また、死ぬほど捏造設定があり、原作の隙間を縫うような部分がいくつも散見されますが、これは個人の好みでありそういった作風であるとご理解いただければと思います。個人的にはその隙間は想像の余地のままになってたらうれしいな!
また、当作品は恋愛小説です
版権キャラクターとの恋愛描写や性行為描写が苦手な方は回避をお勧めします
主人公が大怪我したり戦闘したり場合によっては修行するかもしれませんが誰がなんと言おうとこの作品は恋愛小説です。ご理解いただければと思います
カップリングは「吉良イヅル×オリジナルキャラ」になります。ハーレム等の予定はありません、悪しからずお願いします
「思い悩むということ」
ここまで"緋月鏡花"という死神と過ごしてきて見えてきたものがある
まず、彼女は僕といることに対して必要である、と彼女が感じたこと以外を徹底的に排除してるということ
次に、その視線はここまで嘘偽りなく僕だけに向いていると、僕自身が感じているいうことだ
正直何度でも思うが、こんな僕にそこまでする価値があるとは到底思えない。月日が経ち、彼女と過ごせば過ごすだけそれはわからなくなっていくけど、彼女から僕への視線が変わる気配もなさそうだ
僕には…"僕の前では"、彼女はとても当たり前の女性に見える。それこそ見た目さえもっと気を遣えば言い寄ってくる男も少なくないだろうに、彼女はそこに余力を割かず僕にだけその視線を向ける。よく泣き、笑い、怒り、悲しむ…当たり前で魅力的な女性だ。すこし思い込みの激しいところはあるけど
正直きっかけがきっかけだった分、彼女に負い目を感じない訳がない。だからこそ最初は彼女もいつか自分の手を離れるだろうと思っていたのに
「踏み込みが甘い! 何を躊躇っている!」
「はい!」
考え事にふけながら叱咤を飛ばす僕の声に彼女はまっすぐに答える。黒くやや長い前髪から見える緑色の瞳が僕の首元を狙っているのを感じた
「君の斬魄刀は最初の一太刀が要だ! 間合いを読ませるな!」
「はい!」
彼女はあろうことか僕のためと言って今修行のただ中にいる。己の弱さを見直し、僕を護ると言って
彼女はどうしてこんなに強いのだろう
僕は卑怯で卑屈で、君の言うような愛を受けれるような死神ではないのに
「っ!」
キン、と金属の弾き合う音がした。痺れるような衝撃が腕に伝わって、攻撃を受け止めるのにしくじったのだとすぐに気づく
その瞬間にはもう殺気が近づいている。感じ取るまでもない強い殺気が、もうすぐ、そこまで
「ぐっ!」
奥歯を思い切り食いしばって首を左に反る。飛んできた刃先をすんでのところでやり過ごしてすぐに刀を持ち直した
そこから白雷を飛ばして彼女の気が逸れてる隙に下から斬りかかり、僅かに反応が遅れた彼女の刀を叩き落とす。ぶつかり合った刃は再び高い音を立てて、彼女の始解した輝く刀身が少しだけ空を舞う。すぐに地面へ突き立てられたその刃を見て、彼女は少し思い詰めたように息を整えていた
裾についた土埃を払いながら肩で浅い息をする彼女を見る。見れば見るだけ不思議な女性であることに変わりはない
何故、彼女はこんな僕がいいのだろう
何故、彼女はこんなにもまっすぐで強いのだろう
…何故、彼女から僕への殺気はあんなにも嬉々に満ちているのだろう
疑問は尽きないが、だからと言ってどれを言葉にしていいかもわからない。不用意なことを訊いてしまったら、彼女を傷つけてしまうような気がして
それは僕も本意ではない。そう考えれば、言葉が詰まるのも自然なことだ
地面から斬魄刀が抜かれた音で意識を戻す。彼女はまだ少し浅い息のままもう一度僕にその先を向ける
「…もう一本、お願いします」
「いいや、やめておこう」
言葉は反射的に出てきた。理由を聞かれたのでその場はそれらしいことを言って彼女を休ませることにしたけれど、実際はそんないいものではない
"危うい"と感じた
あの据わってしまっている目が、肩で息をしながら向かってくる強い意志が、歯を食いしばってでも諦めないその泥臭いものが、このままでは全てがいつか壊れてしまいそうで
そうなったら彼女は帰ってこないと、自分の中の誰かが言って、僕はそれに従った。個人的な感情以前にこんな所で失える死神ではない
それにこんな僕でも当たり前に人を愛する心というやつは持ち合わせているつもりだ。そう言った意味でも、失いたいとは思っていない
自分でも驚いている。いつの間にか彼女にこんなに深く肩入れするようになって、果ては勘違いの末実家まで押しかけるなんて。本当に僕らしくない
でもこうやって僕を変えたのも彼女だ。彼女の少し行きすぎているくらいのまっすぐさが、僕をこんなにも変えている
訓練場の奥へ向かった彼女の方を見ると、長椅子に座り持ってきた手拭いで汗を拭いているのが見えた。飲み物でも渡そうと僕は持ってきた容器を回収して彼女の元へ持っていく
「飲むかい?」
そう言って栓をされた竹筒を渡すと彼女からは控えめな感謝が飛んできた。その時の小さな笑顔は確かに魅力的で、そういった表情を他にも向ければもっと人気が出るだろうにとつい考えてしまう
それなのに心のどこかで、この笑顔を自分だけに向けたままでいて欲しいと願ってしまう僕は傲慢に思えた
「…ありがとうございます。こんなわがままに付き合って頂いて」
やはり控えめに彼女は笑う。相変わらず変な所で急に謙虚になるな
「構わないよ。たまにはこんな休暇も悪くない」
「そうだと、いいんですが…」
不安げな彼女にうまく言葉をかけることができない。君が望んだことだというのに
「付け焼き刃なのは、わかってるんですが。どうしても自己流だと辿り着けないこともあって…」
「そういう発見は大事なことだと思う」
「ありがとうございます。ただ、貴方の前で格好がつかないというのはありますね」
そんなことを相変わらず気にしているのか
「そんなの、気にしなくていいと思うけど」
「それは難しいです。ずっと貴方のそばにいれる私でいたいですから」
彼女はそれだけ言い残すと、竹筒に入った水を飲み干して長椅子から立ちあがりそのまま斬魄刀を持って訓練場の中央へ帰っていった
僕はその様子を眺めながら格好がつかないと離れられてしまうのではと思うのは自分の方だと、そう考えていることを自覚する
愚かにも"ありのままでいい"なんて言葉が自分には通用しない気がしてしまう。それは元来の人間性みたいなものもあると思うけど、何より彼女が常に努力をしてる故に、僕も何かしたいと思うからかもしれない
********
今日の訓練を終える頃には日が傾いていた
夕飯もまだなら一緒にうちでどうだろう、と誘ったのは僕の方で、相変わらず彼女は「いいんですか!?」と驚いていた。何度も言うがそれは今更だと思うし、それを指摘すると彼女は困ったように頬を赤らめる
場所はともかく、何を食べるかだ。お互い動き回って疲れているので細かく何かを作る余裕はない。まだ明日も修行だと、少なくとも彼女は思っているように見えるし何か腹に溜まるものの方が良さそうだ。僕はそこまで食べられないから軽いものにしよう
店屋を歩いているうちに食べるものは自然と決まって帰路につく。彼女は少しご機嫌に買ったおにぎりとおかずの入った包みを持って歩いている。僕はお湯をかけるだけでお茶漬けになるいつもの握り飯を買った。おにぎりになっているけど中の具の味が濃くて、お湯をかけるとちょうど良いお茶漬けになるという代物。忙しい時は何かと重宝している
「ご機嫌だね」
僕がそう言うと、彼女は明らかに驚いた顔をして、それから恥ずかしそうに「すみません…」と己を引き締める。別に怒ってるわけでもないんだけどな
「怒ってるわけじゃないけど」
「お、己の問題です」
見られたのが恥ずかしかったのかその後は態度を崩してくれなかった。その態度がむしろ未熟というかなんというか
家に着いて適当に電気をつけて、荷物を下ろしたらお湯を沸かす。畳で閉じられた囲炉裏の上には大きめの座卓が置いてあって、僕たちは向かい合うようにそこに腰掛けた
「はぁ、無事帰ってこられましたね」
彼女が僕に見せる表情の中で疲れたものを、しかも連続して表すのは珍しい。僕はそれに一瞬だけ気を取られて返事が遅れた
「…そうだね」
一日中刀をあわせて斬り合っていたらそれは疲れもするだろうという話なんだけれど、いつもならこんな抜けた様子を見せようとする女性でもないことは知っている
まるでこの間旅館に泊まったときのような、そんな気の抜け方だ。自分が思ってるより彼女の緊張は解けてきているのだろうか
「…だめですね。疲れ果てすぎて己を律することができていません…申し訳ありません」
「いや、気にしなくていい。今日は疲れただろうから」
叱責でもされているかのように頭を下げる彼女を宥めて台所に戻る。覗き込んだ竈では土瓶の中でお湯が煮立っていた。土瓶を火から下ろして一度焚いた火を消して、お茶と自分の夕食の準備をする
彼女の握り飯はそのまま食べるものとして、自分用に買った握り飯を茶碗に置いてお湯を注ぎ、ふやけるのを待ってる間に二人分のお茶を淹れる。全てをおぼんに乗せて、箸と共に食卓へ運べば終わりだ
「ごめん。待たせたかな」
「いえ、お気になさらず」
そう返す彼女は落ち着いたのかすっかりいつもの調子だ。こちらを見て嬉しそうに微笑みはしても凛とした態度を取り戻している
夕食を軽く済ませて風呂の支度をしようとすると、もう何度彼女を…なし崩し的な場合も含めて、家にあげているかわからない。そのおかげか風呂は自分が、と言って彼女は浴室へ向かった。これこそ勝手知ったる他人の家、と言うことなんだろう
正座をしていた足を崩して楽にする。湯呑みを片手に天井を見上げて、なんとなくここまでを振り返った
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最初に彼女の視線を受けて、恨みのような張り付く感情を向けられたと感じたのは変わっていない。むしろあの死人のような視線で慕情を感じ取れというのは無理な話だと思う
結果的に付き合い始めて感じたことは、彼女がとてもあんな視線を送るような女性ではないということ
"少なくとも僕の前では"当たり前の女の子だ。思考の傍でも捌けてしまう程度の実力と、明るい笑顔に喜怒哀楽を示す感情。特筆した点があるとは思えない
でもそれは僕の前でだけだ
側から見てる彼女は氷のように冷たく、刃物のように排他的で、必要な物以外を視界に入れる素振りすら見せない。実際周りの隊士は常に彼女の扱いに迷ってるような印象を受けるが、彼女自身がそれを気にしたような態度をとったこともないようだ
誰かと飲み会に行くこともなく、休み時間と終業後の行動は謎に包まれている緋月鏡花という死神。噂ではその排他的な態度が高潔に見えるとファンクラブがあるとかないとか…そんな不思議な女性
それほど徹底して僕にのみ態度を軟化させる彼女をよく思わない隊士もいてトラブルになったりもしたあたり、今思えばじゃじゃ馬と本人が言っていたこともあながち間違いではないと思う
ついでに言えば実力だって、僕相手では手加減してしまっているとしか思えない。虚相手であれば、確かに猪突猛進なのは否めないが一太刀の重さと速度が違う。そう、感情的に表現するのであれば"殺そう"ではなくて"殺す"で行動しているような。それが無意識的かどうかは今後重要そうだ
「…」
今。きっと彼女にどうして僕を好きなのかと問えば、恐らく自分では想定できない答えが返ってくるんだろう
しかし僕は、それに応えることができているのだろうか
そもそも最初こそ好きに"なってみよう"なんてふざけた考えから始まった関係だというのに、こんなにのめり込むことになるなんて誰が思っただろう。はっきり言って僕自身が一番思っていない
僕は大事な人を傷つけて、大事な人を大切にできなかった。そんな不甲斐ない男だ
過ぎた時間は戻らない。そんなことはわかっている
それでも犯した罪が消えるわけじゃない
僕の背負うべき罪だ
だからこそ、幸せになるということについてもっと正しく考えるべきだったのに
彼女を巻き込んで何がしたいんだ、僕は
「…くそっ」
「如何しましたか?」
「!」
かけられた声に反射的に振り向く。自分の後ろに位置した襖から彼女がこちらを覗いていた
「お風呂、洗ってきました。何かお悩みでもありますか?」
「いや…大丈夫。ありがとう」
心配してくれる人に対して隠し事をするのは嘘だろうか、しかしこの感情をうまく言葉にすることはできない
「…わかりました」
こういう時、彼女はいつも踏み込まない人だ。まるでしつこい女だと思われないようにしようとしているのがよくわかる
実際言ってしまえば都合がいい。無闇矢鱈と土足で踏み荒らされるよりはましだ。最初はその限りではなかったから、不思議な変化だとは思うけど
「お茶、おかわり淹れますか?」
「大丈夫」
「わかりました」
ここで少しの沈黙。気まずくないといえばまだ嘘になる
「あの」
そこで彼女の声がした。ふと視線を送ると、申し訳ないような照れたような、そんな態度で体をそわそわと動かしている彼女がいる
「どうかしたかい?」
「えと…少しだけ、触れても良いでしょうか」
少しだけ?
謙虚なのかそうでないのか計りかねる発言だな
「まだ、修行も終わってないのでよくないと思ったのですが…少しだけ…」
そういうことか。珍しいな、酒も入ってないのに甘えてくるのは。どういう心境の変化だろう
「構わないけど…」
僕が許可をすると、彼女はこちらに回ってきて僕の手を取った。そのまま嬉しそうに両手で僕の右手を触れ続けている
「…そんなものでいいの?」
思わず問うてしまった
これでは親の手を握る子供のような…
「い、いえそんな。少しだけって約束なので…」
僕はここで内心ため息をついた。これでは少しというより僅かと言った方が正しいだろう
右は握られているので左手で、彼女の頬を撫でる。すると彼女は顔を赤くして照れて慌てて、いつも困惑するんだ
「ひぁ…っ、い、良いのでしょうか? こんな、ご褒美みたいな」
こんなもの、ご褒美にもならない気がするけど。彼女の中の僕というのはどんな人物なんだか
ここまでくるとなんだか困らせたくなってきた。僕は握られている右手を開放して、彼女の体をくるりと反転させてから抱きしめる。すると彼女からは予想通り「はわわわわ…」と慌てた声か帰ってきた
「い、イヅルさん!? 急にどうしたんですか!?」
「少しっていうのは、何も面積とは限らないだろ?」
僕の言葉に彼女は面食らった顔で返す
業務中はあれだけ排他的で、僕の前では笑顔が多くて、まるで犬みたいだと思わないこともないけど、そんな彼女がこうやって小動物のように慌ててる様を見るのは嫌いじゃない
彼女は少しの間驚きで固まっていたけど、そこから首の位置を戻してからは大人しく僕の腕の中にいた。僕はそんな彼女の頭に顎を乗せて体温を感じ取る。緊張してるのか体温が高い、熱があるほどじゃないけど
「あの…お風呂…」
静かに彼女は呟く
あぁ、沸かしてもらってたななんて思い出した。確かに、彼女を先に風呂に入れてあげなくては
腕の中にいた彼女を解放する
「わかった、行ってきた方がいい。僕は後で入るよ」
何も別に毎度一緒に入ってるわけでもないし、行為の後でもなければむしろ本来なら別のことが多い。そのときの気分で提案したりはするけど
「わ、かりました」
別に入るとなった時の彼女は、どこか寂しげに…見えなくもない。実際のところどうなのかはわからないけど、かと言ってそうだと決めつけて声をかけるのも憚られる
言われなければわからないこともあるものだ。なんて、自分に言っているようだけれど
彼女が風呂に行くのを見送って、湯呑みの残りを飲み干した。一つため息をついてから食器を片付ける
「言わなければわからない、か…」
自分で感じておきながら自分に返ってくる言葉だ。ついさっき言葉を濁したばかりだと言うのに
自虐的な独り言は流れる水音に吸い込まれて、それにどこか安心する。やはり僕なんて、彼女が思うほど良い死神でもなければ大人でもないと突きつけられてる様にも思えて
洗い物を済ませてから、少し前に持ち帰った書類があったことを思い出して文机のある部屋で確認しようと移動した。急ぎの提出ではないけど、それ故にきっちり仕上げなければならない仕事
一緒に持ち帰った資料と共に進めていると、襖の奥から声がかかって振り向く。当然聴こえるのは彼女の声で、襖を開けて良いかと訊かれたので構わないと返した
音もなく開いた襖にはまだ少し髪の濡れた彼女の姿がある。表情こそ廊下の明かりの逆光で見えないけれど、「お風呂、ありがとうございます」と言う彼女の声音に不機嫌なものは感じない
「お仕事ですか?」
「少し確認したいことがあったんだ」
「ご無理をなさらないでくださいね」
ここで少し、言葉に揺らぎを感じた。文字通り心配が伝わってくるような声音に少しだけ申し訳なさを覚える
「それにお風呂冷めちゃいますよ」
「…確かに。僕も入ってくるよ」
立ち上がった僕の言葉に「いってらっしゃいませ」と視線を合わせた彼女はまた小さく笑う。そんな彼女に「すぐ上がるから」と伝えると「ごゆっくりなさってください」とすぐに返ってきた
********
風呂で頭を流しながら少しばかり違和感について考える
毎度彼女のことだけど、彼女はどうしてああも己を律するのだろうと
まともな交際経験もない僕が言うのもなんだけど、ここまで紆余曲折あった様に感じるのに彼女は依然近い距離にいる様で少しだけ遠い。あの毅然とした態度を崩すにはどうしたら良いのか
なにもどろどろに溶けて欲しいわけではないけど、恋人と言うのならもう少しお互い解けても良いんじゃないかとも思う
…いや、そう思うなら僕自身からそうするべきということか
酒の力を借りずとも彼女をもっと近くに感じられたら、そう思いはする。先ほどの照れて慌てた彼女も、いつもの毅然とした彼女も、どちらも彼女自身だと思うから
しかしそれにはどうしたものか。僕も僕なりに精一杯彼女を愛してるつもりだけど、その証拠にずっと彼女のことを考えてるわけだけど、それでも彼女が僕の心を読めるわけじゃないし
人知れず松本さんに相談してみようか、とも思ったけどそれも違う気がする。私情なわけだから尚更
湯船の中でさえ考え込んでしまう。どうしたら彼女の態度を軟化させたり僕のことをわかってもらえるだろうか
「…」
考えてたらのぼせてきた。とりあえずあがろうと風呂から出て身支度を済ませてから台所で水を一杯飲む。すると、出入り口の障子から彼女が顔を覗かせて居るのに気づく
「…どうしたんだい?」
「…お風呂がいつもより長かった様ですので、少し心配して…」
「確かに少しのぼせたけど、君が心配するほどじゃない」
「なら、よかったです。のぼせは怖いですから気をつけて下さいね」
そう話す彼女の声音はまた心配が強く出ている。そんなに心配する様なことでもないと思うけど
「私も少し火照りが残っているので、縁側に行きますがイヅルさんはどうしますか?」
「僕も行くよ。先に行ってて」
「わかりました」
短いやり取りで彼女は障子を閉める。僕はそれを見送って湯呑みの中身を空にした
縁側に続く障子を開けると、月を眺める彼女が見える。しかし物音に気づいた彼女はすぐにこちらに振り返ってまた笑った
「いらっしゃいませ」
二人でいるこの時間、彼女は昼とも違う笑顔を向ける様に感じる。いつも笑う時はもっと大きく笑うと言うか、目元のクマを感じさせないように笑っている気がするのに、この時間は月の様に静かに笑うから
すこし、緊張する
「…うん」
緊張を隠す様にして彼女の隣に座ると、ちらりと視界に入った彼女はまた月を見上げていた
その表情はまるで恍惚に見えて、彼女には何が見えているのだろうと感じる。その姿を眺めていると不意に彼女がこちらの視線に気づいた
「如何しましたか?」
「あ、えっと…」
思わず言葉が詰まる。まさかぼぅっと眺めていたとは言いづらい
「そう、月。月が好きなのかい?」
思いついた言葉を捻り出して答える。彼女は一瞬きょとんと間を置いて、それからまた笑った
「そうですね、好きですよ」
「…どうして?」
「貴方を思い出すから」
「僕を?」
どう関連している言葉なのかわからない。僕が月に似ているということだろうか
「月明かりは暗闇でもわかるでしょう? 私の世界が闇に包まれても、貴方を見ればそこに光がありますから」
そう話す彼女の表情は穏やかで、安心している様にも見えて、僕はなんて返したらと言葉に詰まる
「私が追いかけているのは本来の目で見えない太陽ではなく、いつだって見ることのできる月明かりです。私の目には、月の光さえ太陽の様に見えていたので」
彼女の本来の目、それはあの時見た赤い瞳。血の様に赤く、鮮烈で、印象深い、光を感じ過ぎてしまう瞳
光を見ることのできない世界とはどんなものなのだろう。生憎僕にそれはわからない、たけど、
「君は変わってるな」
君の中の何かになれるのは、なんだか悪くないと思える。僕も少しだけ、変わったのかもしれない
「個人の価値観はそれぞれでは?」
「そうだけど、やっぱり変わってると思う」
彼女はあの時、僕に執着されてる雛森君が羨ましいと言って、僕が雛森君を好きでも僕を好きだと言った
情けない僕を愛してると貫いて、ここまできて、僕を光だと言う彼女はやはり変わっている
「…君の態度、最近気になり始めてきたんだ」
「態度、ですか?」
僕の言葉に彼女は一気に不安を表に出す。きっと自分に至らない部分があったかどうか、そんなことを考えているんだろう
「君はいつも己を律する。何度話し合っても、何度君を抱いても、君はいつも『僕に値する君』で居ようとする」
「それは」
「その努力を無碍にしたいわけじゃないんだ。だけど、もっと僕の知らない君も見たいから」
だから、と言葉を続ける
縁側の床に触れている彼女の手を取ると、彼女はまた顔を赤くした
「修行もいいけど、もう少し肩の力を抜いてくれないか」
彼女の目を見て放った僕の言葉に、彼女の顔は青くなって少し驚く
そして彼女は目を泳がせながら、震える唇を開いた
「…それは、それはだめです。私、結構めんどくさがりですぼらで、床に寝転ぶようなはしたないところとかあって、貴方も見た通り正直育ちがいい方でもないのです。だから…」
「だから?」
「貴方の前では、いい彼女でいさせてください…っ」
僕が取った手の、指を絡めて祈る様に彼女は言う
真剣に眉間を皺寄せて、目を閉じ祈るその姿を見て僕は
「ぶふっ…」
思わず吹き出した
「なっ…!」
吹き出した僕の声を聞いて目を見開いた彼女は、その次の瞬間に怒りで顔を赤くする
「だらしない女の子は貴方だって嫌でしょう!?」
そう彼女怒るけど、僕としては"なんだそんなことか"と言う話で
「正直言うと、そんな気がしてたから」
「なんで!?」
驚く彼女には悪いけど、実は普段から時折抜けた場面も見ている
付き合い始めてから意識する様になってなんとなく目で追うことも増えた。そこで見かける彼女は勿論僕が目の前にいるわけでもないからあの暗い目をしてるわけだけど、最初に僕が見たのはその姿で階段の段差を踏み外すところ。その時は階段を降りていて、最後にあと一段あると思って足を踏み出したらそこには無く、猫が驚く様な顔をして足をすかしていた
他にも意外なところでは誰も見てないであろう隅の方で日向を浴びて眠っていたり、鍛えてるはずなのに仕事中足を痺れさせていたり…誰も見てないと彼女が感じてるところでは割とそんな姿を見かけた
そういった部分も含めて、彼女は普通の女の子だと思う
「なんでって言われても、心当たりが多すぎるな」
「貴方は私の何を見たんですか!?」
それは秘密にしておこう。今みたいに取り乱す彼女はいつだって悪くない
「まぁ、そんなわけだから。少しはだらけてもいい様な気がするけど」
「そう言われたらますます己を律さなくてはいけなくなります…!」
ふむ、これは思ったより手強そうだ
「じゃあこうしよう。明日一日だらけて過ごしてみないかい? 修行もいいけど僕らに必要なのはもっと柔らかい関係性だと思う」
「あ、貴方の前でですか!?」
「僕らは主従である以前に恋人同士だと何度も言っただろ?」
「そ、そうですがしかし…」
狼狽える彼女を見る限り心は揺らいでいるように見える。あともうひと押し
「君は何か勘違いしてるようだけど、僕だって常に気を張ってるわけじゃない。俳句は心の和らぎを得る為にやってるところもあるし、酒が入れば気も大きくなる」
「貴方は自由です。その代わり私は私の自由として貴方を支える女でありたいわけです」
思ったより粘るな。普段の彼女は僕の言うことならなんでも聞いてくれるけど、時折頑固になる。その基準まではわからないけど
しかしだらける彼女と言うのは今のところ想像できない。人間知らないものは知りたくなるもの、というのは言い訳だろうか
それにしてもさっきまでの笑顔はおとなしい印象すら与えるのに、こんなにも喜怒哀楽を彼女は隠しきれない
そこが愛おしいのかもしれないな、なんて考えた
「それに、私はもう十分貴方に甘えているのです」
「…どこが?」
全くもって検討がつかない発言に思わず言葉が出る
何をもってそんなことを考えているのか
「貴方の前でだけ笑うのも、感情を明らかにすることも、私の心を貴方に押し付けて他の人を拒絶する傲慢な振る舞いです。でも貴方はそれに何も言わないでいてくれてる」
こんなことを言うのもおかしいかもしれないが、僕は彼女を彼女と言う形としてみていた。つまり彼女が言う傲慢な振る舞いが、おそらく僕の中の疑問や違和感だったのだと言う答えも添えて
しかし本当にそれならば
「そう言うなら変えれば良い。君は美人なんだからもっと愛想が付けば誰だって…」
「それはお断りします。イヅルさん以外要らないので」
「…」
僕の言葉を遮ってまで彼女は伝えたかった…のだろう
しかしその傲慢さが半端に僕に向いているのは気に食わない
「しかし君が傲慢を僕に押し付けると言うのなら、僕は君を受け入れる代わりに対価をもらってもいいんじゃないか?」
「対価、ですか?」
ありきたりな話"愛に対価は必要なのか"と問われれば"場合による"と僕は答える
ここまで見て、僕のために努力をしている彼女はその実その行為で自分だけが得をするものだ。自分の思った通りに、無意識で他人を動かして彼女の作った物語の箱庭に人を置く様なもの
多分それが、僕は一番違和感に思う
確かに彼女の思いは真っ直ぐなものに思える。だけど一方通行に近い、このままではどうしても
僕が思った数々の"どうして"に一片の糸口が見えた気がする
君が自分をわがままだと言うのなら、僕だって少しくらいは許されないだろうか
「そう。君の言う通り君の行いが傲慢だと言うのなら、僕の傲慢も受け入れて欲しい」
「…それが先ほどの、肩の力を抜くどころかだらけると言う話でしょうか」
「僕の知らない君を見てみたいからね」
僕の言葉に思うところがあったのか、彼女は少し考える動作をとった。少しの間を置いてからもう一度口を開く
「…わかりました。でも、嫌わないでくださいね」
「どうかな」
それは見てみないとなんとも言えない
「うー…」
珍しく彼女は不服そうだ。同時に不安そうでもある。そうやって肩の力を抜いて、いつか主従など忘れれば良い
「とりあえずもう遅いし眠ろう」
「明日、とりあえず貴方の言った通りに力を抜いて良いんですね?」
「楽しみにしてるよ」
「…むぅ」
今、彼女は何を考えているのだろう
それでも僕としては、都合のいい人形がこちらを操るよりも、不出来な人間を掌の上で転がす方が性に合ってる
彼女には少しだけ申し訳ないけど
しかし無意識とは言え彼女の行いを考えればおあいこだと思いたい
「とりあえず貴方の言う通りお布団に行きましょう。後悔しても知りませんからね」
「どうかな」
「〜〜〜っ、意地悪です!」
二人で立ち上がって寝室へ向かう
腑抜けた彼女とは一体どんなものなのだろうか
********
雀の鳴き声がする
窓から差し込む陽の光に目覚めてから、少し寝過ぎたとすぐにわかった。この季節ならまだ空が暗いうちに目が覚める
隣を見ると布団にくるまって寝ている彼女がそこにいた。少し体をゆすって声をかける
「鏡花、朝だよ」
すると呻き声が返ってきた。僕の記憶では彼女の寝起きはこんなに悪いものではない
「鏡花」
「うぅ…んぅ…」
珍しく起きないな、それならとりあえず着替えるか。そう思って立とうとしたら腕を掴まれた。反射的に引かれた腕の先を見てしまう
「…?」
「…いづるさんがだらけて良いっていった…」
「そうだけど…」
「ならだらだら寝るんです…いづるさんもいっしょに寝ましょ…」
早速彼女の本性の一部が現れている様に見える。今までの言葉や態度に嘘があったとも思わないが、しかし僕がみない彼女の本性はこちらなのかもしれない
「寝起き、無理してたのかい?」
「いいえ〜、あなたがいないお休みはいつも寝てるだけなので…こんなものってだけです」
寝起きが悪いのに無理をさせていたのかと心配したけどそんなことはないようだ
「趣味は?」
「あなたをみつめることです」
「…それだけ?」
「? あい」
寝ぼけているのか呂律が回っていない時があるけど、思わぬことを聞いた気がする
「それいがいは何もないのでねてます」
「…」
少しどころかだいぶ彼女の将来が心配になった。僕が死んだりしたらどうするんだろうか
「だから、いづるさんも寝るんです。へへ…いっしょにだらだらしましょ?」
へにゃりと笑う彼女にどこか個人を感じた
僕に付き従う"部下"でも、僕を支えようとする"恋人"でもない、緋月鏡花という個人
いつもとはかけ離れた彼女の姿になんとなく気が抜けて布団に戻る。すると彼女は自分の胸に擦り寄ってきた
「へへ〜、いづるさんとおふとんだぁ」
僕の薄い胸板に頬を擦り付ける彼女の髪を撫でると、それだけで彼女はまた嬉しそうな声を上げる
「ぜいたくです。こんなおやすみ」
「そうかな」
「そうです〜」
こんな状況でもです、ます、が抜けない彼女に自分と似たものを感じた。たまには僕に対するタメ口も聞いてみたいものだけどな
「ふぁ…ねむい。私は二度寝をします。おやすみなさい」
それだけ言い残した彼女からはすぐに寝息が聞こえ始める。想像以上の寝つきの良さに驚きつつも、どこかで思った通り腑抜けた彼女も悪くない
眠る彼女の髪を撫でていると、こっちまで眠たくなってきた
一つあくびを落として腕を枕に意識を沈める
たまにはこんな日もいいんだろう
君が二度寝をする、そんな日も
続
吉良副隊長視点再び(※「緋月鏡花について」参照)
真面目にこれは私の妄想なのでなんですが、鏡花さんはこのくらいだらけてもいいのかなって