられた小型カメラが身体中の周りを回って可視光と紫外線と超音波で同時に写真を撮る。紫外線は皮膚についたタンパク質を検出する。またそれとは別に身体全体にCTスキャンもかけ、AIがそれを分析する。身体の表面上の傷はもちろん、体内のレイプ痕や虐待によるダメージもほぼ100%見逃さない。この機械が開発された当時、身体に目に見える傷が残らないように巧妙に加えられた、子供に対する虐待を何件も暴露し話題になったものだ。
「フロルが眠っていてくれて本当によかったよ」ジジがつぶやくように言った。
「ああ」
「僕らもこの機械を使うときはほとんどの場合軽い催眠をかけたり睡眠薬を使って本人の意識がないところで使用する。…中には本人の意志で意識を保ったまま使った例もあったけどね」
「大丈夫なのか?」
「MRIなんかと同じさ」
ジジがボタンを押すとチェッカーの蓋が自動でゆっくりと閉まりフロルの姿は見えなくなった。
「5分ほどかかるよ。向こうで待とう」
2人は先ほどの診察室に移動した。
考えても仕方ないとわかっていてもタダは隣の部屋で起きている事が頭から離れなかった。単なるカメラで人の目ではないとわかっていても、それでもカメラがぐるぐる移動してフロルの全身をチェックしているのがたまらなかった。
手首にヴンと微かに振動が感じられた。ガンガからの連絡だった。
「俺だ。今警察の現場検証が終わったところだ。奴ら2人はおまえがテレパシーで読み取ったのとほぼ同じ事を白状したよ。それから明らかな証拠が見つかった…」
一瞬ためらった後にガンガは続けた。
「まあこの後おまえにも連絡が行って、すべて説明されるだろうからあらかじめ言っておく。その証拠ってのは…フロルの写真だ。…俺は見てないからな!…じゃ、俺はもう家に帰って寝るよ。だが必要なら真夜中でも遠慮なくたたき起こしてくれて結構だからな!」
そこまでだった。タダは端末を操作すると、「夜中にありがとう。助かったよ」と吹き込んで送信ボタンを押した。
「お、結果が出たぞ」とジジがつぶやいた。そして「見るかい?」とタブレットをタダの方に向けた。
単純に線で描かれた人型が前面背面と2つあり、所々に黄緑の斑点が付いていた。斑点は特に下腹部に集中していた。
「黄緑がやつらが触ったところ。オレンジが外傷。赤が身体内部で影響を受けたところだ。
人が触れるとどんなにそっと触れてもごく微量の指の細胞、つまりタンパク質が相手方に付くんだよ。紫外線カメラとAIがそれを検出するんだ」
黄緑の筋が一本フロルの頬から首筋、胸を通って下腹部まで続いていた。下腹部はほぼ黄緑で覆われている。状況を想像してタダは眉をひそめた。
「幸い黄緑しかないようだな。でもひどいものだ。明らかにレイプだ。…ファイルのコピーを警察に送ったよ」
「さて」とジジが言った。「これで今日僕ができることはすべて終わったよ。さっきのパラメディックがまだ入り口にあるからそれでフロルを運べばいいね」
「ああ、助かる」
隣の部屋のドアが自動で開き、可動ベッドがフロルを乗せて移動してきた。フロルはまたきちんと服を着せられていた。
フロルのアパートの部屋に着くとパラメディックの担架は器用にフロルを運んで狭い通路を入り口までついてきた。タダがドアを開けると部屋の中に入り、ベッドを見つけると触手でフロルを抱き取りベッドに移動させた。そしてするすると来た道を通り担架はパラメディックの中へ吸い込まれ、車は静かな音を立てて走り去った。
警察から来るようにと連絡が入っていた。タダはフロルがしっかりと寝込んでいるのを再度確認すると部屋を出て行った。実験を計画した2人の学生たちはすでに逮捕され大学からは追放されることが決まっているとの事だった。
第11章
「あれ?」フロルは思わず声をあげた。自分の部屋の天井が目に入った。朝日が窓から差し込んでいる。
「目が覚めたかい?」タダが声をかけた。フロルの部屋のソファで寝ていたらしい。
「気分はどう?」
「オレ…なんで?」
「事故…だよ。君は昨晩夜遅くにこっちに連れて来られたんだ」
――事故?
でもタダが明らかにそれ以上聞かれたらどうしようと言った表情をしていたのでフロルはそれ以上追求するのはやめた。
「じゃ今日はもうアルバイトはない訳?」
「アルバイト?ああ、ないよ!」なぜか怒りを抑えたような声だ。
タダ、お前やっぱり嘘つくの下手だな。でも追求されたくなさそうだからこれ以上聞くのはやめておこう。
「さあ、今日はショッピングモールに行こうか。スノボ合宿に行くのにダウンジャケットが欲しいって言ってなかった?」タダは一生懸命に話題を変えた。
「うん!」まあ、ここはタダに合わせておいてあげよう。
——フロル、スノボ合宿を楽しんで昨夜の事件から気をそらしてくれればいいのだが。
その日の夜、一行は借りたマイクロバスに乗り込んで大学を出発した。
「明日は朝から滑るから、バスの中でしっかり寝ておいてくれよ!」アマゾンがアナウンスする。最初はおしゃべりで盛り上がっていたが、夜半を過ぎると1人また1人と寝入っていった。自動運転の小型バスは暗い山道を眠る学生達を乗せてひたすら走った。
合宿は楽しかった。アマゾンは自分の滑りはもちろん教え方も上手く、初心者の参加者も皆そこそこ滑れるようになって楽しんでいた。フロルも夢中になって時間を忘れて何度も滑っていた。アマゾンは自称コーチを名乗るだけあって斜面で出会うとコツを教えたり重心の変え方など、あちこちでレクチャーしていた。
「面白い!」フロルはめきめきと腕を上げスノボを堪能し、次の日にはタダと上級コースを滑っていた。
「フロル、あそこのコースの縁まで行ってみよう」
「高くなってるよ」
「スピードつけて登るんだよ」
そこはコースアウトするぎりぎりの所で少し高くなっていた。
「周りを見てごらん」
コースの端は高台で、下に広大な大雪原が広がっていた。陽がかなり傾いていて壮大な夕焼けが雪原をピンクに染め上げている。
「わあ、きれい!」
思わずどちらからともなく顔を近づけてキスをする、と次の瞬間フロルの姿が消え、すぐ下を雪の塊が転がって行った。雪玉はやがて木にぶつかって割れ、フロルの姿が雪の中から現れた。
タダは慌てて追いかけ、「大丈夫か!」と声をかける。
「ふう、ひどい目にあった」
「あのさ、フロル」
「なに?」
「キスする時はボードを外せよな」
「…うん」
外は快晴のまま日が暮れた。水着を着て一緒に暖かいスパを堪能した後、最後なので夜はBBQパーティーで盛り上がった。わいわい騒いで、それでも夜中過ぎにはお開きになった。
部屋に戻るとタダが声をかけた。
「今晩は快晴だ。スカイルームで寝ないか?」
「スカイルーム?」
「ああ、スキーウェアをもう一度着て行ってみよう」
ホテルの最上階には天井がガラス貼りになっている個室が並んでいた。空いている部屋を見つけて2人で入る。曇り止めガラスだが、結露しないよう暖房は最低限。だがスキーウェアのまま置いてあった寝袋に入ると寒くはなかった。
「ちょっと待って」
タダは2つの寝袋を繋げて1つの大きな寝袋にした。一緒に潜り込んで明かりを消すと満天の星を見ながら寝る事ができた。
「わあ、手を伸ばしたら星に手が届きそう」
「綺麗だね」
ずっと見つめていたかったが、昼間の疲れもあってすぐに寝入ってしまい、気がつくと朝日が眩しく部屋を照らしていた。
第12章
「楽しかったね!」
大学の寮に戻ってくるとフロルは堪能したと言う表情で言った。
「ああ…だがのんびりしていられないよ。2日後からは宇宙船の実習だろ?」
「うん」
「言っておくけど」タダは真面目な顔で続けた。
「今回の実習、絶対に甘く見るなよ。初めての危機管理実習、つまりトラブルを想定した実習なんだから」
「ああ、それ、みんなに言われてるよ」
「実はあの実習、7年前に学生が1人事故で死んでるんだ」
「え〜!」
「その時、大学中で大論争になった…危険を伴う実習を課してよいものか、という意見と、レベルを下げても実際宇宙に出たときに事故で死ぬだけだ、という意見の論争だ。で、結局大学側はレベルを下げない、という結論を出したんだ」
「覚悟しとくよ。…おまえは半年前に受けたんだろ」
「ああ」
「それから、おまえ、今回は助手として参加するんだろ?」
同じ実習をタダは半年前に受けていた。そして今回は助手として参加する予定だった。
危機管理実習レベル1。宇宙船での基本的な操作を覚えると、次の段階に来る実習で、これから先の宇宙船の実習はほぼすべてトラブルに対処するための実習となる。教授6名に対し、学生の助手が6名。実習に参加する学生は12名。助手は通常上級生が担当し、実は同じ学年の学生が助手として参加するのは珍しい。
タダが助手を申し出た時、教授は最初はあまりいい顔はしなかった。
「君が助手?理由はフロルが参加するからか?」
「まあ否定はしません」とタダは答えた。実際それが理由だったからだ。
「しかしこの実習助手は仕事がきつくてな。募集をかけてもなかなか応募してくれる学生がいない。まあ、君が志願してくれるのは我々も助かるし、君は同学年と言っても優秀だ。りっぱに助手はやれると思う」
教授は苦笑した。
「そうだな、条件を出そう。…君たちは毎日ランダムに2名の学生をモニターするが、タダ、君がモニターする学生にフロルが当たらないようにプログラムを組んでおく。それでよければ参加してくれ。フロルばかり見ていて他の仕事に支障をきたしてはいけないからな」
「…わかりました」タダは条件をのんだ。
「僕は今回助手で参加するけど」タダはフロルに言った。「学生と助手は完全に切り離されてる。会話もできないよ。だいたい助手は学生以上に大変なんだよ」
「ふうん」
それでも助手を志願したのは…この危険を伴う実習ではフロルが死ぬか大けがをする確率はゼロじゃない。もし万が一の事態が起きた時、遠く離れた地上にいたくない。同じ宇宙船にいたい。それが理由だった。
「でも、おまえ、同じ宇宙船にいるんだよな」フロルは微笑んだ。
「何もあてにできないからな」
――でも自分がそばにいると知ることで少しはフロルの気持ちが落ち着くかもしれない。それならその方がいい。
「さあ、今日のうちにゆっくり寝ておけよ!」
「わかったよ」
そして当日。
学生たちは乗船前に宇宙船の前に集められた。教官が話す。
「いいか。君たちはもう聞いていると思うが、これは君たちに取って初めての危機管理実習だ。これから乗る宇宙船には様々なトラブルがプログラムされている。まあ、初めてだからレベルはそんなに高くない。しかし決してあなどってはならない。
おそらく知っていると思うが、この実習では7年前に学生の犠牲者が出ている。我々は事故の後、細かい分析を繰り返し結論を出した。それは突き詰めるとこうだ。
トラブルはそれ単独では恐ろしい物ではない。君たちはもう十分にそれに対処する実力を身につけている。しかしトラブルに際して初手を誤ると、それは別のトラブルを引き起こす事になる。7年前の事故は最初のトラブルに対して対処が後手後手に回り次々に新たに引き起こされたトラブルを処理できずに悲劇が起こったと我々は見ている。
だから君たちに言う。いいか、君たちは実力は十分にある。だからこの実習に参加することを許されたんだ。しかし対処の仕方を誤れば悲劇はいつでも起こる。
君たち同様、助手のメンバーも我々も全力を尽くす。到底楽な実習ではないが、諦めずに最後まで頑張ってくれ」
タダは助手専用の部屋に入り自分のモニターの前に座った。モニターは8個。上下2列に並んでいる。中央の2個は担当の学生2名を追う物。その他は現在発生しているトラブルを追う物や、補助的な画像などを映し出す。ここに毎日ほぼ缶詰状態でAIが吐き出す学生の行動データを処理しまとめていくのが仕事だ。
机の下の引き出しには飲み物と栄養価の高いビスケット状の食べ物が詰まっていた。つまり食事は基本的にモニターを見ながら取れという事だ。やれやれ。聞いてはいたけど本当なんだな。先が思いやられる。タダは苦笑した。
学生たちはコンピュータの指示に従ってそれぞれ作業を始めた。やがて仕組まれたトラブルが1つまた1つと発生していく。
0425 エアロックの1つが不調になる。
0429 トリネリスが気づく。隣にある制御パネルを操作して対処しようとするが、動かない。
0432 フロルとイルファが合流。1人がパネルを操作し1人がメインパネルから接続を試みる。もう1人はエアロック自体の配線を確認。
0448 メインパネルから制御パネルを再起動させる。エアロックの部品を交換。再度動作を確認し、トラブル完了。
プログラムされているトラブルは実際の事故を元に構成されている。また学生のトラブル解決法がまずければ、コンピュータは再度似たようなトラブルを起こすようにプログラムされていた。トラブルは学生の状況を見てコンピュータが発生させるため、次にどんなトラブルが起こるのかは教授でもわからない。
助手としてのタダの役割は、学生の行動のチェックと記録。トラブル解決法の評価など。トラブルは次々と発生し、状況はめまぐるしく変化をしていった。
――でも、フロルは思ったよりもはるかによく動いてる。これなら大丈夫だ。
次々と送られる膨大なデータを処理し記録する。学生たちの1日の作業が終わっても助手たちはまだ休めない。記録、分析、評価…。
やっと一段落したところでタダは時計を見た。
――やれやれ、3時間眠れるか。
個室にはシャワーもあるのだが、その時間すら惜しい。タダは着替えもせずにそのまま簡易ベッドに潜り込むと1分もしないうちに眠り込んでいた。
実習するのではなくモニターしていると学生の動きを俯瞰して弱点などが見えてくる。
——フロル、それは1人じゃ無理だ、誰か助けを呼ぶんだ!
しかし初日は動きがバラバラだった学生達も日が経つにつれて自然と協力し合い助け合うようになっていった。やはり思い切って助手に志願してよかったとタダは思った。フロルの事もあったが、助手としての目で実習を見ることにより実習の意図がさらにわかってきて、必要な訓練を施していると納得できた。
実習の一週間はあっと言う間に過ぎ去った。実習も残り近くになると学生も助手も疲れが出てきて、そのためのミスも出てくる。それすら想定済みの厳しい実習内容なのだ。
「実習終了。みんなよくやった!」
宇宙船は無事実習用の宙港に着陸し、実習は終了した。
「とにかく今回の実習が死者も怪我人もなく終える事ができたのが一番だ。さあ、皆ひどく疲れているだろうから今日はこれですぐに帰ってゆっくり休んでくれたまえ。反省会は3日後。それまでに個々の改善点をレポートにまとめておくこと。では解散!」
寮の部屋に戻ると入り口に箱が届けられていた。
「フロル、君の好きなチョコケーキが届いてるよ。今日はこれを食べてとにかく休もう」
「わ、気が利く!」
「君も以前僕の実習が終わった時、ケーキを買って待っててくれただろ?」
次の日、タダはフロルの声で目を覚ました。
「タダ、いい加減に起きろよ。もう昼過ぎだぜ」
そう言いながらタダのベッドの横に潜り込んでくる。
「ああよく寝た」
「お疲れ。助手って学生より大変だった?」
「まあね」
「ああ、でもこれで実習の事、お前と話せるんだなあ。やっと追いついた気がするよ。でもお前はまた先に行ってるんだろうな」
実はフロルも半年前揃って実習に参加を予定していたのだが、プレテストと教授たちの判断で次に見送られたのだった。もしかするとタダとフロルが一緒ではきちんと実習をこなせないと教授達が判断したのかもしれない。
「ねえ、フロル」
「ん?何?」
「君…僕と会ってなかったら、大学で何を専攻してた?」
「わかんない」が答えだった。
「だってオレの目標は何かやる、じゃなくて自分の星から出る事だったから」
「そうか」
「だから、お前に会ってよかったよ。宇宙飛行士になるって目標もできたし」
「…」
「さ、今日は何かガッツリ食べようぜ。一週間栄養バーばかりだったんだから」
「うん!」
実習の「反省会」は楽しかった。要は打ち上げパーティーだ。前回実習生として参加したとき、タダは助手を務めた上級生たちが実によく自分たちの動きを見ていた事に驚いたが、今度は助手の立場でパーティーに参加できた。
「本当にみんな、よくやったよ」と教授。「いや、最初させてはみんなの動きがバラバラでどうなるかと思ったけれど、やがて協力してトラブルに対処することを覚えたな。そうなったら実に見事だった。君たちは本当にこの一週間で大きく成長したよ。いいか、宇宙に出ると君たちは宇宙船の中にある物だけでトラブルを解決しなければならない。君たちの全体としての能力をあげるのはチームワークだ。一人一人ではたいした事はできないが、協力すれば個々に対処する以上の能力を持つことができる。これは宇宙に出たらすごく大切な事だ」
そして教授は食事をしながらしゃべっている学生たちを一人一人回り批評をした。
「タダ、君は上級生ではなく実習生と同学年だが助手として非常によくやったよ。まあ、気になる事と言えば君はフロルの担当にならないようにプログラムしたんだが、君のスクリーンのどれか1枚にはいつもフロルが映ってたような気がしたなあ…」
「教授、考え過ぎですよ!」
第13章
自分の部屋に戻ると、警察から説明をしなければならないからフロルと共に来るようにとメッセージが来ていた。
いやな予感はしたが、行かない訳にはいかない。
2人は次の日授業の後、大学のすぐ隣にある、この星ではいささか古い警察署の建物に入っていった。2階の小さな小部屋に通され、しばらく待っていると年老いた男性の警官が書類を抱えて入ってきた。
「えーさて、先月17日に大学の心理学棟で起きた事件の結果についてお伝えする」
なんだか頼りない警官だなあとタダは思った。
彼は裁判がAIを介入して自動でなされ、該当の2人の学生がすでに大学から、取得した単位、資格を含めて一切剥奪されて永久追放された事、そして再発防止のため矯正施設で最低2年間矯正をうけるよう命じられた事を伝えた。
大学のあるこの惑星では犯罪は厳罰よりも再発防止の観点から罰則が決まる。性犯罪は特に厳しく、加害者は最低でも2年間矯正施設での矯正が義務づけられ、最後に深層心理まで含む検査に合格しなければ外に出る事はできない。また必要ならば性欲自体を抑制させるために薬を投与する治療もなされる。検査に合格しなければ基本何年でも矯正が続くことになる。被害者に謝罪文を書くのはこの最終検査に合格してから許される。
「本件においてはこの2名は被害者に睡眠薬ソムニブリスを100mg服用させ、意識を失った被害者に男性ホルモンテストステロン100gを投与した」
「え?」フロルが不安そうな声で言う。
「…証拠としては被告人の端末に残った被害者の写真53枚、および大学病院でのレイプチェッカーの記録により…」
「中止してください!」タダが怒りを抑えた声で鋭く言った。
「あー、本官は規則に乗っ取り…」
「わかりませんか?あなたがやってる事はセカンドレイプだ!」タダは思わず立ち上がって大声を出した。
「…レイプ…」フロルが茫然として呟く。
「規則で話さないといけないなら僕に資料をください。僕がフロルに話します!」
「い、いや、部外者には…」
「ならば担当を代えてください。…せめて女性の方に」
警官は席を外して出て行った。フロルが茫然として呟く。
「…タダ…」
——ああ、こんなつもりじゃなかったのに。
やがて女性の警官が入って来た。すでに経緯を聞いていたのか、その後は当たり障りなく手短に話を済ませた。
警察署を出て外を歩いていると案の定フロルが口を開いた。
「タダ、おまえ…オレの事考えてずっと黙ってたのはすっごくわかるけどさ」
――ああ、やっぱり。
フロルはその後ずっと何も言わずに歩いていたが…。やがて決心したのかいきなり立ち止まってタダを見上げた。
「あのさ、オレたちいつか結婚するんだろ?それなのにこんなに隠し事して結婚なんかできるわけ?」
タダは返す言葉がなかった。
「おまえがオレの事考えてくれてるのはすっごくわかるんだよ。でもさ…」泣き声になった。「隠さないで。何でも話して。オレの知らないところでいろんな事が起きてるの、耐えられない。だから全部話して!」
フロルはまっすぐにタダの目をのぞき込んだ。タダの方が目をそらした。フロルは続けた。
「それにね!オレ、おまえが考えるほど弱くないよ!」
「…そうだね。わかった…。だけどここじゃない。家に着いてから話すよ。全部」
タダはそういってフロルの肩を抱いた。
大学の寮の部屋に着くとタダはフロルを座らせコーヒーを入れた。カップを渡しながら…さて、どこから話したものか。
フロルが口火を切った。
「最初はオレのあの心理学実験のバイトだろ?」
「ああ」タダはうなずいた。
「でも、オレも不注意だった。おまえ、あのバイト、やめとけって言ったのに」
「確かに不注意よりは注意深い方がいいだろうね」
タダはフロルの目を真っ直ぐにみすえながら言った。
「でも、フロル、不注意は犯罪ではない。君は何も悪い事はしていない。犯罪者は100%あいつらだ。君は何も引け目に感じる必要はない。堂々と生きていけばいいんだよ!」
「ありがと、タダ」フロルはタダに抱きついた。
それからはフロルが知っていることを話し、その後をタダが続けるという形で話していった。ただフロルは睡眠薬を飲まされてからの記憶はなかったけれど。
長い時間がかかった。タダは慎重に言葉を選び、フロルの表情を見ながら話し続けたからだ。それで全てを話し終わった時には夜も遅くなっていた。
「で、おまえ、その写真見たの?」
タダは目を伏せて答えた。「見てない。…見たくもないし」
フロルはタダに抱きついた。「ありがとうタダ。全部話してくれて」
――非難されると思ったのに。
「で、辛かったろ?ずっと」
「辛かったのは君のほうだろ?こんなにいやな思いをして…」
「いや、おまえ、話してる間本当に辛そうだったから」
タダは思わず吹き出した。
「それに…僕もわかったよ。君、やっぱり僕が考えるより強い」
「だろ?」
フロルはにっこりする。
「とにかくさ、おまえ、すぐに自分一人で抱え込むんだから」
「……そうだね」
「ほらあ、実習でも言われたろ?トラブルは1人で解決しようとするなって」
「……はいっ!フロル教官!」
タダがおどけた口調で言ったので2人は同時に吹き出して抱き合った。
――確かにそうだな。
2人一緒ならどんな状況でも乗り越えられるような気がした。
改めてフロルを抱きしめて唇を重ねる。
ずっとそのままでいたが、やがて唇を離すとフロルが言った。
「ねえ、タダ。今日は一緒に寝たい。いい?」
――フロルの方から言い出すなんて、はじめてだな。
「わかった。いいよ。…じゃ、シャワー浴びておいで」
「おまえ、先、浴びろよ。ここおまえの部屋だろ」
タダは立ち上がってフロルの手を取った。
「もう夜遅い。時間の節約だ。一緒にシャワー浴びよう」
「え?」
2人はシャワールームで一緒にお湯を浴びた。先ほどまでの緊張のほぐれか、2人ともくすくす笑い合ってどちらともなく抱き合ってキスをした。頭から浴びるお湯は暖かくて心地よく、フロルの金髪の上で雫が美しく輝いた。
それでも1人用のシャワールームは2人には狭すぎた。
「オレ、もう出るから」フロルはバスタオルを片手に先に出ていった。タダが身体を拭いて腰にバスタオルを巻き付けて出て行くと、フロルは部屋の真ん中でバスタオルで髪の毛を拭いていた。何も身につけず、てらいも無く髪を乾かしている姿がたまらなくかわいかった。と、タダはわっと叫ぶと壁のスイッチに飛んでいった。
「なんだよ?」
「カーテン全開だった!」
空のコーヒーカップを食洗機に入れて振り向くとフロルはすでにベッドに入っていて金髪の後ろ姿が見えた。バスタオルのまま寝室に行き、フロルの横に滑り込む。すぐにフロルが腕をまわしてきた。長目のキスのあとフロルがそっと言った。
「タダ、お願いがあるんだけど」
「なんだい?」
フロルはタダの耳元でささやいた。
「見て…オレの…写真のところ」
見るとフロルは自分の胸の前で両手でタダの手を握りしめて、目を閉じていた。恥ずかしさをこらえて身体が緊張で固くなっている。
——フロル、無理してる。
そう思った途端、こんな事態にフロルを追い込む事になったあの2人の学生に対する怒りが新たに湧いてきた。しかしそれと同時にフロルの願いもないがしろにしてはならない物だとわかっていた。
「わかった」フロルの耳元にささやき短くキスするとタダはそっと2人の身体を覆っている毛布を持ち上げ、フロルの膝に手をかけた。
しばらくしてまたそっと毛布をかけてやる。そして口付けしてささやいた。
「…きれいだった。とても…」
ずっと閉じているフロルの目の端から涙があふれた。タダはその涙を唇で吸い取って拭ってやった。
——フロル。時には驚くほど強いくせに時にはこんなに脆くてはかなげで…。
フロルの最もプライベートな部分を見てしまった事で、タダの身体の一部は燃えるように熱くなり脈動していた。しかし恥ずかしさをこらえて目を固く閉じているフロルを見ると、到底その欲情に身を任せることはできなかった。
——今晩は一晩眠れないかな。
そう覚悟したがしばらくすると2人とも深く寝入っていた。
今回も最後まで読んでくださってありがとうございます。
なるべく早いペースでアップしていく予定です。
ちなみに全31章。4~5章ずつアップで、7回ほどで全部アップできるかと思います。
画像生成AIによる挿絵は半分ほどまではできています。その後はとりあえずストーリーのみアップしていく予定です。