また、死ぬほど捏造設定があり、原作の隙間を縫うような部分がいくつも散見されますが、これは個人の好みでありそういった作風であるとご理解いただければと思います。個人的にはその隙間は想像の余地のままになってたらうれしいな!
また、当作品は恋愛小説です
版権キャラクターとの恋愛描写や性行為描写が苦手な方は回避をお勧めします
主人公が大怪我したり戦闘したり場合によっては修行するかもしれませんが誰がなんと言おうとこの作品は恋愛小説です。ご理解いただければと思います
カップリングは「吉良イヅル×オリジナルキャラ」になります。ハーレム等の予定はありません、悪しからずお願いします
「貴方に代えなど存在しないから」
最近困っていることがある。なぜかと言われれば今はもう暦が三月まできてしまっているからだ
三月といえば絶対に逃せない日が存在する
それは他でもない、彼の方のお誕生日だ
彼の方のお誕生日は三月二十七日…これは瀞霊廷通信の公式プロフィールに書かれていたものだからおそらく間違いない。日頃の感謝は勿論だけど、こう…恋人っぽいし、何より喜んでもらえないかなって
ただこの日を迎えるにはあまりにも壁が多い
まずは勿論贈り物。彼の方の好きなものはところてん…だけどそれを誕生日に渡すのもどうなんだって話だし、消え物は親しい人にあげるにはよそよそしいので却下
かと言ってあんまり重たいと思われるものもなぁ…手作り系は重たいって聞くし、でも箪笥の肥やしになるようなものは渡したくない
決算はもう大方片付いたのか定時で帰る隊士も増えてきたので一日…いや終業後くらいなら時間ももらえるかもしれないけど、どうおもてなしするかも大切だし、お料理を用意するかとか…
悩み込んでいたらもはや当日は目と鼻の先になりつつある。本当に終業後に時間をもらいたかったら早めに声をかけるべきだけど、本当に何も決まってなくて頭おかしくなりそう。こういうとき翠霞がいれば何かアドバイスでもくれたのかなぁ
「はぁ…」
当たり前だけど目の前の書類に熱も入らずため息がまた一つ溢れる。何を渡したら喜んでもらえるかなぁ…
ていうか、なんか私ってため息ついてばっかりだな…
********
二月の末から彼の方の誕生日に備えようと考え始めて、悩みに悩んだところで決まらないまま暇があればあちこち店を回る日々になってしまっている。なにかと予定があればそちらを優先するけど、そうでないとなるとつい帰り際にふらふらと様々な店に立ち寄る日々
彼の方は俳句を嗜んでいるから、筆や墨を最初に考えたんだけど…日頃から使ってるものってこだわりがあるかもしれないからと躊躇ってしまったのが全ての始まりだった
今まで他人に何かを贈るなんてやったことないから、何をしたらいいのかと困ってしまっている。他でもない彼の方をお祝いできるというのに
「どうしたもんかなぁ…」
なんてため息をつきながら今眺めているのは反物。丈はわかってるからいいんだけど、柄がなぁ…持ってるものを被ったら嫌だし悩むな…。他には手拭いとか? それはそれで個性に欠けるような気がするし…
決定打に欠ける意見ばかりが脳に浮かんで頭をひねる。考えろ、私の普段の観察から彼の方の喜びそうなものを考えるんだ
それでも一ヶ月近く悩んでいるものにそう簡単な答えが出るはずもなく、一度自室に帰るかと振り向こうとして声をかけられる
「緋月さん」
「! 雛森副隊長」
優しい声の先にいたのは雛森副隊長だった。私が慌てて「お疲れ様です」と頭を下げると、軽い挨拶ののちに頭をあげるよう言われたので姿勢を正す
「つい見かけたから、何をしてるのかなって」
「えっと…近々彼の方がお誕生日ですので、何か日頃の感謝を伝える品を渡せたらと思いまして」
「そうだったんだ。確かにもうすぐ吉良君のお誕生日だもんね」
あぁ、雛森副隊長っていつ見ても綺麗だよな。ちょっと垂れっぽい丸みのある目がくりくりしてて、髪も綺麗だし肌は整ってるし仕草もお淑やかだし…これで仕事も早くて料理もできるんだから、天は二物を与えてるとしか思えない
「? 何か顔についてる?」
「あ、いえ、申し訳ありません。雛森副隊長はいつ見てもお美しいので、少し見惚れてしまって」
「え!? そ、そうかな? 私なんて普通だよ、目立たないし…」
これだけ美人で地味、とは…? 確かに松本副隊長みたいに豪奢な印象ではないけど、謙遜するには美人が過ぎるような
そういえば雛森副隊長って時折声をかけてくれるけど、彼女が私に敬語を使わなくなって距離が少し縮まったのはいつからだっけ
「そんなことはないです。雛森副隊長は見惚れるほどお美しいですよ」
おかしいな、素直な感想を述べているつもりなのになんか口説いてるみたいになってる。そんなつもりの発言ではないんだけど
「緋月さん、もしかしてそれ吉良君にも言ったりしてる?」
「言いますよ。彼の方以上に美しい方は存在しないので」
「そうなんだ。ふふ、なんだか吉良君が困ってるところが想像できるなぁ」
「あー、それは…」
全くもってその通りである。私にとって彼の方は、月の光のように美しくて影のように私の中に入り込んで離れない、何よりも愛おしい方。だけど彼の方はそういう特筆した扱いはあまり好きではないし、いつも言うたびに変な人間みたいな扱いをされる。あんまり気にしてないけど
彼の方と私はあくまで違う個体なのだから、ものの捉え方や感じ方が違うのは当たり前のことだ。それを悪いことだとは思わないので、大事な時にだけ言うように心がけている
「そういえば、お誕生日の贈り物が決まらないって言ってたよね?」
「はい。最初は実用的なものをと思ったのですが、常日頃使う道具にはこだわりがあるかもしれないと思いまして…そうしたら今度は何を渡したらと悩み始めてしまって」
「贈り物ってすごく悩むよね。私も友達の誕生日とかたくさん考えるから、緋月さんの気持ちわかるなぁ」
「ありがとうございます」
雛森副隊長みたいな気立てのいい方でも贈り物に悩んだりするんだな…優しい人だから悩むのかな?
私の悩みはそんな優しさからくるものじゃないかもしれない。心のどこかで普段から使うものを贈ったら彼の方は私の彼の方でいてくれてるってすぐわかると思って考え始めたところあるし
「でも、吉良君のことだから緋月さんが贈ったものならなんでも喜んでくれると思うんだ」
「それは…」
本当にそうだろうか
いや、もしそうだとしてもきちんとこだわりたいような
「緋月さんは、吉良君にどんなものを贈れたらいいって思う?」
「喜んでいただけるものなら、なんでもとは思うのですが」
「私は、気持ちも大切だけど緋月さんが何を贈りたいかが一番大切だと思うな」
「!」
私が、何を贈りたいか…。そんなに主観的な考え方でいいんだろうか、少し不安になる
「贈り物って、やっぱり一番は自分の気持ちを贈ることだから。緋月さんの気持ちを大切にしてね」
「えっと、ありがとうございます…」
「あ、ごめんなさい私…お節介なことしたよね。そろそろ帰るからゆっくり選んで」
「そんなことは! 参考になります」
「そう言ってもらえると嬉しいな。贈り物、喜んでもらえるといいね」
雛森副隊長はそう言って微笑んで、それから去っていった。なんなんだあの人、善性の塊か何かなのかな?
そんなことを考えながら店の前に残された私は、とりあえず店をまた見回るような動きをしながら少し考える
私が彼の方に贈りたいもの、か…
********
そんなこんなで彼の方のお誕生日当日が訪れてしまった
やばいと思った翌日には予定を訊いて、終業後に時間がもらえるとわかったから今は彼の方の屋敷の台所をお借りしてお祝いの料理なんかを用意している
お祝いらしくお刺身なんか用意して、あとは鯛のお煮付けと鶏の塩麹焼き、お吸い物は旬のあさりをつかってみたけど、喜んでもらえるだろうか
洋食よりは和食が好きな方だから和食で揃えてみたので、日本酒にはよく合うはず
一通り支度が終わって一息、と言うタイミングで玄関の引き戸が開く音がした。少し早足で玄関に向かってお出迎えする
「おかえりなさいませ、イヅルさん」
「ただいま」
あぁ、このやりとり何回やってもいい…夫婦感ある、最高
「お食事できておりますが、お風呂からになさいますか? 沸いておりますのですぐにお入りになれます」
「そうだね、お風呂からもらうよ。沸いてるならすぐ済ませてくるから」
「わかりました、お着替えは私がお持ちしますね」
「気にしなくていい、そんなに手間なことじゃない」
「わかりました」
なにやら現世には新婚の夫婦がやるという出迎えの挨拶があるらしいけど、話を聞いた瞬間私には無理だと判断した。風呂かご飯かならともかく自分かなんて恥ずかしくて言えないから!
そんなことを考えつつお風呂に向かう彼の方を見送りながら預かったお荷物を彼の方の自室に運ぶ。あぁ、今日も重たい。どれだけ仕事持ち帰ってるの…
「…」
とはいえ、と少し考える
荷物を置いて居間に移動しながら今更ながらに今日を彼の方は喜ぶだろうかとはつい考えてしまう
彼の方はまだ、大切な人を失ったばかりだ
結局市丸さんが何を思って藍染につき、それを裏切って結果的に亡くなったのかは誰も知らない。松本副隊長はしばらく落ち込んでいると聞いているから何か心当たりがあったのかもしれないけど、少なくとも私がその詳細を知ることなはないと思う
そんな中で、この浮かれた行事を彼の方は受け入れられるだろうか。何度もそんなことを考えた
正直に言えば受け入れてほしい。浮かれろというわけではなくて、日々は確実に進んでいるのだと思ってもらえたら
そこに私がいるのだと、少しでも思ってもらえたら…そんなことを考えてしまって、あえて今日お祝いをすることにした
なにが変わるかなんて一つもわからないけど、私にできることはそのくらいだから
「…とりあえず配膳するか」
お風呂から上がったら流石にご飯だから机を整えてしまわないと。とりあえずお煮付けとお吸い物温め直しておかなくちゃ
***
「…今日は随分と豪勢だね」
「ちょっと…なんと言いますか、私的にいいことがあったので」
「…ふむ」
「ひとまず食べましょう? 今日は春なのでカレイのお刺身を混ぜてみました。本当は鰆にしたかったのですが、鮮度の良いものが見つからなくて」
何事もなかったみたいに話を進めつつ、貴方に座ってもらえるよう促す。今日はいいお酒も用意したし、少しくらい飲んでもらってもいいよね
「では、いただきましょう。いただきます」
「…いただきます」
挨拶と共に何事もないような仕草でお酒を差し出す。貴方は「ありがとう」と言いながらお猪口にお酒を注がれて一口
それにしても、いつ切り出すかな…ちょっと驚かせたいなとか魔が差していう機会を逃した
「…また随分といいものを用意したね」
「いいことがあったので、奮発しました」
「これ、高かったんたんじゃないかい?」
「貴方がお好きな銘柄なのをわかっていたので、たまにはと」
私の言葉に貴方は何も答えず、そこから先はいつも通りになんでもない話をしながら食事を進める。死神になってから自分のお給料が入ることにありがたさを本当に感じる日々だ。それを貯金していたから今日みたいなことができるわけだし
まぁ、それでもいろんなグッズは買い続けるけど
そしてゆっくり食べていてもいつかは食べ終わるわけで、食べ終わりの挨拶をしてから食器を片付けてお茶を淹れに行く時に一つの箱を回収した。そんなに大きくない箱だけど、果たして受け取ってもらえるかどうか
「…あの」
少し震える声で貴方を呼ぶ。貴方は私の様子を少し不思議に思ってるような表情でこちらをみていた
「お渡ししたいものが、ありまして」
「渡したいもの?」
「これを…良かったら受け取っていただけたらと」
そっと、座卓の上に一つの箱を置く。長方形の平たい化粧箱に色刷りの和紙で包まれたそれは、華美にならないよう落ち着いた深い緑の和紙を使っている。春らしく桜の造花で少しだけ装飾してあるのが特徴的
誕生日プレゼントに向かってじっと視線を送る貴方は全くもって合点がいってないように見える。なんで急に贈り物をされるのかわからないといった様子だ
まぁ元々誕生日なんて意識して生きてるイメージもないけど、ここまでの混乱で尚更そんな余裕はなかったんだろうな
「えっと…お節介かとは思ったのですが、今日は貴方のお誕生日と伺っていたので日頃の感謝を込めて贈り物をご用意させていただきました」
「あぁ…言われてみれば、誕生日か」
「先の騒動からまだ日が浅いので少し悩みはしたのですが、大切な日であることに変わり無いのでささやかですがお祝いをと思ったんです」
「…」
あぁ…わかってたけどすっごい複雑そうな表情してる…。そりゃそうだよね、市丸さんのことがあって自分の誕生日を祝おうなんてすぐ思える人じゃ無いのはわかってるよ
わかってるけどさ
「…開けていいかい?」
「!」
沈黙に耐えかねた私が口を開こうとして、貴方が先にそう言った。私は少し驚いたけど、それでも「どうぞ」と言葉を返す
それから貴方は座卓に置かれた箱を手に持つと、驚くほど丁寧に包装を開けていく。まるで仕組みがわかってるかのように折り込みで封をされた包装紙をほどき、ほんの少しも破けていない包装紙を脇にを置くと化粧箱をゆっくりと開けた
「…筆?」
「えと…はい」
化粧箱の中には一本の筆と、持ち歩くための箱が入っている。あれこれ悩んだけど、結局ここに立ち返ってしまった
「色々考えたのですが、俳句を嗜まれていることやお仕事でお使いになっている筆が少し痛んでいたなと思いまして…まぁ、仕事用のものは経費で買えるのはわかってはいたのですが」
言い訳みたいに言葉を並べる私を見て、貴方は何か考えているような目をしている。でも言ってることに嘘はないんだよな…普段使ってるものを贈るのって結構やっぱり、壁が高い。気に入ってもらえなかったらどうしよう
「…これ」
「はい…?」
「何か他に理由があるだろう。筆は確かに消耗品だけど、ここの会社の製品は長く使えて僕も買うから。その中で贈答に使えるものを選んだように思うけど」
「あ…それは…」
思わず視線を逸らす。言わないで済んだら良かったのに貴方はいつも鋭いというか、私の行動から予測するのが上手いというか…
「言えないってことはないだろう?」
「はい…」
言うの怖いなぁ、でも素直に言うしか無さそうだ
「普段使えるものをお贈りすれば、常に私が側にいれるような気がしたんです。貴方が何も言わなくても、貴方が私の貴方だと主張できるのではと…ごめんなさい、私欲で…」
「…」
本心故に申し訳ないというか、いや気持ち悪いよこれは…ただの独占欲だし、重いし…。それなのに抑えられなかった私の心の弱さよ。引かれそう…
なんて落ち込んでいると、貴方はさも平然と言葉を返す
「正直そんなところだろうと思っていたよ」
「うっ」
「だがそれでも、仕事で使っている筆が痛んできていたのは事実だ。ありがたく使わせてもらうことにする」
「!!」
嬉しさに驚いてしまった
引いてない?
大丈夫?
「…自分で人に贈ったんだから、そんなに驚くのはどうかと思うけど」
「あ、いえ、そんなにあっさり受け入れてもらえると思っていなくて」
「こちらのことを考えて贈ってくれたものを無碍にするほど、僕は失礼な人間ではないと思っている。君の感情にはこれでも感謝しているから」
「感謝…? 何もしてないと思いますけど」
なんかそんなこと言われるようなことしたっけ?
暴れ散らかしてるだけならよくしてるけど
「わかる必要はないよ。ところで君の誕生日はいつなんだい?」
「私…ですか? いつだったかな、六月に私を拾ったとはおじさんが昔言ってたんですけど」
「随分と曖昧だな…」
「まぁ、私自身誕生日を祝われたことなんてないので…おじさんも私もあんまり興味なかったというか」
あぁでも、霊術院に入る時の書類に誕生日は書かされたな…何日って書いたっけ、すごい適当な日付を書いたような
他人とつるんで生きてないからそういうの忘れるんだよね
「困ったな、これじゃあ君に何かを返すことは難しいみたいだ」
「そ、そんな! お返しなんて…私が勝手にやったことですし」
あくまで私が祝いたかったわけで、日頃の感謝を込めるのにとても良かったし、なにか返してほしかったわけじゃない
本当に、貴方がここにいてくれることが私の光だから、なんでもいいからなにかしたかっただけ
「あぁでも、名簿には誕生日は記載されているはずだから、確認しておく」
「面と向かって言わなくても…お返しなんて本当にお気遣いなく」
「貰ったものには感謝を返すべきだ。君ならそういったことはよくわかりそうだけど」
「それは、そうですが…」
むしろ私貰ってばっかりだと思うんだけど。正直誕生日プレゼントだけで何かお返しできたなんて微塵も思ってないよ
だって貴方は、私に生きるための理由をくれたんだから。何をしても絶対に返しきれない
「相手の厚意はありがたく受け取るべきだ。僕も何か用意するよ」
「あ、ありがとうございます」
もし本当に貰ったら永久保存の家宝にしよう。もう飾るしかない
「そろそろ君も湯に浸かるといい。春とは言え夜はまだ冷える」
「ありがとうございます。ではお言葉に甘えてお風呂をいただきますね」
とりあえず誕生日プレゼントは渡せたし、一安心かな…お風呂にはゆっくり入れそう
立ち上がってお風呂に向かいながら、そんなことを考える
あ、着替え鞄の中だ。回収してから行かないと
***
「イヅルさん、ここにいたんですね」
お風呂から上がって居間に戻ったら貴方がいなかったので少し探してしまった。探したと言っても霊圧たどっただけだけど
貴方が一人で縁側にいるのは珍しい。すっかり恒例になった縁側での一息も、お互い一人ではやらないから
「月をみていたんだ」
「あぁ、なるほど」
今はもう春だから、月の見え方も変わるんだろうか。きっと貴方は季節の移り変わりを大切にしているだろうから、少し気になったのかもしれない
まぁ、貴方の連載してる俳句のページって『貴方に詫びたい』って題名だし、内容も季節感があるとは限らないけど。私は俳句に造詣が深くないので、季語を入れないし文字数に余りがあってもいいし文字数の拍子があってなくてもいい…なんて変則的なルールまで理解できなかったし、貴方の俳句にある法則性まではわからない
だけど、貴方の言葉選びは綺麗だから好きだ
「君の名前には『月』が入っていたと思って。今日のことを考えていたらなんとなく見にきてしまったんだ」
「確かに入ってはいますが…」
なんか照れてしまうな、そういうことを言われると。私のことを貴方が意識しているみたいな、貴方が私の深いところに少しずつ入ってきてくれるような感覚が、すごくドキドキする
「誕生日なんてすっかり忘れていたんだ。僕も一人が長いからあまり祝ったりしないし。昔は同期や知り合いが贈り物をしてくれたりしたんだけど」
「素敵ですね、そういうの」
私はそういったことはこの人生でなかったわけだけど、今思えば気にしたこともないな。毎年六月が来るとひとつ歳をとったんだなと思うだけで、それ以外に何かを思ったことはない
誕生日を祝ってもらうって、どんな感覚なんだろう。少なくとも今日初めて誰かの誕生日を祝ってみて思ったことは、準備が楽しくてたくさん悩んで、贈り物を受け取ってくれたことがとても嬉しかったこと
「君が気を遣ってくれていたことはわかってるつもりだ。それは申し訳なく思う」
「? それは違いますが」
「そうじゃないのかい?」
「勿論、大きなことが起きてから日が経っていないので少し悩みはしましたが、私は貴方がここにいて私といてくださることに感謝したくて、そして何より貴方のお誕生日だからお祝いしたかっただけですから」
今こうして貴方と貴方のお誕生日を迎えられたことを心から嬉しく思う。確かに今日が何かのきっかけになって時間の進みを意識してくれたら嬉しいことに変わりはないけど、それだけのことを示すためだけにお祝いなんてするほどひどい人間じゃないつもりだ
「私はいつだって貴方が好きですよ、イヅルさん。だから素直にお祝いしたかったんです、貴方が生まれてきてくれた日を」
「…」
「貴方は私の光だから、誰より愛しているから、貴方がほんの一日でも幸せにあってくださったらそれ以上のことはないです」
私は幸せものだと思う。貴方が今ここにいることそのものが、夢のように感じるから
だから一日でも長く、一秒でも長く、貴方が幸せであれるように私はありたい。貴方を護り、愛し、支えられる人間でいたいんだ
「…本当に君は、歯の浮くような言葉を何の躊躇いもなく使うな」
「躊躇ったら勿体ないですから。私たちはいつだって明日死ぬかもわからないのに」
「後ろ向きなのか前向きなのか計りかねるな、その言葉は」
「後ろとか前ではないです。私たちは戦うことが仕事ですから、後悔なんてしたくない」
そう思ったら筆を贈ったのはあながち間違いじゃないような気がしてくる。明日貴方が死ぬかもしれないなら、明日私が死ぬかもしれないなら、一秒でも長く貴方は私の貴方なんだって主張したい
「…そうか、じゃあ」
「?」
ぽそりとつぶやいた貴方は、座っていた縁側の縁から立ち上がるとそのまま立ちっぱなしになっていた私を引き寄せて抱きしめる
「!?」
私は驚いてわたわたと身動きをとるけど、しっかり抱きしめられてしまっていてうまく動けない。急に何があってこうなったの!?
「ありがとう、今日祝ってくれて」
「え、そんな」
「まだきちんとお礼を言えてなかったから。贈り物も嬉しかった」
「…っ」
やばい、心臓がうるさくて弾けそう
貴方の香りがして、貴方の体温があって、貴方の声が私にお礼なんてそんな…頭くらくらする
でも抱きしめるのはやっぱりなんで!?
「い、イヅルさん、これは…?」
「何がだい?」
「急に抱きしめてくださるなんて、早々ありませんので…」
「君が言ったんだろう『躊躇ったら勿体無い』と」
「言いましたけど、言いましたけど…!」
え!? もしかして今まで抱きしめるの躊躇ってたってこと!?
そん…あんまり夜伽以外で不用意に触れ合うの好きじゃないのかなって思ってたのに、勘違いなの!?
「君は触れるのが好きみたいだから、たまにはと思って」
「そりゃあ、勿論イヅルさん相手なら大好きですけど、今心臓が破裂しそうでですね…!」
「…そういうことを言われるとさらに踏み込みたくなるな」
「まっ…死にます! 死んでしまうから!」
ひえぇ…爆音立ててる心臓が本当に爆発しそう…とか考えてたら不意に解放されて若干放心する。そしたら今度は顎を上げられてキスが降ってきて、入ってくる舌に驚いているうちに意識が少し白んだ
「ん、ふ…ぁ、んんっ…んーっ…」
急なことに本当についていけなくて、一度落ち着きたくて貴方の胸板に手を当てて離れようとする。すると後頭部に手を当てられて逃げられなくなってしまった
しばらく口内を弄ばれて、やっと離れる頃には唾液が繋がり糸を引いている
「はぁ、はぁっ…急に、なん…」
「僕だって男だからね、躊躇わないとこうなる。嫌ならもうしないけど」
「嫌なんて有り得ませんが、驚きはします」
「そう…なら、移動していいかい?」
「勿論…喜んで」
返事をした瞬間抱き抱えられてまた驚いた
でもそれはそれとして、私がまた貰ってばっかりな気がするけど何か違うような…?
続
私は基本的にキャラの誕生日を祝ったりはしないです
基本的に私の二次創作は虚しさとの戦いゆえに誕生日もそのまた一片なので…
でも鏡花さんは違うんですよね
鏡花さんは少なくともこの作品の中ではその世界にいて、彼の方に声が届くわけで
なら鏡花さんは絶対お祝いしたかったよなぁと去年後悔したので書きました
あとは文字数エグくなったのと誕生日ならいいか…と本編に含めました
間隔空けは時間がある時にやります(やりました*2024/04/19)