XXY(ダブルエックス・ワイ)~ フロルは悪質ないたずらと手違いのため大量の男性ホルモンを投与され、身体が変化して行く 作:浦辺 玲
その後2人は宇宙大学に戻ってきた…。
第28章
2人はノルサイラを出た後、大学には戻らずシベリースに向かった。試験までわずか数日だったし、今学期は試験は見送ることに決めたからだ。
「ねえ」ワープに入り、暗くなった窓を見ながらフロルが言った。
「マーリが教えてくれたんだけど」
「うん?」
「おまえってすっごくオレのこと考えてくれて『男になっても愛する』って言ってくれたんだよね」
「あ?ああ」
「今だから言えるけどさ、それってあのとき一番言って欲しくなかった言葉だったんだ」
「え?」
「……おまえがオレのこと我慢して抱いたりキスしたりって、オレ、絶対やって欲しくなかったわけ」
「……」
「マーリはオレ達2人の記憶を読んでたからわかったんだよ」
「そうか……」
「いつか自分の口でタダに言えって言われてたの、今思い出した」
「……ごめん」
「ううん、オレもはっきり言えばよかったんだけど……あのときおまえを傷つける言葉しか出てこなかった」
「……フロル、でも、わかってよかった」
「うん……」
ふとゲイのリドリーの事が思い出された。性的指向は変えられないよ。そう言ってたっけ。大学に戻ったら彼とじっくり話してみたいな。
「…僕も君に謝らなきゃいけない事がある」
「ん?」
「君と…話ができなかった時、僕はアリスンと浮気した」
「ふうん……でも、あの時、オレもおまえを拒絶してたんだよな」
「あの日……僕は君の部屋を出て……どこに行くあてもなくて……たまたまアリスンに会って、部屋に行って……。アリスンは僕が悩んでいるのを察して……」
それ以上は言えなかった。
「…もう絶対にこんな事はしないよ。本当にごめん」
フロルは長い間黙って前を向いていた。が、やがてタダの手を取った。
「…あのさ……オレ、正直よくわかんない。でもさ、オレ、おまえの事は少しはわかってるつもり。おまえは決していい加減な人間じゃないよ。……」
そしてタダの手をそっと撫でた。
「フロル、思いっきりひっぱたいていいよ。僕はそれだけの事をしたんだから」
フロルはふふっと笑った。
「あのさ」
「何?」
「引っ叩かないから、その分、キスして」
タダは吹き出した。
「それでいいのかい?」そしてフロルの頬に手をやるとそっと唇を重ねた。
なんだか最後まで残っていた心の奥深くの氷のような塊が溶けていくような気がした。タダはフロルを抱き寄せると目を閉じた。
――ずっと苦しんで。ずっと悩んで。でも。
「フロル」
「うん?」
肩に手をまわし目を覗き込んでささやく。
「シベリースに着いたら…結婚しよう」
フロルは無言で目を閉じて唇を重ねてきた。
やがて宇宙船は、シベリースの宙港についた。シベリースの明るい空を見て、タダもフロルも心がゆるんでほっとするのを感じた。
さらに小型飛行機に乗り、海沿いの小さな村を目指す。
「お帰り」長老が優しく2人を迎えてくれた。
――最初は、オレ、この人が怖かったんだよな。
フロルは懐かしく思いだした。最初にタダに連れられて始めてシベリースに来たときはものすごく緊張していたのだが、長老が微笑んで「フロル、よく来たね」と言ってくれた一言でいっぺんに好きになってしまったのだ。
――不思議な人だよな。
でもタダは子供の頃から育てられているからか、何でも遠慮なくびしばし言い合っていた。そんな2人の会話を聞くのも楽しかった。
2人はかわるがわる起こった事を長老に報告した。長老は目を閉じて時々うなずきながらずっと静かに2人の話に耳を傾けていた。
「本当に多くの人に助けてもらった。僕らだけでは到底何もできなかったよ」タダの言葉にフロルはうなずくばかりだった。
次の日、早めの夕食を一緒に済ませた後、タダは長老と何か話していた。
「…お願いできるかい?」とタダが言っている。
「もちろんだ。日が暮れたら洞窟へおいで」長老が言った。
フロルが自分にあてがわれた部屋にいるとタダが入ってきた。
「…今晩、結婚式をあげるよ」
「え?」
「早すぎる?」
「…まあ、反対する理由もないけど」
「シベリースの結婚式はごく簡単なんだよ」
「おまえのやり方だっていうなら、それでいいや。オレ、特にこだわらないし」
タダは服を2着持ってきた。ごくシンプルな袖の無い白いチュニックで、石のついた飾りで肩のところでとめる。
「これを着て」
タダはさらに緑の葉に覆われた枝で編んだ冠を2人の頭にかぶせた。
日が沈み外は黄昏時で薄ぼんやりとしてきた。
「…行こうか。ああ、靴は脱いで。裸足でいいんだ」
タダはランプに火をともすとフロルの手を取って歩き出した。
海沿いに小さな洞窟があり、中から淡い光が漏れていた。中に入ると白いローブを着た長老が2人を待っていた。
2人は長老の前でひざまづいた。長老はタダとフロルに1人ずつ改めて結婚の意思を問い、2人は誓いの言葉を述べた。そして長老はふところから小さな布に包まれた2つの指輪を取り出し、2人はそれぞれ相手の指にはめた。
「さあ、それでは2人とも手を重ねて」長老は2人の両手を重ねるとそれを自分の両手で上下から挟み込んだ。
「我、汝ら2人の願いにより、ここに汝らの魂を結びつなげん」
その瞬間フロルは長老の意識が自分を包み込み、タダの意識と堅く結び合わされるのを感じた。
――え?オレ、テレパシーなんてないのに!
タダも目を閉じて、意識が繋がれるのを感じていた。
「さ、それでは誓いの口付けを」
涙が出る。タダはフロルの顔を両手で挟み込み、優しくキスをした。
「それでは行きなさい。今日が始まりだ。あなた達はもう困難を一緒に乗り越えて来たんだ。大丈夫だよ」長老が優しく言った。
タダと手を取り、家に向かう。
派手なドレスもお客もなかったけど、これでいい、本当の結婚式だ、とフロルは思った。
魂がつなぎあわされる。本当にそれを感じた。思い出すだけでまた涙が出てくる。
家に戻り、ソファに座った。ふうっとため息がでる。
「…簡単すぎる結婚式で物足りなかった?」タダがくすくす笑いながら聞く。
「ううん…オレ、超能力ないけど、長老の意識感じたよ。…本当の結婚式って気がした」
「そう、よかった。長老はこれができる人なんだよ。だから僕は司式は必ずあの人でって思ってた」
「そうだ!タダ、いつ結婚指輪用意したの?」
「ああ、これ?僕の両親の結婚指輪だよ。両親の唯一の遺品」
「え?」
「宇宙船の事故で助け出された時、僕の着ていた服のポケットの中に落ちないように縫い付けられてあったそうだ。で、長老がずっと大切に預かってくれてた訳。婚約したと報告した時に見せてくれて、結婚の時に使えと言われたんだ」
「いいのか?そんな大切な物使って?」
「しまっておいたって意味ないよ。…それに君のおかげで僕もこれから父の指輪をずっとはめていられる」タダは自分の指の指輪を見つめた。
「…君のは少し緩いな。君の方が指が細いんだ。今度君の指に合わせて調整してもらおう」
フロルも自分の指輪を見つめた。装飾のないシンプルな細身のプラチナの指輪。
素敵だ。会った事もないのにタダのお母さんに祝福されているような気がする。…この指輪の以前の持ち主はタダが生まれた時この指輪をはめた手で抱き上げたんだ。どんなに幸せだったんだろう。その手で子供のタダを何度も抱いてキスして…。そしてその子供は大きくなって自分に出会い、今は自分がその指輪をはめている…。時を超えて繋がっている。胸が熱くなる。
タダはワインの瓶とグラスを2つ持ってきた。
「では、お祝い」
乾杯してワインを飲む。2人だけの本当に素敵なお祝い。無言で見つめ合うだけで、お互いが本当に幸せに感じているとわかる。
「さあ、いいかい?」不意にタダが聞いた。
「いいって何?」
タダは何も言わずに微笑むとフロルを抱き上げた。そのまま階段を上がる。そしてタダはフロルを自分の部屋のベッドにそっと下ろした。
「なんだか申し訳ないな。変わりばえしないぼくの部屋で」
フロルは首を振った。
「オレ、この部屋で良かったと思う。これからもここで生活するんだし」
タダは微笑んだ。ヴィヌドーからノルサイラ、そしてシベリースと長旅をして来た2人は結婚したからと言って新たにハネムーンに出かける気はまるでなかった。
「でもさ、どうしてお前のベッドってこんなに大きいの?これ、セミダブルだよね」
タダは笑った。
「まあ、偶然かな」
「偶然?」
「ああ、僕が10歳ぐらいだったかな。それまで使ってた子供用のベッドが小さくなって、大きいのが欲しいって長老に言ったんだ。それで新しいベッドを買いに行く事になったらこのセミダブルが訳ありですごく安く売ってて、僕がこれがいいと言ったらしい。2階の大きい方の部屋を自分にもらえて、大きなベッドでも入ったからね。その頃からこの大きいベッドが気に入ってたよ。ベッドに何冊も本を持ち込んだり、ごろごろ転がったりしてね」
フロルは笑った。
「お前、変な子供だったんだな」
「まあ、それがこんなところで役に立つとはね!」
タダは先ほどのランプを灯し机の上に置くと部屋の灯りを消した。月灯りとランプの灯りで部屋は黄昏のような薄暗闇に包まれた。タダは2人の若葉の冠を取り去るとまたキスをして、ゆっくりとフロルのチュニックを脱がせた。ベッドの中で抱き合い唇を重ねる。まだ魂がつなげられている感覚が残っていた。
タダはフロルのふくらみかけた小さくて固い乳房を時間をかけてそっと優しく愛撫した。
「まだ小さくて」フロルが不満げに口をとがらせて言う。
タダはくすっと笑った。「小さいから可愛いんだよ」そして改めてしげしげと乳房を眺める。3ヶ月前にはまるで子供のように平らだったのに。白い膨らみも淡い色の乳首も全てが可愛らしい。
片手を添えたまま、タダはそっと胸に口づけをした。唇が胸に触れた時、フロルの中に始めて味わう不思議な感覚がまるで電気が通じたように頭のてっぺんから足の先まで走り抜けた。
「え?」思わず声が出る。タダはそんなフロルの顔を微笑んでのぞき込んだ。
「そう、君が女性になったっていう事」そしてまたキスを続けた。舌が優しく乳首を刺激する。さらに強い不思議な感覚がフロルの身体をかけぬけた。どこかくすぐったいような、それでいてどきどきする感触。それはエクスタシーにはまだほど遠い弱い物だったが、タダは意識を集中してその感触を読み取っていた。
「あ…」
「怖がらないで。受け止めればいい」タダはささやくと片手でフロルの身体を抱き、もう片方の手はそっと下の方へ降りていった。
不思議な感覚はまるで波のようにフロルの身体中を駆け巡った。タダはそんなフロルの感覚をテレパシーを通して自分も味わっていた。
波はだんだん高くなりあふれそうになる。タダは慎重に何度もその手前で止め、フロルは長い時間その波にたゆたっていた。
「え?タダ、おまえ、オレがどう感じてるか読み取ってるの?」快楽の波があふれて声が震えてしまう。
「…うん」
――もういいかな。
「行くよ」ささやくとタダは一気にフロルを歓喜の波の中に引き込んだ。フロルは始めて体験するエクスタシーに身体をよじり小さな悲鳴をあげてタダにしがみついた。その表情が可愛くて愛おしくてたまらない。
フロルが喜びで溢れていて、その喜びを自分が与えているのだという事実が純粋に嬉しかった。
そしてタダはフロルの上に自分の身体を覆い被せた。
「…怖い?」そっと聞く。
タダはいつも自分を思いやってくれた。決して無理強いせず待ってくれた。いつだって怖いと言えばそこで止めてくれる人だとわかっていた。だから…
「怖くない」
「…そう…」
本などで読んで次にどうなるのかは知っていた。しかし…。
しかし痛みは予想以上だった。
「やめよう、フロル。…これじゃまるで…」
「やめないで!」フロルはささやいた。だって、おまえこれを待ってたんだろ?ずっと長い間…。
「痛いけど…嬉しいから」
さらなる痛み。しかし次の瞬間、フロルは爆発するような激しい歓喜がほとばしるのを感じた。
「え?」
そして次にそれが自分の物ではないと気づく。
「そう。それは僕が感じている物」タダがささやいた。
――テレパシーか!
そしてさらにタダの意識が自分を包み込んでいるのも感じた。自分がフロルなのかタダなのか一瞬わからなくなる。
――ああ、これが結婚なんだな。意識を共有して…。
「…そう」タダが答えて優しくフロルの髪をなでた。
――初めて愛し合うのがタダの部屋で良かった。これからもこの部屋に戻ってくるたびに今日の事を思い出すから。
誰かの声が思い出された。
――フロル、君は絶対に女の子にならなきゃいけないよ……。
ああ、リドリーの声だ。フロルは天井を見上げながらふっと微笑んだ。
――ありがとう、リドリー、オレ、女の子になったよ……。
「ん?何?」タダが優しく聞いた。フロルはリドリーに相談した事を話した。
「……そうなのか。全然知らなかったよ」タダもつぶやくように言った。「ねえ、フロル、僕たちって本当にいろんな人に助けてもらったよね」
「うん」
「大学に戻ったらお礼を言いにいこう」
「うん!」
タダも微笑んだ。リドリーとパートナーのアルも招待して。4人でワインを酌み交わしながら色々話せたらいいな。
いつの間にか眠ってしまい、朝がやってきた。フロルが目を覚ますとタダはベッドにいなかった。服を着て下に降りていくとコーヒーのよい香りが漂ってきた。
「おはよう!」タダが明るい声をかける。
――これからはずっと一緒なんだ!
そう思うだけで胸が熱くなる。
「おはよう、タダ!」
長老の姿はなかった。
「しばらくは診療所の方にいるって言ってたよ」タダがこともなげに告げる。「邪魔はせんから好きにやれってさ」
2人で朝ご飯を食べた後は、パンとサラダを持って海に出かけた。タダは素潜りのやり方を教えてくれて、昼ご飯はタダが仕留めた魚と素潜りを覚えたフロルが海底から取ってきた貝を海辺で焼いて食べた。新鮮な魚介類は実においしかった。
そこは小さな奥まった入江で他には誰もいなかった。
遠くて微かに子供達の遊ぶ声がするだけで後は波が打ち寄せる音だけ。
「誰も来ないよ。バリアを張ってあるんだ」とタダが言う。
「バリア?」
「物理バリアじゃないよ。思念のバリア。弱い物」
「え?」
「あそこの入り口に来ると人の気配を感じるようにしてある。ここらの人なら決して入って来ないよ。子供も気配を感じたら入ってはいけないと固く言われてるんだ」
「へええ」
あたりはしんとして陽の光が暖かかった。
次の日にはヨットに乗ってスキューバダイビングを楽しんだ。山登りをしてテントでキャンプをしたり…めくるめくような日々は飛ぶように過ぎていき、気がつくと大学で新学期が始まる頃になっていた。
第29章
2人は大学に戻ってきた。まずタダとフロルは一緒にアテナイを訪ねた。今までのお礼と報告のためだ。
ノルサイラでの様子を聞いていたアテナイはパラサイコセラピーの話になると驚きの表情を見せた。
「マーリですって?マーリ・プレスクラーナ博士?え?彼女、生きてたの?どんな風だったの?」
「え?知ってるんですか?」
「ええ。マーリ・プレスクラーナ博士。とても有名な方よ」
「とても元気そうでした。明るくてよく笑って…本当に辛抱強くセラピーをしてくれて僕らを助けてくれて……見たところ50代か60代ぐらいで」
「…そうなの」アテナイはにっこりした。
「彼女、ゆうに100歳は超えてるわ」
「え!」
「…でも、そうなの、ノルサイラにいるのね!…彼女は今のパラサイコセラピーの礎を築いた人で、ずっとパラサイコセラピスト協会の会長をしていた人よ」
「ああ、そういえば自分はテラ系の人間だって言ってました」
「そう。ずっと地球のパラサイコセラピー研究所の所長をしていて、多くの人のセラピーをしていたわ。実は宇宙大学でも講演をしたことがあって、私も聞いたの。ここの大学院生だった頃。あの時、マーリの講演を聴いて私もセラピストになろうと講座を受けたのよ。その後色々考えて迷って、結局私は学生を教える方が合っていると思って、ここの教授になったの」
アテナイは昔を懐かしむように話した。
「もし私が次の学会で、マーリがノルサイラにいると話したら、翌日には科学雑誌の記者が50人はノルサイラに向かおうとするでしょうね!そんな事はしないけど」
「そんな人がなぜロタ系の惑星に?」
アテナイはため息をついた。
「トラブルに巻き込まれたのよ。……ある時頼まれてある政治家のセラピーをしたんだけど、その後その政治家から訴えられたの」
「え?」
「彼はセラピーの後大統領選に打って出て大敗した。そして彼はその原因をあろう事か、マーリが彼から読み取った情報をライバルに流し、そのために敗北したと言いがかりをつけたの」
「信じられない!」
「でしょ?でも彼女はそんな事はしていないと証明する方法はなかった。片や政治家の方は敏腕弁護士を雇って、マーリ以外の方法ではライバルはその情報は手に入れられなかったと問い詰めたわけ」
「そんな!」
「それをきっかけにマーリはセラピーを施したら自分の記憶を操作して患者の記憶を全部消し去るという事を始めたの」
「それで僕たちの事も……」
「ええ。でも成人である自分の記憶を操作するのは非常に危険だわ。一つ間違えたら廃人になってしまう危険があるの。私だって怖くてとてもできない。でもマーリは長い時間をかけて自分を訓練し、自分の記憶を操るすべを手に入れたのよ。それでもリスクはゼロではないわ」
――マーリはそんなリスクを抱えながら僕たちを診てくれたんだ……。
「でも、それと同時に精神的にもダメージを受けたのよ。パラサイコセラピーを普及させるためにやりたい事は多くあったのに、訴訟にも関わらなきゃいけなかったりして。その政治家はなぜマーリに憎しみを抱いたのか今でもわからないけど。
まあ、でもそれがパラサイコセラピーの矛盾点なのよ。患者を助けようとすればするほど、深く心を読んでさらに多くのプライベートな記憶に接する事になるわけだから。
マーリはどうやってノルサイラに行けたのかはわからないけど、おそらくセラピーを受けた患者の誰かが手引きをしたのかもしれないわね。彼女は本当に多くの人を救ってきたから」
そしてアテナイはにっこりした。
「でもよかったわね。あなたたち2人は銀河で最高のセラピストのセラピーを受けたのよ」
後日タダは大学の図書館を調べた。マーリの著書が何冊か置かれてあり、若き日のマーリの写真を見ることができた。さらにエンサイクロペディア・ギャラクティカのオンラインページではマーリの現在の状況については行方不明とあり、マーリがパラサイコセラピーの発展に尽くした功績を語り、アテナイが話した政治家とのトラブルについてさらに詳細に語られていた。
第30章
アテナイを訪ねた日の夕方、2人はいつもみんなが集まるサロンに久しぶりに出かけた。いつものように学生たちがおしゃべりや議論に夢中になっていた。
2人が入っていくと、おしゃべりの声がぴたりとやんで、皆の視線が一斉に2人に向けられた。タダは普通の格好だったが、フロルはピンクのシフォンのワンピースを着ていた。
「え?」みんなは低い声でどよめいた。
「…なんだよ!人のこと、じろじろ見やがって!見世物じゃねいぞ!」フロルが怒鳴った。
みんなは一斉に吹き出した。
「ああ、よかった!やっぱりフロルだ!変わってなかった!」
アリスンが飛んできた。
「フロル、お帰りなさい!ワンピース似合ってる!かわいいわ!」
「ああ、フロル、女性になったのね!おめでとう!」とヴィリー。「で、いつ結婚するの?」と聞いて、ヴィリーはフロルの手の指輪に気づいた。
「あ、結婚したよ。シベリースで」
「ええっ!」またみんながどよめいた。
女性陣が抗議した。
「え?結婚したって?」
「私たちに何も知らせずに?」
「結婚式の主役は花嫁なのよ、タダ!」
「タダ、私もシベリース出身だけど、パーティーぐらいはするじゃない!」
そこでアマゾンが言った。
「なあ、俺たちでもう一度結婚式しないか?」
「賛成!ナイスアイデア!」みんなが賛成した。
「え?2度目の結婚式?そんなの聞いたことないよ」タダが1人抗議したが、みんなの声に消されてしまった。
何人かがフロルを囲んで座った。
「場所は学生ホール貸し切りでいいよね」
「日にちはいつにする?」
「次の試験の最終日」
「オッケー、予約したよ」
「ねえ、学生ホールってウェディングセットがあるの知ってた?式場と料理とドレスのセット」
「いいね、それで行こう」
アマゾンが振り向いて声を上げた。
「ヌー!司式をお願いできるか?」
「もちろん!」という答えが笑顔とともに返ってきた。
「よっしゃ、僧侶確保!」
「次は…ドレスね。フロル、どれがいい?」
「ほら、このページよ。パッケージのセットだけど色々あるわ」
「ヴェールは一番薄い物をね。フロルの金髪、隠したくないわ」
「襟ぐりはあまり大きくない物を。フロル、まだ胸がそんなに大きくないし」
「えっとサイズは…フロル、本当に細いのね!うらやましい!」
「フロル、かわいいから、全部着せたくなるわ!」
みんなが盛り上がる中、ヴィリーはそっとフロルに顔を寄せてささやいた。
「フロル、今度きちんと採寸してブラ買いに行こうね。…それとピルとショーツ」
「うん」とフロルはうなずいたものの、意味がわかってなさそうだった。
「まあ、そのうち色々教えてあげるから」
――でも20歳近くになって突然女性っていうのも、なかなか大変だわ!
盛り上がる女性陣とアマゾンの横で男性陣はげっそりとやりとりを聞いていた。
そして結婚式当日。
学生ホールには大勢の学生や教授たちが集まった。
そしてタダとフロルの2人はヌーの司式のもと、2度目の誓いの言葉を述べ、2度目の指輪交換をし、みんながやんやと喝采する中、2度目の誓いのキスを交わした。最後に2人はアリスンが焼いた大きなケーキにナイフを入れ、ケーキはみんなに振る舞われた。
司会のガンガが話し始めた。
「さてタダとフロルの馴れ初めは、この大学の入学試験の最終試験でした。私も同じグループにいましたが、みんなで宇宙船の中でサバイバルしたわけです。えー、実は今回、そのときの監視カメラの映像を特別にお借りすることができましたので、ここで披露させていただきます」
ええっ!とみんなが驚いた。
「この映像の提供に関して提案してくれたアマゾンとチャコ、それから提供のためにあちこち奔走してくれたグレン大佐にこの場を借りて感謝を申し上げます。なお大佐はタダとフロルの宇宙船での危機管理実習の映像も提供してくれました!編集はアマゾンとチャコが担当してくれました」
これは全くのサプライズでみんなが驚いて拍手をした。
「わ、なつかしい!」
「うわあ、四世だよ。涙が出る」
「みんな必死だったなあ」
最終試験の映像の後は、友人たちから寄せられた写真や動画を編集してあった。
「えー、この映像はこちらからDLできるのでご自由にどうぞ。ただし最終試験と宇宙船の実習の画像は大学の規定で提供できないので入っていません」
タダとフロルはあちこちのテーブルを回り、みんなと話をした。お祝いの言葉にお礼の言葉。話は尽きずいつのまにか夜になっていた。
——本当に楽しい結婚式だった。みんなに感謝だなあ。
タダとフロルは自分たちの家に戻ってもずっと話し続けていた。思い出すだけで顔がほころんでしまう。本当に楽しかった。
でもフロルにはシベリースの3人だけの結婚式が本当の結婚式に思えた。ドレスも料理もお客もケーキもなかったけど、2人の魂がしっかりとつなぎ合わされたあの結婚式。
第31章
そして月日が経ち、みんなはそれぞれ自分の未来に向かって歩き出していた。
フロルと僕は惑星開発専門の宇宙飛行士として働き始めた。確立された航路を飛ぶのではなく、地図も不完全な新しい惑星へ、先に飛ばした無人探査機のデータを元に開発していく仕事だ。当然危険がともなう。
僕らの強みは僕とフロルが何ができてできないか、何が得意で不得意か、そして2人で協力した時にはどこまでできるかを2人がしっかりと把握している事だ。そして他のメンバーの能力も協力して把握し、チームワークを駆使して仕事を進める事だ。1人では難しいタスクも協力することによって危険度を下げられる。新しい仕事が来たときは、自分たちでできる仕事かじっくりと見定めて引き受ける。決して無謀な事をしている訳ではない。
数年後、フロルが真剣に子供が欲しいと言い出した。今までの経緯を考えると体外受精で人工子宮に入れ、外で誕生まで持って行くというリスクの低い選択肢もあったが、フロルは自分で生みたいとこだわった。最初はすべて自然に任せようとも思ったが、2人で話し合い、性別だけは両性種。やはり選択できるなら選択肢はあった方がいい。きっと将来悩むだろうけれど、真剣に考えれば必ず答えは見つかる。
妊娠がわかったところで僕らは残りの仕事をすべてキャンセルして宇宙船を降りた。僕はシベリースの宙港と契約を結び、宇宙船発着のグランドスタッフの仕事を自宅でリモートで始めた。
子供は続けて2人。性別以外は全く遺伝子操作はしなかったけど、なぜか2人ともフロル似の金髪。フロルは後から1人は黒髪が欲しかったと嘆いた。
そしてその後の数年はいつもフロルと2人で子供たちの成長を楽しむ濃厚な日々。子供達が全寮制の学校へ行くようになったらまた宇宙船に乗るつもりでいる。
やはり思うのは、自分1人ではここまで来れなかったと言う事。本当に多くの人に助けられてやってこれた。そして月並みだが決して諦めない事。希望を持っていれば、未来への道は必ず開ける。これが僕が学んだ事だ。
XXY 完
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました!
XXYは今回で完了ですが、次作「笑顔の記憶」は12月6日(水)夜10:00にアップの予定です。
31章と内容が重なる部分もありますが、タダとフロルの妊娠、出産、育児を描いております。というか31章書いてて、もっと書き込みたくなったため、テーマを設定してあらたなお話として仕上げました。中編です。
なお、下の「後書き」もお時間のあるときにぜひ読んでくださいませ!
後書き
長~い長~い後書き(できれば読んでいただきたいです)
まずは長い話を最後まで読んでいただき本当にありがとうございました!
趣味で書いてしまいましたが、悪文が多く、さぞかし読みづらかったと思います。
まずはこの小説の元となった漫画「11人いる!」の作者萩尾先生に感謝申し上げます。
私にとってほとんどの漫画はただの1冊の本ですが、時にその漫画の向こうに広大な宇宙が広がっている事があって、「11人いる!」はそのような1冊でした。
さて、ではこの話を書いたきっかけをお話させてください。
2022年の秋頃から自分のまわりに当事者がいるとわかったという個人的事情もあり、LGBTQに関心を持ちました。ですが、私は身体も戸籍も心も女性で、それに疑問や違和感を持たず、男性と結婚したという、ごく一般的なセクシャルマジョリティのノンケです。ただ自分の中で、女性52%,男性48%となぜか思っていました。夢の中で男の子だった事は結構頻繁にありましたし、ファッションにはあまり興味がなく、SFが大好きです。
で、LGBTQの当事者の本やYoutube、ウェブサイトなどで感想や意見を読んだり聞いたりしましたが、自分が当事者ではないため、やはり理解できていない点が多々ありました。
そのときふと思ったのが、このLGBTQの理解のギャップをイマジネーションで超えられないか、近づけないか、という事です。
それではどんなイマジネーションで迫ろうか。そう考えた時になぜか私の中に飛び込んで来たのがフロルでした。
SFファンですから「11人いる!」は好きで、フロルも大好きでした。未分化の両性種で男性になるのも女性になるのも自由、と言った設定が使えるのではないかと思ったのです。
そこでまずは思考実験を始めました。具体的には「フロルが男性化したら、タダとフロルはそれぞれ何を感じ、どう考えどう行動するか」です。この時点では男性化する理由などは一切まだ考えていませんでした。
タダにとってはヘテロセクシャル(異性愛者)である彼に強制的に同性愛を迫る訳です。
じりじりと進めていくと、タダは優等生ですから、必死に食い下がろうとしました。フロルへの想いを自問自答し、最終的にフロルがどうなっても(男性になっても)愛するのだという結論に達します。(ただこれはフロルには受け入れ難いものでした)そうこうしているうちに、タダより先にフロルの方が悲鳴をあげました。
そこでどうして悲鳴をあげたのか、フロルをじっくり見ていくと、フロルが精神的には完全に女性なのだと気付きました。これは予想外で驚きました。
そこできちんと原因、経過、結果を書き込んで小説にしたいと思い始めました。
フロルが男性化する理由を、ストーリー的に破綻なく持って行くために、あれこれ考えましたが、(いかにストーリーの破綻なくフロルに男性ホルモンを大量に投入するか)結局、レイプ+レイプ犯の間違い、で落ち着きました。
次の関門は宇宙大学医学部付属病院の銀河有数の医療レベルの高さでした。フロルが完全に男性化しても全く問題はありません。iPS細胞から培養して作った人工卵巣に人工子宮。なんでもできそうです。(なお人工子宮はもっぱらゲイのカップルが体外で子供を作るのに普通に使われています。もちろんレズビアンのカップルも自分たちの子供を持つことは簡単です)生殖能力を保つ完璧な性転換手術が簡単に行えるため、トランスジェンダーで苦しむ事はこの時代にはなくなっているのではないかと思います。そうなるといいなあ。
しかしフロルはじりじり男性化して止められない状況にしなければなりません。これが難しくて、結局フロル自身の身体が常に男性化するという状況を作り出そうと考えました。で、いろいろ調べていたら、なんと卵巣はごくわずかですが、男性ホルモンも作るんですね。それならば、とフロルの未発達の卵巣が暴走して大量に男性ホルモンを分泌しつづけた、という設定にしました。
次は第2章で出てきたオリキャラ、リドリーについてです。
リドリーはゲイです。男性の同性愛者にしたのは、タダとの対比のためです。
リドリーの一番の役割は「立場を逆にして考える」事によるささやかな思考実験の投げかけです。ガンガに友人であるタダとのセックスを想像してみろと投げかけ、双方に嫌悪感を味わわせます。(私も嫌悪感を感じました)
嫌悪感を感じた異性愛者の方は(私もそうです)、性的指向は変えられないという事を感じ取れたでしょうか?異性愛者が同性とのセックス(特に自分が絡む物)に嫌悪感を感じるのと同様、同性愛者は異性とのセックスに嫌悪感を感じるのではないかという仮説を投げかけてみました。
自分たちで変えられない物を、なぜ一部の人は同性愛者には「病気だ」とか「性的趣味だ」とか言って変えさせようとするのでしょうか。同性愛者に同性者との結婚はやめろ、異性と結婚しろというのは、異性愛者に同性と結婚しろというのと同じです。異性愛者のあなたは同性の親友と結婚できますか?セックスできますか?
リドリーにとって彼の妻は良い友人ですが、セックスの対象ではないのです。
またリドリーはゲイなのに女性と結婚していました。日本の歴史を振り返ると明治時期に家父長制が導入されてから、日本の結婚率は戦前までほぼ100%近いんですね。この時期にも同性愛者は存在したと思いますが、(トランスジェンダーも)当然のごとく、親が結婚相手を決めて結婚したんでしょう。女性の場合にはいやでも夫の暴力で妊娠出産した同性愛者もいたと思います。男性も「おまえは長男だから必ず跡継ぎを生ませるのだ」みたいに言われたケースもあったのではないかと推測します。いえ、当事者の本を読んでいると、現在でも結構あるみたいです。生きづらさを感じます。
そんなひずみを描写したくてあえてリドリーには女性と結婚してもらいました。
なお、リドリーの星では同性愛は死刑ですが、実は現実にも同性愛、または同性婚が罰せられる国は存在します!
少々あげてみると:エジプト、リビア、モロッコ、スーダン、チュニジア、ガンビア、ガーナ、ギニア、モーリタニア、ナイジェリア、セネガル、シエラレオネ、トーゴ、カメルーン、タンザニア、ボツワナ、西サハラ、ソマリランド、ドミニカ、ケニア、ギアナ、バルバドス、ジャマイカ、ミャンマー、マレーシア、シンガポールなど。多いなあ。
特にイラン、イエメン、モーリタニア、ソマリランド、ナイジェリア北部、スーダン、サウジアラビアでは同性婚は死刑となっています。(2021年の統計より。その後変更された可能性もありますし、法的には死刑となっていても執行されていない場合もあります)
まあ、我が国も同性婚は2023年現在まだ法的に認められていませんしね。
これについては、ニュージーランドで同性婚を認める法案が採択された際に、モーリス・ウイリアムソンが語ったスピーチ「ビッグ・ゲイ・レインボー・スピーチ」が有名です。
「この法案は、関係のある人にとっては素晴らしいものです。一方、そうでない人にとっては、いつも通りの生活が続くだけなのです」と語る素晴らしいスピーチです。興味のある方はぜひ聞いてみてください。
https://youtu.be/VRQXQxadyps
次にフロルの性自認とトランスジェンダーについてお話ししたいです。
さてフロルです。彼女もセクシャルマイノリティですね。作中でもフロルに考えさせました。きっかけはやはりプロポーズですが、それ以降彼女は女性として愛され、自然に女性としての性自認を持ったと思います。
結婚したい恋人がいるからなおさらですが、女性になりたいと願い、精神的には女性なのに、身体が男性化していくというフロルの苦悩。フィクションですが、フロルを通じてトランスジェンダーの方の苦しみを少しでも想像できたら幸いです。
まあ、全体として大学という環境が好きなので脱線ばかりしてました。
説明癖があるので、アリスンを通じてシベリースの人間がなぜ直感力を持つのか説明したり、とか惑星ヴィヌドーの描写とか、宇宙船の実習とか、パラサイコセラピーとか、それからもちろん2人の結婚も(1度目も2度目のも)書いていて楽しくてどんどんページが増え、結果としてテーマである、LGBTQについての思考実験の投げかけが埋もれ気味になってしまいました。
とにかく書いていてすごく楽しかったです。どうぞ、私が楽しかったように、読んで楽しんでいただければ幸いです。ありがとうございました!
また、私はLGBTQの当事者ではありません。当事者の方で「これはない」とか「こんな事は言うべきでない」などありましたらどうぞ遠慮なくご意見を伺いたいと思います。よろしくお願いいたします。
なお、この後ですが、短編集で続編を書いていく予定です。まあ、今作で理想の恋愛を書いてしまったので(ピグマリオンみたいに「理想の恋愛」という彫刻をコツコツ刻んでいる気分でした。でも私もとうがたった中年で、こんな理想の恋愛なんかないよな~と思いながら書いてました)で、次には理想の子育てを書いてみたいです。
ありがとうございました!