※この作品はR-18です。

XXY(ダブルエックス・ワイ)~ フロルは悪質ないたずらと手違いのため大量の男性ホルモンを投与され、身体が変化して行く   作:浦辺 玲

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フロルを治療できる星が見つかった!しかし今度はどの星もその星と国交を持っておらず、その星に行けないという政治問題になってしまった。
2人を助けるべく、友人達が動き出す。


その6 第24章~第27章



 

第24章

 

 ぼんやりと構内を歩いて、自分の寮の近くのいつも集まっていたサロンに向かう。

「おう、タダ、久しぶりだな」ガンガが手を振った。

「ああ」

「フロルはどうなんだ?」

現状を報告する。

「そうか。治療法がやっと見つかったのはよいが、ロタ系か……」

「ああ。大学でも探してくれてるけど、本当にロタ系の星に行けるルートが見つからなくて」

「うーん」ガンガもうなったが、すぐに言葉を続けた。

「しかし、タダ、君もやっぱりテラの人間だな」

「どういう事だい?」

「いいかい、今我々が使っている全銀河を網羅するネットシステムは元々テラ系の技術だ。だからテラの情報はほとんどネット上で見つかる。とても便利だが、テラ系以外の情報はまだまだネットに載っていない物も多くあるんだ」

「うん?」

「どこかにあるはずだ、と思うんだ。ネット上では見つからないロタ系の星へのルートが」

「うん……」

 

 ガンガは部屋に帰るとタブレットを広げてチャコを呼び出した。

「よう」

「やあ、チャコ。今から俺が言う条件でプログラムを組んで欲しいんだが」

「わかった。そっちへ行くよ」

 

数時間後。

「これでいいかな。まず僕たちのアドレス帳から主だったメルアドにメールを送る。そして趣旨に賛同してもらえる人は、ここをクリックすればその人のアドレス帳のアドレスに同じメールが転送される。そしてここが重要だが、プログラムは送ったアドレスを記憶していて、同じアドレスには最大2回までしかメールを送らない。こうすることでスパム扱いはされないはずだ」

「ありがとう。リターンアドレスはこちらにしてくれ。文面はこれでいいな?」

「オッケー。じゃ、送るよ。まずは君と僕のアドレス帳から始める。タダとフロルは外しておくよ」

 

  『 拡散希望

 

 詳細は伏せますが、僕たちの大切な友人がある病気で苦しんでいます。治療できる星はロタ系のノルサイラです。しかしロタ系という事もあり、現在のところ国交を結んでいる星も見つかっていません。ノルサイラへ行くルートを知っている方がいれば、ぜひ情報を送ってください。

 このメールに賛同して、拡散に協力していただける方は下のボタンをクリックしてください。自動的にアドレス帳のアドレスを読み取って同じ文面のメールを送る事ができます。こちらのプログラムに制限をかけてあるため、同一のアドレスに対して最大2通までしかメールは送られません。スパムになる可能性はありません。

 なお情報を持っている方は下のリターンアドレスに連絡お願いします。

 

  宇宙大学生物医学部生 ガニガス・ガクトス 』

 

「これでいい。それでこっちにどのぐらいのアドレスに送ったかのグラフが表示されるから」

「うまく行くといいがな」

「ああ、本当にね」

 

 1週間後。アマゾンも加わり、プログラムを見ていた。

「どうだい、状況は」

「送ったアドレスは初日と次の日で1億を超えたよ。今は60億まで行って、どんどん増えてる。プログラムがすでに送ったメルアドかどうかチェックしてからメールを送るから、全くスパムにはなっていない」

「拡散率はすごいな。おそらく最初はこの大学の学生が多いから、みんなアドレス帳を提供してくれたんだな」

「返事はどうだい?何か有益な情報はあったかい?」

「返事は100通ぐらいかな。でも使える情報は今のところないね。残念ながら」

 

そのときヴィリーが呼んだ。

「すごいメールが来たわ。『私の星、ヴィヌドーはノルサイラとは正式な国交はありませんが、民間レベルでの交流でしたら実績があります。詳細をお話いただければ、できる限りの協力はしたいと思います』って」

「ヴィヌドー?ってこれ、ヌーからじゃないか!」ガンガが叫んだ。

 

 一時間後。タダはガンガの部屋のドアをノックした。

「おう、タダ、来たか」

中に入るとヌーがガンガと話し合っていた。アマゾンとチャコもいた。

「私はヴィヌドーで文化局に勤めていましたが、過去に同じ両性種の星という事で民間レベルでの交流はありました。文化局に協力を依頼しました」

「ありがとう。でもさ、ヌー、俺たちがこのプログラムを始めてからもう1週間だぜ。ヌーの所には初日にはメールが行ったと思うんだが」アマゾンが少し非難めいた口調で言う。

「ええ。実は昨日まで瞑想体験の実習で全く連絡が取れない所にいたんです。今朝戻ってきてメールチェックをして、このメールを知りました。でも私もまさかフロルの事とは思いませんでしたよ!」

「本当にありがたいが、これからどうすればいいだろう?」

「私がタダとフロルをヴィヌドーに連れていきます」ヌーがきっぱりと言ったので皆は驚いた。

「いきなり連れてくって?」

「遠く離れた大学からあれこれやって欲しいと言ってもなかなか動いてくれませんよ。私は2人を直接ヴィヌドーに連れて行って、ヴィヌドー政府が動いてくれるまで一緒に現地で粘ります」

「いいのかい?そんなにしてもらって」

「はい、もう哲学科の教授に、今後1ヶ月ほど授業は休むからと言ってあります」

そしてヌーはさらに続けた。

「私が働いていた頃の局長はとても良い方で、あの方だったら絶対に動いてくれたと思いますが、2年ほど前に引退なさったと聞いています。新しい局長はどんな方なのか私は直接知らないので……。でもまずはやってみないと始まりませんから」

「ヌー、君がこんなに行動力あるとは知らなかったよ」アマゾンがしみじみと言った。

「でも」とタダが自信なさげに言った。「ヌーの申し出はありがたいけど、ただの一個人、しかも他の星の人間が乗り込んでいって、『何とかして下さい』って言って何とかなるんだろうか」

アマゾンがにやりと笑って言った。「ああ、俺たち庶民じゃ難しいよな。だけどさ、ほら、いるじゃないか、俺たちの友達に。他の星はいざ知らず自分の星には圧倒的な権力を持ってるヤツが!」

「王様か!」タダは叫んだ。ガンガがにやりと笑って続けた。

「ああ。実を言うともう連絡済みだ。調べたらアリトスカの国交のある星のリストにヴィヌドーが入ってたんだ!事情を話して連絡したら即返事が来たよ!この後フロルと大学病院の許可を取ってフロルのバイタルデータのファイルを送る。向こうで文書を作成して、ヴィヌドー政府に要請するのに2,3日はかかるらしいが、驚くべき速さだよ!」

「では、私たちもできるだけ早く出発しましょう」ヌーが言った。

 

 次の日、タダが部屋でヴィヌドー行きの準備をしていると、ノックの音がした。開けるとアリスンが立っていた。

「タダ、私もフロルの事、聞いたわ。いつ出掛けるの?」

「明日。早いほうがいいからね。アリスン、今回の事では本当にありがとう。君がいたからフロルはアテナイ教授につながって、医療チームもできたんだ」

「あの……お願いがあるんだけど」

「何?」

「いろいろあったけど…これからも友達でいてくれる?」

「もちろんだよ!僕の方こそお願いしなきゃいけなかった」

「ありがとう。……できたらもう一つお願いがあるんだけど」

「うん?」

「私、兄弟が1人もいないの。で、昔からずっとお兄さんが欲しいと思ってたの。タダ、私のお兄さんになってくれない?」

タダは吹き出した。

「僕も兄弟はいないんだ。君みたいな妹がいたらいいな」

「タダ……元気で行ってきてね。そして……うまく行くといいわね。フロルの事」

「ああ、ありがとう」

タダはアリスンの肩に手を触れると額にキスをした。

「じゃ、私、授業に行くから」

アリスンは去っていった。

――妹か。文化的背景が同じで、同じ感じ方で。まさに妹かもしれないな。

 

 次の日。タダとフロルはヌーと共に宇宙船に乗っていた。ヌーはずっと黙って熱心に本を読んでいた。フロルの服の下、背中の肩甲骨の間には小さなケースが貼り付けられていた。ノルサイラの病院が指定してきた薬物がケースの中に入っており、決まった時間をおいて自動的に注入される。非常に細い針を複数本使用しているため、痛みは全くない。いわゆる薬の飲み忘れを完全に防止する装置だ。特に宇宙に出て昼も夜もない世界に入ると非常に有益な装置だ。

 しかしノルサイラが警告したとおり副作用はあり、毎回薬が注入されて30分もするとフロルは吐き気やめまいを起こしていた。

 

 ヴ……とフロルの背中の装置が微かな音を立てた。フロルの身体が微かにビクッと震えて、ふっとため息をついた。また副作用が始まるのか。タダはそっと肩を抱き寄せた。こんな事しかできない自分が辛かった。

――現在の局長がいい人だといいんだけど。

いや、それにしても民間交流の実績があったというだけだ。ヴィヌドーの人間ならいざ知らず、全くよそ者のフロルや自分が訪れて、果たしてノルサイラへ行くルートが与えられるのだろうか。保証は全くない。ヌーはルートが見つかるまでヴィヌドーでがんばると言ってくれているが。

 

 ふと気がつくとフロルはタダにもたれて眠り込んでいた。眠ってしまう方が副作用を感じずに済むからありがたい。

「ヌー」タダはふと話しかけた。

「ヴィドメニールってどのくらいの割合でいるんだい?」

「ヴィヌドーは」ヌーは本を閉じて口を開いた。「人口の12%がヴィドメニールなんです」

「かなり少数だね」

「ええ。で、ヴィドメニール達は生まれた幼いメニール達の世話をし、また他の者は国を守り色々なところで働いています。私も生まれるとすぐに他の大勢の子供達と一緒に集められてヴィドメニールに世話をしてもらって過ごしました。学校もあり教師は皆ヴィドメニールでした。

 ヴィドメニールは他にも国を整備する者、流通に携わる者、食料生産や工業生産に励む者、などそれぞれの希望と特性に合わせて仕事を持ちます。

 私は教育に興味を持ち、教育省に入り文化局に配属されました。夏の間はメニールがいないため学校はありません。私は他の星での学びにも興味がありました。幸い上司はとてもよい方で、夏の間に大学に行くよう勧めてくれました……」

 確かにヴィドメニール達の働きがなければヴィヌドーは発展できなかっただろう。

ヌーの話はさらに続き、タダは熱心に耳を傾けていた。

 

   第25章

 

 中継地で宇宙船を乗り換え、やっとヴィヌドーに着いた。

「今、ヴィヌドーは夏の終わりです。春ほどではありませんが、まだまだきれいですよ」ヌーが明るい声で言った。

 

宙港からヌーが務めていたという文化局の建物へ移動する。そこで応接室に通された。ソファに座って待っていると…。

「ヌー、お久しぶり!元気そうね!」明るい声が響いた。

見るとヌーと同じぐらい背の高い女性が入ってきて歓迎するように微笑んで両手を広げた。赤茶色の豊かな長い髪、小麦色の肌、美しい顔、ふくよかな美しい体型、白い長い優雅な衣服。

――この人はヴィダだ!

ところがヌーはなんと、不満そうな声で非難するような口調で答えた。

「局長!いつまで働いているんですか!あなたは今、ヴィダなんですから…」

「大丈夫、ちゃんと2年前に完全に引退したわよ!だから今は局長じゃなくて元局長よ」

いたずらっぽい目が笑う。ヌーの歯に絹着せぬ遠慮ない物言いが、彼とかつての上司との良好な関係を物語っていた。

そして彼女はタダとフロルに向かって手を差し出した。2人と握手する。

「元局長のリーヴェンよ。かれこれ100年以上この職についていて、同じ日々がまだ続くと思っていたら、この春変化してしまったの。仕事と役職を引き受け過ぎていて、引き継ぎに2年かかったわ」と彼女は言葉を切った。

「でもヌーから要請が来たという話を聞いて思ったのよ。これを私の最後の仕事にしたいってね。で、やらせてくださいと我が儘を言った訳」

 

そして彼女はファイルを手にテーブルについた。

「さて、では事務的な事から行きましょう」

そしてリーヴェンはファイルからカードを2枚取り出しタダとフロルの前のテーブルに置いた。

「まずこれはあなたたちの身分証明書。あなたたち2人には特例で1年間に限りヴィヌドーの国籍が与えられました」

「え?何ですって?そんな事できるんですか?」ヌーが驚きの声をあげた。タダとフロルも驚いていた。ヌーの驚きの声で、局長がいかにあちこち動いて苦労して国籍を取得したかが伺えた。

「まあまあ。ま、確かに簡単に、という訳にはいかなかったけどね」リーヴェンは茶目っ気たっぷりに楽しそうに微笑んだ。

「それから」と次のカードを取り出す。

「国籍が取れたのでこれを発行できたわ。ヴィヌドー政府発行のあなたたち2人のパスポート。ノルサイラへ1回限り有効」

次に彼女は小さなキューブを取り出した。

「大学から送られた情報はすべてノルサイラの病院に送ってあるわ。これは一応予備に持って行ってださい。彼らはフロルの状況はすべて把握していて、医療チームを作って待っています。フロルの副作用についても十分承知していて、とにかく体調が悪くて辛いのだから、その辛さを取り除くために1日でも早くノルサイラへ来てくれと言っているわ」

 

 そして彼女はソファに座っているフロルの前に来ると長身の身体を折ってひざまずきフロルと目線を合わせて優しく話しかけた。

「フロル、本当に遠いところをヴィヌドーまでよく来てくれましたね。後もう少しですよ。心配せずに行きなさい。ノルサイラは両性種の星の中では最も医療が進んでいる星です」

そして言葉を切りフロルの顔を見つめる。

「…でも星系の差というのはすごいものね。あなたは一見ヴィダに見えるけど、よく見るとやはりメニールだわ」

そして彼女は大きな両手でフロルの頬を挟み込んで優しく言った。

「最後に。…いい、フロル?あなたはヴィダになりに行くのよ。愛される美しい存在にね。恐れずに行きなさい」

「…はい」

フロルの目に涙があふれてきた。

 

彼女は次にタダに向き合った。

「フロルに婚約者がいると聞いて両性種の人間だと思ったら単性の男性だと知って驚いたわ。きっと両性種のフロルと感じ方や感覚が違って、戸惑ったり困ったりした事がたくさんあったと思う。でもあなたたちはそれを乗り越えてきたのね。素晴らしいわ。あなたたちのようなカップルが増えていく事を心から願うわ」

「本当に何と言ってお礼をしたらよいか…」

「いえいえ、本当に楽しかったわ。あなた達は私の人生の終わりに素敵な思い出を作ってくれたのよ」

そして彼女は立ち上がった。

「長旅で疲れていると思うけど、明日ノルサイラへ発てるように手配してあります。今日は十分に休んでね」

そして彼女は部屋を出て行った。

 

「休息は必要ですが」とヌーが切り出した。

「でもせっかくヴィヌドーまで来たんですから、フロルさえよければせめてここの周りを少し散歩しませんか?フロルが気分が悪くなったら私が抱いていきますから」

 

 外に出ると近くに公園があった。川沿いの小径の両側には濃い緑の葉の茂った木々が立ち並び、涼しい日陰を作っていた。川の水は涼しげに流れ、光を浴びて煌めいていた。

あちこちでヴィダ達が幸せそうに見つめ合って散歩をしていた。

「私はヴィダを見るのが大好きです」ヌーは楽しげに言った。

「彼らは希望の約束なんです。そう教わりました」

「希望の約束?」

「ええ。初めての春、一緒に育った仲間たちが次々に脱皮してヴィダに変化した時、私だけ変化しませんでした。私はヴィダ達の間で落ち込んでいました。どうして私だけ変化できないのだろう。どうして私だけ美しくなれないのだろうかと。美しく変化した友人達を辛くて見る事ができなかったのです。

「でも私達の世話をしてくれたヴィドメニールはヴィダを指して私にこう言いました。『彼らは希望の約束なんだよ。私達は長い人生の最後に必ずヴィダに変化して幸せの中に住む事が約束されている。ヴィダを見る事はその約束の成就を見る事なんだ』と。それ以来ヴィダを見る事は喜びに変わったんです」

タダははっとしてヌーを見つめた。

——そしてヴィダに変化した時、自分の人生が終わりに近づいている事を知るんだ。なんと言う人生なんだろう…。

ヌーは変化して男性になるのだろうか、それとも女性だろうか。力強くもあり優しくもあるヌーは、本当にどちらになるか見当もつかなかった。

——ヌー、でも本当に幸せになってほしい。愛し合う喜びを知ってほしい。いつか…。

寿命の長いヴィドメニールの事だ。その時は自分はもうこの世にいないかもしれない。でも…幸せになってほしい。

優しい目でヴィダを見つめるヌーの横でタダは切に願った。

 

 

第26章

 

 

 ヌーと元局長に別れを告げ、タダとフロルはさらに宇宙船に乗り、やっとノルサイラの宙港に着いた。連絡がすでに行っているらしく、救急車のような車両が宇宙船の横にやってきた。全くわからない言語で話しかけられ、あわてて端末の翻訳アプリを立ち上げる。

「ようこそ、ノルサイラへ」よく見ると医療スタッフは笑顔で出迎えてくれていた。

 

彼らは手早くフロルを担架に乗せ運び出した。タダもあわてて担架についていった。

 救急車に乗ると彼らは直ちにフロルにあれこれ器具を取り付け、機械を動かし始めた。フロルの基本バイタルデータはすでに送ってあるが、彼らは実際に自分たちの機械で再度データを取っているらしかった。

 

 病院に着くと2人は家族用の大きな病室に通された。病人用のベッドの他に付き添い者用のベッドもあり簡単なキッチンやバスルームもついていて家具も置かれ、病人用のベッドがある事を除けば小さめのマンションと言ったところだ。

 

 スタッフはすぐにフロルを連れて行き、一向に帰ってこなかった。やがて看護師らしい女性が部屋を訪れ、共通語でフロルの治療はまだ時間がかかる事、食事は食堂でいつでも取れること、またノルサイラの宗教で1日に4回鐘が鳴り礼拝があり、礼拝の時間は外に出ないようにとか、病院の周りも行っていい所、いけない所など事細かく話してくれた。

 

 勝手に食事を済ませるともうやる事は何もない。それも想定してあって、タダは自分のタブレットに外付けのハードディスクをつなぎ、あらかじめ大学で取り込んであった講義動画を見て1人勉強しレポートを書き始めた。大学を出る時にこういう事も想定して多くの講義動画や関連資料を目一杯取り込んであったのだ。大学は「意欲と才能のある者にはどんな環境にあっても教育の機会を提供する」と言う理念の通り遠く離れていても動画などで学習し、科目ごとの掲示板などで教授に質問したり意見を交わしたりする事が可能だった。

 

 フロルはICUに収容されたと連絡があった。看護師が面会するかと聞いて来たのでタダはICUへと向かった。

 フロルには点滴ともう一つ何かの装置が取り付けられていた。フロル自身は薬のせいかぐっすり眠っていた。しかしその表情は穏やかで、何より不快な副作用がなくなったようで、タダはほっとした。無菌状態を保つために渡された、ごく薄い医療用ゴム手袋をはめた手でそっとフロルの手を握る。反応はなかったがフロルの体温が伝わってきた。

——頑張れよ!

そんな思いを込めてフロルの手をぎゅっと握る。ふと横を見ると看護師がこちらを見て微笑んでいた。

 

 次の日、1人タブレットで講義動画を見てレポートを書いていると、画面にお知らせが飛び込んで来た。

「パラサイコセラピストのマーリが病室を訪れます。よろしいですか?」

「どうぞ」と返事を送る。

 しばらくすると部屋の外で「マーリ・プレスクラーナです」と声がした。

「どうぞ」と声をかける。ドアが開き50代か60代と見える小柄な女性が入ってきた。

「本当は昨日来る予定だったんだけど、フロルの方で手一杯で、あなたのところには来れなかったの」マーリは快活そうに言った。

「タダ、あなたはテラ系ですって?テラ系の人に会うのは本当に久しぶりだわ。タダ、私もテラの人間なのよ」

「え?」タダは驚いた。「テラ系の人がなぜここに?」

「うーん、それは長い話になるから今はやめておくわね」

マーリはにっこり笑うと「じゃ、身体を楽にして横になって…そうね、あなたのベッドがいいわ」と言った。

「え?僕ですか?」とタダは聞いた。「僕は単にフロルの付き添いで…」

「ほらほら」マーリは快活そうに笑った。

「まあ、あなたは身体の方は大丈夫。でも心の方は私から見れば立派な患者だわ…さ、こちらに横になって」

タダは言われるままに自分のベッドに横になった。マーリは慣れた手つきで上体が斜めになるようベッドを調節した。

「あら、あなたもテレパスなのね!」マーリはタダの手を取ると驚いて言った。

——この人もテレパスなんだ。

「助かるわ!私もテレパスだけどそんなに強くないから!」

タダはマーリの優しい感情が自分の意識を包み込むのを感じた。

「ああ、まったく!」マーリは苦笑した。

「男の人ってどうしてこうなのかしら。特にあなたみたいに生まれつき男の人ね!あなたはいつも自分の不安や悲しみは心の奥に押し込めて、フロルを助けなきゃ、励まさなきゃって思ってきた。ねえ、タダ、泣いていいのよ。いえ、今は泣きなさい。今のあなたには涙が必要だわ」

 その言葉を聞くと不思議なことに不意にタダの目に涙が込み上げ止まらなくなった。涙はとめどなく流れて頬を伝っていった。

心の底から込み上げる物が抑えられず、タダは小さい子供のように泣きじゃくった。マーリはそんなタダの手を優しく支え、彼女の意識はタダの意識を包み込んでいた。

 気がつくとあたりは夕方で薄暗くなっていた。マーリに言われて泣いた後、眠ってしまったらしかった。

ICUに行きフロルの様子を見る。フロルは今日も穏やかな表情で眠り込んでいた。

 

次の日もマーリはやってきた。「今日から本格的にパラサイコセラピーを開始するわね」

そしてマーリはベッドに横になったタダの手を取った。

「あなたはずっと辛い思いをしてきたわね。ねえ、タダ、辛い思い出は貴重なのよ」

「え?」

マーリはにっこり笑った。

「辛い思い出は人を優しくするし、強くするわ。でも思い出に押しつぶされてしまう人もいるの。私はそんな人を助けてきたの。思い出に押しつぶされず、その思い出で優しく強くなれるように」

そしてマーリは改めてタダの手を取った。

「じゃあなたさえ良ければあなたの思い出に触れていくわね」

タダは記憶を振り返った。フロルがレイプされた事。その後フロルが男性化するのではという恐怖。愛したいのにすれ違った想い…。

マーリはその一つ一つを丁寧に一緒に思い出して再度体験していった。辛い記憶だがマーリはいつも横にいて、恐れずに記憶に触れるよう励ましてくれた。

「あの…」セラピーが終わった時タダはマーリに話しかけた。

「フロルにはどんな治療をしてるんですか?」

「基本的には同じよ」マーリは答えた。

「でも…フロルの方がずっと深く…多く思い出して私はそれに触れてるの。フロルの方がずっと傷ついているから」彼女はふっとため息をつき、またタダの方を見て微笑んだ。

「普通は2人一緒にセラピーしたりはしないんだけど…でも今回はちょうどよかったわ」

 

 

 

   第27章

 

 治療は順調に進んでいるようだった。フロルは1週間ほどでICUから戻ってきた。不快な副作用から解放され、男性化する恐怖からも解放されて表情が日に日に明るくなってきた。

 

 一月ほど経ったある日タダは担当医に説明のため呼び出された。

「午前中にフロルにも説明しましたが、これでひとまず治療は終わりです」医師は明るい顔で言った。

「そもそもこうなった原因は何ですか?」タダは聞いた。

「いくつかの段階があります」医師は話し始めた。

「まずフロルは3ヶ月ほど前にはすでに変化の時期に入っていました」

「え?」

「本人は時々体温を測っていて、2度ほど上がったと言ってました。しかしそれで体温の上昇は止まってしまったと。宇宙大学の星はヴェネに比べて気温は低いし逆に大気圧はかなり大きいです。また重力は少し弱いです。そのような変化から体温は2度しか変化しなかったと思われます。ところがフロルは変化する時には体温は4度ほど上がると子供の頃から言われていて、変化はまだだと思い込んでいました。そんな時に間違いから男性ホルモンを大量に投与されてしまいました」

聞いていてタダは眉をひそめた。

 

「病院で応急処置的に投与された薬はほとんど効きませんでした。これで身体は男性の方へ変化を初めてしまいました」

「そうだったんですか」

「変化の際にはどちらの性別になるにしてもヴェネ星人はまず体内に未発達の卵巣と精巣と両方を併せ持ちます。ところがこの時点でCTスキャンを取り、両性種についてあまりよく知らない大学附属病院では未発達の精巣を除去してしまいました」

「……」

「体内で未発達の卵巣と精巣はコミュニケーションを取りながら最終的に性別が決まった時点で不必要な方が消えますが、フロルの場合不自然な経緯で精巣が消えた訳で、残された卵巣が自己防衛のためにこんな振る舞いをしたわけです。私たちは卵巣を特殊な膜で覆い、それが分泌する男性ホルモンを捉えて身体に回らないようにしました。またそれと同時にホルモンではなく伝達物質を注入することでフロルの身体を本来あるべき姿に戻すことができました。ある意味伝達物質を通じて未発達の卵巣と会話をしたようなものです」

――ああ、この人たちも『会話』と言うんだな。

タダはフィーノ教授の話を思い出していた。

「とにかくフロルの状態は平常に戻せました。今後は医療面は彼女がきちんと女性になるまでこちらで見守ります。女性になってしまえば安定してもう心配はなくなりますからね」

――3ヶ月前に変化の時期に入っていたのか。

ふと3ヶ月前の出来事を思い出した。あの晩何かフロルが違って見えたんだ。そしてそのままフロルをベッドに連れて行った…。

――あの時違って見えたのはフロルの身体の奥深くの変化を僕の勘が捉えていたのだろうか。

 

もう「病気」ではないという事で、フロルも毎朝の医療チェックとマーリによるセラピーのみとなった。タダの方はセラピーは終了すると告げられた。

 これで何回目だろうか。マーリはやってきてこれが最後だとタダに告げた。

「今日であなたの方は最後にするわ。で、あなたはテレパスだし、共感力にも優れてるから、今日は私がやっていることのほんの初歩のやり方を教えるわね」

マーリはいつものように快活に言った。

「手を取って……テレパシーで相手の記憶に触れるの。相手の意識に寄り添ってね。タダ、あなたも経験したと思うけど、1人で思い出すのが辛い記憶も、共感してくれる誰かがいれば勇気をだして思い出すことができるのよ。いい?じゃあ、少し私の記憶でやってみて」

言われてタダはマーリの意識に入り込んだ。タダに出会ってマーリは昔のテラでの記憶を思い出していた。楽しかったこと、辛かったこと。そして恐ろしく辛く悲しい思い出が微かに見えた。タダの意識はそっとマーリの記憶から抜け出した。

「ああ、ごめんなさい。うっかりしてたわ。こんな事、あなたと共有するつもりじゃなかったのに」マーリはため息をついた。

「……辛かったんですね」

「ええ、優しいのね、タダ。…惜しいわね。あなたなら訓練したらきっと有能なパラサイコセラピストになれるわよ」マーリはくすくす笑った。

「でも、そう、今やったようにそっと意識を相手の記憶に沿わせるの。でもむやみやたらにやってはいけないわよ。当然プライバシーの侵害になるからね。この方法はあなたと親しい人、あなたに心を読まれても嫌がらない人に限定しなければだめ。さしあたりフロルぐらいかしらね。

 ……さあ、これで本当に私のセラピーは終わり。タダ、あなたに会えて本当によかったわ」

「いえ、僕こそ本当に力をもらったと思います」

マーリはにっこりとして「それじゃ」と出て行った。

 

 いよいよ治療も最終段階になった。フロルも一切運動制限もなくなり、というより今までベッドの中で過ごしてきて落ちてしまった筋力を取り戻すため、2人はもっぱら病院の付属のジムでトレーニングに励んだ。フロルは少しでも授業の遅れを取り戻すため、タダ同様、講義動画で補える授業は動画を見てレポートを書いて送り始めた。

 フロルの方はまだマーリのセラピーは続いていたが。

 

 そして、明日はいよいよ退院という日、マーリが2人を訪れた。

「今日でここに来るのも最後になります。2人とも…特にフロル、あなたは本当に私に心を許して、あなたの心の奥底まで私が意識を伸ばすことを許してくれたわ。 こんなに奥底まで一緒に「潜った」のはあなたが始めてだと思うわ。実はあまりに奥深く潜ったので、あの心の奥底であなたが生きる希望を失ったら、私も出てこれないぐらいのところまで行ったの。でも私はあなたは絶対に希望を失わないと信じていた。だから一緒に戻ってこれた。…フロル、一番最初に私があなたのところに来た時の事、覚えてる?私たち、抱き合ってずっとずっと泣いて泣いて…気がついたら夜になってたわ。あの日は結局タダのところには行けなかったのよ!」マーリは涙を浮かべながらもにっこりとした。そして。

 

「これからとっても大事な話をします」とマーリはいつもと違って静かな口調で話し始めた。

「あなたたち2人はこれからこの星を出て大学に戻るからまず大丈夫だけど、このセラピーを終えたら決して私に会いに来てはいけません」

「え?どうして?」

「それはね……」マーリはいささか辛そうな表情を見せた。「私があなたたち2人のプライベートな思い出を知ってしまったから。特にフロルはね」

「え?でもそれが何か?」

「フロル、私は一緒にあなたの心の本当に奥深くまで潜って、あなたの記憶を体験したわ。あなたは私に正直にすべて見せてくれた。だから私は本来なら家族でも友人でも知ってはいけないレベルまで知ってしまったの。あなたが私に心を許して、本当に心の奥深くまで入り込むことを許してくれたから、私はセラピーでその奥深くの記憶の傷を癒やすことができた。それは良かったけれど、セラピーが終わった今、それは私が持っていてはいけないもの。本来フロル、あなた1人のものよ」

「オレ…気にしないけど」フロルはきょとんとした表情で言った。

「あなたは本当に素直で正直な人ね、フロル!」マーリはにっこりした。

「この一月、私は幸せだった。あなたたちの記憶は辛い物だったけれど、私はあなたたちの愛情も経験したの。本当に幸せだった……」

しかしマーリは窓の外を見て、思い出に浸っているかのように微笑んだ。

 

「私は今日、家に帰ったら最後にあなたたちの記憶をもう一度自分で探って体験しなおします。もう一度最後にあなたたちの記憶に浸るわ。そして明日、私は自分の中のあなたたちの記憶をすべて消して忘れます」

「え?」タダとフロルは同時に言った。

「どういうこと?忘れるって?」

「だってセラピーが終わった今、それは持っていてはいけないものだから。だから会いに来てはいけないとも言ったの。明日以降あなたたちは私にとっては知らない人になるのよ」

「え?……」2人とも何を言ったらよいかわからなかった。

「私はこの一月フロルであり、タダであった。そして明日私は私に戻るの。まっさらな状態になるの。そして次に私を待っている人のところに行くの。私はずっとこうしてセラピーを続けてきたのよ」

「……わかりました」タダは言った。「でも……マーリ、僕たちはこの後大学に戻ります。ノルサイラは僕らにとっては来れたのが奇跡的で、再び訪れる事はできないと思います。できたとしても絶対に来ません。だから……例外的に僕たちの事は忘れずにいてくれませんか?」

マーリはにっこりした。

「タダ、優しいのね!今の私はとっても幸せよ!……なぜか記憶を消しても感情は残るの。明日以降私は思い出そうとすると、悲しくて幸せだった感情だけを思い出すと思うわ。それも幸運な事で、私の人生なのよ。……タダ、ごめんなさいね。例外を認める事はできないわ」

「……そんな!オレ達はマーリの事、一生忘れないから!」

「ありがとう、フロル。私、本当に幸せだわ!」

そしてマーリはフロルとタダを1人ずつ抱きしめると部屋を出て行った。

 

「……そんな!」フロルは涙が止まらなかった。

「オレたちは絶対に忘れないから。マーリの事」

「ああ」

タダはフロルを抱きしめた。悲しみが触れている両腕から伝わってきた。

 

 次の日。2人は荷物を片付け出発の準備をした。すっかり顔なじみになった医師や看護師達が代わる代わるやってきて別れを惜しんだ。それも一段落し、「さあ、行こうか」と2人はわずかな荷物を持って部屋を去った。

「タダ、見て!」フロルがそっとささやいた。

フロルの指さす方を見ると、廊下の遠く向こうにマーリが見えた。

病室の扉をノックして「パラサイコセラピストのマーリです」と声をかけている。中から「どうぞ」という声がして、マーリはその部屋に入っていった。

――次の患者のところにいくんだな。

「マーリ、もうオレ達の事、忘れちゃったんだね」フロルは涙声で言い、たまらなくなってタダの胸に顔をうずめて泣き出した。タダはそっと背中をさすりながら言った。

「ねえ、この退院した日は僕たちの記念日だよ。毎年何か2人でお祝いしてマーリの事を話そう」

「……うん」でもフロルはまだ涙を流していた。

 

 

 

 

 

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